ドパガキダンジョン 作:匿名
「あの勇者は悟ってるドパ! 知足ドパ! ニルヴァーナドパ!」
「相変わらず訳がわかりませんね……」
聖剣は素通り。評価の壁は両断。金貨も拾わない。
俺は映像を巻き戻した。
聖剣は素通り。評価の壁は両断。金貨も拾わない。
もう一度。
「マスター様。少しお休みください」
「今、見てるドパ」
「昨夜から、同じところを見ておられます」
目を閉じても、虹色の聖剣がちらついた。
瞬きをすると、少年の背中が二重に見える。
サングラスを外して目を擦り、また再生した。
「勇者には勝てないんですよ」
秘書が水晶板の前へ立った。
「魔王軍に援助を求めましょう。他の町で、また最初から始めればいいんです」
「どくドパ」
「次は、壁だけでは済まないかもしれません」
秘書の肩越しに、少年が客を担いで出ていった。
誰もいなくなった通路。割れた壁。空っぽの報酬部屋。
全部、俺が作ったものだ。
「……まだ、一回も足を止めさせてないドパ」
「それだけ、欲に惑わされない方なのでしょう」
出口へ向かっていた少年が、引き返した。
「待つドパ」
秘書が振り向く。
瓦礫の下から、ゴブリンの腕が出ている。
少年は剣を置き、両手で瓦礫を持ち上げた。
巻き戻す。
出口へ向かう。腕が動く。引き返す。
もう一度。今度は、足が止まるところで映像を止めた。
「……止まってるドパ」
「怪我人を見つけたのですから」
「金貨は拾わないのに、敵は拾って帰るドパ」
崩れた壁まで巻き戻す。少年の剣が、ゴブリンの頭上を薙いだ。
「これだドパ! 自分が怪我をさせたから、放って帰れないドパ!」
「マスター様?」
「ヒーロー症候群……いや、違う! 救世主コンプレックス! 『助けたい』だけじゃない。『自分が助けなきゃ』になってるドパ!」
俺は椅子から立った。
「なら、助け終わらなければいいドパねぇ!」
俺は録画を閉じ、魔物の配置図を開いた。
「昨日の負傷者を、一匹ずつ通路へ出すドパ」
「巣の治療係へ送れば、まとめて手当てできますが」
「勇者が治してくれるドパ。無料ドパよ」
秘書の手が帳簿の上で止まった。
「魔王軍の訓練場からも受け入れるドパ。怪我人なら、いくらでも追加できるドパねぇ!」
◇ ◆ ◇
その朝、僕は壊した通路に誰も残っていないか、確かめに戻った。
入口の正面に、新しい文字が浮かんでいた。
奥から、ゴブリンの呻き声がする。
罠だろう。それでも、痛がる命を置いては帰れない。
瓦礫のそばで、ゴブリンが折れた脚を抱えていた。
僕を見るなり、両腕で頭を庇う。手を伸ばすと、動かない脚を引きずって逃げようとした。
「斬らないよ。脚を見せて」
剣を鞘ごと外し、手の届かない場所へ置いた。
その前に膝をつき、両手を見せて待つ。
やがて、顔を覆っていた腕が下りた。
治癒の光が脚を包む。食いしばっていた歯が離れ、ゴブリンは恐る恐る膝を曲げた。
「イタク、ナイ」
「よかった。立てる?」
差し出した手を、今度は握ってくれた。
立ち上がってからも離さず、両手で僕の手を包んでいる。
「アリガト。アリガト」
魔物用の帰還口まで肩を貸した。
ゴブリンは何度も振り返り、姿が見えなくなるまで手を振っていた。
また、奥から声がした。
二匹目のコボルトを治し、帰還口へ送ると、また声がした。
三匹目のオークは、僕よりずっと大きかった。
その肩を支えて歩くと、途中で足を止めた。
「オモイ。オマエ、ツカレル」
壁へ手をつき、僕に預けていた体を起こそうとする。
自分だって、立っているだけで痛いはずなのに。
「大丈夫。ゆっくり行こう」
魔物にも、こんなふうに人を気遣う相手がいる。
僕の手を怖がったのは、僕が剣を持っていたからだ。
こうやって助ければ、手を握り返してくれる。言葉だって通じる。
分かり合えるんだ。
帰還口で頭を下げるオークへ、僕も頭を下げた。
次の声が聞こえた時には、もう剣を抜こうとは思わなかった。
帰還口へ送るたびに救助数は増えた。だが、救助待ちは決してゼロにならない。
五匹目で治癒魔法が尽きた。
服の裾を裂いて傷を縛り、足を引きずる魔物には肩を貸す。
魔物が礼を言い終わる前に、次の呻き声がした。
まだ動ける。あの一匹を送るまでは。
剣を壁へ向ける。
ここごと壊せば終わる。
切っ先が止まった。
昨日、僕が壊した壁の瓦礫にゴブリンが潰されかけた。
中に傷ついた魔物がいる以上、もう壁は壊せない。
六匹目のコボルトを背負い、今度は魔物用の帰還口ではなく、人間の出口へ向かった。衛兵に応援を頼む。
運ばれた魔物を見て、衛兵は槍を構えた。
「下がれ。その魔物から離れるんだ」
「襲いません。怪我をしているだけです」
背中のコボルトが震え、僕の服を掴んだ。
奥から次の声がした。
「せめて、ここへ来た子は攻撃しないでください」
衛兵はコボルトを見た。槍を下げても、背中にしがみつく手は震えている。
「……そこへ寝かせろ。水を持ってくる」
「ありがとうございます」
コボルトも、僕の隣で小さく頭を下げた。
衛兵は困った顔をしたが、もう槍を向けなかった。
ほら。見てもらえば、分かってくれる。
こうやって一匹ずつ助ければ、剣も槍も向けなくていい相手が増える。
運ぶ先はできた。あとは僕が、そこまで連れていけばいい。
奥から呼ぶ声に返事をして、引き返した。
十匹目を出口まで運んだ時には、外は暗くなっていた。
左には出口。右からは、新しい呻き声。
「何してるの、お兄ちゃん……」
出口の向こうに、少女が立っていた。
父親を探して一緒にビラを配った子だ。
「そこ、お父さんもはまっちゃった危ないところだから、早く帰らないと」
「僕が壁を壊したから、怪我をした子もいるんだ。だから助けないと」
あの壁を壊した時、下に誰がいるかなんて確かめなかった。
「大丈夫。あと少ししたら帰るから」
右の奥で、小さな咳が聞こえた。
今度の声は、さっきより小さかった。
「ごめん。あの一匹を、ここへ連れてきたら」
「……うん。ここにいるね」
僕は右へ走った。
出口まで一匹運び、また奥を見る。
助けを求める手が見えた。
今度はあの手を、出口まで。