ドパガキダンジョン   作:匿名

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第十話 世界征服まで、あと一国!

 

 秘書が帽子を脱いだだけで、ダンジョン中の魔物が伏せた。

 ダンジョンコアが震え、魔力水晶に細かな亀裂が走る。

 

「私が魔王です、マスター様」

 

 俺は虹色のサングラスを押し上げた。

 

「ようやく、決裁権のある方と話せるドパね」

「ええ。出資の相談でしたね」

 

 魔王様は青いリボンの帽子を秘書の机へ置き、俺の事業計画を開いた。

 

「用地とダンジョンコア、配下の魔物はこちらで用意します。各地への展開も、魔王軍が引き受けましょう」

「話が早いドパ!」

「その代わり、全てのダンジョンを魔王軍の直轄とします。魔力の用途と、誰を帰すかは私が決めます」

 

 黒い水晶へ指が走る。

 俺の解放命令の画面に『権限がありません』と出た。

 

「出資の話が、買収になってるドパ」

「勇者一人を無力化する人間に、世界中の魔力を握らせると思いましたか?」

 

 俺が描いた拠点の位置へ、魔王軍の旗が立っていく。

 新機能の追加画面だけは、まだ俺の手元で開いた。

 

「仕組みを作るのは俺ドパよ」

「ですから、あなたには引き続き働いていただきます。待遇は保証します」

「秘書は?」

「新しい者をつけましょう」

 

 青いリボンの帽子へ目がいった。

 用済みになるのは、俺との今の関係だけらしい。

 

「契約条件の変更を要求するドパ」

「何を?」

「運営権は俺に。魔王様には、それ以上の利益を出すドパ」

 

 魔王様は帳簿を閉じた。

 

「聖剣も、金貨も、毎日の報酬も見てきました。それで私を引き留めるおつもりなら、時間の無駄です」

 

 確かに。手口を知っている相手へ、同じ景品を並べても仕方がない。

 

「では魔王様。まだ手に入れていないものは?」

「世界です」

 

 黒い水晶から、前線の報告が入った。

 

『橋が落とされました。補給隊の到着まで、三日かかります』

「追撃は中止。兵を下げ、修復を優先しなさい」

『承知しました』

 

 通信を切った魔王様が、世界地図の砦へ印をつける。

 昨日と同じ場所だ。

 

「勝てる戦なのに、橋一本で三日です」

 

 秘書が魔王かもしれないと思った時から、こうなる可能性は考えていた。

 世界を欲しがる相手に、聖剣を一本差し出しても仕方がない。

 だから、こいつ用の試作品を用意しておいた。

 

 魔王様の前へ秘書の椅子を引き、保存していた盤面を開く。

 卓上へ、海に囲まれた大陸が浮かび上がった。

 色分けされた国境。城壁で囲まれた都市。街道に並ぶ軍隊の駒。

 端には、国庫、兵糧、各国との関係を示す数字と、『進軍』のボタンが並んでいる。

 

「何ですか、これは」

「世界征服を遊ぶ盤上ゲームドパ。国を選んで、軍を動かして、領土を広げるドパよ」

 

 隣国の旗に触れると、その王の顔と交渉の項目が開いた。

 交易。不可侵条約。共同宣戦。属国化。

 都市を開けば、農地、兵舎、研究施設。兵器を研究するにも、先に鉱山と街道がいる。

 

「攻めずに従わせることも?」

「食料を売っても、敵国を一緒に潰してもいいドパ。相手が何を欲しがってるか次第ドパね」

 

 地図の端にある魔王軍の旗を選ぶと、都市の上に魔王様の紋章が立った。

 その隣では、人間の砦が赤く光っている。

 

「こんな子供騙しに、私が付き合うと?」

「魔王様が勝ったら、部下になるドパ」

 

 帳簿へ戻りかけた手が止まった。

 

「全ダンジョンの運営権も、差し出すと?」

「丸ごとドパ。言われたとおりに働くドパよ」

「勝利条件は?」

「世界征服。全ての国に、魔王様の旗を立てるドパ」

 

 魔王様は椅子を引き、盤面の端から端まで見渡した。

 

「その言葉、撤回は認めません」

「まずは隣の砦からどうぞドパ」

 

 細い指が、魔王軍の駒を動かした。

 砦の兵数を確かめ、正面へ主力を置く。逃げ道には別の部隊を回した。

 

「降伏勧告を」

 

 白旗が上がった。

 城門が開き、魔王軍の旗が立つ。領土の色が塗り替わった。

 

「悪くありませんね」

 

 次の都市へ駒を進める。

 今度は敵が橋を落とした。補給の数字が赤くなり、足を止めた軍の背後へ隣国の兵が迫る。

 

「その国とは、不可侵条約を結んだはずです」

「結んだ時は、魔王様の軍が国境にいたドパね」

 

 援軍を戻す。間に合わない。

 奪ったばかりの砦から魔王軍の旗が消えた。

 

 魔王様は地図を拡大した。

 落とされた橋と、空にした国境を交互に見る。

 

「……砦を取った後、ここに兵を残しておけば」

「もう一戦するドパ?」

「初めからですか?」

「巻き戻し機能もあるドパ。好きな判断の直前から、やり直せるドパよ」

 

 盤面の端へ、これまでの手が並んだ。

 魔王様は砦が降伏したところを選んだ。

 倒れた兵が起き上がり、焼けた橋が戻る。

 

「今度は主力を動かしません。先に渡河地点を押さえます」

 

 橋の向こうへ守備隊を置き、街道へ補給の駒を並べる。

 隣国は動かなかった。

 食料を切らさずに進んだ軍が、二つ目の都市を包囲する。

 

 城門が開いた。

 

「ほら。やはり、これでよかった」

 

 魔王様が笑った。

 先ほど失った砦も、今度は自分の色のままだ。

 

「ただ、この守備隊は半分でも足りましたね。余った兵を東へ回せば、もっと早く——」

 

 指が、また履歴へ戻る。

 俺は何も言わなかった。

 

 黒い水晶が鳴った。

 

『橋の修復に使う職人の増員を申請します。ご裁可を』

「許可します。費用はこちらで持ちましょう」

 

 現実の書類へ署名し、盤面へ戻る。

 こちらの橋は、もう直せている。

 

 東へ回した軍は勝った。だが、兵を抜いた西の都市で反乱が起きた。

 

「税を取りすぎたのですね。なら、占領直後だけ下げればいい」

 

 今度は兵の動きを変えず、税の設定だけを直した。

 反乱が消え、国庫が減った。余った鉄を隣国へ売ろうとすると、金の代わりに港の使用権を提示された。

 

「この港からなら、山を越えずに東へ兵を送れますね」

 

 魔王様は取引を成立させ、造船の研究を開いた。

 

「……いえ、先に交易船を増やせば、戦費も賄える」

 

 軍隊を選んでいた指が、今度は都市の建設予定を並べ替えた。

 自分で考えた手が、一つずつ地図を塗り替えていく。

 

世界征服率 九十九・九%

 

完全征服まで、あと一国!!

 

「ここを落とせば、あなたは私の部下です」

 

 最後の王国へ兵を集めた瞬間、背後の同盟国が離反した。

 盤面に同盟国の王の顔が浮かび、こちらを見下ろした。

 

『貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ。』

 

 魔王様の指が止まる。

 

「……最後まで私の味方をする理由が、ありませんでしたね」

 

 相手への贈り物では足りない。

 先に属国にするか。隣に軍を残すか。そもそも、この国を最後にすればよかったのか。

 魔王様は地図を見渡し、最初の砦へ目を戻した。

 

「わかりました。攻める順番です」

 

 履歴を辿り、一手目まで戻す。

 せっかく塗り替えた大陸が、元の色へ戻った。

 

「次は、もっと上手くできます」

 

 黒い水晶が鳴った。前線から、工事の護衛に回す兵の承認を求める通信だった。

 

「後にしなさい。今、世界を征服しています」

 

 通知を切り、盤面へ手を戻す。

 

「あと一ターンだけ!」

 

 契約書は署名されないまま、机の端へ押しやられていた。

 魔王様は秘書の椅子から立たない。

 流れ込んだ滞在魔力だけで、空の水晶が一瞬で紫に染まった。

 

 青いリボンの帽子を膝へ置き、十二回目の世界征服を始めた。

 

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