無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~ 作:パッタリ
朝早くの五時過ぎ。わしの住む安アパートのチャイムが鳴り響いた。
「来たな……」
ドアスコープから外を覗くと、そこには少し眠そうな顔をした烏天狗のハヤテが立っていた。
接待のゴルフに行く前に、後払いの報酬を持ってやって来たのじゃろう。
「おはようございます、ハヤテ様。わざわざ朝早くから、報酬のお届けご苦労様でございます」
両手を前で揃え、これ以上ないほどの作り笑顔と、わざとらしいほど丁寧な声で出迎える。
「お、おおう? なんか今日のあんた、妙に素直じゃん。はいこれ、残りの五万円分。今回はちゃんと全部一万円札だから。いやあ、その日のうちに終えるとはねえ」
ハヤテが油断しきった顔で茶封筒を差し出した、その瞬間。
わしは電光石火の早業でハヤテの手首を掴んで部屋の中に引きずり込み、空いた手で玄関の鍵を閉めた。
「えっ? ちょっ、シラギ──」
「このクソボケがーっ!」
「ぎゃあぁっ!?」
わしはハヤテの胸ぐらを掴み、そのまま畳の上へと押し倒した。
そして、馬乗りになって妖力を流して変化の術を強制解除させると、その背中から生えている黒い翼の羽をむしり取ってやった。
「ちょ、ストップ、ストップ! ハゲる! 私の美しい翼が!」
「ハゲてしまえ! お主、昨日のあれが下級の地縛霊じゃと!? 空間の封鎖までしてくるゴリゴリに強力な怨霊だったぞ! あんなやばいのが出るとわかっておれば、もっと入念に準備していたというのに! おかげでこっちは死にかけたわ!」
わしは両手に黒い羽を握りしめたまま、昨日の夜、どれだけ大変な思いをしたかをこれでもかと語って聞かせた。
「だ、だって私が行く予定の時はそんなに強い気配じゃなかったし! 突発的に変異したんじゃないの? ていうか、あんたよく無事で帰ってこれたね!?」
「ふ、ふん! わしを誰だと思っておる。百年以上を生きる気高き妖狐、シラギク様じゃぞ。あの程度の怨霊、わしに秘められた妖力と機転の前には、赤子の手をひねるようなものじゃったわ!」
わしは胸を張り、大見栄を切ってみせた。
もちろん、大嘘である。
実際に怨霊をぷちっと瞬殺したのはリンカだ。
だが、リンカの圧倒的な力については、絶対にハヤテには……いや、裏社会に通じている者には誰一人として知られるわけにはいかぬ。
(桁外れの霊力を持つとはいえ、実際はまだ幼い中学生の少女じゃぞ)
もしそんな情報が裏社会に広まれば、妖怪の元締めや怪しげな組織が、リンカを我が物にしようと動き出すかもしれん。
そうなれば、間違いなく血みどろの争いや危険極まりない裏の任務に巻き込まれることになる。
(……決して、自分の力を自覚して経験を積んだリンカが怖いわけではないぞ。大人の……いや、年長者の妖怪としての、せめてもの配慮というやつじゃな。うむ)
わしは内心でそう呟きながら、少しだけ後ろに視線を動かす。
「……すー、はー。すー、はー」
そこには、わしのモフモフな狐尻尾に顔を埋め、恍惚とした表情で深呼吸を繰り返しているリンカの姿があった。
……そう、リンカは今、わしの家にいる。
昨夜のトンネルでの一件のあと、一度自分の家に帰って風呂に入ったはずなのだが、「シラギクちゃん成分が足りない」とかなんとか言って、深夜に再びわしのアパートへやって来て泊まり込んだのだ。
「……ていうかさ、その子、なんでまたいるの? まさか同棲?」
「アホなことを言うな! ただのお泊まりじゃ! ほれ、報酬は確かに受け取った。用が済んだならさっさと帰れ、このハゲガラス!」
「誰がハゲガラスよ! あーあ、せっかくのスーツに羽の残骸がいっぱいついちゃったじゃん……。それじゃあね」
羽をむしられて少しボロボロになったハヤテは、軽く手を振りながら玄関から出ていった。
「ふぅ……朝から疲れた」
わしは改めて、ちゃぶ台の上に置かれた二つの茶封筒を並べた。
前払いの五万円(千円札でかさ増しされている)と、後払いの五万円。
合わせて十万円という、なかなかの臨時収入である。
「ふははは! 見よ、リンカ! 十万円じゃぞ! これで最新のゲーム機も買えるし、スマホだって新しいのに機種変更できる! 回らないお寿司にだって行けるかもしれん!」
わしが目を輝かせながら札束を扇子のようにして仰いでいると、尻尾を抱きしめていたリンカがひょっこりと顔を上げた。
「……シラギクちゃん。買い物、行くの?」
「うむ! せっかくの臨時収入、使わねばもったいない」
「……じゃあ、私も一緒に行く。私のお金も合わせれば、もっとたくさん買えるから」
「ヒモにはならんと言っておる。まあ、買い物に付き合ってくれるというなら歓迎するぞ。ゲームのソフトとか、一緒に選ぶのは楽しいじゃろうしな」
わしが軽く頷くと、リンカの瞳の奥に、ぞくりとするような重たくて暗い熱が灯った。
「……一緒に、お買い物。デートだ。シラギクちゃんと、デート……!」
「わしはそんなこと一言も言ってないが!?」
リンカの脳内変換の恐ろしさに戦慄していると、やがて彼女のスマホのアラームが鳴った。
もうすぐ登校の時間である。
「……行きたくない。ずっとシラギクちゃんの尻尾、嗅いでいたい……」
「そうもいかんじゃろ。ほれ、学生の本分は学業じゃ。遅刻する前に行きなさい」
リンカは名残惜しそうにわしの狐耳と尻尾をこれでもかと堪能し、狐耳に重いキスを残してから、ようやく学校へと向かっていった。
ガチャリ、とドアが閉まる音が響く。
一人になった六畳一間の部屋で、わしは大の字になって畳の上に寝転がった。
「あー……。ただ生きるだけでも大変じゃあ……」
天井の木目をぼんやりと見つめながら、わずかに本音が漏れる。
昨夜の強力な怨霊。そして、リンカの底知れぬ才能と力。
(わしがリンカを守るなどと大見栄を切ったはいいが……今のわしの力で、本当にいざという時、あの娘を守り切れるんじゃろうか)
今回の怨霊はリンカが瞬殺してくれたが、もし万が一、リンカの術が通じないようなやばい大妖怪や悪霊が現れたら。
そろそろ、真面目に修行をして鍛え直すべきかもしれぬ。
「……いや、でも修行とかめんどいしなぁ」
すぐに怠惰な部分が顔を出す。
こんなことなら大昔、妖狐の里にいた頃に、長老の退屈な授業をもっと真面目に聞いておけばよかった。
あの頃のわしは、しょっちゅう修行をサボっていた。
「まあ、いざとなれば足の速さには自信があるし、なんとかなるじゃろ……」
そんな言い訳を考えていた時だった。
ピコーン。
枕元に放り投げていたスマホが鳴る。メッセージアプリの通知だ。
【リンカ:放課後になったらすぐ向かうね】
【リンカ:デート、楽しみ】
【リンカ:シラギクちゃん、どんな格好で来るのかな?】
【リンカ:(ハートに包丁が刺さった謎のスタンプ)】
「……スタンプのチョイスが怖すぎるんじゃが」
わしは引きつった笑みを浮かべながらスマホを閉じた。
デート、もといお出かけプランをしっかり練っておかなければ。
「よし……まずは朝風呂じゃ。行きつけの銭湯で汗を流しながら、完璧で安全なプランを考えるとしよう……」
わしは重い腰を上げ、お風呂セットの入った荷物を手に取ると、朝の眩しい日差しの中へと飛び出していくのだった。