ドパガキダンジョン 作:匿名
「管理室に籠もっていては、顧客解像度が上がらないドパ!」
俺は秘書を連れ、街へ視察に出た。
二本のツノは、幅広の帽子の中へ隠してある。歩くたびに帽子がずれ、そのたびに彼女が押さえていた。
屋台で串焼きを二本買い、一本を渡す。
「お父さんを見ませんでしたか?」
広場の端で、少女が通行人へ手書きのビラを差し出していた。
隣の少年が残りを抱えている。一枚ごとに、鎧姿の男の顔が少しずつ違った。
「……あんなやつ、戻ってこなければいいのに」
少女の後ろで、母親が呟いた。
母親が娘の肩へ手を置いた。
「もう帰ろう。足、痛いでしょう」
「これだけ配ったら。あと三枚だから」
母親はしばらく黙ってから、しゃがんで娘の靴の踵を起こした。
少女はその肩へつかまりながら、次の人を探している。
「少し座ろう。僕が聞いてくるから」
「でも、お父さんが通ったら、わたしの方がすぐわかるよ」
少年の束から一枚取り、こちらへ走ってきた。
靴の片方は踵が潰れ、足を上げるたびに脱げかけている。
「この人、見ませんでしたか? この紙、持っていってもらえますか?」
受け取った紙には、顔より大きな剣と、何度も書き直した名前があった。
七日目ログインボーナスのA級だ。
「先生を連れ戻すって言ったのに、運動会の日から帰ってこなくて」
紙を渡した手首に、細い紐が結んであった。
「それは何ドパ?」
「かけっこで一番になったら、腕につけてくれるの」
少女は袖をまくって見せた。
「お母さんの隣に、お父さんの席も取ったんだよ。走る前に見たけど、まだ来てなくて」
俺は串焼きを口へ運びかけた。
「でも一番なら、後からでもわかるでしょ。だから、これ見せるの」
ほどけかけた結び目を、小さな指で締め直す。
あの男は、その時間に二枚の手紙を捨てていた。
「……腹は減ってないドパ?」
まだ口をつけていない串焼きを差し出す。
少女は手を伸ばしかけ、少年を見た。
「半分こしてもいい?」
「好きにするドパ」
受け取ると、大きい方の肉を少年へ向けた。
「ずっと一緒に探してくれてるの」
少年は一つだけ抜き取り、残りを少女へ返す。
少女は肉を頬張りながら、通り過ぎる鎧姿を目で追っていた。
俺は秘書へ向き直った。
「父親を帰すドパ。奥さんのところへ」
「今も周回中です。七日目の報酬を諦めておりません」
「出口へ誘導して、それ以外は閉じるドパ」
秘書は黒い通信水晶を取り出したが、まだ命令を送らない。
「解放する理由を、報告書へ記載しなければなりません」
「A級の帰還者が出れば、安全性を宣伝できる。次の客を呼ぶためだよ」
少女が、串に残った最後の一つを食べ終えた。
「おいしかった。ありがとう」
「北門の方でも待ってみるドパ。もうすぐ帰ってくるかもしれないドパよ」
少女が母親の手を引いた。少年も残ったビラを抱えてついていく。
秘書は通りの向こうへ目をやり、それから俺を見た。
「……そういうことにしておきましょう」
水晶へ解放命令が送られた。
しばらくして、北門から鎧姿の男が走ってきた。
「お父さん!」
少女が飛びつく。男の腹へ顔を押しつけてから、袖をまくって腕を差し出した。
「見て。一番だったよ」
「おお、偉いぞ! お父さんも家族のために頑張って——」
「お帰りなさい。話は家で聞くわ」
「いつものお店にも、聞いておいたから」
男は娘の肩へ置いた手を止め、北門を振り返る。
「もう一周してきていいか?」
「駄目」
少女が、父親の手を両手で握った。
今度は男も振りほどかなかった。
少年が、一人だけ戻ってきた男の後ろを見た。
「中に、ほかの人はいませんでしたか?」
「……壁の向こうに何人もいた。俺では開けられなかった」
「なら、僕が連れて帰ります」
家族が歩き出すと、少年はこちらへ来た。
黒い通信水晶を一度見てから、俺へ頭を下げる。
「あの子のお父さんを帰してくれて、ありがとう」
返事を待たず、少女たちを追いかけていった。
「あの少年……」
「どうしたドパ?」
「いえ、何でもありません」
「帰還者が宣伝する前に、次の客が決まったドパねぇ」
秘書は笑わなかった。
「人間の味方をすれば、魔王様が黙っていませんよ」
「それをお前が報告すれば、ドパね」
彼女の手の中で、黒い水晶が光っていた。
俺は報告を止めろとは言わなかった。
秘書は水晶へ指を置き、通信を切った。
屋台へ戻ると、彼女は果実水を二つ買った。
代金を出そうとした俺へ、片方を押しつける。
「こちらは私が払います」
「経費にするドパ?」
「私が払います」
果実水を受け取ると、秘書は有無を言わせず俺の袖を引いた。