贖罪として栗松を退部させます
「フットボールフロンティア1回戦の相手は、野生中に決まりました」
華麗なる復活を遂げた俺たち雷門サッカー部に、その知らせが届いたのは練習の合間だった。休憩を取っていた俺たちの前で、音無が対戦相手の名を告げる。
フットボールフロンティア。中学サッカー界のナンバーワンを決める大会だ。その組み合わせが、ついさっき発表されたらしい。
「野生……? なんだそいつら、強ぇのか?」
俺が尋ねると、音無は小さく息をついた。
「どっかの戦闘民族みたいなこと言わないでよ。野生中の特徴はその身体能力。まるで野生の動物のような動きやフィジカルで、獰猛なプレイをしてくるようです」
「獰猛な……プレイ……?」
獰猛なプレイ。獰猛なプレイか……。
頭の中で繰り返してみても、いまいち絵が浮かばない。ボールに噛みついたりするんだろうか。それはプレイとして成立するのか。そもそも何をもって獰猛とするのか。
うーん、説明を聞いたはずなのに謎が深まったぞ。
「動画サイトで試合映像を見たことがあるぜ。奴ら、体の使い方が上手いっていうか、人間離れした動きが目立ってたな」
ドリンクのボトルを片手に、半田さんが口を挟んだ。
ふーん。試合映像が転がってるなら、実際に見てみれば対策も立てられそうだな。
「人間離れとは……? えげつないシュートを放ってくるとかですか?」
「それもそうなんだけど、なんか空中戦が得意って感じだったな」
「空中……空の支配者か……」
顎に手をやり、まだ見ぬ対戦相手を思い浮かべる。
なるほど。野生中は地面ではなく、空中でサッカーをするのか。なかなか超次元なスタイルだ。遂にサッカーも空でやる時代に……。
「よーし、それなら俺達も空中戦が出来るように特訓だ!」
円堂キャプテンが勢いよく声を張った。今日も元気で何よりだ。
相手が空中戦で来るなら、こちらも空中戦で迎え撃つ。目には目を、歯には歯を。空には空を。実に分かりやすい。これが雷門サッカーである。
「空中なら豪炎寺さんのファイアトルネードがありますからね」
「いや……恐らく奴らの高さは俺より上だ」
思わず豪炎寺さんを見た。冗談を言っている顔ではなかった。
いやいや、豪炎寺さんより高いって何? ファイアトルネードなんて、学校の校舎くらい飛んでるやん。それより上を行くなら、もうサッカー以外の競技にも目を向けた方がいいだろ。世界が君たちを待ってるぞ。
「へっ……ファイアトルネードが使えねぇなら、俺のドラゴンクラッシュでまた点を取ってやるぜ!」
「俺のフリーズショットもあること、忘れんなよ?」
染岡さんと半田さんが、我こそはと言わんばかりに胸を張る。
うーん、頼もしきかな先輩方。
そうだよ。必殺シュートはファイアトルネードだけじゃない。俺のアクアブレイクだってある。空を押さえられたからって、ゴールまで消えてなくなる訳でもなし。案外なんとかなるんじゃないのか?
「よぉし、それじゃあ対野生中戦に向けて特訓開始だぁ!!」
キャプテンの声がグラウンドに響き渡った。
その熱に引っ張られるように、俺たちも声を張り上げた。
〇
野生中との試合を数日後に控えたある日、俺は壁山に呼び出され、河川敷に来ていた。
川面を撫でてきた風が、土手の草を揺らしている。のどかだ。実にのどかで、待ち合わせ相手さえ来ていれば文句のない午後だった。
集合時間は、とっくに過ぎている。
なのに壁山は来ない。呼び出した張本人が来ないとは、一体何様のつもりだあのデブ。
「お〜い、渚ぁ〜」
もう帰ってやろうかと腰を浮かせたところで、ようやく名前を呼ばれた。
振り向くと、見慣れた巨体がこちらに向かって歩いてくる。片手にはポテチの袋。もう片方の手は、袋と口の間をせっせと往復していた。
随分と余裕のあるご登場だ。
「悪い、遅れたっす」
「そう思ってる奴の態度には見えねぇな。ポテチまで食いやがって。何の用?」
「まぁまぁそう言わずに。ほれ、ポテチ1枚やるから」
ヘラヘラしながら、壁山がポテチを差し出してきた。つまんでいる指先が、油でてらてらと光っている。
俺はデコピンで、その1枚を弾き飛ばした。
「いらぬ」
「ああ……! 俺の大事なポテチが……!」
薄いポテチがくるくると宙を舞い、足元の土に着地する。
壁山は悲鳴を上げ、その場に膝をついた。まるで長年連れ添った相棒を失ったみたいな顔だ。まだ袋に山ほど入ってんだろ。
そもそも、人にくれるんじゃなかったのか、その1枚。
「何でここに呼ばれたか……って顔してるっすね」
「そうだよ。分かってるなら早く本題に入ってくれよ」
壁山はようやく立ち上がると、ふっふっふ、と含みのある笑いを漏らした。
気色わるっ。ポテチの葬式はもう終わったのか。
「ズバリ、俺と渚で必殺技を作るっすよ!」
予想外の言葉に、俺は一瞬だけ目を丸くした。
必殺技。今こいつ、必殺技って言ったよな。
「……どんな?」
続きを促すと、壁山はえへんと大きな胸を張った。
「シュート技っす! 俺と渚で力を合わせて、野生中のゴールを破るっすよ!」
「却下」
「レスポンス早っ!?」
即答された壁山が、胸を張ったまま固まる。
何を言い出すかと思えば。よりによってシュート技と来たか。
「シュートって、壁山……お前のポジションはどこだ?」
「……? ディフェンダーっすけど……?」
「そのクエスチョンマークやめろ。もう俺の言いたいことは分かるだろ。無謀なんだよ、今からディフェンダーがシュート技を覚えるなんて。百歩譲って習得できたとしても、どのタイミングで撃ちに来るんだよ」
壁山は袋を抱えたまま、うーんと首をひねった。どうやら今、初めて考えているらしい。
もちろん、ディフェンダーがシュートを撃っちゃいけない決まりはない。だが、壁山が前線まで上がれば、その分だけ後ろには穴が空く。そこをどう埋めるかも考えずに、俺も俺もとゴール前へ押しかける訳にはいかないだろう。
そこんとこ、分かってるのかな……。
「う〜……それでも……俺も……皆みたいなかっこいいシュートが撃ちたいっす!!」
河川敷に大声が響いた。
近くの枝に止まっていた小鳥が、ばさばさと羽音を立てて飛び去っていく。小動物おどかしちゃ駄目だろ。お前が野生中みたいになってどうする。
シュート。シュートね……。
気持ちは分からなくもない。派手な必殺技でゴールを決めれば、そりゃ気分もいいだろう。だが、今の雷門はそれぞれが自分の持ち場を守ることで、ようやくチームとして形になってきたところだ。
そこで守備の要まで得点に目覚められても困る。
「じゃあFWに転向するか? 豪炎寺さんや染岡さんがいる中に飛び込んでく?」
「うぅ……それはそれで骨が折れるというか……だいぶ厳しい気も……」
「HAHAHA! 分かってるじゃねーか! ならお前は大人しくディフェンスの技でも開発してるんだな! なんかこう、背後から壁とか繰り出す技とかな!」
壁山なんだから壁。名前にも合ってるし、悪くない案だと思う。
今こいつに必要なのは、派手なシュートよりも雷門のゴールを守る力だ。いくら円堂キャプテンにゴッドハンドがあるからって、何でもかんでもお任せする訳にはいかない。
「じゃ、そゆことで。俺は俺で忙しいからな。宿題とかやんなきゃ」
ひらひらと手を振り、壁山に背を向ける。
冷たいようだが、現実的な話をしたまでだ。こいつには、その体格を活かしたプレイがある。まずはそちらを極めてもらえばいい。
「ま、待って欲しいっす!」
背後で、さっきよりも大きな声が弾けた。
不意を突かれて肩が跳ねる。な、なんだよ。まだ何かあんのか。
「理由があるっす。こんなことをお願いする理由が……!」
振り返ると、壁山はポテチの袋を脇に抱え、こちらをじっと見ていた。さっきまでのヘラヘラした顔は、もうしていない。
「やけに真剣な顔だな……。どんな理由?」
「弟……弟に……嘘ついちゃったっす……」
「はい?」
思わず、間の抜けた声が出た。
まず、こいつ弟いたんだ。
弟もやっぱりデカいんだろうか。壁山の弟なんだから、それなりに壁なんだろうな。兄弟で並んだら守備も安泰だ。
「今度の試合、俺がストライカーとしてバンバン点を決めるって言っちゃったっす」
「HAHAHA! そいつが無理なことは貴様がいちばんよく分かってるハズだ! ──だって君、DFだもん」
「そ、それはそうなんすけど……。でも……」
壁山の視線が足元に落ちる。何か言いたそうに口を動かしているが、言葉はなかなか出てこない。
モグモグではなく、モゴモゴ。ようやく食うのをやめたと思ったらこれである。
「要するに、兄に憧れを持つ弟に対してカッコつけるために、咄嗟に自分が雷門のエースだって主張しちゃったのね」
「さ、さすが渚。理解が早くて助かるっす」
いや、褒めてる場合じゃないだろ。
まあ、おおかたそんなところだとは思った。弟の前で見栄を張りたくなる気持ちは、分からなくもない。兄としての威厳とか、デカい背中を見せたいとか。そういうのはあるんだろう。
背中そのものは、もう十分にデカいけど。
「でもやり方が間違ってるぜ。別にシュート決めなくても、ディフェンスの方で活躍するとか言っとけば良かったじゃん」
「それは……ぐうの音も出ないっす……」
「勢いで言っちゃった訳ね。ったく、若いって怖いね」
「俺たちタメっすよね?」
とにかくだ。
ついてしまった嘘は、正直に白状するか、意地でも本当にするかしかない。
仮にここで正直に話したとしよう。弟くんの中にそびえ立つ壁山の評価は、たちまち急降下する。地面を突き抜け、そのままブラジルまで到達する勢いだ。
そうなれば兄としての威厳は失墜。家庭内での居場所も危うい。嘘つきに食わせる飯はない、と食卓から追いやられる可能性すらある。多分。
ご飯を失った壁山は日に日にやせ細り、ついには名前負けするようになるのだ。
「壁山塀吾郎? 細山ヒョロ吾郎の間違いだろ」
そんな心ない言葉を浴びせられ、ディフェンダーとしての頼もしさまで失っていく壁山。
……うん。途中からだいぶ話が飛んだな。
目の前の壁山は、俺の返事を待っていた。いつもの図体が少しだけ小さく見えるほど、肩を落としている。
俺は軽く息を吐いた。
ま、友達の頼みだ。ここまで聞いて突き放すのも、なんだか後味が悪い。
「わかったよ、お前の嘘にのってやる。こうなったらやるかやらないかだけさ」
「な……渚〜!!」
壁山の顔が、ぱっと輝いた。
次の瞬間、その巨体が両腕を広げて突っ込んでくる。男に抱きつかれる趣味はないので、ひょいと身をかわし、ついでに尻を蹴飛ばしておいた。
試合まで、あと数日。
引き受けたからには、1日だって無駄には出来ないぞ。
〇
野生中との試合──当日。
俺たち雷門イレブンは、対戦相手の待つ野生中へやって来ていた。
同じ東京都内とは思えない場所だった。見渡す限り山、山、木。ようやく校舎が見えた時には、学校に着いたというより、山の中で学校を発見した気分になった。
バスに揺られること、軽く2時間。近くに住宅らしきものは見当たらない。
生徒とか教師は、毎朝どうやってここまで来てんだ? 登校だけで十分なトレーニングになりそうだけど。
「う〜……気持ち悪い……バス酔いしたわ……」
「ちょっと、大丈夫? これからフットボールフロンティアの初戦なのよ? だからあれだけ酔い止め飲みなさいって言ったのに……」
「面目ねぇ」
膝に手をついてうなだれる俺の背中を、音無がさすってくれる。
地面に降りたはずなのに、体の奥ではまだバスが走っていた。胃袋の辺りが、しつこく右へ左へ揺れている。
俺の三半規管は完全に敗北した。初戦を前にしてこの有様。先が思いやられる。
空気だけは、やたらとうまい。ゆっくり息を吸えば、青臭い草木の匂いが胸に入ってくる。自然に囲まれた立地も、今ばかりはありがたかった。
とはいえ、試合中にリバースする可能性はまだあるぞ。俺の初得点より先に、別のものが出たらどうしよう。
「試合前だけど皆に発表があるぞ」
円堂キャプテンの呼びかけに、皆がわらわらと集まっていく。俺も腹の機嫌をうかがいながら、その輪に加わった。
「今日からサッカー部の一員になる土門だ」
「ども〜、仲良くしましょうよ〜」
キャプテンの隣で、見知らぬ男が気さくに手を上げた。
まさかの新入部員である。
突然の紹介に、皆が顔を見合わせる。いや、そりゃ驚くさ。部員が増えるのは結構だが、もうちょっとこう、タイミングってものがあるだろうに。
土門と紹介された男は、すらりと背が高かった。立ち姿にはどこか余裕があり、人当たりもよさそうだ。よさそうなんだけど、第一印象としてはちょっと軽い。
「何年生?」
「2年」
「ポジションは?」
「守備専門だよ。俺のスライディングは人を殺せるぜ」
第一印象を訂正しよう。軽い上になんか物騒だ。
初対面でそれを売りにする人、ホントに仲間にして大丈夫?
「よく軽そうって言われるけど、胸に秘めたサッカーへの情熱は誰にも負けないぜ」
「なんて安直な売り込み……。PR下手か……」
「な? 良い奴そうだろ?」
キャプテンは、自分のことみたいに嬉しそうだった。
この人の中では、今のやり取りがどう処理されたんだろう。サッカーへの情熱以外、耳に入ってなかった可能性がある。
まあ、キャプテンがそう言うならいいか。人を疑うことを知らない人だが、人を信じる時の迷いのなさには、時々こちらまで押し切られてしまう。
「ちょっと! 何してるの!」
その時、背後から鋭い声が飛んできた。
聞き覚えがある。夏未お嬢様だ。
ただならぬ声に振り向き、皆でそちらへ向かった。
「ウホホ! 都会の車はカッコイイウホ!」
「シャ〜! ガラスもピカピカ!」
「おで、これ食ってもいいか?」
──とんでもない光景が広がっていた。
お嬢の乗ってきたリムジンに、緑のユニフォームを着た連中が群がっている。
ボンネットを開けたり閉めたりしているゴリラ。窓ガラスに張りつき、舌を這わせているヘビ男。トランクに噛みつこうとしているのは、ライオンみたいな頭をした大男だ。
たぶん、野生中のサッカー部員。
たぶんというか、そうであってほしい。この学校に、あれとは別にサッカー部が存在するとは思いたくない。
……こいつらが初戦の相手?
「ちょいちょいちょい、我らがお嬢のお車に何してくれてんの。これはミニカーじゃないんだよ」
「あ〜、それは悪かったウホ。それはそうと小便してもいいか?」
「それはそうとじゃねーわ!! いい訳ねーだろ!!」
「でも俺たち野生中は、校内ならどこで用を足しても良いって校則なんだコケ。ほら、あそこにもフンが落ちてるコケ」
「人間界のルールどこにやった!?」
指差された方は見ないでおいた。これ以上、胃袋に余計な情報を与えたくない。
これが野生中。なるほど、確かに野生だ。校名に偽りはない。
それにしたって、学校という枠組みまで捨てる必要はないだろう。教師は何を教えてんだ。まずトイレの場所から教えろ。
「こいつら……ちゃんとサッカー出来るのか……?」
風丸さんの呟きも、ごもっともだった。
今のところ、ボールより先に車を食おうとしている連中だ。ルールの説明から必要だったりしないよな。せめてハンドだけは理解していてほしい。
「あ〜、なんかメスの匂いがするな〜」
ライオン頭が、不意に鼻をひくつかせた。
リムジンから顔を離し、辺りを嗅ぐように首を巡らせる。その視線が、俺のそばで止まった。
「わ……わたし……?」
音無が戸惑った声を漏らす。
「ふへへ……お前からいい匂い……する……!」
大股で距離を詰めたライオン頭が、音無の腕を掴んだ。
「きゃっ!?」
細い腕が引かれ、音無の体がよろめく。俺も一瞬、何が起きたのか理解が追いつかなかった。
「決めた……! この子をおでの女にする……!」
ライオン頭が雄叫びを上げた。
呼応するように、周りの連中もけたたましく騒ぎ出す。囃し立てる声に囲まれ、音無の顔からみるみる血の気が引いていった。
さっきまで呆れて眺めていた騒ぎが、急に違うものに見えた。
「い……いや……離して……!」
音無が身を引く。だが、掴まれた腕は動かない。
ライオン頭は抵抗など気にも留めず、頬を寄せようと顔を近づけた。音無が必死に顔を背ける。
「試合に勝ったら、雷門から野生に転校だ……。おでの奥さんにしてやる……」
「そんな……! 絶対イヤ……! 離してよ……!」
「ガハハ、初々しい姿だ!!」
笑い声が、やけに耳障りだった。
……ちとやり過ぎなんじゃないのか。
音無の目に涙が浮かんでいた。逃げ場を探すように揺れていた視線が、俺を捉える。
「助けて……」
周りの騒ぎにかき消されそうな、小さな声。
それでも、俺にははっきり聞こえた。
「おい、そこのライオンキング」
気づけば、足が前に出ていた。
音無を掴む腕を押さえ、その手を強引に引き剥がす。空いた隙間に体をねじ込み、音無をこちらへ引き寄せた。
肩越しに確かめると、音無は俺の腕に触れたまま、浅い息を繰り返していた。
「大丈夫か? 音無」
「な……渚くん……」
「あ〜……なんだお前は……?」
ライオン頭が、邪魔をされた理由も分からないといった顔で頭をかいた。
その間の抜けた仕草に、腹の底が熱くなる。
「うちの大事なマネージャーに、怖い思いさせてんじゃねぇよ」
「マネージャーじゃない、おでの嫁だ」
「ぜ、絶対イヤ……むり……」
音無が激しく首を振った。俺の腕に添えられた指が、ユニフォームをぎゅっと掴む。
冗談で嫌がっている訳じゃない。それくらい、見れば分かるだろうに。
音無を背中側へかばい、俺は改めてライオン頭に向き直った。
「ご覧の通りだ。男らしい奴はモテるけど、男らしすぎて先祖返りしてちゃ世話ないぜ。色々といきすぎてんぜ、アンタら」
「なんだと……?」
ライオン頭の顔から、笑みが消えた。
目が細まり、その奥に剣呑な光が宿る。間近で向けられる眼光は、なるほど、野生動物を思わせるものがあった。
だが、こっちも今さら引く気はない。
「渚くん……」
背中越しに、不安そうな声がした。
俺はそちらへわずかに顔を向けてから、目の前の相手を睨み返した。
「いい機会だ……。サッカーを通して、横着するお前らに首輪をつけてやるよ!」
互いに視線を逸らさなかった。
背後ではまだ、音無が俺のユニフォームを掴んでいる。その指の震えが収まるまで、ここを動くつもりはなかった。
試合開始の笛は、まだ鳴っていない。
けれど、こいつらにだけは絶対に負けたくない理由が、俺にはもう出来ていた。