無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~ 作:パッタリ
部屋に差し込む朝日を浴びて目を覚ましたわしは、己の体に起きている決定的な異変に気づき、布団の中で硬直した。
「……んん? なんじゃ、このお尻の重さは」
寝ぼけ眼をこすりながら、のっそりと起き上がる。
普段なら、腰のあたりで一本の銀色の尻尾がゆらゆらとバランスを取っている。
しかし今は、なぜかそのバランスが妙に悪い。質量が、倍になっているような……。
「なっ……!?」
恐る恐る振り返ったわしは、己の目を疑った。
そこには、これまで百年以上も共にあった見慣れた銀色の尻尾と並んで……もう一本、真新しい、フサフサの二本目の尻尾が生えていたのである!
「なんじゃこりゃあぁぁっ!?」
悲鳴が辺りに響き渡った。
(いかん。静かにしてくださいという注意書きが送られ……いや、朝だからギリギリセーフか?)
とりあえず触ってみると、温かい体温と柔らかな毛並みの感触がある。
幻覚ではなく、間違いなく体の一部だ。
妖狐にとって、尻尾の数は自らの妖力と格の象徴。
長い年月を生き、修行を積むことでしか増えないはずのもの。
それが一晩にして突然二本に増えるなど、妖怪の常識から外れすぎている。
(ま、まさか……昨日の、あれか!)
思い当たるものは一つしかなかった。
あの異空間でリンカと結んでしまった、魂の仮契約。
お互いの存在を繋ぎ合わせた結果、あの激重メンヘラ中学生の持つ規格外の霊力が、魂の繋がりを通じてわしに流れ込み続けたのだ。
その過剰な霊力がわしの妖力と融合し、強制的な進化を促してしまったに違いない。
(ううむ、まさかこのようなことが起きるとは)
わしが考え込んでいると、デートに行くような姿のリンカが入ってきた。
目が覚めたあとすぐに着替えてここへ来たのだろう。
とはいえ、連絡なしで合鍵使って上がり込むのは割と図々しくないか?
「……おはよう、シラギクちゃん」
「せめて入る前にチャイムを……いや、リンカ! これを見ろ!」
「あ……」
リンカはわしの二本になった尻尾を見るなり、目を丸くした。
そして吸い寄せられるように近づいてくると、二本目の尻尾を両手でそっと包み込んだ。
「ひゃっ……!」
「……すごく、あたたかいね」
リンカは恍惚とした表情で、新しい尻尾に頬を押しつける。
「……わかるよ、シラギクちゃん。この新しい尻尾、私の霊力の匂いがする。……私とシラギクちゃんが、本当に一つに繋がった証だね」
「発言が重すぎるわい!」
わしは顔を真っ赤にして尻尾を引き抜こうとしたが、リンカは嬉しそうに微笑むだけで、なかなか離してくれない。
しかし、わし自身も気づいていた。
二本に増えた尻尾は、これまで感じたことがないほど充実した妖力をもたらしている。
あの変態な五尾のキキョウにはまだ遠く及ばないが、間違いなく、わしは大妖怪としての一歩を踏み出したのだ。
(……リンカの力が、わしを強くした、か)
複雑な気持ちを抱えながら、わしは咳払いをした。
「こ、こほん! 尻尾のことはひとまず置いておく。……リンカ、昨日の約束、覚えておるな?」
「うん。特上のお寿司、だよね」
「そうじゃ! わしは腹が減っておる! さあ、行くぞ!」
わしは狐の耳や尻尾を隠すと、人間としての姿に綻びがないか鏡で確認し、リンカの手を引いて外へと飛び出した。
***
やってきたのは、駅前にある高級な回らない寿司屋。
中学生と見知らぬ美少女の組み合わせに大将は一瞬訝しげな顔をしたが、リンカが財布から親のカードと現金をちらつかせると、奥の個室へと案内してくれた。
「大将! 大トロと、ウニと、イクラ! あとエンガワも頼む!」
「はいよっ!」
次々と運ばれてくる、宝石のように輝く極上の寿司たち。
わしは目を輝かせ、醤油をつけて頬張った。
「んん〜っ! 美味いっ!」
ほっぺたが落ちそうなほどの美味しさに、思わず幸せな溜め息が出る。
ふと向かいの席を見ると、リンカは自分の前のお茶をすするだけで、寿司には手をつけていない。
ただ、わしが美味しそうに食べる姿を、頬杖をつきながら、とろけるような笑顔で見つめている。
「リンカ、お主は食わんのか?」
「……うん。私は、シラギクちゃんが食べてるのを見てるだけで、お腹いっぱいになるから」
「またそういうことを……」
「本当だよ」
リンカは、自分の胸の辺りをそっと押さえた。
「……本当に伝わってくるの。シラギクちゃんの美味しいって感情や、幸せな気持ちが、私の中に流れ込んでくる。……それだけで、私は生きていけるくらい満たされてる」
その言葉には、嘘も偽りもなかった。
わしが幸せであればあるほど、彼女もまた幸せになる。
ある意味、究極の監視でありながら、究極の共生でもあった。
「……ふん。ならば、わしがいっぱい食って、お主を満たしてやらねばならんな」
「……ふふっ、うん。いっぱい食べて」
「だが、これならどうじゃ? あーん」
わしが寿司を差し出すと、リンカは一瞬驚いた表情になるが口を開ける。
そのまま大トロを放り込むと、もぐもぐと口を動かしていった。
***
寿司屋を出たあとは、目的もなくぶらぶらと歩き回る。
帰る頃には、空は茜色に染まっていた。
帰り道、夕日に照らされた川沿いの土手を二人で並んで歩く。
わしたちの小指には、夕暮れの光に溶け込むような、薄紫色の糸がかすかに見え隠れしていた。
「……ねえ、シラギクちゃん」
リンカが、繋いだ手を少しだけ振った。
「……新しい尻尾、すごく似合ってたよ」
「ふふん、そうじゃろ。これでわしも、立派な二尾の妖狐というわけじゃ」
わしは得意げに胸を張った。
「妖狐にとって、尻尾の数は強さと格の象徴。百年以上も生きていながら一本だったわしが、お主と出会って契約したことで、あっという間に二本になった」
「……私の力が、シラギクちゃんの役に立ったなら嬉しい」
リンカが少しだけ寂しそうに微笑んだ。
わしは立ち止まり、リンカの正面に立った。
そして、夕日に向かって銀色の尻尾を解放した。
茜色の風の中で、ふわりと二本の尻尾が美しく揺れる。
「……リンカ。よく聞け」
「……?」
わしはこれまで逃げ回ってばかりだった己の心に決着をつけ、気高き妖狐としての、最大限の誠意を込めて彼女の目を見つめた。
「お主は、大人になったら本格的な契約をすると言ったな」
「……うん。ずっと待つよ」
「ならば、わしも約束しよう」
二本の尻尾を誇らしげに揺らしながら宣言する。
「お主が立派な大人になって、本格的な契約を結ぶその日までに……わしは、この尻尾をもっと増やしてみせる。三本、四本……いや、伝説の九尾の狐にだってなってやるわい!」
「シラギクちゃん……」
「お主のそのバカデカくて重い霊力というか愛を受け止められるのは、世界中探してもわししかおらんからな! だから、お主の隣に立ち続けるにふさわしい、最強で最高の大妖怪になっておるはずじゃ!」
それは初めての、そして絶対の未来の約束だった。
バイト先のファミレスが潰れようが、メイド喫茶で変態オーナーに絡まれようが、異空間に落ちようが。
これから先もずっと、わしはこの厄介で愛おしい存在の隣にいて、共に生きていくという覚悟の証明。
リンカは目を見開いたまま固まっていた。
やがて、その大きな黒曜石の瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出す。
「……っ、うわぁぁぁんっ……!」
リンカは子どものように声を上げて泣き出し、わしの胸に勢いよく飛び込んできた。
「シラギクちゃ……っ、シラギクちゃんっ……!」
「こらこら、泣くでない」
「……だって、嬉しい……すごく、嬉しいっ……!」
わしの背中に腕を回し、フサフサな二本の尻尾ごと力強く抱きしめてくる。
その抱擁は、相変わらず息が詰まるほど重くて、ねっとりとしていて、狂気じみていたけれど。
同時に、信じられないくらい温かかった。
「……ずっと一緒だよ。すごい妖怪になろうね、私のシラギクちゃん……」
「うむ。覚悟しておれよ、リンカ」
わしは苦笑しながら、彼女の背中を優しく叩き返した。
気高き妖狐の逃げ場のない日々は終わった。
今日から始まるのは、互いの魂を繋いだ二人の、ちょっと歪でかなり騒がしくて、最高に胃が痛くなる共犯関係の日常だ。
「今日は、私の家にお泊まりする?」
「そ、それは……歩きながら考えさせてくれい」
夕空に伸びる二つの影と、一本の光る糸。
やかましくも愛おしい日々は、これからもずっと続いていく。
……まあ、今さら逃げようとしたところで逃げられんわけじゃが、それでも良いと思う。