ドパガキダンジョン   作:匿名

8 / 10
第八話 あと一匹だけ助けたら帰る

 

「あの勇者は悟ってるドパ! 知足ドパ! ニルヴァーナドパ!」

「相変わらず訳がわかりませんね……」

 

 聖剣は素通り。評価の壁は両断。金貨も拾わない。

 俺は映像を巻き戻した。

 

 聖剣は素通り。評価の壁は両断。金貨も拾わない。

 もう一度。

 

「マスター様。少しお休みください」

「今、見てるドパ」

「昨夜から、同じところを見ておられます」

 

 目を閉じても、虹色の聖剣がちらついた。

 瞬きをすると、少年の背中が二重に見える。

 サングラスを外して目を擦り、また再生した。

 

「勇者には勝てないんですよ」

 

 秘書が水晶板の前へ立った。

 

「魔王軍に援助を求めましょう。他の町で、また最初から始めればいいんです」

「どくドパ」

「次は、壁だけでは済まないかもしれません」

 

 秘書の肩越しに、少年が客を担いで出ていった。

 誰もいなくなった通路。割れた壁。空っぽの報酬部屋。

 全部、俺が作ったものだ。

 

「……まだ、一回も足を止めさせてないドパ」

「それだけ、欲に惑わされない方なのでしょう」

 

 出口へ向かっていた少年が、引き返した。

 

「待つドパ」

 

 秘書が振り向く。

 瓦礫の下から、ゴブリンの腕が出ている。

 少年は剣を置き、両手で瓦礫を持ち上げた。

 

 巻き戻す。

 出口へ向かう。腕が動く。引き返す。

 もう一度。今度は、足が止まるところで映像を止めた。

 

「……止まってるドパ」

「怪我人を見つけたのですから」

「金貨は拾わないのに、敵は拾って帰るドパ」

 

 崩れた壁まで巻き戻す。少年の剣が、ゴブリンの頭上を薙いだ。

 

「これだドパ! 自分が怪我をさせたから、放って帰れないドパ!」

「マスター様?」

「ヒーロー症候群……いや、違う! 救世主コンプレックス! 『助けたい』だけじゃない。『自分が助けなきゃ』になってるドパ!」

 

 俺は椅子から立った。

 

「なら、助け終わらなければいいドパねぇ!」

 

 俺は録画を閉じ、魔物の配置図を開いた。

 

「昨日の負傷者を、一匹ずつ通路へ出すドパ」

「巣の治療係へ送れば、まとめて手当てできますが」

「勇者が治してくれるドパ。無料ドパよ」

 

 秘書の手が帳簿の上で止まった。

 

「魔王軍の訓練場からも受け入れるドパ。怪我人なら、いくらでも追加できるドパねぇ!」

 

 ◇ ◆ ◇

 

 その朝、僕は壊した通路に誰も残っていないか、確かめに戻った。

 入口の正面に、新しい文字が浮かんでいた。

 

救助待ち 一匹

 

 奥から、ゴブリンの呻き声がする。

 罠だろう。それでも、痛がる命を置いては帰れない。

 

 瓦礫のそばで、ゴブリンが折れた脚を抱えていた。

 僕を見るなり、両腕で頭を庇う。手を伸ばすと、動かない脚を引きずって逃げようとした。

 

「斬らないよ。脚を見せて」

 

 剣を鞘ごと外し、手の届かない場所へ置いた。

 その前に膝をつき、両手を見せて待つ。

 やがて、顔を覆っていた腕が下りた。

 

 治癒の光が脚を包む。食いしばっていた歯が離れ、ゴブリンは恐る恐る膝を曲げた。

 

「イタク、ナイ」

「よかった。立てる?」

 

 差し出した手を、今度は握ってくれた。

 立ち上がってからも離さず、両手で僕の手を包んでいる。

 

「アリガト。アリガト」

 

 魔物用の帰還口まで肩を貸した。

 ゴブリンは何度も振り返り、姿が見えなくなるまで手を振っていた。

 

あなたのおかげで、一つの命が助かりました!

 

救助待ち 一匹

 

 また、奥から声がした。

 

 二匹目のコボルトを治し、帰還口へ送ると、また声がした。

 

 三匹目のオークは、僕よりずっと大きかった。

 その肩を支えて歩くと、途中で足を止めた。

 

「オモイ。オマエ、ツカレル」

 

 壁へ手をつき、僕に預けていた体を起こそうとする。

 自分だって、立っているだけで痛いはずなのに。

 

「大丈夫。ゆっくり行こう」

 

 魔物にも、こんなふうに人を気遣う相手がいる。

 僕の手を怖がったのは、僕が剣を持っていたからだ。

 こうやって助ければ、手を握り返してくれる。言葉だって通じる。

 

 分かり合えるんだ。

 

 帰還口で頭を下げるオークへ、僕も頭を下げた。

 次の声が聞こえた時には、もう剣を抜こうとは思わなかった。

 帰還口へ送るたびに救助数は増えた。だが、救助待ちは決してゼロにならない。

 

 五匹目で治癒魔法が尽きた。

 服の裾を裂いて傷を縛り、足を引きずる魔物には肩を貸す。

 魔物が礼を言い終わる前に、次の呻き声がした。

 まだ動ける。あの一匹を送るまでは。

 

 剣を壁へ向ける。

 ここごと壊せば終わる。

 

 切っ先が止まった。

 

 昨日、僕が壊した壁の瓦礫にゴブリンが潰されかけた。

 中に傷ついた魔物がいる以上、もう壁は壊せない。

 

 六匹目のコボルトを背負い、今度は魔物用の帰還口ではなく、人間の出口へ向かった。衛兵に応援を頼む。

 運ばれた魔物を見て、衛兵は槍を構えた。

 

「下がれ。その魔物から離れるんだ」

「襲いません。怪我をしているだけです」

 

 背中のコボルトが震え、僕の服を掴んだ。

 奥から次の声がした。

 

「せめて、ここへ来た子は攻撃しないでください」

 

 衛兵はコボルトを見た。槍を下げても、背中にしがみつく手は震えている。

 

「……そこへ寝かせろ。水を持ってくる」

「ありがとうございます」

 

 コボルトも、僕の隣で小さく頭を下げた。

 衛兵は困った顔をしたが、もう槍を向けなかった。

 

 ほら。見てもらえば、分かってくれる。

 こうやって一匹ずつ助ければ、剣も槍も向けなくていい相手が増える。

 運ぶ先はできた。あとは僕が、そこまで連れていけばいい。

 奥から呼ぶ声に返事をして、引き返した。

 

 十匹目を出口まで運んだ時には、外は暗くなっていた。

 左には出口。右からは、新しい呻き声。

 

「何してるの、お兄ちゃん……」

 

 出口の向こうに、少女が立っていた。

 父親を探して一緒にビラを配った子だ。

 

「そこ、お父さんもはまっちゃった危ないところだから、早く帰らないと」

「僕が壁を壊したから、怪我をした子もいるんだ。だから助けないと」

 

 あの壁を壊した時、下に誰がいるかなんて確かめなかった。

 

「大丈夫。あと少ししたら帰るから」

 

 右の奥で、小さな咳が聞こえた。

 今度の声は、さっきより小さかった。

 

「ごめん。あの一匹を、ここへ連れてきたら」

「……うん。ここにいるね」

 

 僕は右へ走った。

 

 出口まで一匹運び、また奥を見る。

 助けを求める手が見えた。

 今度はあの手を、出口まで。

 

救助待ち 一匹

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。