ドパガキダンジョン 作:匿名
勇者をドーパミン漬けにした途端、空だった魔力水晶が紫色に染まり始めた。
壊された壁を直しても、棚を増やしても、まだ余る。
雑魚を数百人走らせるより、勇者一人から絞れる魔力の方が桁違いに多い。
水晶板では、五十三匹目の魔物が勇者へ頭を下げていた。
少年は笑って手を振り、次の一匹へ走っていく。
その足元で、新しい水晶が生まれた。
「感謝されて、魔物と仲良くなって、また人助け! 永久機関ドパねぇ!」
「マスター様。本日の業務達成報酬がありません」
管理室へ入った秘書は、まず空の机を見た。
抱えている報告書より、空の皿を先に差し出してきた。
「報酬には依存しないんじゃなかったドパ?」
「労働への正当な対価です」
報告書を一枚仕上げれば焼き菓子。
魔力水晶を交換すれば果実水。
最初は受け取らなかった秘書が、今では仕事を終えるたびに机を見る。
昨日、適当に干し肉を置いたら、俺の机へ皿ごと戻ってきた。
代わりに焼き菓子を置くと、皿だけが返ってきた。
個別最適化の重要性がよくわかる事例だ。
「社内リテンションも順調ドパねぇ!」
「何か?」
「本日の報酬は、街への視察ドパ!」
「今日も、一緒に?」
「一人では視察にならないドパ」
「そうですか」
秘書は報告書を置き、机の横に掛けた帽子を取った。
街へ出ると、秘書は前回と同じ幅広の帽子を押さえた。
帽子の中では、二本のツノが窮屈そうに布を押し上げている。
「今日は帽子屋を視察するドパ」
「その店だけ、顧客解像度が高すぎませんか?」
店主へ、畳んだ紙を渡した。
管理室に置かれた古い帽子を借り、内側の寸法を写しておいた。ツノが当たって布の伸びた位置にも印をつけてある。
「いつの間に採寸したのですか?」
「顧客観察の基本ドパ」
「少し怖いです」
ツノが収まる帽子を探し、片っ端から被せる。
赤は派手。白は魔族の葬儀用。
秘書の視線が、棚の青いリボンで一度止まった。
最後に、黒い帽子へ青いリボンを巻いた。
「これドパね」
「業務にリボンは必要ありません」
「魔族バレを防ぐ重要備品ドパ」
秘書は鏡の前で、青いリボンへ触れた。
「そういうことにしておきましょう」
新しい帽子へ替えたのに、古い帽子も捨てずに抱えている。
これは備品管理が徹底しているだけだ。たぶん。
帽子代を払うと、秘書が隣へ並んだ。
もうつばを押さえる必要はないのに、ときどきリボンへ手をやっている。
「これで、この街は手中に収めたも同然ドパ」
「帽子を一つ買っただけですが」
「ダンジョンの話ドパ! 次の街へフランチャイズ展開するドパよ!」
通りの向こうから、冒険者の一団が歩いてくる。
剣も鎧も立派だ。だが、勇者一人に比べれば小銭だろう。
次の街にも、あれくらい強い奴がいるはずだ。
「世界中をインスタントダンジョンで埋め尽くすドパ。全員ドーパミン漬けにして、魔力を絞るドパねぇ!」
「勇者すら再起不能にするとは、魔王様も驚かれていますよ」
秘書は微笑んだ。俺も笑い返す。
「そろそろ、その魔王様に会わせてほしいドパ」
「何のためでしょう」
「出資の相談ドパ。世界規模の事業には、相応の元手が必要ドパよ」
「私を通してお伝えすればよいのでは?」
「決裁権のある方と、直接話したいドパ」
秘書が歩く速さを落とした。
「魔王様にお会いしても、その口調で?」
「お前には、いつもこれで話してるドパ」
青いリボンへ伸びた手が止まる。
「……どういう意味でしょう」
「報告の時、その通信水晶から通信魔法の気配を感じたことがないドパ」
彼女は笑みを消さなかった。
「人間に魔族の術式が分かるのですか?」
「魔物へ命令する時は、コアが反応するドパ。魔王様への報告の時だけ、何も起きないドパよ」
「記録して、後からお送りすることもあります」
「なら、今ここで呼んでみるドパ」
秘書は黒い水晶を取り出した。
差し出した俺の手には渡さず、自分の指で撫でる。
「魔王様を、気軽に呼びつけるものではありません」
北門の前に、少女が立っていた。
母親に上着を着せてもらいながら、ダンジョンの方を見ている。
秘書の指が、水晶の上で止まった。
「勇者を帰してからでは、いけませんか」
「今、一番稼いでるドパ。ここで止める理由がないドパよ」
「あの少女は、今日も待っています」
「父親一人と勇者では、稼げる魔力が違うドパ」
秘書は俺の顔を見て、ゆっくり頷いた。
「マスター様を試しました」
「何をドパ?」
「先日は、あの少女のために父親を帰しましたね。今度も情に流されるのか、確かめたかったのです」
黒い水晶をしまい、俺へ向き直る。
「少女に絆されず、勇者からも搾り取る。そこまでお決めなら、魔王様にお会いいただきましょう」
管理室へ戻ると、秘書が黒い水晶を机へ置いた。
指先で撫でると、魔王軍の色に光る。
「魔王様は、私の報告を信用してくださらないようです」
「自分で確かめに来るドパ?」
秘書が青いリボンの帽子を脱いだ。
「もう来ています」
二本のツノが伸びる。
ダンジョンコアが震え、全ての魔物が一斉に伏せた。
「視察は、これで終了です」
秘書は、虹色のサングラスをまっすぐ見つめた。
「私が魔王です、マスター様」