無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~ 作:パッタリ
「……す、すごい戦いじゃな」
わしは店の窓から顔を半分だけ出し、冷や汗を流しながら呟いた。
外では、五尾の妖狐であるキキョウと、激重メンヘラ中学生たるリンカの、人智を超えた激闘が繰り広げられていた。
「おおっ、キキョウ様の狐火散華! あれを食らったら骨も残らないわよ!」
「でも、あの中学生の子、一歩も引いてない! 霊力の結界で全部弾いてる!」
「ていうか、あの子の霊圧どうなってるの!? うちのオーナーと互角なんて……!」
店長や先輩メイドたちが、わしの後ろからポップコーンでも食べ出しそうな勢いで実況をしていた。
結界のおかげで音や光は一般人には届いていない。
妖怪のわしたちからすれば、まるで怪獣映画を特等席で見ているような気分である。
最初は店が吹き飛ぶかと怯えていた一同だったが、二人が器用に店を避けて戦っていることに気づき、すっかり見物モードに入っていた。
「……あれは、陰陽術の一種を偶然再現しておるな。しかも動きを先読みして撃っておる」
わしが冷静に解説すると、先輩メイドが「あのやばい子とどういう関係なの?」と目を輝かせて聞いてきた。
「わしの知り合い……もとい、ストーカーじゃよ」
そんな呑気な実況をしていた、その時だった。
「……目障りよ、小娘! これで消し飛べぇっ!」
キキョウの五本の尻尾が一本にまとまり、巨大な青白い炎の球体が生まれ、圧縮され始めた。
空間が歪むほどの高熱が放たれる。
「……消えるのは、泥棒猫の方」
対するリンカも、両手にドス黒い霊力を集束させ、禍々しい巨大な槍の形へと変えていく。
(……いかん! いくらなんでもこの辺り一帯の空間が壊れる!)
二人とも、互いの強さに当てられて頭に血が上り、加減を忘れておる。
「や、やめるんじゃ! 二人ともわしのために争うのはやめてくれーっ!」
わしは気高き妖狐の意地、いや、ただの生存本能で店のドアを蹴り開け、二人の間に向かって飛び出した。
「シラギクちゃん!?」
「ああっ、ダメよ私の娘ぇ!」
二人がわしに気づき、慌てて攻撃の軌道を逸らそうとした。
しかし、ギリギリまで圧縮された大技は、すでに放たれたあとだった。
狐火の球と、霊力の槍。
わしを避けるように不自然に軌道を曲げた二つの強大なエネルギーは、空き地の中央で正面衝突した。
ピキィィンッ……!
ガラスが割れるような、甲高い音が響いた。
爆発は起きなかった。
代わりに、二つの力がぶつかり合った場所に真っ黒な歪みが生じた。
「……な、なんじゃあれは……」
「空間が、裂けた……!?」
キキョウが青ざめた声を上げる。
強すぎる妖力と霊力が反発し合い、次元の壁を穿ってしまったのだ。
ブラックホールのようなその黒い穴は、凄まじい吸引力で周囲のものを吸い込み始めた。
「きゃあっ!?」
穴のすぐ近くにいたリンカの体が宙に浮いた。
霊力の使いすぎで踏ん張りが効かないのか、黒い穴へと一気に吸い寄せられていく。
「リンカ!」
わしは考えるより先に、地面を蹴っていた。
激重メンヘラで、わしの貞操を狙ってくるやばい中学生だが、それでも不器用で寂しがり屋の子どもなのだ。
目の前で訳の分からぬ異空間に飲み込まれるのを、見過ごせるわけがない。
「シラギクちゃんっ……!」
「その手を伸ばせっ!」
わしは穴に吸い込まれかけていたリンカの手首を、渾身の力で掴んだ。
しかし、十四歳の美少女の腕力では、異空間の異常な吸引力に抗えるはずもなく。
キキョウや店長の絶叫を背に受けながら、わしとリンカは真っ暗な穴の中へと飲み込まれていった。
***
どこからか、水滴が落ちるような音がした。
わしはゆっくりと目を開けた。
辺りは真っ暗な空間。
だが、妖狐の目には、足元に広がる浅い水たまりと果てしなく続く岩肌のような壁がうっすらと見えた。
上を見上げても、空はない。
ただ、どんよりとした紫色のもやがかかっているだけだ。
「……ここは? 隠世のさらに奥底か……?」
体を起こそうとしたわしは、己の体に何かが重くのしかかっていることに気づいた。
「……シラギクちゃん……」
「リンカ! 無事じゃったか!」
わしの上には、リンカが馬乗りになるような形で覆い被さっていた。
無事でよかったと胸を撫で下ろしたものの、次の瞬間には背筋が凍った。
「……ん、すー……はー……」
リンカが、わしの首元に顔を押し当て、深く深く匂いを嗅いでいた。
その瞳は、暗闇の中でもしっかりとわかるほどドロドロに濁りきっている。
普段の激重メンヘラが可愛く見えるほど常軌を逸した異常な執着のオーラが、全身から立ち上っていた。
「リ、リンカ……? どうしたんじゃ、顔が赤いぞ」
「……嬉しい」
「は?」
「私を助けるために、シラギクちゃん、飛び込んできてくれた……。私と一緒に、この真っ暗な世界に、落ちてきてくれた……」
リンカの冷たい指先が、わしの頬を撫で、首筋をなぞり、メイド服の鎖骨のあたりへと這い下がっていく。
「……ねえ、シラギクちゃん。ここ、誰もいないね。あの泥棒猫も、うるさい人間もいない。……私たち二人だけの、世界」
「い、いや、これはただの事故で……」
「……ここで一緒に、死のう」
耳元でささやかれたその言葉に、わしの心臓が早鐘のように打ち始めた。
リンカは狂喜していた。
自分を助けるために身を挺したわしの行動が、彼女の中の愛と独占欲を限界突破させてしまったのだ。
もはや、元の世界に帰ろうという意思すら感じられない。
「……死ぬ前に、シラギクちゃんの全部、私にちょうだい……。私の中で一つになって……ずっと、永遠に一緒にいよう……?」
リンカの手が、わしの着ているメイド服のリボンにかけられた。
力強い手つきで、わしを逃さないようにガッチリと組み伏せている。
(これはマジでやばい状況じゃ!)
未知の異空間という命の危機と、妖狐としての貞操の危機が、同時にしかも最高潮の状態で襲いかかってきている。
(このままでは、異空間でリンカに食われて、いろんな意味で心中ルートではないか!)
わしはパニックになりそうな頭を必死に冷やし、ありったけの虚勢を張って、きっぱりとリンカを睨みつけた。
「……馬鹿なことを言うな!」
ビクッとリンカの肩が震える。
わしは、重ねられた彼女の手を握り返し、声を張り上げた。
「一緒に死ぬじゃと? ふざけるな! わしは気高き妖狐じゃぞ! まだまだ食いたい美味いものもあるし、やりたいゲームもあるんじゃ! お主も、こんな所で死んでいいわけがなかろう!」
「……でも、ここは……」
「生きて戻るぞ、リンカ! 二人で、元の世界にな!」
わしが力強く宣言するとリンカは目を丸くし、やがて大粒の涙をこぼし始めた。
「……うんっ……うん……シラギクちゃん……生きて、帰る……一緒に……!」
泣きじゃくりながら、リンカはわしの胸に顔を埋め、力強く抱きついてきた。
死への逃避から、純粋な依存と生への渇望へと感情のベクトルが少しだけ戻ったようだ。
「よしよし、それでいいんじゃ。……さあ、まずはここがどこか探らんとな」
わしはリンカの背中をポンポンと叩きながら、内心で激しい滝汗を流していた。
(しかし、でかい口を叩いたはいいが……マジでここ、どこなんじゃ!?)
空間の裂け目から落ちた、未知の異世界。
出口の手がかりなど、まったくない。
貞操の危機は一時的に回避したものの、完全なる遭難状態に陥ってしまったのである。
(どうやれば出れるんじゃ……誰か助けてくれぇ……!)
真っ暗な異空間の中、途方に暮れる。
しかし、諦めたらそこで貞操などが終了するので、とにかく動くしかない。