無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~ 作:パッタリ
「みんな、聞いてちょうだい! 今日は開店前に、オーナーがお忍びで視察にいらっしゃるわよ!」
妖狐カフェ・こんこん亭のオープン一時間前。
店長の号令に、先輩メイドたちが背筋を伸ばした。
(お忍びと言いながら、事前に情報が流れておるのか……。ファミレスでバイトしてた時も似たようなことはあったが、人間の組織も妖怪の組織も、やっていることは変わらんな)
わしは黒髪の大人の姿のまま、内心で冷静にツッコミを入れていた。
滅多に来ないという凄い妖狐。
少し興味はあるが、面倒事には巻き込まれたくない。適当にやり過ごそう。
そう思っていた矢先。
店の外から、肌がひりつくような強烈な妖気が押し寄せてきた。
「……一般人が入ってこないよう、店全体に人払いと認識阻害の結界が張られたわ。来るわよ!」
店長が緊張した声で告げた直後、カランコロンという音と共にドアが開いた。
入ってきたのは、豪奢な着物を着流した、息を呑むほど艶やかな大人の女性。
その顔を見た瞬間、わしの心臓がドクンと跳ねた。
(あの時の……! 五尾のド変態妖狐!)
驚愕で目を見開いた、その時である。
オーナーが放つ、格の違う圧倒的な妖気の波動に当てられ、わしの繊細な変化の術が弾け飛んでしまったのだ。
少しばかり、気を抜いていたせいでもある。
ポンッという煙と共に、黒髪の大人の姿から、本来の銀髪美少女な姿へと強制的に戻されてしまう。
もちろん、狐の耳と尻尾付き。
「なっ……しまった!」
「……あら?」
オーナーの視線が、わしに釘付けになった。
数秒の静寂のあと、彼女の清楚で凛とした顔面が、ドロリとした甘ったるいものへと崩壊した。
「ああぁぁ〜〜んっ!! あの時の可愛い娘じゃないのぉぉっ!! なんでこんな所にいるの、お母様、運命感じちゃう!」
「ひぃっ!? く、来るな変態!」
抵抗も虚しく、オーナーは猛ダッシュでわしに飛びつき、思いきり抱きしめてくる。
「すーっ、はーっ! 最高! 銀髪にメイド服なんて最高すぎるわ! 店長、この子にボーナスあげなさい!」
「キ、キキョウ様! 落ち着いてください!」
店長が慌ててなだめるが、キキョウと呼ばれた五尾の妖狐は、わしの頬をすりすりしながら荒い息を吐き続けている。
溺愛という名の、暴力的なまでのスキンシップ!
顔が胸に埋まった時は窒息しそうじゃ……というかした。
「はぁ……はぁ……」
なんとか引き剥がされたあと、わしはバックヤードで肩で息をしていた。
そこへ店長がやってきて、深く頭を下げる。
「ごめんなさいね、シラカワちゃん……じゃなくてシラギクちゃん。偽名は妖怪にはよくあることだから横に置いておくけど、オーナーったら可愛い女の子を見るとああなっちゃうのよ」
「ぜ、前途多難すぎるじゃろ……」
「同情するわ。でも……シラギクちゃんがいれば、あのオーナーをおとなしくさせられるわね」
店長の目が、すぐに商人のそれになった。
「特別手当てを出すから、開店時間までキキョウ様の相手をしてくれないかしら? お願い!」
「……特別手当て、いくらじゃ?」
「一時間、一万円でどう?」
「……よし、気高き妖狐たるわしに任せておけ!」
お金の力によって気力を回復したわしは、再びフロアへと向かった。
銀髪美少女の姿のまま、キキョウの専属メイドとしてお茶を淹れる。
なお、すぐに隣へ座らされる。
「はい、あーん。お母様がケーキ食べさせてあげるわねぇ」
「……あーん、もぐもぐ」
「はぁぁ、もきゅもきゅしてる! 尻尾の付け根、撫でていい!?」
「それは絶対にダメじゃ!」
明らかにセクハラである。
しかし、ただのド変態かと思いきや、キキョウは時折、大妖怪としての顔を覗かせた。
「人間社会で結界を張る時はね、ただ力を込めるだけじゃダメなのよ。人間の見たくないものは見ないっていう心理的な盲点を突くように妖力を編み込むの。そうすれば、少ない力でより強固な人払いが……」
(むむっ……めちゃくちゃタメになる話じゃ)
ただ撫で回されているだけなら腹も立つが、時折飛び出す妖怪としての高度な技術論や生き抜くための知恵は、尻尾が一本しかない身にとっては非常に有益だった。
(しんどいが学びはある。厄介なことに)
それに一応は、オーナーらしくカフェについて店長と話し合ったり、改善点などを口にする。
そして再び溺愛してくる。これが交互に来る。
わしは非常に複雑な気持ちでキキョウの相手をしていた。
──そして数時間後、悲劇は唐突に訪れた。
カランコロン
「……あれ? キキョウ様が人払いの結界を張っているはずなのに」
音がした入り口の方を見て、店長が怪訝な声を上げた。
長い月日を生きる大妖怪、五尾のキキョウが張った一般人を寄せ付けない結界。
それを、まるで暖簾でもくぐるかのように、なんの抵抗もなく無自覚に突破して入ってきた人物。
「……シラギク、ちゃん」
底冷えするような、暗く重い声。
そこにいたのは、制服姿の激重メンヘラ陰陽師の卵、リンカであった。
「なっ……!?」
わしは全身の血が凍りつくのを感じた。
リンカの視線の先には、本来の銀髪美少女の姿に戻っているわし。
そして、わしの腰に手を回し、嬉しそうに頭を撫で回している艶やかな大人の女性たるキキョウがいる。
「……シラギクちゃんの、本当の姿。……私だけのものなのに」
店内の空気が、物理的に凍りついた。
リンカの全身から、ドス黒い殺意と、規格外の霊圧が爆発的に膨れ上がったのだ。
店内の照明がチカチカと明滅し、グラスが振動でカタカタと鳴り始める。
「ひっ……!?」
「な、何この子!? ただの人間じゃないの!?」
三本尻尾や四本尻尾の先輩メイドたちが、その圧倒的な霊圧に当てられ、恐怖で床にへたり込んだ。
キキョウ以外の全員が、本能で悟った。
(ここで争いが起きたら、このビルごと消し飛ぶ……!)
しかし、当のキキョウだけは不愉快そうに目を細めた。
「……あら? どこのお嬢ちゃんか知らないけど、私と娘の愛の時間を邪魔しないでくれるかしら」
「……娘? ふざけないで。泥棒猫の分際で」
「……へえ。人間の子どものくせに、ずいぶんと生意気な口を利くじゃない」
キキョウの背後に、五本の巨大な狐の尻尾の幻影が立ち上る。
一方のリンカは、指先にチリチリと青白い霊力を集め、完全に臨戦態勢に入っていた。
(やばい。やばすぎる! どうあっても被害なしには収まらんぞ!?)
五尾のド変態妖狐と、圧倒的な才能の塊である激重メンヘラ中学生。
わしを巡る、最悪の修羅場が勃発してしまった!
「お、おやめくださいキキョウ様! ここで戦えば店が、店が消し飛びます!」
店長が涙目で懇願する。メイドたちも、声には出さないが目で訴えている。
キキョウは舌打ちをすると、扇子をパチンと鳴らした。
「……ちっ、店を壊すわけにはいかないわね。いいわ、お嬢ちゃん。表に出なさい。お仕置きしてあげる」
「……いいよ。跡形もなく消してあげる」
バチバチと火花を散らしながら、キキョウとリンカは連れ立って店の外へと出て行った。
静まり返った店内に、わしと店長と先輩メイドたちが、震えながら残された。
「いったい、どうなるんじゃ……!?」
わしは、ガクガクと震える膝を抱えながら、外から聞こえてくる地鳴りのような轟音に怯えることしかできなかった。
とりあえず確定してるのは、どちらが勝ってもわしは苦しむだろうということ。