無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~ 作:パッタリ
常時位置情報共有アプリ。
そんな凶悪な、ストーカーのために作られたとしか思えないツールを仕込まれた翌日。
わしはファミレスのバイトへ向かうにあたり、スマホお留守番作戦を決行することにした。
つまりは、偽装工作である。
「スマホを置いていけば、ずっと家にいるように見えるはず……。じゃが、まったくGPSが動かんのも不自然に思われる」
わしは六畳一間の部屋を見渡し、通販で買った数千円の激安ロボット掃除機に目をつけた。
何年か前、興味本位で買ったはいいが、自分で掃除した方が早いので押し入れ行きになった代物だ。
ガムテープでスマホをその背中にしっかりと設置し、スイッチを入れる。
「さてさて、壊れてないといいがの」
ウィィィンと安っぽいモーター音を立てながら、スマホを乗せたロボット掃除機が部屋の中をゆっくりと走り始めた。
壁にぶつかっては方向転換し、また進む。
「ふははは! 完璧じゃ! これでマップ上では、わしが部屋の中を歩き回っているように見えるはず! 我ながら天才的な発想じゃな!」
わしは自分の完璧な偽装工作に酔いしれながら、黒髪の大人の女性たるシラカワの姿に変化し、意気揚々とファミレスへと向かった。
***
「いらっしゃいませー。三名様ですね、ご案内いたします」
バイトは順調だった。
接客も滞りなくこなし、まかないのハンバーグを楽しみにしながら休憩時間に入ろうとした、その時。
ビキィッ! と。
頭の中で、妖怪としての直感が強烈な警鐘を鳴らした。
(な、なんじゃこの胸騒ぎは!? リンカのメンヘラオーラが、わしのアパートの方角に向かっておるような……!)
嫌な汗がどっと吹き出す。
考えてみれば、六畳一間の狭い部屋を数時間もぶっ通しで歩き回るなど、どう考えても不自然極まりない。
リンカがそのGPSの異常な動きに気づき、様子を見に行ったとしたら……!
「て、店長! ちょっと急用で休憩をいただきます!」
わしは裏口から外へ飛び出すと、人目につかない路地裏に駆け込んだ。
そしてポンッという音と共に大人の姿を解き、さらには美少女の姿すら捨てて、四つん這いの本来の狐の姿へと変化した。
「くおぉぉぉっ! 間に合えぇぇっ!」
獣の姿ならば、人間の姿で道路とかを移動するよりも、数十倍の速度で移動できる。
わしは屋根から屋根へと飛び移り、弾丸のような猛ダッシュでアパートへと引き返した。
「ゼェ、ハァ……!」
開け放してあった小窓から六畳一間に飛び込み、壁に激突し続けているロボット掃除機の電源を前足で切る。
ガムテープを剥がしてスマホを枕元に放り投げ、間一髪で煎餅布団の中に潜り込んだ。
心臓が早鐘のように鳴っている。
その直後だった。
ガチャリと、玄関のドアがいともたやすく開く音がした。
(は……? 鍵はしっかりとかけて出たはずじゃぞ!? なぜ開く!? 合鍵!? いつの間に作られたんじゃー!?)
パニックで頭が真っ白になる中、足音が近づいてくる。
「……シラギクちゃん? ずっと部屋の中をぐるぐる回ってたみたいだけど……具合、悪いの?」
心配そうなリンカの声。
そして、そっと毛布がめくられた。
「……あれ?」
そこにいるのは、銀色の美しい毛並みを持つ小柄な狐……つまりは本来の姿となった妖狐のわしである。
「きゅ、きゅぅ〜……(寝込んでおるんじゃ、帰れ〜)」
咄嗟に病気の狐のふりをして誤魔化そうとしたが、リンカの瞳に怪しい光が灯った。
「……シラギクちゃん、苦しくて変化が解けちゃったんだね。可哀想に。私が看病してあげる」
「きゃう!?(ばっ、来るな!)」
リンカは狐の状態となっているわしを抱き上げると、その柔らかい頬をグリグリと押しつけてきた。
「……すー、はー。狐のシラギクちゃん、最高……すー、はー」
「ぐ、ぐえぇ……(苦しい、潰れる)」
それだけではない。
リンカはわしの狐耳の付け根や、首筋のあたりを、ちゅっと吸ったかと思うと、軽く歯を立てて甘噛みしてきたのだ。
「ぴゃうっ!?(なっ、何をする!?)」
「……ん。ふわふわで、いい匂い。ずっとこうしてたい……」
「きゅ、きゅぅぅ……(や、やめるんじゃ、変な声が出る……)」
このままでは全身をしゃぶり尽くされてしまう。
わしは最後の力を振り絞り、煙を立てて元の十四歳の美少女の姿に戻った。
「げほっ、ごほっ! わ、わしは風邪を引いておるんじゃ! お主に移っては大変じゃから、今日はもう帰るんじゃ!」
「……でも」
「いいから帰れー!!」
わしは力ずくでリンカを玄関まで押し出し、ドアを閉めてチェーンまでしっかりとかけた。
「……はぁ、はぁ。寿命が縮んだわい……」
合鍵の件はあとで問い詰めるとして、今はバイトに戻らねばならない。
しかし、ロボット掃除機の動きではまた怪しまれる。
わしは深いため息をつきながら、自分の銀髪を一本引き抜いた。
「……ううむ、妖力を無駄遣いしたくないんじゃが。背に腹は代えられん」
息を吹きかけると、髪の毛はわしとまったく同じ姿の、式神へと姿を変えた。
「お主、このスマホを持って、適当にテレビを見たり、トイレに行ったり、自然な人間の生活リズムで部屋の中を動くのじゃぞ」
式神がこくりと頷くのを確認すると、わしは再び裏口の窓から外へと飛び出した。
***
「ぜぇ、ぜぇ……戻りました……!」
ファミレスの裏口から滑り込み、大人の姿に戻って息も絶え絶えにホールに出る。
「シラカワさん!? 大丈夫ですか、すごい汗ですよ!?」
パートのおばちゃんが驚いて駆け寄ってきた。
「は、はい! 休憩中にちょっと……筋トレと走り込みをしておりまして! 健康第一ですから!」
引きつった笑顔で誤魔化し、なんとかその日のシフトを終えた。
バイトの帰り道、夜風に吹かれながらわしは痛む胃を押さえる。
(式神を使えば数日はどうにかなるじゃろうが……力も使うし、ずっとこのままというわけにはいかん)
根本的な解決策が必要だ。
わしはスマホを取り出し、連絡帳からあいつの番号を呼び出した。
「……もしもしー。なんだよー、昨日の今日で」
電話の向こうから、烏天狗たるハヤテのやる気のない声が聞こえる。
「クソガラス、起きておるか?」
「起きてるよ。今、残業の用意しながら酒飲んでるとこ。で、なんの用?」
わしは周囲に人がいないことを確認し、声を潜めて告げた。
「……妖怪の店への案内状を用意してくれい」
「は? 裏市に? あんた、あそこはぼったくられるから嫌いだって言ってなかったっけ」
「背に腹は代えられん。人間の店では買えん、特殊な道具が必要なんじゃよ!」
位置情報を完全に偽装する呪具か、あるいは合鍵すら無効化する強力な結界札か。
激重メンヘラ陰陽師の卵からプライドとプライバシーを守るため、わしは裏社会の扉を叩く決意を固めるのだった。