栗松くんは退場!
「あっはっは!いや〜乱世乱世。まっさかホントに廃部になるとはね〜」
昼休み──俺は優雅にうちわを扇ぎながら目の前の女子、音無春奈に目を向ける。
昨日の尾刈斗との試合、俺たちはいわゆる反則負けをした。どんな反則かだって?相手の監督を膝カックンで吹っ飛ばしただけだよ。栗松が。俺はなーんもしてない。確かに指示は出したかもしれないけど、立案者はそもそもあの栗バカだし。だから俺は無実。
「ほんっとに信じられないわ……。力になれると思って入ったサッカー部だったのに、即廃部になるなんて……。これからどうしたらいいのよ……」
「その程度で路頭に迷うなよ。また新聞部にでも戻ればいーじゃんか」
「一体どんな顔して戻ればいいのよ!転部してすぐ戻ってくるって、そんなの尻軽女みたいじゃないの!」
「お、落ち着けよ……!これからだよ成長期は。そのうちおしりも大きくなるさ、きっと」
「なんのフォローしてんのよ!しかも意味合い違うし!さいてー!」
音無のビンタを食らう。なかなかの一撃だ。相撲部とか意外と合ってるんじゃないのか?張り手とかするでしょ相撲は。
「──で、これからどうするのよ?」
「へ?どーするとは?」
素っ頓狂な俺の声に音無の顔がムッとなる。なんか今日の彼女は荒々しいな。
「サッカー部よ!本当にこのまま終わらせちゃっていいの!?」
「それは……──」
思わず言葉につまる。正直いって心残りしかない。キャプテンや染岡さん、半田さんが必殺技を習得した。チームの皆のモチベーションも高まっている。そしてなにより、豪炎寺さんが入部してくれた。これからって時にこの状況……不完全燃焼とはこのことを言うんだろう。
俺の魂にも既に火はついている。
「こんな中途半端な状態じゃ終われないよな……!」
「──っ!!渚くん……!」
「ありがとな音無、おかげで目が覚めた。サッカー部は終わらせねぇ……廃部になろーがそんなの関係ねぇ……。あのお高くとまってる理事長の娘に、直談判しに行くぜ……!」
音無の目がキラキラ輝いている。そうだよな、お前もこの"熱"に充てられた側の人間なんだよな。
「思い立ったが吉日だ!早速生徒会室に行くぞ!」
「おお!何か策はあるのね!」
「案ずるな!!俺に任せておけ!!」
勢いよく椅子から立ち上がり、俺と音無は教室から意気揚々と出て行く。目指すは生徒会室だ──!!
〇
「全責任はこの栗松が負います。だからサッカー部の廃止を撤回してください」
生徒会室に栗松の小さな「え」という声が響いた。
道中にいた栗松を引き連れ、俺たちは生徒会室……雷門夏未がいる部屋にやってきた。このタイミングでやってきたサッカー部、お嬢ならその目的の察しもついている。部屋に入った時にはそんな顔をしていた。
「……何を言っているのかしら?」
ごもっともな質問だ。お嬢の言葉はよーく理解出来る。横で不安そうな顔をしている栗松を無視して、俺は返答をする。
「先日の尾刈斗戦、相手の監督にオイタをしたのはこの栗松です。スポーツマンシップに反する行為をしたのは、サッカー部員として恥ずべき行いだったと思います。しかし、実行したのはこの栗坊主。あの行動は、全て彼の独断で行われたものです」
「いや……渚……あれは一緒に考えたプランだったはずじゃ……」
「──やかましい!!我らが雷門の名に泥を塗るような真似をしておいて、まだ戯言を抜かすつもりか!!この……ド悪党がぁ!!」
栗松が目を見開いていた。そりゃそうだよな。急に連れてこられて件の犯人扱いされたら、人はこんな顔にもなるよな。だが仕方ないのだ。俺たち雷門サッカー部が再び活動をするためには犠牲が必要なのだ。そう、犠牲の犠牲がな。ちなみに音無はドン引いた目で俺を見ていた。
「つまり……先日の一連の行為はこちらの栗松くんが行ったことだから、他のメンバーのことは見逃して欲しい……廃部を無かったことにしてほしい……そういうことかしら……?」
「話が早くていいね、さすが会長」
「そうね……。あの試合で雷門の名は地に落ちたわ。私としてはそんなことをしてくれた部活など学校に残しておきたくないのだけれど」
「そうですよね、おっしゃる通りです。だから俺から提案があります」
「提案……?」
お嬢が目を細める。
「これから開催される中学サッカー日本一を決める大会──フットボールフロンティア。それで優勝をします」
「──!?」
お嬢の目が少しだけ吊り上がる。ここが攻めどころだ。
「雷門の名を汚してしまったことは謝ります。許しを乞うつもりはありませんが、贖罪として栗松を退部させます。身勝手な申し出で恐縮ですが、サッカー部を復活させて頂きたいのです。そのあかつきには、日本一のサッカー部になって、この雷門の名を全国に轟かせてみせます」
「え……?おいら退部……?」
栗松の頬に汗が流れる。音無は横で静かに頷いていた。
「日本一……ね……」
お嬢が窓際に寄り、外を静かに眺める。その瞳にはいったい何が映っているのだろうか。未来へのビジョンか、はたまた俺たちへの諦観か。
「はぁ……そこまで言うのなら……」
その言葉を待っていた……。俺と音無は顔を見合わせる。栗松は固まっている。お嬢は俺たちの方へ向き直り、その小さな口を開いた。
「分かりました。フットボールフロンティアで優勝することを条件に、サッカー部の廃部は取り消します。しかし、フットボールフロンティアでの敗退が決まった瞬間、未来永劫この学校にサッカー部は作らせません」
「必ずや、貴方様に優勝のトロフィーを授けてみせます」
強く言い放つ。ここまで言ったんだ、優勝出来なきゃ恥ずかしいぞ俺たち。
こうして俺たち雷門サッカー部は、栗松鉄平という尊い犠牲のもと、完全復活を果たしたのだった。
〇
Side : ???
とある部屋の一室。
デスクに備え付けられたモニターに映し出される映像を、一人の少女が食い入るように見つめていた。
「雷門……中……」
少女の唇から、かすかな声が漏れる。
モニターには、黄色いユニフォームに身を包んだサッカーチームの試合が映し出されていた。
左胸に刺繍された、「雷門」の文字。
そして──
『アクアブレイク!!』
映像の中で、一人の少年が叫んだ。
次の瞬間、勢いよく放たれたシュートがゴールへと突き刺さる。
「……っ!」
少女の身体がびくりと震えた。
弾かれたように椅子から立ち上がると、モニターへと顔を近づける。
画面に映る少年から、一瞬たりとも目を離さない。
つり上がった瞳が、少年の動きを追い続ける。
「いた……」
震える声。
けれど、それは恐怖からではなかった。
「いた……いたんだ……」
少女の口元が、ゆっくりと綻んでいく。
「見つけた……」
嬉しそうに。
愛おしそうに。
まるで、ずっと探し続けていた宝物をようやく見つけたかのように。
「こんな所にいたんだね……悠……」
画面の中では、少年──渚 悠が仲間たちと喜びを分かち合っている。
その姿を見つめる少女の頬が、ほんのりと緩む。
「ふふっ……」
楽しそうな笑い声が漏れる。
「元気そうでよかった……」
だが、次の瞬間。
少女の表情から笑みが消えた。
「……でも」
奥歯が、ぎり、と音を立てる。
「私を捨てて……自分だけ、楽しそうにサッカーしてたんだね……?」
声は静かだった。
静かすぎるほどに。
「私がどれだけ探したと思ってるの……?」
モニターの中で笑う悠。
その笑顔を、少女はじっと見つめる。
「どこにいるのかなって……」
一歩。
少女がモニターへ近づく。
「怪我してないかなって……」
さらに一歩。
「ちゃんとご飯食べてるかなって……」
そして、画面へそっと指を伸ばす。
まるで、そこにいる悠の頬に触れるかのように。
「……ずっと心配してたんだよ?」
指先が、モニターの表面に触れる。
そこに映る悠は、何も知らずに笑っている。
「なのに……」
少女の瞳から、光が消えていく。
「私のことなんて忘れて……」
「知らない人たちと笑って……」
「サッカーなんかして……」
そして──
「楽しそうにしてるんだね」
口元だけが、ゆっくりと笑みを形作った。
「……酷いなぁ、悠」
紫色の長い髪が、少女の顔へとさらりとかかる。
その隙間から覗く瞳には、怒りとも悲しみともつかない、濁った光が宿っていた。
けれど、その奥には──確かな喜びがある。
「でも……もう大丈夫」
少女は、優しく微笑んだ。
「私が見つけたから」
まるで、それが当然のことだと言わんばかりに。
「もう、どこにも行かせないよ」
モニターに映る悠を見つめながら、少女は嬉しそうに呟く。
「今度こそ……ずっと一緒だから」
そして、最後に。
「私から逃げられるなんて……思わないでね?」
髪の隙間から覗く瞳が、妖しく細められる。
「悠……」
その声は、とても優しかった。
──だからこそ、不気味だった。