無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~ 作:パッタリ
「いらっしゃいませー! あ、ご指名ですか?」
「……シラカワさんで」
放課後の時間帯。
妖狐カフェ・こんこん亭の入り口に、今日もまた底冷えするような美少女の声が響いた。
バックヤードで待機していたわしは、先輩メイドから「シラカワちゃーん、いつもの太客のお嬢様が来たわよー!」と背中をバンバン叩かれて送り出された。
「……お帰りなさいませ、ご主人様……」
「……うん。ただいま、シラカワさん」
いつものボックス席。
制服姿のリンカは、わしが変化している黒髪の成人女性としての姿をねっとりとした視線で見つめ、満足そうに頷いた。
(はぁ……今日もまた来てしもうたか……)
わしは内心で深いため息をつきながら、営業スマイルでメニューを差し出した。
「今日は、何になさいますか?」
「……一番高いフレーバーティーと、季節のケーキセット。あと、シラカワさんのオリジナルオムライス」
「かしこまりました……」
ハンディ端末に注文を打ち込むわしの指先を、リンカはじっと見つめている。
探偵に尾行されてバイト先がバレたあの日から、リンカは本当に毎日、店に通い詰めている。
そして必ず一番高いメニューを頼み、わしを独占して雑談やお茶の相手をさせるのだ。
「あの美少女、本当にシラカワちゃんにべったりねぇ」
「どこかの社長令嬢かしら? 毎日数千円も落としていくなんて、中学生のお小遣いじゃ難しいでしょ」
「もっさり黒髪が性癖に刺さったのよ、きっと」
カウンターの奥から、三本尻尾や四本尻尾の先輩妖狐たちがヒソヒソと話しているのが聞こえる。
(社長令嬢ではなく、ただの激重メンヘラじゃ! 親が毎日置いていく食費一万円を、丸ごとわしに貢いでおるだけじゃからな!)
心の中で叫びながら、わしは紅茶とケーキをテーブルに運んだ。
「お待たせいたしました」
「……ありがとう。シラカワさんが淹れてくれるお茶、本当に美味しい」
リンカは優雅にティーカップを傾け、ふう、と息をついた。
表向きは、地味なメイドとそれに入れ込む美少女の客。
しかし、テーブルの下では、リンカの足がわしの足首にくっつき、絶対に逃がさないという意思表示をしている。
「……ねえ、シラカワさん」
「はいぃ、なんでしょうか?」
「……チェキ、お願い。十枚」
「じゅ、十枚!?」
わしは素っ頓狂な声を上げてしまった。
こんこん亭のツーショットチェキは、一枚千五百円。十枚ということは、一万五千円である。
リンカは迷うことなく財布から万札を取り出し、テーブルの上にそっと置いた。
「……ポーズは、全部私が決めるから」
「あ、ありがとうございます……!」
わしは震える手でカメラを取りに行った。
怖い。リンカの執着が怖い。
だが……それ以上に、一枚につき五百円入るバックマージン(つまり五千円!)の魅力に、わしの気高き妖狐のプライドが完全に屈服してしまっていた。
くっ、お金とはなんと恐ろしいものであるのか。
***
「じゃあ撮りますよー。はい、こんこーん!」
先輩メイドがカメラを構える中、わしはリンカの隣に座らされた。
「……もっと近づいて。腕、絡めて」
「は、はい……」
リンカの要求はエスカレートしていく。
腕を組む、肩に頭を乗せる、背中から抱きつく……。
シャッターが切られるたびに、リンカの体温と、甘くて重い匂いがわしを包み込む。
他の客が見ているフロアのど真ん中で、わしはメンヘラ中学生の所有物であることを刻み込まれるようなチェキ撮影を十回もこなした。
「はぁ……はぁ……」
撮影が終わり、出来上がった十枚のチェキにペンでサインや落書き、もといお絵かきをしていく。
リンカは頬杖をつきながら、わしがチェキに『りんかお嬢様へ♡』と書く様子を、とろけるような目で見つめていた。
「……本当に、メイドさんみたい」
「ええと……私は、メイドですから」
「ふふっ」
リンカは小さく笑うと、机の上のチェキを指先でなぞった。
「……本当はね」
リンカの声のトーンが下がった。
周囲の喧騒から切り離されたような、どこか重たさを感じさせる声。
「……本当は、銀髪で小さい、いつものシラギクちゃんの姿で、相手してもらいたいんだけどね」
「……っ」
わしは動揺し、ペンの動きを止めた。
リンカは、チェキに写る黒髪の成人女性の顔をじっと見つめながら、ポツポツと本音をこぼす。
「……あの銀色の髪に、フリフリのメイド服を着せて。一本しかない可愛い尻尾を撫でながら、ご主人様って呼ばせて……。私の家で、私のためだけに接客してほしい。……それが、私の本当の望み」
(それ、メイド喫茶じゃなくてただのメイドじゃ! 家事代行の囲い込みと変わらんではないか!)
わしは内心で激しくツッコミを入れたが、声には出さず、引きつった笑顔を維持するしかなかった。
「あの……お客様? 私はシラカワと申しまして、シラギクさんという方とは別人かと……」
一応、設定だけは守って抵抗を試みる。
しかし、リンカはわしの言葉などまったく意に介さず、テーブルの下でわしの膝にそっと手を置いた。
「……でもね。今は、大人の姿のシラギクちゃんで我慢してあげる」
「えっ」
「……だって」
リンカが顔を上げ、黒曜石の瞳でわしを射抜く。
その目には、歪んだ独占欲と、強烈な優越感がギラギラと光っていた。
「……他のお客さんや、他の店員さんたちはみんな、地味な黒髪のメイドさんだと思ってるんでしょ?」
「うっ……」
「……でも、私だけは知ってる。この服の下に、最高に可愛くて、気高くて、私だけの銀髪のお狐様が隠れてるってこと。……シラギクちゃんの本当の姿を独り占めしてるのは、世界で私だけなんだもん」
狂気のロジックである。
あえて仮の姿のわしを指名し、周囲を欺いているこの状況すらも、リンカにとっては自分だけが真実を知っているという極上のスパイスになってしまっているのだ。
しかし、同僚の妖狐たちにはすでに銀髪美少女な姿は知られているが……面倒なので黙ったままでいることにした。
いわゆる処世術というやつじゃ。
「……だから、今はこれで我慢する。……その代わり」
リンカの手が、わしの膝から太ももへと、ゆっくり這い上がってくる。
「……男の人とかの客が指名してきても、絶対に今日みたいなチェキは撮らないでね。……もし撮ったら、探偵さんに頼んで、その男の家を燃やしてもらうから」
「ひぃぃっ!? わ、わかりました! 絶対撮りません!」
冗談ではなく、本気でやりかねない声だった。
わしは半泣きになりながら、全力で首を縦に振った。
犯罪行為すらも請け負う探偵。
リンカはそういう者との繋がりがあるかもしれないと思えたためだ。
「……うん、いい子。じゃあ、明日のシフトも教えて。また同じ時間に来るから」
「お金とかは大丈夫ですか……?」
「大丈夫だよ。お年玉とか、きちんと貯めてるから」
(くっ、資金不足で来なくなるというのは望み薄か)
かくして、わしのメイド喫茶でのバイトにリンカが立ち塞がる。
パトロンとして、お金の力を見せつけつつ。
札束で顔を叩かれながらも、バックマージンのお金は貯まっていくが、気高き妖狐としてのプライドと胃の粘膜はすり減っていく一方である。
(誰か……誰でもいいから、この状況を助けてくれぇ……)
チェキに描いたハートマークを見つめながら、わしは心の中で、来ないはずの助けを乞うしかなかった。