甲子園優勝投手村田、ドラ1で燕へ 作:ドンクライ(泣くのはおよし)
楽しみにしていた方すいません
原点
「貴方はどこまで飛べるかな?」
中学校の恩師に言われた言葉だった。自分の母校は何の変哲もない地方の公立中学校。そこの軟式野球部に所属していた。強い時期はあったそうだが、自分が入学した時には主だった経験者はクラブチームへ行っていたため、野球は好きだがそこまでガチガチにやりたくない。野球はやってみたいが経験0といった子が集まった部活動だった。自分も同じ。野球は好きだが何もかも捧げられる気はしなかった。小さい頃から野球はやっていたが、自分より上手い人間を山ほど見ていれば、子ども心ながらに身の程を知る。小学校は6年生の最後の最後にベンチ入りした程度。一応監督に中学はどうするんだと聞かれはしたが。監督の興味関心は専らバッテリーと中心野手がどこのシニアチームに行くかだった。
そんなそれなりの野球をしたいなと思って入部して半月ほど経ったある日、顧問の先生にこう言われた。
「トモ。お前ピッチャー」
理由は分からないが、その日からピッチャーとしての練習が始まった。ボーイズでは左利きだから一通りは教わっていたが、試合で投げた事は数える位しかない。投げ方もそうだが牽制にバント処理、カバーやボークの細かいルール、覚えなくてはいけないことを挙げればキリがない。ボーイズの時は慣れないことでもミスをすれば怒鳴られた。が、この顧問の先生はちょっと変な人だった。この先生、失敗をすると堂々と笑い飛ばすのだ。
「アッハッハッハ! しゃあない。切り替え!」
ある練習試合の一幕、最初は教育者としてあるまじき態度に戸惑った。その場ではそれで終わり。そして守備が終わって攻撃の短い作戦会議が終わると、ミスした先輩を「ちょいちょい」と呼び出す。
ここで怒鳴るタイプかと分かっていないふりをしつつ、いつ雷が落ちるかと身構えていると
「さっきの打球さ、どこまでイメージ出来てた?」
「えーと……」
「自分の方向に来そう、みたいな感じは思った?」
「それはン…ちょっと感じられたと思います」
「はいはいはい。グラブ立ててたから打球に触れたね。アレは一歩前に出るしかないんだ。引いても捕れないから。怖いけどやれるようになりたいね。はい。後は声を出して。ミスはするもんなんだから。失敗すら出来ない人間になっちゃいけないよ」
「はい!」
想像していた雷は落ちなかった。
ただ、自分の中で何かが解けたような感じがした。その日からミスをしないためにしていた練習が、出来ないことを出来るようにする。そんな練習に変わっっていった。
翌週の月曜日、シニアに行った元チームメイトのキャッチャーが、肘を壊して1年半ボールを投げられなくなったという話を聞いた。
「色々あるけどピッチャーをやるなら、練習とは別に毎日3キロは走れると良いな」
その日からロードワークが日課になった。雨が降ろうが台風が来ようが、風邪をひこうが(風邪らしい風邪なんて中2の冬以降ひかなかったが)、正月だろうが、毎日だ。体調やスケジュールの都合で距離は変えるが走らないと気持ち悪い。
「フォームがまとまってきたね。じゃあステップ大きくしようか。もう一つ上のレベルでフォームのバランスを取るよ」
冬に入り基礎トレ(主にランニングと瞬発系。後は動きながらのスローイングゲーム。筋トレはほぼ無かった。先生曰く中学でやっても身体が固くなるだけだとか。その分高校で苦しめと嫌な笑いと共に言われた)をしていたある日、先生にそんなことを言われた。
その年の夏は県大会の一個前で負けた。自分は人数の少なさもあってベンチ入りしており、ゲームが決まった後や、逆に最初の1~2イニングを投げさせてもらっていた。0点という事は無いが、ゲームを壊すような投球はしていなかったはずだ。秋の新人戦でも投げる時は2~3イニング投げて自滅はなかった。
「まとまってるっていうのは合わせやすいの裏返しな。今のままだと二巡目で捕まっちまう。今のままでいいなら別にやらないけど?」
そんなことを言われてやらない訳が無い。「もっと身体を投げ出せ」と言われるのに今度は「そっから頭動かすな」という無茶苦茶な注文をされた。あと「爪先は真っすぐでいいけど膝は割れるな」とか「軸足の踵を付けるな」とか「もっとデカいワインドアップで放れ」とか。先生にしては細かい注文が多い。柔軟が日課に加わることになった。
ちなみに春先に少年野球の頃のエースが入部してきた。どうも入ったシニアで先輩といざこざがあったらしい。正直入ってきた時、自分はエースになれないんだなって思った。
2年生の5月の連休、投げればそれなりに抑えられるが一塁ランナーがフリーパスという課題が浮き彫りになった。
ちょっとした大会で県外から招待されたチームと対戦する機会があったのだが、内野安打やフォアボールで出たランナーが悉く二塁でセーフになる。ウチに私立のキャッチャーの様な肩は期待出来ない以上、投げるスピードを速くするしかない。
如何に球威を落とさずモーションを速くするか、やろうとしていることが矛盾しているのならやっていることを矛盾させるしかない。自分の力を股関節に溜めつつ動くという技術を身に着けた切っ掛けはこれだった。
先生に「……なるほど。貴方はそこまでやるのね」と言われたが、どういう意味だったかは聞いていない。
2年の夏は県大会出場、登板の仕方は1年の頃と大して変わらなかったが、この頃になると野手として出場することが増えた。メンバーの空いてる所に回されて打順は7番、春先に入部した同学年のエースの後ろを打った。
そして2年の秋、困ったことに同学年のキャッチャーのパスボールが多い。暴投に関してもワンバンは仕方ないとして逆球が取れない。となると構えた所に投げるしかない。生憎エースより球威の劣る自分は力押しという選択肢は取れなかった。背番号3を背負った2年秋は、市大会こそ優勝出来出来たがその上で負けた。
その年の冬も去年を更に発展させた様な事をしたが、この時はそんなに細かいことは言われなかった。今思うとこれが自分の基礎になっている。先生は「身体が固くなると教えられない所があるのよ。これ。貴方は触りだけで、あとは勝手に出来る様になっていったけど」と最後に種明かしをしてくれた。
この頃になると全力投球とは100%コントロールできる範疇のボールを指すという考え方に変わってきた。
風の噂でシニアに行った中心選手がベンチにも入れず苦労しているとか、ケガをしていた子が復帰してまた怪我をして中学野球が終わってしまったなんてことを聞いた。
今でも自分より才能があった人、上手い人は沢山いたと思っている。自分に与えられた最大の才能は何かと言われれば家族からの愛情だろう。今時珍しく祖父母と同居していたからか幼少期から出されるおやつはおにぎりだった。当時はもっと洒落たものを食べたくて文句を言っていたが、スナック菓子ではなくちゃんとした食べ物が内臓を強くしてくれた。子供用と祖父母用で、母と祖母が苦労しながら品数を作ってくれたのも大きい。自分のやたら強い体の原点だ。
あとは最低限の学力と野球以外の習い事、野球以外にアイデンティティーを持っていたから極端な考えをしにくかったのも強みだったと思う。マウンドに立っていてエラーをされても「しゃあない」と思えたし。だって素人だろうとその子がいないと野球ができなかった。素人の子が今まで取れなかったボールを取った時や、打てなかった変化球をバットに当てた時は本当に野球は面白いと思えて、自分も今出来なくてもやり続ければ必ず出来ると力を貰えた。
冬を越えた三年の夏、自分が背負ったのは背番号1だった。思わず先生に放課後キャプテンと2人で尋ねに行ってしまった。
「キャプテンと貴方相手だから言うけどさ。アイツは上手いから野球やってんだよ。貴方は好きで野球やってるでしょ? その違い」
貴方たちにしか言わない理由、察せよ。と先生は続けて
「上手くて野球やってるやつは自分より上手いヤツやると勝負がつく前に勝手に諦めるのよ。好きで野球やってるヤツはそういう時でも最後まで野球やるの。俺はエースには何点取られようが最後まで野球やって欲しいから貴方に1を渡したの。秋、アイツに背番号渡した時、入部した時にも言ってたんだけど結局何も変わらなかったから。入部した時から1ミリも上手くなってねえもん。アイツ。マジ詰まんねえわ。スイングスピードは速くなってるし、筋力ついて球は速くなったけど。1番取ったら不貞腐れるだろうなって思ってやってたけど、こうなったらショック療法しかない。」
どうか背負ってくれないか? トモ。
僅か15年の生で初めて、先生に頭を下げられた。
背番号1を背負った夏、全国には行けなかったが、野球部創立以来初めて県大会を突破した。敗退の理由は審判の判定に相手監督が文句を言って、微妙な空気故にキャッチボールも出来ず肩が冷えるまで待たされたことが原因だが、やれることはやれた。それでも高校のスカウトの目に留まったらしく、聞いたことがある高校から話が来たが、見学に行ったら余りの迫力についていける気がしなくて、結局地元の県立高に進学することにした。
卒業式の日、先生と話す機会があった。
「トモ。他のヤツには絶対にこんなこと言わないんだけど、お前は絶対に高校でも野球やれ」
「一応、続ける気ではいます」
「そうか……。前も言ったけど私は貴方がどこまで飛べるか見てみたいんだ。正直進学校で野球続けるのはシンドイよ。もしかしたらもの凄い後悔をするかもしれない。でもそれ含めて貴方は必ず全部力に出来るから。いってらっしゃい。最後に握手してくれる?」
「はい! いってきます!」
そこから結構遠いところまで来れたと思っている。
どこまで飛べるか、いや。飛ばせてもらえるかは分からない。でも
「なんだトモか。プロ野球選手が一介の中学校教諭に何の用だ?」
3コールで先生は出てくれた。
「明日、移籍の会見をするんです。その前にお話したくて。お時間いただけますか?」
ちゃんと最後まで飛ぼうと思う。
邪魔ならもうやりません。
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