無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~ 作:パッタリ
その日、わしはすこぶる機嫌が良かった。
ファミレスのバイトが予想外に早く終わり、ぽっかりと自由な時間ができたのだ。
(ふはは! こんな日は、人間どもに美味いスイーツを献上させるに限るのう!)
わしは街角に立ち、獲物を物色していた。
十四歳くらいの銀髪美少女の姿で。
よし、あそこにいる人の良さそうなサラリーマンをターゲットにするか。
「あのぉ……お兄さん。私、お財布を落としちゃって……お腹ペコペコなんです」
わしは上目遣いで、甘ったるい声を出しながら男に擦り寄った。完璧な演技である。
「えっ? あ、本当? じゃあ何か美味しいものでも……」
「……シラギクちゃん、何してるの?」
背後から、地を這うような低く冷たい声が響いた。
恐る恐る振り返ると、そこには学校帰りらしき、制服姿のリンカが立っていた。
その瞳は、完全にハイライトが消えている。
「あ、あわわ……リ、リンカ……これは、その……」
「……浮気?」
「違う! これはただのストレス発散の一環で……!」
言い訳をしようとしたが、リンカは無言でわしの腕をガシッと掴んだ。
「……私が行く。私が奢る」
「ひえっ」
リンカは逃げていくサラリーマンを一瞥し、そのままわしを引きずって歩き始めた。
その際、強く手を握られたが二度目の轍は踏まん。
あらかじめ妖力をコントロールして備えていたおかげで、今回は狐耳も尻尾も飛び出さずに済んだ。
***
連行されたオシャレなカフェで、わしは高級な抹茶パフェを堪能していた。
「うむ、美味い! この渋みと甘みのバランスが絶妙じゃ!」
ご機嫌でパフェを平らげるわしの向かい側で、リンカはじっとりと見つめてきている。
嫉妬マシマシの視線が痛いが、パフェの美味さが勝った。
「……シラギクちゃん、他の人に甘えちゃダメ」
「わ、わかっておる。出来心じゃったんじゃ」
やがて会計の段階になり、伝票を持ったリンカがレジへと向かうと、何のためらいもなく一万円札を出した。
「ほほう、中学生にしては大金を持ち歩いておるな。お年玉の残りか?」
「……これ? 毎日の食事代」
「は?」
「……親が毎日、テーブルに一万円置いていくの。これでご飯食べてねって。余った分は私のお小遣いになる」
「い、いちまんえん!?」
わしの口から絶叫が漏れた。
毎日一万円。ひと月で三十万円。
ファミレスで汗水流して週五で働いているわしの月給より多いではないか!
ネグレクト気味な家庭環境なのだろうが、それにしても現代の中学生の金銭感覚はどうなっておるのじゃ!?
わしは激しいカルチャーショックを受けながら、フラフラとカフェをあとにした。
***
「……だから、家までついてこなくて良いと言っておろうが」
「……心配だから。また誰かにナンパするかもしれないし」
リンカを引き剥がすことができず、わしは彼女を引き連れたまま安アパートへと帰ってきた。
だが、ドアの前に立った瞬間、異変に気づく。
「む? 鍵が開いておるぞ……?」
「……泥棒?」
リンカが警戒するようにわしの前に出る。
誰かは知らんが、妖怪の根城に忍び込むなど命知らずにも程がある。
わしはそっとドアを開け、部屋の中を覗き込んだ。
「あ、お帰りー。遅かったじゃん」
六畳一間のちゃぶ台の前に、見知らぬ……いや、よく見知った相手がいた。
黒のスーツを着崩した、黒髪ショートヘアの美人。
だが、その態度は最悪だった。
わしがあとで食べようと楽しみにしていたコンソメ味のポテチを勝手に開け、バリバリと食べているのだ。
「ハヤテ! お主、なぜわしの部屋に!? しかもわしのポテチを!」
「んー? 開いてたから入っただけ。ていうかさー、聞いてよ。うちの課長がマジでクソでさー。昨日とか突然の残業押しつけてきて……」
だらけきった姿勢で缶ビールをあおりながら、会社の愚痴をこぼし始めるこの女。
こやつは烏天狗のハヤテ。
わしと同じく現代社会に順応した妖怪だが、人間社会ではとある企業の社畜として働いている。
「ていうか、あんたついに人間に手を出したわけ? しかもこんな可愛い子。中学生くらいでしょ、事案じゃん」
「誤解じゃ! たまたま懐かれただけじゃ!」
「……私、シラギクちゃんの彼女。このメス烏、誰?」
「待て! まだ恋人ではない! あとメス烏とか言わない!」
わしのツッコミを無視して、リンカはわしの腕にぎゅっと抱き着き、ハヤテを威嚇するように睨みつけた。
「まあ、百合百合しいのは勝手にやってくれりゃいいけどさ。今日はちょっと、あんたに仕事持ってきたんだよね」
ハヤテは缶ビールを置き、スーツの内ポケットをごそごそと探った。
「仕事じゃと?」
「そそ。あんた、どうせ暇でしょ? ちょっと厄介払いを頼みたいんだよねー」
「失礼な! わしはこう見えてもファミレスで真面目に働いておるんじゃ! 暇ではない!」
わしが胸を張って抗議すると、ハヤテは「ふーん」と鼻を鳴らし、ポケットから分厚い茶封筒を取り出した。
そしてその封筒で、わしの頬を軽く叩いた。
「あ痛っ!? な、何をするんじゃ!」
「ん? ファミレスのバイト、時給いくらだっけ?」
ペチッ
「千百円じゃが……痛いぞ。やめ……」
「これ、前金。終わったらもう一つ」
ペチペチッ
分厚い茶封筒の口から、諭吉がちらっと見えた。
(あの厚さ……何十枚入っておるんじゃ。それが、ふたつ)
わしの気高き妖狐としてのプライドが、札束の力に激しく揺さぶられる。
あれだけあれば、スマホを買い換えたり、最新の家電やゲーム機を買うことも……。
ペチペチペチッ
「お、おやめくださいハヤテ様……!」
「受ける? 受けない? まあ、断るなら他の暇な妖怪に回すけど」
「うぬぬ……やらせていただきます」
わしは、札束の暴力の前にあっさりと膝を屈した。
「……シラギクちゃん、お金なら私が出すのに。そんな烏の言うこと聞かなくていい」
リンカが不満そうにわしの袖を引っ張る。
「違うんじゃリンカ! これは気高き妖怪としての、ビジネスへの矜持なんじゃ! 決して金に目が眩んだわけではない!」
わしが封筒を大事に抱きしめて言い訳すると、ハヤテは満足げに頷く。
「よろしい。じゃあ説明するね。隣町の山奥にさ、最近事故が多発してるトンネルがあるのよ」
「トンネル?」
「そう。そこにね、ちょっとタチの悪い地縛霊が住み着いちゃっててさ。人間の業者じゃどうにもならないから、妖怪の元締め経由でうちの部署に話が来たってわけ」
ハヤテは面倒くさそうに頭を掻いた。
「私、明日は大事な取引先の接待ゴルフで行けないからさ。あんた、適当に除霊してきてよ」
「……丸投げじゃな。まあよい。このシラギク様にかかれば、下級の幽霊など赤子の手をひねるようなものじゃ!」
「……私も行く。シラギクちゃんに変なのが寄り付かないように、監視しないと」
リンカはハヤテをじろりと睨みながら、わしの腕をさらに強く抱きしめる。
かくして、わしとリンカは、報酬の札束を胸に、心霊スポットである曰くつきのトンネルへと赴くことになったのだった。