ヒマリ先輩から連絡が来たのは、珍しく授業もC&Cの仕事も早く終わり、このまま何事もなく帰れそうだと思っていた日の午後だった。
『ハヤテ、お時間はありますか?』
「今から帰るところなので、ないですね」
『そうですか。それでは十分後に特異現象捜査部まで来てください』
「人の話を聞いた上で無視するのやめません?」
端末の向こうから、いかにも楽しそうな笑い声が返ってくる。
以前ヴェリタスを率いていた頃からそうだったが、この人は自分の興味が向いたことに関しては他人の都合をかなり軽く扱うところがある。とはいえ、本当に都合が悪いと言えば多少は考慮してくれることも知っているので、私も本気で腹を立てているわけではなかった。
「それで、今度は何です?」
『廃墟です』
帰宅するため廊下を歩いていた足が、自然と止まった。
あまり聞きたくない単語だった。
「……また?」
『また、とは心外ですね。今回は以前あなたと調査した場所とは異なる区域です』
「廃墟って時点で大差ないですよ」
一年生の頃、ヒマリ先輩に付き合ってミレニアム郊外の廃墟へ入ったことがある。人がいなくなって久しいはずなのに妙な設備だけが生き残っており、奥へ進めば見たこともない扉に認証を要求され、最後には機械兵の群れに追い回された。
別に怖い思い出というほどではない。ただ、わざわざもう一度行きたい場所でもなかった。
『今回は正式な調査依頼ですよ。あなたを脅したりはしません』
「それ言われると断りづらくなるの分かってて言ってますよね」
『もちろんです』
「性格悪いなぁ」
『褒め言葉として受け取っておきます』
たぶん何を言っても来させるつもりなのだろう。
私は一度、窓の外を見る。まだ夕方にもなっていないし、今日のところはコユキと特別な約束もしていない。帰宅が少し遅くなる程度なら問題はなかった。
「十分後ですね」
『ええ。お待ちしています』
通話が切れた。
帰宅するはずだった足を反対方向へ向けながら、私は小さく息を吐いた。
予定が崩れたことそのものには、もう大して何も思わない。中学時代から、予定通りに一日が終わる日の方が珍しかった時期もある。
ただ、廃墟という言葉だけはどうにも嫌な予感がした。
*
特異現象捜査部の部室へ入ると、ヒマリ先輩の他にもう一人、生徒がいた。
ピンク色の髪に、かなり特徴的な服装。私が入っても特に警戒した様子はなく、壁際に立ったままこちらを見る。
「和泉元エイミです」
「大小路ハヤテです。C&Cの05やってます」
「知ってる。ヒマリから聞いた」
それだけで会話が終わった。
随分さっぱりした人だと思ったが、私としても初対面の相手に無理に話題を作る趣味はないので助かる。
「ちなみに先輩、私のこと何て説明したんです?」
「非常に優秀で、礼儀正しく、私を深く敬愛している可愛い後輩だと」
「最初の二つはともかく、最後は訂正してください」
「どこまでが最初の二つなのか少し気になりますね」
「細かいところ拾わないでください」
ヒマリ先輩はいつも通りだった。
ただ、机の上に広げられた資料を見る限り、今日の用件自体はかなり真面目らしい。複数の戦闘記録と機械の画像、それに私にはよく分からない通信波形が並んでいる。
「デカグラマトン、でしたっけ」
以前から名前だけは聞いたことがあった。
特異現象捜査部が追っている正体不明の存在。巨大な機械兵器を従え、キヴォトスの各地で不可解な活動を続けている。
「ご存じでしたか」
「ヒマリ先輩が先生やエイミさんと何か調べてる程度には。中身までは知りません」
「それで十分です」
ヒマリ先輩が端末を操作すると、地図が表示された。以前私が入った廃墟とは別の区域だが、距離はそう遠くない。
「少し前から、この一帯でデカグラマトンに関連すると考えられる信号が検出されています。既に何度か調査を行いましたが、今回はさらに内部へ入る必要が出てきました」
「それで私?」
「以前この周辺の廃墟を調査した経験がありますし、現場での対応力も高い。エイミと先生だけでも調査は可能ですが、未知の区域へ入る以上、戦力は多い方が良いでしょう」
そこまで言われると、特に断る理由もない。
C&Cとして正式に派遣されるわけではなく、ヒマリ先輩個人からの協力依頼らしい。リオ会長にも話は通しているという。
「何がいるかは分かってるんです?」
「分かっていれば、あなたを呼ぶ必要もありません」
「それもそうか」
未知だから調べる。
ヒマリ先輩らしい。
「先生は?」
「既に現地へ向かっています」
「相変わらず行動早いですね」
「あなたも見習ってはいかがです?」
「私は必要になってから動く派なんで」
「それを世間では腰が重いと言います」
「困ってないからいいです」
エイミさんが私たちを交互に見る。
「やっぱり仲良いんだ」
「どこを見てそうなったんです?」
「ずっと喋ってる」
「……なるほど」
否定しづらかった。
*
現地で先生と合流した頃には、日が傾き始めていた。
前にD.U.で会った時以来、顔を合わせる機会は何度かあったが、まだそこまで親しいわけではない。先生も私に過剰に話しかけることはせず、簡単に挨拶を交わすとすぐ調査内容の確認へ戻った。
そういう距離感は嫌いではなかった。
「今回はこの水没地区を抜けて、さらに奥へ行く」
先生が地図を示す。
廃墟の一部は地下水か何かの影響で沈んでいるらしく、進むにつれて足場は悪くなるという。ヒマリ先輩は部室から通信で支援し、現場は先生、エイミさん、私の三人。
『信号源は現在位置から北東方向、およそ一・七キロ先です。途中で複数の機械反応が確認されていますので、十分警戒してください』
「了解」
銃の状態を確認してから、廃墟へ足を踏み入れる。
以前来た場所とは違うものの、空気はよく似ていた。
古い施設のはずなのに、完全に死んでいる感じがしない。崩れた壁の奥で何かのランプが点滅し、用途の分からない配線が今も微かな熱を持っている。人間だけがいなくなって、機械の方はまだ何かを待っているように見える。
「去年もこんな感じだった?」
少し前を歩いていたエイミさんが振り返った。
「似てますね。もっと乾いてましたけど」
「機械もいた?」
「いました。こっちを見つけた途端に撃ってきましたよ」
「今日もいるかも」
「でしょうねぇ」
先生が少し後ろから周囲を確認しながらついてくる。
前回と違うのは、今回は最初から戦闘になる可能性を織り込んでいることだった。装備も十分にあるし、何よりエイミさんがいる。廃墟調査の経験という意味でも、私よりよほど慣れているだろう。
それなら私の役目は、空いているところを埋めればいい。
いつものことだった。
しばらく進むと、床に浅く水が溜まり始めた。さらに奥では膝下ほどまで沈んでいる場所もあり、歩くたびに小さな水音が響く。
その水音の中に、別の音が混じった。
「先生」
「聞こえた」
すぐ返ってくる。
金属が床を踏む、一定の間隔。
エイミさんも既に銃を構えていた。
曲がり角の先から、赤い光が一つ、二つと現れる。
機械兵だった。
*
戦闘は、それほど長く続かなかった。
数そのものは多かったが、こちらには先生の指揮があり、エイミさんの火力もある。私は正面を任せられるタイプではないので、二人が作った隙を使って側面へ回り、射線の通らない場所にいる個体を順番に落としていった。
前にD.U.で一緒に戦った時にも思ったが、先生は各人の得手不得手を把握するのが早い。
私に「前を全部止めろ」とは言わない。
どこが空いているかを教えてくれるので、そこへ入ればいい。
やりやすかった。
「右奥、二体!」
「見えてます」
崩れた壁を使って高さを取り、エイミさんへ向いていた二体へ横から撃ち込む。片方がこちらへ銃口を向けたところで位置を変え、先生の指示に合わせて別の柱へ移ると、その間にエイミさんの射撃が正面をまとめて薙いだ。
数分後には、動いているものはいなくなった。
「怪我は?」
先生が最初に聞いた。
「ないです」
「エイミは?」
「平気」
『こちらでも三人のバイタルに異常は確認されていません。周囲の機械反応も消失しています』
「じゃあ進めますね」
私は倒れた機械の一体へ近づいた。
外見そのものには覚えがない、以前の廃墟で遭遇した機体とは形も装甲も違う。
それでも。
「……何か似てるな」
「何が?」
先生が隣へ来る。
「前に見た機械と」
「同じ種類?」
「いや、そこまでは」
断定するほど詳しくはない。
ただ、戦っていて少し引っかかった。
「普通の警備ロボットって、侵入者を見つけたら決められた動きするじゃないですか」
「うん」
「こいつら、こっちが何してるか見て動いてる感じがする」
私が側面へ回れば、数体が進路を塞ぐように移動した。エイミさんへ火力が集中した時には、別の個体が少し距離を取ってこちらを牽制している。
一体一体が好き勝手に動いているのではなく、全体としてこちらへ対処している。
『興味深いですね』
ヒマリ先輩の声。
「先輩の方では何か分かります?」
『現在解析中です。ただ、彼らの間で何らかの情報共有が行われている可能性は高いでしょう』
「じゃあ、やっぱり普通の警備機械じゃない」
『ええ。とはいえ、以前あなたが遭遇した機械群と同系統かどうかは別問題ですが』
「そこは分かってます」
似ているから同じ。
そう決めるのは早い。
私はそういう判断を専門家へ任せることにしている。
自分に分からないものを、分かったふりで分類しても仕方がない。
「進みましょうか」
先生が頷いた。
*
奥へ進むほど、廃墟は水に飲まれていった。
研究棟らしき建物の一階部分が半分沈み、以前は道路だった場所にも水が溜まっている。見上げれば高架や配管が複雑に交差しており、その一部は崩れて水面へ突き刺さっていた。
誰もいない。
なのに、完全に静かではない。
遠くで機械の駆動音が響き、時折どこかの設備が勝手に動く音がする。
「こういう場所、好き?」
エイミさんが突然聞いた。
「全然」
「そう」
「エイミさんは?」
「嫌いじゃない」
「そうですか」
会話はそれで終わった。
この人とは、無理に言葉を増やさなくても気まずくならない。楽な相手だと思う。
さらに数百メートルほど進んだところで、ヒマリ先輩から停止の指示が入った。
『前方に強い信号反応があります』
「どのくらい?」
『これまで確認した機械群とは比較になりません。慎重に進んでください』
先生の表情も少し変わる。
エイミさんは相変わらずだが、銃を持つ手だけが僅かに上がった。
私も安全装置を確認してから、前へ進む。
崩れた壁を抜けると、急に視界が開けた。
広い地下施設だ。床の大半が水に沈み、その中央に巨大な影がある。
「……でか」
最初に出た感想は、それだった。
人型と呼ぶには大きすぎる機械。
白い装甲、周囲には先ほどと同型の小型機が複数浮かんでいる。
『確認しました』
ヒマリ先輩の声から、先ほどまでの軽さが消える。
『デカグラマトンの預言者。識別名、ケテル』
「預言者?」
『詳しい説明は後ほど。今は戦闘準備を』
「ですよね」
中央の機械へ光が灯った。
直後、こちらへ向けられた砲口から閃光が走る。
先生の指示で三人が一斉に散った直後、先ほどまで立っていた場所へ砲撃が落ち、水と床材をまとめて吹き上げた。
火力だけなら、笑えない。
*
ケテルとの戦闘は、先ほどまでとは比べものにならなかった。
単純に大きいから強いというだけではない。周囲の小型機がこちらの移動を制限し、その隙を狙って本体が砲撃する。こちらが本体へ近づこうとすると進路を塞ぎ、エイミさんが火力を集中させれば、それを邪魔するように数体が別方向から回り込んでくる。
前に戦った機械群で感じた違和感が、もっとはっきりした形で現れていた。
「先生、周りのやつ、本体と繋がってると思う!」
「私もそう見える!」
「なら先に本体?」
「エイミが引きつける! ハヤテは小型を減らして!」
「了解!」
先生の判断は早かった。
無理にケテルを一気に倒すのではなく、まず周囲を整理する。エイミさんが正面から火力を叩き込み、私はその周囲を動きながら小型機を減らしていく。
飛んでくる弾を避けるため、途中で膝まで水に入った。
制服が濡れる。感触が最悪だった。
とはいえ今さら気にしても仕方がない。
崩れた壁の陰から二体を撃ち落とし、別の機械がこちらへ向いたところで場所を変える。先生が出してくる指示は細かすぎず、私が次に使える場所だけを示してくるので、考える余地を残してくれている。
その方が動きやすい。
「ハヤテ、左の高所使える!」
「了解!」
水から上がり、瓦礫を足場にして一段高い場所へ移る。
そこから見下ろすと、機械群全体の動きが少し分かりやすくなった。
やはり中央のケテル、あれを中心に動いている。
「ヒマリ先輩!」
『こちらでも確認しています。ケテルが周辺個体へ何らかの情報を送信している可能性が高い』
「じゃあ一回止めれば?」
『連携が崩れるかもしれません』
「先生!」
「聞いてた! エイミ、正面から押して!」
「分かった」
エイミさんの火力がケテルへ集中する。
本体がそちらへ向く。
私への圧力が一瞬だけ減った。
それなら十分だった。
高所から飛び降り、横へ回る。小型機を一体落とし、その残骸を足場にしてさらに距離を詰めると、ケテルの側面が見えた。
装甲の継ぎ目を狙う。
何発か撃ち込んだところで、本体がこちらへ向きを変え始めた。
その瞬間を待っていたように、エイミさんの射撃が反対側へ叩き込まれる。
大きな装甲板が弾け飛び、ケテルの巨体が傾いた。
周囲の小型機が、一瞬だけ動きを乱す。
「今!」
先生の声。
そこからは早かった。
統制が乱れた機械を順番に減らし、ケテル本体へ火力を集中する。完全に破壊したという確信はなかったものの、何度目かの攻撃で巨体は膝をつき、やがて水の中へ沈むように動かなくなった。
静寂が戻った時には、私もかなり息が上がっていた。
「……疲れた」
水の中から上がり、近くの瓦礫へ腰を下ろす。
先生がすぐこちらへ来た。
「怪我は?」
「ないです。濡れただけ」
「本当に?」
「この前も聞かれましたけど、本当に」
腕を広げて見せる。
服は濡れているが、血はない。
「ならよかった」
「先生は?」
「私も大丈夫」
少し離れたところでは、エイミさんがケテルの残骸を確認している。
『三人とも、お疲れさまでした』
ヒマリ先輩の声。
「これ、倒したんです?」
『一時的に機能を停止させただけと考えた方が良いでしょう』
「また動く?」
『可能性は高いですね』
「しぶといなぁ」
目の前の巨大な機械を見る。
「これが預言者?」
『ええ。デカグラマトンに従う存在の一つです』
「命令されて動いてる?」
『その点についても、まだ分かっていないことが多いのです』
「分からないことだらけですね」
『だから調査しているのですよ』
「そうでした」
ヒマリ先輩らしい答えだった。
私は立ち上がり、改めて周囲を見る。
ケテル、小型機、廃墟。
以前見た場所とは違う。
機械の形も違う。
でも、やっぱりどこか似ている。
「前の廃墟で見た奴らとは、別物なんですよね」
『少なくとも、同じ機体ではありません』
「でも似てる」
『どの点が?』
「こっちをちゃんと見てるところ」
言葉にすると少し変だった。
「警備ロボットみたいに『侵入者だから排除』って感じじゃなくて、こっちが何をしてるか見て、やり方変えてくる」
ヒマリ先輩が少し黙る。
『以前遭遇した機械も?』
「はい」
『なるほど』
「関係あると思います?」
『現時点では何とも言えません』
「ですよね」
そこは期待していなかった。
似ている。
ただ、それだけ。
私は専門家ではないし、それ以上を勝手に決める気もない。
「同じじゃないなら、今はそれでいいです」
『随分慎重ですね』
「前に勝手に決めつけて恥かくこと多かったんで」
中学の頃から、見た目だけで相手を判断して、後で全然違うと知ることは珍しくなかった。
人間ですらそうなのだから、よく分からない機械ならなおさらだ。
「それで」
先生が周囲を確認しながら聞く。
「この先は?」
『今日はここまでです。ケテルの戦闘記録だけでも十分な収穫でしょう』
「助かります」
私としては、その判断に異論はなかった。
これ以上奥へ進んで、また同じ規模のものが出てきたら面倒だ。
*
帰り道。
水没地区を戻りながら、私は先ほどのケテルについてぼんやり考えていた。
怖かったかと聞かれれば、それほどでもない。
火力は確かに洒落にならなかったが、戦闘中にそんなことを気にしている余裕はない。撃たれたら避けるし、邪魔なら壊す。それだけだった。
引っかかっているのは別のところだった。
機械が、こちらを見て考える。
少なくともそう見えた。
去年の廃墟でも似たものを感じたが、あの時は余裕がなくて深く考えなかった。
「ハヤテ」
先生に呼ばれ、少し前を見る。
「何?」
「さっきから静かだけど、疲れた?」
「まあ多少は」
「何か考えてる?」
「機械のこと」
「ケテル?」
「それも」
水面を踏む。
「機械ってもっと単純だと思ってました」
「単純?」
「決められた命令通りに動くとか、そういう」
別に機械工学を専門にしているわけではないので、かなり雑な認識だ。
「でも、さっきのやつらはこっちに合わせて動いてた」
「うん」
「そういうのが普通になると、人とそんな変わらないですね」
先生は少し考えた。
「怖い?」
「別に」
即答した。
「人間だって何考えてるか分からないですし」
むしろそちらの方が、昔から見慣れている。
機械が考えるようになったからといって、急に世界が理解不能になるわけでもない。
「ただ」
少しだけ。
「敵になったら面倒ですね」
「それは確かに」
「人間より硬いし」
先生が笑った。
私も少しだけ笑う。
今のところは、それくらいの感想だった。
*
ミレニアムへ戻った頃には、完全に夕方を過ぎていた。
特異現象捜査部で簡単な報告を済ませ、濡れた装備を片付ける。
「今日は助かりましたよ、ハヤテ」
「どうも」
「次回も期待しています」
「次回あるんです?」
「当然でしょう」
「聞かなかったことにします」
ヒマリ先輩は楽しそうだった。
私は鞄を持ち上げる。
「じゃあ帰ります」
「そんなに急いでどうしたのです?」
「腹減ったんで」
「それだけ?」
「十分でしょう」
部室を出ようとして。
「ハヤテ」
少し真面目な声で呼び止められた。
「はい?」
「今日の機械群と、以前あなたが遭遇した廃墟の機械についてですが、現時点では関連付けないでください」
「分かってますよ」
「念のためです」
「似てるってだけでしょう」
「ええ」
「なら、それ以上でも以下でもないです」
ヒマリ先輩が少しだけ目を細めた。
「あなたは、見た目より慎重ですね」
「見た目どう思われてるんです?」
「秘密です」
「じゃあ聞かないです」
そのまま部室を出る。
*
部屋へ戻ると、コユキがソファでゲームをしていた。
「ただいま」
「おかえりなさい!」
振り返った顔が、私の制服を見る。
「……濡れてません?」
「廃墟で水に入った」
「また廃墟行ったんですか?」
「ヒマリ先輩に呼ばれたからね」
「危なくないんです?」
「危なかったよ」
靴を脱いで部屋へ上がる。
コユキはゲームを置き、私のところまで来た。
「怪我は?」
「ない」
「本当に?」
「先生にも二回聞かれたけど、本当だよ」
「じゃあ三回目ですね」
「皆心配性だなぁ」
コユキが少し不満そうな顔をする。
別に心配されるのが嫌なわけではない。
ただ、自分としては本当に大したことではないので、どう反応すればいいのか少し困るだけだった。
「ご飯どうします?」
「何か作るよ」
「手伝います」
「今日はカレーじゃないよ」
「分かってます!」
この前の失敗をまだ少し気にしているらしい。
冷蔵庫を開けると、簡単に使えそうな材料がいくつか残っていた。
「じゃあ野菜切って」
「はい」
「大きさ揃えてね」
「もう覚えましたって」
言いながら包丁を持つ。
少し危なっかしいものの、前よりはマシになっている。
私はその横で鍋を準備した。
昼間は、考えて動く機械を相手にしていた。
今は、料理を覚え始めた問題児と並んで夕飯を作っている。
どちらも完全には理解できないという意味では大差ないのかもしれないが、少なくともこちらの方が気楽だった。
「ハヤテ先輩」
「ん?」
「これくらいでいいです?」
コユキが切った人参を見ると、大きさは多少ばらついているが、前よりはずっと揃っている。
「まあ、それくらいなら」
「にははっ。成長しましたね、私」
「一回で自分から言うんだ」
「褒めてもいいですよ?」
「じゃあ、ちょっとだけ」
「ちょっと?」
「調子乗るから」
文句を言うコユキを横に、私は鍋へ火を入れた。
今日見たものについて、まだ答えは出ていない。
廃墟にいる機械とデカグラマトンがどこまで繋がっているのかも、ケテルがどの程度自分で判断して動いているのかも分からない。
けれど、分からないことを無理に一つの答えへ押し込む必要はない。
必要ならまた調べればいいし、その時に考えればいい。
今はまず、夕飯を焦がさないことの方が大事だった。