ドパガキダンジョン   作:匿名

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第九話 本日の業務達成報酬は何ですか

 

 勇者をドーパミン漬けにした途端、空だった魔力水晶が紫色に染まり始めた。

 壊された壁を直しても、棚を増やしても、まだ余る。

 雑魚を数百人走らせるより、勇者一人から絞れる魔力の方が桁違いに多い。

 

 水晶板では、五十三匹目の魔物が勇者へ頭を下げていた。

 少年は笑って手を振り、次の一匹へ走っていく。

 その足元で、新しい水晶が生まれた。

 

「感謝されて、魔物と仲良くなって、また人助け! 永久機関ドパねぇ!」

「マスター様。本日の業務達成報酬がありません」

 

 管理室へ入った秘書は、まず空の机を見た。

 抱えている報告書より、空の皿を先に差し出してきた。

 

「報酬には依存しないんじゃなかったドパ?」

「労働への正当な対価です」

 

 報告書を一枚仕上げれば焼き菓子。

 魔力水晶を交換すれば果実水。

 最初は受け取らなかった秘書が、今では仕事を終えるたびに机を見る。

 昨日、適当に干し肉を置いたら、俺の机へ皿ごと戻ってきた。

 代わりに焼き菓子を置くと、皿だけが返ってきた。

 個別最適化の重要性がよくわかる事例だ。

 

「社内リテンションも順調ドパねぇ!」

「何か?」

「本日の報酬は、街への視察ドパ!」

「今日も、一緒に?」

「一人では視察にならないドパ」

「そうですか」

 

 秘書は報告書を置き、机の横に掛けた帽子を取った。

 

 街へ出ると、秘書は前回と同じ幅広の帽子を押さえた。

 帽子の中では、二本のツノが窮屈そうに布を押し上げている。

 

「今日は帽子屋を視察するドパ」

「その店だけ、顧客解像度が高すぎませんか?」

 

 店主へ、畳んだ紙を渡した。

 管理室に置かれた古い帽子を借り、内側の寸法を写しておいた。ツノが当たって布の伸びた位置にも印をつけてある。

 

「いつの間に採寸したのですか?」

「顧客観察の基本ドパ」

「少し怖いです」

 

 ツノが収まる帽子を探し、片っ端から被せる。

 赤は派手。白は魔族の葬儀用。

 秘書の視線が、棚の青いリボンで一度止まった。

 最後に、黒い帽子へ青いリボンを巻いた。

 

「これドパね」

「業務にリボンは必要ありません」

「魔族バレを防ぐ重要備品ドパ」

 

 秘書は鏡の前で、青いリボンへ触れた。

 

「そういうことにしておきましょう」

 

 新しい帽子へ替えたのに、古い帽子も捨てずに抱えている。

 これは備品管理が徹底しているだけだ。たぶん。

 

 帽子代を払うと、秘書が隣へ並んだ。

 もうつばを押さえる必要はないのに、ときどきリボンへ手をやっている。

 

「これで、この街は手中に収めたも同然ドパ」

「帽子を一つ買っただけですが」

「ダンジョンの話ドパ! 次の街へフランチャイズ展開するドパよ!」

 

 通りの向こうから、冒険者の一団が歩いてくる。

 剣も鎧も立派だ。だが、勇者一人に比べれば小銭だろう。

 次の街にも、あれくらい強い奴がいるはずだ。

 

「世界中をインスタントダンジョンで埋め尽くすドパ。全員ドーパミン漬けにして、魔力を絞るドパねぇ!」

「勇者すら再起不能にするとは、魔王様も驚かれていますよ」

 

 秘書は微笑んだ。俺も笑い返す。

 

「そろそろ、その魔王様に会わせてほしいドパ」

「何のためでしょう」

「出資の相談ドパ。世界規模の事業には、相応の元手が必要ドパよ」

「私を通してお伝えすればよいのでは?」

「決裁権のある方と、直接話したいドパ」

 

 秘書が歩く速さを落とした。

 

「魔王様にお会いしても、その口調で?」

「お前には、いつもこれで話してるドパ」

 

 青いリボンへ伸びた手が止まる。

 

「……どういう意味でしょう」

「報告の時、その通信水晶から通信魔法の気配を感じたことがないドパ」

 

 彼女は笑みを消さなかった。

 

「人間に魔族の術式が分かるのですか?」

「魔物へ命令する時は、コアが反応するドパ。魔王様への報告の時だけ、何も起きないドパよ」

「記録して、後からお送りすることもあります」

「なら、今ここで呼んでみるドパ」

 

 秘書は黒い水晶を取り出した。

 差し出した俺の手には渡さず、自分の指で撫でる。

 

「魔王様を、気軽に呼びつけるものではありません」

 

 北門の前に、少女が立っていた。

 母親に上着を着せてもらいながら、ダンジョンの方を見ている。

 

 秘書の指が、水晶の上で止まった。

 

「勇者を帰してからでは、いけませんか」

「今、一番稼いでるドパ。ここで止める理由がないドパよ」

「あの少女は、今日も待っています」

「父親一人と勇者では、稼げる魔力が違うドパ」

 

 秘書は俺の顔を見て、ゆっくり頷いた。

 

「マスター様を試しました」

「何をドパ?」

「先日は、あの少女のために父親を帰しましたね。今度も情に流されるのか、確かめたかったのです」

 

 黒い水晶をしまい、俺へ向き直る。

 

「少女に絆されず、勇者からも搾り取る。そこまでお決めなら、魔王様にお会いいただきましょう」

 

 管理室へ戻ると、秘書が黒い水晶を机へ置いた。

 指先で撫でると、魔王軍の色に光る。

 

「魔王様は、私の報告を信用してくださらないようです」

「自分で確かめに来るドパ?」

 

 秘書が青いリボンの帽子を脱いだ。

 

「もう来ています」

 

 二本のツノが伸びる。

 ダンジョンコアが震え、全ての魔物が一斉に伏せた。

 

「視察は、これで終了です」

 

 秘書は、虹色のサングラスをまっすぐ見つめた。

 

「私が魔王です、マスター様」

 

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