ドパガキダンジョン 作:匿名
秘書が帽子を脱いだだけで、ダンジョン中の魔物が伏せた。
ダンジョンコアが震え、魔力水晶に細かな亀裂が走る。
「私が魔王です、マスター様」
俺は虹色のサングラスを押し上げた。
「ようやく、決裁権のある方と話せるドパね」
「ええ。出資の相談でしたね」
魔王様は青いリボンの帽子を秘書の机へ置き、俺の事業計画を開いた。
「用地とダンジョンコア、配下の魔物はこちらで用意します。各地への展開も、魔王軍が引き受けましょう」
「話が早いドパ!」
「その代わり、全てのダンジョンを魔王軍の直轄とします。魔力の用途と、誰を帰すかは私が決めます」
黒い水晶へ指が走る。
俺の解放命令の画面に『権限がありません』と出た。
「出資の話が、買収になってるドパ」
「勇者一人を無力化する人間に、世界中の魔力を握らせると思いましたか?」
俺が描いた拠点の位置へ、魔王軍の旗が立っていく。
新機能の追加画面だけは、まだ俺の手元で開いた。
「仕組みを作るのは俺ドパよ」
「ですから、あなたには引き続き働いていただきます。待遇は保証します」
「秘書は?」
「新しい者をつけましょう」
青いリボンの帽子へ目がいった。
用済みになるのは、俺との今の関係だけらしい。
「契約条件の変更を要求するドパ」
「何を?」
「運営権は俺に。魔王様には、それ以上の利益を出すドパ」
魔王様は帳簿を閉じた。
「聖剣も、金貨も、毎日の報酬も見てきました。それで私を引き留めるおつもりなら、時間の無駄です」
確かに。手口を知っている相手へ、同じ景品を並べても仕方がない。
「では魔王様。まだ手に入れていないものは?」
「世界です」
黒い水晶から、前線の報告が入った。
『橋が落とされました。補給隊の到着まで、三日かかります』
「追撃は中止。兵を下げ、修復を優先しなさい」
『承知しました』
通信を切った魔王様が、世界地図の砦へ印をつける。
昨日と同じ場所だ。
「勝てる戦なのに、橋一本で三日です」
秘書が魔王かもしれないと思った時から、こうなる可能性は考えていた。
世界を欲しがる相手に、聖剣を一本差し出しても仕方がない。
だから、こいつ用の試作品を用意しておいた。
魔王様の前へ秘書の椅子を引き、保存していた盤面を開く。
卓上へ、海に囲まれた大陸が浮かび上がった。
色分けされた国境。城壁で囲まれた都市。街道に並ぶ軍隊の駒。
端には、国庫、兵糧、各国との関係を示す数字と、『進軍』のボタンが並んでいる。
「何ですか、これは」
「世界征服を遊ぶ盤上ゲームドパ。国を選んで、軍を動かして、領土を広げるドパよ」
隣国の旗に触れると、その王の顔と交渉の項目が開いた。
交易。不可侵条約。共同宣戦。属国化。
都市を開けば、農地、兵舎、研究施設。兵器を研究するにも、先に鉱山と街道がいる。
「攻めずに従わせることも?」
「食料を売っても、敵国を一緒に潰してもいいドパ。相手が何を欲しがってるか次第ドパね」
地図の端にある魔王軍の旗を選ぶと、都市の上に魔王様の紋章が立った。
その隣では、人間の砦が赤く光っている。
「こんな子供騙しに、私が付き合うと?」
「魔王様が勝ったら、部下になるドパ」
帳簿へ戻りかけた手が止まった。
「全ダンジョンの運営権も、差し出すと?」
「丸ごとドパ。言われたとおりに働くドパよ」
「勝利条件は?」
「世界征服。全ての国に、魔王様の旗を立てるドパ」
魔王様は椅子を引き、盤面の端から端まで見渡した。
「その言葉、撤回は認めません」
「まずは隣の砦からどうぞドパ」
細い指が、魔王軍の駒を動かした。
砦の兵数を確かめ、正面へ主力を置く。逃げ道には別の部隊を回した。
「降伏勧告を」
白旗が上がった。
城門が開き、魔王軍の旗が立つ。領土の色が塗り替わった。
「悪くありませんね」
次の都市へ駒を進める。
今度は敵が橋を落とした。補給の数字が赤くなり、足を止めた軍の背後へ隣国の兵が迫る。
「その国とは、不可侵条約を結んだはずです」
「結んだ時は、魔王様の軍が国境にいたドパね」
援軍を戻す。間に合わない。
奪ったばかりの砦から魔王軍の旗が消えた。
魔王様は地図を拡大した。
落とされた橋と、空にした国境を交互に見る。
「……砦を取った後、ここに兵を残しておけば」
「もう一戦するドパ?」
「初めからですか?」
「巻き戻し機能もあるドパ。好きな判断の直前から、やり直せるドパよ」
盤面の端へ、これまでの手が並んだ。
魔王様は砦が降伏したところを選んだ。
倒れた兵が起き上がり、焼けた橋が戻る。
「今度は主力を動かしません。先に渡河地点を押さえます」
橋の向こうへ守備隊を置き、街道へ補給の駒を並べる。
隣国は動かなかった。
食料を切らさずに進んだ軍が、二つ目の都市を包囲する。
城門が開いた。
「ほら。やはり、これでよかった」
魔王様が笑った。
先ほど失った砦も、今度は自分の色のままだ。
「ただ、この守備隊は半分でも足りましたね。余った兵を東へ回せば、もっと早く——」
指が、また履歴へ戻る。
俺は何も言わなかった。
黒い水晶が鳴った。
『橋の修復に使う職人の増員を申請します。ご裁可を』
「許可します。費用はこちらで持ちましょう」
現実の書類へ署名し、盤面へ戻る。
こちらの橋は、もう直せている。
東へ回した軍は勝った。だが、兵を抜いた西の都市で反乱が起きた。
「税を取りすぎたのですね。なら、占領直後だけ下げればいい」
今度は兵の動きを変えず、税の設定だけを直した。
反乱が消え、国庫が減った。余った鉄を隣国へ売ろうとすると、金の代わりに港の使用権を提示された。
「この港からなら、山を越えずに東へ兵を送れますね」
魔王様は取引を成立させ、造船の研究を開いた。
「……いえ、先に交易船を増やせば、戦費も賄える」
軍隊を選んでいた指が、今度は都市の建設予定を並べ替えた。
自分で考えた手が、一つずつ地図を塗り替えていく。
「ここを落とせば、あなたは私の部下です」
最後の王国へ兵を集めた瞬間、背後の同盟国が離反した。
盤面に同盟国の王の顔が浮かび、こちらを見下ろした。
『貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ。』
魔王様の指が止まる。
「……最後まで私の味方をする理由が、ありませんでしたね」
相手への贈り物では足りない。
先に属国にするか。隣に軍を残すか。そもそも、この国を最後にすればよかったのか。
魔王様は地図を見渡し、最初の砦へ目を戻した。
「わかりました。攻める順番です」
履歴を辿り、一手目まで戻す。
せっかく塗り替えた大陸が、元の色へ戻った。
「次は、もっと上手くできます」
黒い水晶が鳴った。前線から、工事の護衛に回す兵の承認を求める通信だった。
「後にしなさい。今、世界を征服しています」
通知を切り、盤面へ手を戻す。
「あと一ターンだけ!」
契約書は署名されないまま、机の端へ押しやられていた。
魔王様は秘書の椅子から立たない。
流れ込んだ滞在魔力だけで、空の水晶が一瞬で紫に染まった。
青いリボンの帽子を膝へ置き、十二回目の世界征服を始めた。