ドパガキダンジョン 作:匿名
「マスター様。昨日の少年が来ました」
水晶板には、一人でダンジョンへ入る少年が映っていた。
『中にいる人を、全員返してもらいます』
昨日、俺たちに礼を言った時と同じ声だった。今度は頭を下げず、剣を抜く。
「見込み客が自分から来たドパねぇ! これが口コミ集客ドパ!」
「あの少年。この町で唯一のS級冒険者です。いわゆる勇者ですね」
「それを昨日報告するドパ!」
「S級でも、欲しい物くらいあるドパ。ここじゃ俺がルールを決めるドパよ!」
成功実績の高い施策から、全部ぶつける。
虹色に光る聖剣。見ない。
スチームも、フラッシュも、少年の背中を照らしただけだった。
数字の浮かぶ壁ごと斬った。
『惜しい!』の文字が真っ二つになって床へ落ちる。少年はその上を通り抜けた。
初回ログインボーナスの金貨は、踏まずに跨いだ。
「施策への反応、ゼロです」
「全部盛りでCVRゼロなんて聞いたことないドパ!」
『出してくれ! あと一周すれば抜けるんだ!』
壁の向こうから、三百周目のC級が叫んでいる。
その声に、少年が初めて足を止めた。
少年は報酬部屋へ続く扉ではなく、その壁を斬った。
「帰りますよ」
「離せ! 次こそ当たる!」
暴れる男を肩へ担ぐ。
「出口を閉じるドパ! まだ帰すとは言ってないドパ!」
外へ続く通路を、分厚い石扉が塞いだ。
少年はC級を背中へ担ぎ直し、剣を一度振るった。
石扉が斜めにずれ、向こうから日の光が差し込む。
「出口がなければ、作ります」
男を庇って破片を避け、そのまま外へ運び出す。
待っていた衛兵へ引き渡された男が、慌てて振り返った。
『俺の財布の金も、返してもらおうか』
衛兵の隣から別の男が進み出た。
C級は空の報酬袋を抱え、入口を指す。
『今から倍にするんだ! あと一周だけ貸してくれ!』
『先に大当たりを出すのは私よ!』
『そいつより俺の方が速い!』
「続きは外でお願いします」
別々の通路で競う元恋人たちを、両脇へ抱える。
女が暴れても、男が蹴っても、歩く速さすら変わらない。
二人もまとめて出口へ押し出した。
『あと〇・〇〇〇一秒なんだ。次こそA評価に……!』
「学校から迎えが来ています」
血の滲んだ拳が止まった。
少年に背負われて出口をくぐる。
待っていたのは、衛兵と、学校へ抗議に来ていた親だった。
『B級冒険者だぞ! この扱いは何だ!』
『学校から、もう来ないでくれと伝言です』
『あと〇・〇〇〇一秒おおお!』
四人目が、両腕を取られて連れていかれた。
「迷路を変更するドパ!」
「突破されました」
水晶を一本、ダンジョンコアへ押し込む。
少年の前に新しい壁がせり上がった。天井へ届く前に斬り倒された。
「まだ完成してないドパ!」
もう二本押し込む。これで、今日稼いだ分は全部だ。
「壁を三重にするドパ!」
「一振りで壊されました」
三枚分の修復費が、同時に帳簿へ載った。
「魔物を追加ドパ!」
「傷つけずに押しのけています」
少年は、扉も壁も正面から壊した。
修復に使う魔力が、滞在魔力を上回っていく。
「赤字ドパ! 物理的にも赤字ドパ!」
「集客施策は大成功でしたね」
「皮肉がうまいドパねえ!?」
残った水晶を掴んだ。これまで貯めた分まで使えば、もう一枚は作れる。
その手の中で、紫色の光が薄れていく。
映像では、最後の壁が崩れた。
瓦礫の下から、ゴブリンの腕だけが出ている。
石床へ、赤い血が広がった。
少年は出口へ背を向け、引き返した。
出口では、戻ろうとする元恋人たちを衛兵が押し留めていた。
「もういいドパ! 早く出ていくドパ!」
自分を襲ったゴブリンへ治癒魔法をかけ、肩を貸す。
出口まで運ばれたゴブリンは、戸惑いながら何度も頭を下げた。
外で待っていた少女が駆け寄った。少年は笑って頷き、ゴブリンの包帯を結び直している。
最後に残っていた少年も、もう外だ。
壁の修復が始まるたび、棚の水晶から紫色が抜けていく。
一本。二本。昨日まで満杯だった棚が、端から透明になった。
「魔力が! 魔力が抜けていくドパ!」
掴んでいた水晶を胸へ抱えた。
これだけでも残れば、次の仕掛けを作れる。
だが、指の間の光まで薄れていく。
「修復を止めるドパ! 壁なんか穴が開いててもいいドパ!」
「もう消費されています」
最後の紫が消えた。
俺は透明な石を振った。振っても、握っても、光は戻らない。
「現在の滞在者、ゼロ。修復費で、本日の収支は赤字です」
水晶板には、誰もいない通路が並んでいた。
何百周も走らせた客。毎日集めた魔力。あいつが来るまでは、全部うまくいっていた。
丸一日かけて稼いだ分も、その前から貯めていた分も、今はただの透明な石だ。
虹色のサングラスを外した。
秘書が何か言いかけ、口を閉じた。
その気遣いが、今は一番きつかった。
「……完全敗北ドパ」
外の映像で、少年が少女へ手を振っていた。
何事もなかったように、二人で街へ歩いていく。
俺はサングラスをかけ直した。
空っぽの水晶を机へ叩きつけ、立ち上がる。
「このままでは終わらないドパよ!!!」