いざシャーレ
二年生になったが、特にこれといった変化はない。
校舎は昨日までと同じ場所に建っているし、C&Cの部室も相変わらず物騒な装備と生活感のない家具が同居している。制服の学年表記が一つ上がったところで、私自身が急に立派になるわけでもなかった。
「今年はもう少し平和だといいですねぇ」
ソファへ深く座りながら呟くと、向かいで端末を確認していたアカネさんが顔を上げた。
「去年もそれほど忙しくはなかったと思いますが」
「そんなことは無いっすよ」
「そうですか?」
「廃墟で死にかけたり、企業へ潜入したり、レールガン奪還したりした一年を平穏扱いは無理があります」
それでもC&Cに入ったばかりの頃と比べれば、私も随分慣れた。
ネル先輩が多少無茶を言っても驚かなくなったし、アカネさんが爆発物を取り出しても、とりあえず何を壊すつもりなのか確認してから止めるようになった。カリンさんが真面目な顔で妙なことを始めてもそういう日だと思えるし、アスナ先輩が突然いなくなっても、そのうち戻ってくるだろうと考えられる。
人間というのは慣れる生き物らしい。
中学生の頃にも似たようなことを思った覚えがあるので、たぶん昔からそうなのだろう。
「そういえばリーダーは?」
アスナ先輩が部室の中を見回した。
「今日は来ないと連絡がありましたよ。個人的な用事だそうです」
「そっかー」
アスナ先輩はそれで納得したらしく、机の上に置かれていた菓子へ手を伸ばした。
ネル先輩にも普通に私生活はある。
私も別に、一日中C&Cのことを考えて生きているわけではない。授業があって、ゲームをして、飯を食って、寝る。最近はそこに、何故かセミナーの問題児が部屋へ入り浸る時間まで加わった。
今年こそは、それくらいの生活が続けばいい。
そう思っていたところで、端末が鳴った。
「……嫌な予感」
画面にはユウカさんの名前。
この人からセミナーの営業時間中に直接電話が来る時、大抵ろくな話ではない。
「はい、大小路です」
『今どこ!?』
ユウカさんの音割れした声が聞こえてくる。最近は何もやらかしてないはずだが。
「C&Cの部室ですけど」
『今すぐセミナーまで来て!』
「嫌です」
『何でよ!』
「今から帰るつもりだったんで」
『帰らないで!』
後ろでアスナ先輩が笑っている。
アカネさんは最初から、私が結局行くことを分かっている顔をしていた。
「何かあったんです?」
『説明するから、とにかく来て。急ぎなの』
そこまで言われると、さすがに断る理由もない。
「……分かりました。行きます」
『最初からそう言いなさいよ!』
「一応抵抗しとこうかなって」
『何に対する抵抗なのよ……』
どこか疲れたような声を最後に通話が切れた。
端末を仕舞い、ソファから立ち上がる私にアカネさんが声をかける。
「セミナーですか?」
「そうみたいです」
「大変ですね」
「他人事ですねぇ」
「C&Cへの依頼ではないので」
「ちぇ」
鞄を肩へ掛ける。
今日の予定は、授業が終わったらスーパーへ寄って帰宅するだけだったのだが、ままならないものだ。
とはいえわざわざ腹を立てるほどのことでもない。
「じゃ、行ってきます」
「いってらっしゃーい!」
アスナ先輩に手を振られながら、私は部室を出た。
さくっとこなして、さくっと帰ろう。
*
「……思ったより大事じゃないですか」
セミナーへ着いて十分ほどで、私は帰宅を諦めた。
なんと連邦生徒会が今年度に入ってからほぼ機能停止状態に陥っているというのだ。
サンクトゥムタワーも機能を停止し、D.U.の治安の悪化。そういえばミレニアムも最近荒れているような気がする。
連邦生徒会に対する質問と抗議で各学園からも人員が集まり始めているという話だ。
春休みの間から騒がしかったのは知っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。
「だから急いでって言ったでしょう」
「最初に要件言ってくれればよかったのに」
「電話で全部説明できる量じゃないの!」
ユウカさんは机の上に広げた資料をまとめながら、私へ別の端末を押しつけてきた。
「それで、何で私なんです?」
「ミレニアムから私がD.U.へ向かうの。私は現地で他校との調整もしないといけないし、万一何かあった時に戦える人間が一人いた方がいいから」
「それならC&C正式に呼べばいいじゃないですか」
「そこまで大規模な派遣にしたくないのよ。今回はあくまで状況確認と支援」
「なるほど」
要するに護衛兼便利屋。
いつものことである。
傍らではノアさんが資料を整理していた。こちらへ目を向けると、いつもの柔らかい笑みを浮かべる。
「ハヤテさんがいてくだされば、ユウカちゃんも安心でしょう」
「私よりユウカさんの方が頑丈じゃないです?」
「何の話よ」
「バリア張れるじゃないですか」
「そういう問題じゃない!」
うだうだ言ってはいるが、別に本気で嫌なわけでもない。
頼まれれば行くが、あまり便利屋扱いされるのはそれはそれで嫌だ。
「じゃあ準備します」
「お願い」
「何時くらいに帰れそうです?」
「分からないわ」
「ですよねぇ」
コユキさんには連絡しておこう。
春休みに入ってから、あの子はかなりの頻度で私の部屋へ来るようになった。今日も来る可能性は高い。何も言わなければ、冷蔵庫を勝手に漁った末に「食べていいですか?」と事後報告が来る。
まあ、連絡しても同じことをする気はするけれど。
*
D.U.は騒がしかった。
普段から人の多い場所ではあるが、今日は明らかに空気が違う。道路の一部は封鎖され、遠くでは何度も銃声が響いている。所属の違う生徒たちが慌ただしく行き交い、その中を連邦生徒会の職員らしい人たちが走り回っていた。
「ひどいですね」
「連邦生徒会長がいなくなったって噂があるけれど……まさか本当に?」
ユウカさんも周囲を見ながら答える。
「上に一人いなくなっただけでこんなことになるんですねぇ」
「一人って……連邦生徒会長よ?」
「偉い人なのは知ってますよ」
ただ、偉い人がいなくなったからといって、それまで秩序を守っていた全員が一緒にいなくなるわけではないというのに、それでも実際こうなっている。
組織というのは面倒だ。
「ユウカさん」
「何?」
「後ろ」
「え?」
路地から武装した集団が出てくる。
話し合う雰囲気ではない。
私はユウカさんの前へ出ながら銃を抜いた。
「下がっててください」
「頼んだわよ」
「へいへい」
向こうから撃ってきた。
故にこちらも撃ち返す。
*
それからしばらくして。
私は、見知らぬ大人の指示で戦っていた。
「ハヤテ、そこから二歩下がって!」
「はい?」
「お願い!」
言われた通り下がる。
直後、別方向から撃たれた弾が、さっきまで私のいた位置を横切った。
「……へぇ」
未来が見えているというわけではないが、周囲をよく見ている。
誰がどこにいて、次に何が起こりそうか。それを拾うのが上手いのだろう。
「次、右側お願い!」
「了解です」
言われた通り右へ回る。
他校の生徒が正面を押さえている間に側面へ入り、数人を倒す。振り返ると、今度は別の生徒へ指示が飛んでいた。
私だけではない。
所属も戦い方もばらばらの生徒を、随分自然に動かしている。
面白く、末恐ろしい人だ。
先生というらしい。
シャーレという組織の顧問につい先ほど任命された人物だそうだ。
連邦生徒会長の秘蔵っ子とはユウカさんの弁。
大人が珍しいキヴォトスとはいえ、初対面の相手にそこまで興味はない。良い人か悪い人かも、数十分一緒にいた程度では分からない。
ただ、指揮は上手い。
今のところ、私に必要な情報はそれだけだった。
「ハヤテ!」
「はいはい」
先生の指示を聞きながら、次の相手へ銃口を向けた。
*
騒ぎが一段落した頃には、日が傾き始めていた。
シャーレの事務所の入口辺りまでを護衛したのち、先生がシッテムの箱とやらを起動してサンクトゥムタワーを復活させたのだ。
疲労感に包まれた私は近くの建物の軒下を借りて、小休止。
壁へ背中を預け、残弾を確認していた。
「ハヤテ」
「はい?」
先生がこちらへ来る。
「腕、大丈夫?」
「腕?」
見れば、袖の一部が裂けていた。
いつやったのか覚えていないが、肌にも薄く擦れた跡がある。
「ああ。これくらいなら」
「痛くない?」
「別に」
「一応見せて」
「大丈夫ですって」
先生は少し心配そうにしていた。
妙な人だと思う。
さっきまで私を迷いなく銃弾の飛び交う場所へ送り込んでいたくせに、終わった途端に擦り傷を気にする。
矛盾しているようで、たぶん本人の中ではそうでもないのだろう。
私は袖を軽く捲って見せた。
「ほら。何もないです」
「本当だ。よかった」
「キヴォトス人は頑丈ですから」
「生徒が怪我してたら心配するよ」
「そういうもんですか」
「そういうものだと思う」
なるほど。
そこで会話は一度途切れた。
初対面の人間と円滑なコミュニケーションを行える能力が私に備わっていれば良いのだが、生憎切らしている。
先生の方から何か聞いてくるわけでもなく、ただ沈黙がその場を支配する。
気まずい。
「そういえば」
「うん?」
「ちゃんと自己紹介してませんでしたね」
「確かに」
「大小路ハヤテ。ミレニアム二年。メイド部に所属しています」
「メイド部?」
なんだか先生の食いつきが良い気がする。
「メイドとしての修行を行って、心技体を鍛えるみたいなあれです」
「そんな部活があるんだね」
嘘である。全部出まかせだ。
「先生は指揮が上手いですね」
「ありがとう」
「何か従軍してたとかそんな感じですか?」
この質問はちょっとデリケートな部分を攻めてないか?家に帰ってからの反省会が捗るな。
「別に特別何かをしていたとかではないかな。皆が上手に私の指示を拾ってくれたおかげだよ」
「そんなもんなんですね」
会話が途切れる。まずい、何で私はこうも会話をぶった切るような返事しか返せないんだ。
藁にも縋る気持ちで何か起きろと祈っていると、先生が遠くから呼ばれ、私に一声かけてから去っていった。
助かった。
*
ミレニアムへ戻った頃には、完全に日が暮れていた。
「今日は助かったわ」
セミナー前でユウカさんが肩を回す。
「どういたしまして」
「先生ともちゃんとやれたみたいね」
「まぁ普通に」
「何か感想は?」
「指示出すの上手い人」
「それだけ?」
「今日会ったばっかりですよ?」
「まあ、そうだけど」
ユウカさんは少し呆れた顔をした。
私はポケットに突っ込んだままの端末を取り出す。戦闘中に振動していたのが気になったから途中から通知を切っていたのだ。
確認すると十三件の通知が溜まっている。
「…………」
全部がコユキさんから来ている。
『ハヤテ先輩、今日遅いですか?』
『部屋行っていいです?』
『返事ないので行きますね!』
『冷蔵庫開けます!』
『プリンある!』
『これ食べていいですか?』
『ハヤテ先輩?』
『返事ないですね』
『では』
『いただきます!』
『美味しかったです!』
『あ、晩ご飯どうします?』
『お腹空きました』
「…………」
しわくちゃの顔になりながら返信を打つ。プリン食べたかったのに。
『今帰ります。プリン代は後で請求します』
数秒後に顔からありとあらゆる体液を流すペロロのスタンプが返ってきた。
なんて恐ろしい。
「何笑ってるの?」
「いや」
端末をしまう。
「帰る場所に問題児がいるだけです」
「コユキ?」
「はい」
「……大丈夫なの?」
「何が?」
ユウカさんが何とも言えない顔をする。
私は特に気にせず歩き出した。
「じゃ、お疲れさまでした」
「ええ。今日はありがとう」
「また」
学校を出る。
平穏を望むのがよくなかったのだろうか、今日は色々あった。
連邦生徒会長がいなくなって、D.U.が荒れ、シャーレの先生という大人にも会った。
なんて振り返るよりも先に、夕飯をどうするか考えなければならない。
どうせ部屋へ帰れば、コユキさんが腹を空かせて待っている。
私は帰り道のスーパーへ寄ることにした。