無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~ 作:パッタリ
ハヤテが去ったあと、わしはウキウキな気分で茶封筒の中身を確認した。
「ふふふ、前金でこれほどの厚み。ハヤテの奴め、案外気前が……って、なんじゃこりゃあ!」
封筒から出てきたのは、一番上が一万円札で、あとはすべて千円札という見事なまでにかさ増しされた代物。
これでは数十万円ではなく、数万円にしかならん。
「あのクソガラスめ! 見事にわしを騙しおったな!?」
わしはギリィッと歯を鳴らし、封筒を握りしめた。
しかし、受け取ってしまった以上、依頼をすっぽかせば妖怪社会でのわしの信用に関わる。
泣く泣く引き受けるしかないのが、現代を生きる妖怪の世知辛さよ。
***
ハヤテに再会したら、とりあえず背中にある羽をいくらかむしる。
そう考えながら電車に揺られていると、トンネルに近い駅へと到着したので降りる。
すっかり日が落ち、夕方から夜へと変わりつつある道を、わしとリンカは並んで歩いていた。
「……ねえ、シラギクちゃん。あの烏天狗の人とは、どういう関係?」
「ハヤテか? あやつとは、もう数十年前からの知り合いじゃ。当時はよく組んで、結構悪いこともしておったんじゃぞ」
遠い目をしながら語ると、リンカは興味津々な様子でわしの袖を引いた。
「……悪いことって? 昔のシラギクちゃんのこと、もっと知りたい」
「う、うむ……まあ、いろいろじゃよ」
純粋な瞳に見つめられ、わしは当たり障りのない範囲で誤魔化しつつ語った。
ギリギリ犯罪になりそうなものから、割とアウトなものまで。
「……とにかく、人間に紛れて暮らすというのは面倒なことばかりじゃ。裏の組織に目をつけられんよう、ある程度はお行儀よく生きないといかん。まあ、人間に紛れることができず、ひっそり暮らしておる不器用な妖怪たちに比べれば、わしはまだ上手くやれてる方ではあるがな」
「……そっか。じゃあ、他の妖怪もいっぱいいるんだね。河童とか、鬼とか。……ちょっと見てみたいな」
中学生らしい、子どもっぽい無邪気さを見せるリンカ。だが、わしは少し困ったように眉を下げた。
「それは無理な相談じゃ。妖怪の大半は、人間相手に正体を知られたくないと思っておる。それぞれの生活があるんじゃ。わしが勝手に紹介することはできん」
「……そっか。残念。まあ、シラギクちゃんがいれば私はそれでいいけど」
リンカがわしの腕に再びぎゅっと抱き着いてきたところで、目的地に到着した。
山奥にある、古びたコンクリートのトンネル。
入り口の前に立った瞬間、わしの背筋に悪寒が走った。
「なんじゃ、この嫌な気配は……」
トンネルの中に足を踏み入れた途端、背後の景色がぐにゃりと歪み、入り口が壁となって空間が封鎖された。
同時に、トンネルの奥からどす黒い靄が集まり、巨大な化け物の姿を形作る。
「ギョエェェッ!!」
「なっ!? ちょっと待て、下級の地縛霊じゃないだと!? これ、かなり強力な怨霊じゃぞ!」
わしは心の中で全力でハヤテに毒づいた。
あのクソガラス、こんなやばい案件を押しつけおって!
長生きしているとはいえ、わしの実力は妖怪基準ではそれなりでしかない。
わしは指先に妖力を込め、青白い狐火をいくつも放って牽制する。
「ブォォォッ!」
「効かんか!? なら、もっと威力を……しまっ、リンカ!」
怨霊はわしの狐火を強引に突破すると、背後にいる霊力の塊──無防備なリンカへと標的を変え、巨大な爪を振り下ろした。
「危ないっ!」
わしは慌ててリンカを突き飛ばし、自らが盾となる。
「ぐあっ!?」
強烈な一撃を受け、そのままトンネルの壁に激しく叩きつけられた。
「ギシャァッ!」
「くっ、舐めるな!」
休む間もなく繰り出される追撃を、わしは這いつくばるようにしてギリギリで回避する。だが、完全には避けきれず、鋭い風圧がわしの頬をかすめた。
頬から赤い血が少しだけ流れ落ちる。
(ええい、文句はあとじゃ! 年長者としての見栄を張ってでも、この娘を守らねば……!)
痛みをこらえ、再び気合を入れ直そうとしたその時。
「血。……シラギクちゃんから、血が」
振り返ると、リンカがうつむいて立ち尽くしていた。
周囲の空気が、異常なほどに重くなっている。
呼吸をするだけで肺が凍りつきそうなほどの、圧倒的な霊圧。
「……私の、シラギクちゃんを。よくも傷つけたね」
リンカが顔を上げた。
その瞳には、一切の光がなかった。
底なしの泥沼のような、愛憎と執着が入り混じった黒い呪詛。
それは間違いなく、純度の高い陰陽術の力じゃった。だが、あまりにも重すぎる。
「……消えろ。潰れろ。二度と、私の前に現れないで」
リンカが、怨霊に向けて片手を差し出した。
「ギ、ギィィィッ……!?」
先ほどまでわしを圧倒していた巨大な怨霊が、見えない巨大な手に握り潰されるように、空間ごと圧縮されていく。
プチッ
それはまるで、血を吸って膨れた蚊を握り潰したかのような、あっけない音。
たったそれだけで、目の前にいた怨霊は文字通り消滅した。
封鎖されていた空間が解け、トンネルの奥から夜風が吹き込んでくる。
(ちょっと待て。先祖に陰陽師がいるだけの一般家庭の娘じゃろ……? なのに……わしより強くね……?)
背筋に、冷たい汗がそっと流れ落ちた。
まったく鍛えてないのに悪霊を蹴散らせる圧倒的な才能。そして、美少女過ぎるわしに対する異常なまでの執着。
もし、このメンヘラ少女の機嫌を損ねてしまったら。
(……まさか、監禁ルートあり得るのでは!? そうなったら絶対に逃げられんぞ!?)
わしの胃が、かつてないほどの痛みを訴え始めた。
「……シラギクちゃん、大丈夫?」
怨霊を消し飛ばしたリンカが、何事もなかったかのように駆け寄ってくる。
「これが、私の力なんだね。……ねえ、シラギクちゃん。私、もっとこの力を鍛える。修行する。そうすれば、ずっとシラギクちゃんを守ってあげられるから……!」
目を輝かせるリンカ。
わしは全力で首を横に振った。
「だ、ダメじゃ! 鍛える必要などない!」
「……え? なんで?」
「お主は一般人じゃろ!? わしは気高き大妖怪! わしがお主を守るから、お主は今まで通り普通の中学生として生きるのじゃ! 約束じゃぞ!」
(これ以上鍛えられたら、ストーカー能力がカンストして、わしのプライバシーが完全消滅してしまう!)
なんとか必死に言いくるめると、リンカは少し不満そうに頬を膨らませた。
「……むー。わかった。シラギクちゃんが言うなら、そうする」
素直に頷いてくれたことにほっとしたのも束の間。
「……あ、血」
わしの頬に流れる血を見つめると、リンカは顔を近づけ、柔らかい舌が傷口を舐め始める。
「なっ!? り、リンカ……!?」
「……ん、ちゅっ……」
しかも舐めるだけでなく、リンカはわしの傷口に唇を押し当て、ちゅうちゅうと血を吸い始める始末。
「……シラギクちゃんの血、甘い、美味しい……もっと、飲みたい……」
「や、やめい。吸血鬼かお主は」
ゾクゾクとするような感覚に身をよじりながら、わしは心の中で全力でツッコミを入れた。
(いかん、いかんぞ。メンヘラを拗らせ過ぎて、新種の妖怪に進化しとるじゃろ、これは)
貞操の危機と監禁ルートの気配に怯えながら、わしの胃壁は今日もまた少しだけ薄くなっていく。
……そろそろ胃薬を買うべきかもしれん。