シャ〜!ガラスもピカピカ!
フットボールフロンティア、1回戦。
我らが雷門中と野生中の試合が、間もなく始まろうとしている。
スパイクの紐を固く結び直し、軽く水分を補給する。最後にもう一度、念入りに脚を伸ばしておく。
待ちに待った公式戦だ。今までのような「負けたら廃部」という崖っぷちの戦いとは、若干ベクトルが違う。とはいえ、負ければそこで敗退。後がないという点では、同じ状況だった。
「渚クン、だっけ? さっきの姿、カッコよかったよ」
脚を伸ばしていると、すらりとした長身の人が傍にやって来た。
土門さん。ついさっき、このサッカー部に入部してきた2年の先輩だ。人のよさそうな笑みを浮かべて、俺を見ている。
「ちょっとムカついちゃったんで。それに、音無が困った顔してたし」
「それであんなでかい男に立ち向かえるんだから、相当度胸あるじゃん。俺、ちょっとビビってたもん」
「ははは、ウソつくの下手だね、土門さん」
土門さんが目をぱちくりとさせる。何のことだか分からない、とでも言いたげな顔だった。
「全然そんなふうには見えませんでしたよ。むしろ、ちょっと楽しんでたような」
「鋭いね~。あんまり隠し事とか通じないタイプ?」
HAHAHA! と2人して笑い合う。
この人、食えないタイプだ。
「兄ちゃ~ん!」
土門さんと仲良くストレッチをしていると、どこからかそんな声が聞こえてきた。
顔を上げると、小学生くらいの子どもが3人、雷門側のベンチに向かって手を振っていた。小さな楽器なんかも持っている。可愛い応援団だ。
「さ、サク! 何でお前がここに!?」
リトルボーイたちの姿を見て、ひときわ大きな声を上げたのは壁山だった。慌てた様子で、小学生軍団のもとへ駆け寄っていく。
「だって、兄ちゃんがシュート決めるって言ってたから! 兄ちゃんの勇姿を目に焼き付けておこうと思って!」
ああ、あれが例の――。
壁山がこの前言ってた弟くんか。兄貴にあることないこと吹き込まれて、壁山こそ雷門のエースだと思い込んでいるガキンチョだ。
「だからって、こんな山奥まで来ることないだろ~!」
壁山、すっごい困ってる。
そんな兄貴を、弟くんはキラッキラの眼差しで見上げていた。尊敬してるんだろうなぁ。自慢の兄貴なんだろうなぁ。
そりゃそうだよな。兄貴はカッコイイもんだからな。
「来るよ! だって雷門の人はみんな、兄ちゃんの舎弟なんだろ?」
「――!?」
「はい?」
「ゑゑ!?」
不意に投下された爆弾。
シャテイ? 今、あの子、舎弟って言った?
壁山を見る。すごい。滝みたいに汗が流れている。
「ささささサク!? 急に何を……!?」
「えー! だって兄ちゃん言ってたじゃん! 雷門は俺がいないと駄目だって! 帝国に勝てたのも、兄ちゃんのオーラにビビってあいつらが逃げてったからだって! 尾刈斗中ってとこのカラクリを暴いたのも、兄ちゃんのおかげだって!」
弟くんが意気揚々と、しかもデカイ声で、これまでの兄の功績を語り始める。
その全てが虚偽。俺たちの知っている歴史が、壁山に都合のいい形へ塗り替えられていた。
「あと、マネージャーはみんな兄ちゃんに惚れてるって!」
「え……?」
「か、壁山くん……?」
マネージャー陣の冷ややかな視線が、一斉に壁山へ突き刺さる。
あいつ終わった。
カッコつけたいばかりにテキトーこいてた罰が、今まさに当たっている。敢えて言おう、カスであると。
「壁山クーン、ちょっとこっち来ようか~」
「ひぃ!? そ、染岡しゃん!?」
事のあらましを聞いていた染岡さんが、ヤクザみたいな顔で笑っていた。
ヤクザスマイルとか聞いたことないぞ。人ってあんな顔ができるんだ。
こりゃ今日の試合、壁山は出られないな。理由は、今からボコボコにされるから。
「壁山の話だと、音無はアイツに惚れてるってことらしいけど。ちょっと、その辺の真相を確かめてみようか」
「ちょっと! やめてよ!」
音無をからかってみたら、ちゃんとキレられた。
そんなに否定しなくても……。それはそれで壁山が可哀想な気も……。
しないわ。全くもってしないわ。
「バカなこと言ってないで、さっさとコートに出なさい。もう試合始まるから」
「うっす~」
音無に背中をはたかれ、コートへ向かう。ちょうど整列の時間だった。
今日は新入部員の土門さんもスタメン起用だ。だが、壁山と染岡さんはまだ戻ってこない。
2人が森の方へ消えてから、少し経つ。たぶん今頃、壁山はパンイチで木に吊るされているのだろう。
「あれ? 雷門中はメンバーが足りないようだね」
「ちょっと今、野暮用で……。あ、戻ってきました! あそこのピンク坊主と緑のデカブツがスタメンです」
審判に答えたところで、タイミングよく2人が戻ってきた。
染岡さんの頬には返り血がつき、壁山のユニフォームからは袖がなくなっていた。
一体どんな仕打ちを受けたのだろうか……? そっちが気になって、試合に集中できそうにないぜ。
「焼きを入れといたぜ。壁山ァ! お前、この試合で活躍できなかったら、東京にいられなくなると思えッ!!」
「は、ハイっすぅ!!」
「トンデモ展開になってるじゃねーか」
完全にヤクザと、それに従う子分だった。
東京にいられなくなるって……。そんな、人を追放できるような力持ってんの、染岡さん。
弟くん見てみろよ。尊敬していた兄貴の無残な姿を見て、半泣きになってるよ。完全にトラウマになってるよ。
「試合開始ぃ!!!」
ピーッとホイッスルが鳴り響き、雷門ボールで試合が始まった。
豪炎寺さんから届いたボールを、そのまま少林へ流す。パスを出した俺も、一気に敵陣へ駆け上がる。
少林から半田さん、マックスさんへ。テンポよくパスが繋がり、あっという間にゴール前まで攻め込んだ。
再び俺の足元へ戻ってきたボールを、高く蹴り上げる。狙うのはもちろん、豪炎寺さんだ。
「やっちゃってください、豪炎寺の兄貴!」
「おう!」
応じた豪炎寺さんが宙へ跳ぶ。その脚に炎が現れ、身体の回転に合わせて勢いを増していく。
燃え盛る炎をまとい、豪炎寺さんがゴールへ狙いを定める。
決まった――誰もがそう思った、その時。
地上から、何かが跳ね上がってきた。
「やらせないコケ!」
「!?」
豪炎寺さんの背後に、小柄な選手が現れる。ニワトリのトサカみたいな髪形をした、あの男だ。
豪炎寺さんが脚を振り抜くより早く、そいつの足がボールをさらっていった。
「ウソだろ……! 本当に映像で見た通りじゃないか……!」
野生中の試合ビデオは確認済みだった。そこには、ずば抜けた跳躍力を誇る選手が1人映っていた。
それが今、豪炎寺さんから空中でボールを奪った、あのニワトリだ。
なんて高さだ、ありゃ。人間業じゃないぞ。
「コケ! 空中で俺に勝てる奴なんざ、この国にはいないコケ!」
それは言い過ぎだろ……と思ったけど、口には出さないでおいた。
奴は国というもののスケールを見誤っている。
だが、今この場にいる誰よりも跳躍力があるのは事実だ。DFラインを指揮しているのも、たぶんアイツだろう。
あのニワトリを攻略しない限り、野生のゴールを破るのはなかなか厳しそうだぞ。
「カウンターだ!!」
野生の守備陣から、ロングボールが放たれる。ボールは一気に中盤を越え、前線の選手へ渡った。
まずい。俺たちは皆、攻め上がっていた。ボールを失った今、守備に戻るのが間に合わない……!
ゴールへ迫る野生のストライカー。絶好のシュートチャンスだ。向こうにとっては。
こっちにとっては絶体絶命だ!
「おっと! そう簡単にはやらせないぜ!」
「ど、土門さん!」
その進路を塞ぐように、土門さんが飛び出した。
皆で攻め上がっていたと思ったが、彼だけは違ったらしい。カウンターを警戒して、後ろに残ってくれていたんだ。
いいぞ、素晴らしい判断だ!
「いくぜ!! “キラースライド”!!」
「ひ、必殺技だぁ!! まさか使えたのか!?」
土門さんが地面すれすれまで姿勢を落とす。
次の瞬間、その脚が何本にも増えて見えた。幾重もの残像を引きながら、相手の足元へ滑り込んでいく。
これがキラースライドってやつか。
『俺のスライディングは人を殺すぜ』
挨拶した時に言っていたことを思い出す。
なるほど、キラーは殺し屋。名は体を表すってやつか。
「喰らえぇぇぇ!!!」
「ぐぎゃあああ!!!」
「!?」
キラースライドをモロに喰らった野生の選手が、物凄い叫び声を上げながら宙を舞った。
なんだアレ。ただのスライディングだろ? なんで人が上空に飛んでいくんだ……!?
「いいぞ、土門!!」
キャプテンが土門さんの活躍に声を上げる。
いや、よくはないだろ……!
相手の選手、頭から地面に墜落してピクピクしてるぞ……! なんでこれがファウルじゃないんだ……? そして、なんで審判は何も言わないんだ……!
「もう一丁だ! 行ったれ、ピンク坊主!」
「誰がピンク坊主だ!」
奪ったボールを、土門さんが染岡さんへ回す。
気付いたら、ピンク坊主のあだ名が浸透していた。こうなったら後が怖いぞ。
「俺のドラゴンクラッシュを喰らわせてやる!!」
叫びながら、染岡さんがシュートモーションに入る。
その周囲に青い龍が現れ、咆哮を上げた。染岡さんが脚を振り抜けば、そのままゴールへ襲いかかる――はずだった。
「“スーパーアルマジロ”!!!」
横合いから、丸まった巨体が突っ込んできた。
猛烈な回転をかけたそいつは、まるで弾丸だ。シュートを放つ寸前の染岡さんに、容赦なく激突する。
「うぉぉぉああ!!!!」
「そ、染岡さーん!!!」
吹っ飛ばされた染岡さんが、そのままコート脇のフェンスに叩きつけられた。派手な音が響き、もうもうと砂煙が舞い上がる。
だ、大丈夫かアレ。トラックにはねられたみたいになってたけど……。
「おぉい! 今のは完全にファウルだろ!! 染岡さん、生きてますか!? 自分の組の名前を言えますか!?」
砂煙の向こうで、染岡さんがわずかに顔を上げた。
「――……お、お前らといた数ヶ月……悪くなかったぜ……」
「――!?」
染岡さんが、ゆっくりと目を閉じる。
そして、そのまま動かなくなった。
「染岡……!?」
「染岡さんがやられた……!?」
試合会場にどよめきが広がる。流石の俺たちも、動揺を隠せなかった。
一方、染岡さんを吹っ飛ばした野生のライオンキングは、鼻くそを食っている。
「さ、サッカーで人が死んだ……!?」
突きつけられた現実……。
動かない染岡さん……。
これが超次元サッカー……なのか……!?