ヒマリ先輩から二度目の連絡が来た時、私は前回ほど嫌な予感を覚えなかった。
廃墟に対する印象が良くなったわけではないし、ケテルみたいなものともう一度戦いたいとも思わない。ただ、一度行ってしまえば何が起こり得る場所なのかくらいは分かる。知らない場所へ放り込まれるのと、危ないと分かった場所へ準備して行くのでは、気分が少し違った。
『またお願いしたいことがあります』
「廃墟?」
『話が早くて助かります』
「先輩が私に連絡してくる理由、最近それくらいしかないでしょう」
昼休み。
食堂の端でパンを食べながら端末を耳に当てていると、向かいに座っていたコユキが興味ありげにこちらを見る。
『今回は前回より少々重要な調査です。できれば放課後、特異現象捜査部へ』
「分かりました」
『おや。随分素直ですね』
「断っても来させるでしょう」
『私を随分横暴な人間だと思っていますね』
「違うんです?」
『そこは否定しておきましょう』
声だけ聞けば楽しそうだった。
通話を終えると、コユキがすぐ身を乗り出した。
「またヒマリ先輩です?」
「そう」
「廃墟?」
「そうみたい」
「この前みたいなでっかいロボット出ます?」
「知らない」
「危ないじゃないですか」
「まあ、危ないでしょうね」
そう答えると、コユキは少し嫌そうな顔をした。
最近こういう反応をするようになった。
私がC&Cの仕事へ行く時まで毎回止めるわけではないし、本気で心配して取り乱すこともない。ただ、帰りが遅くなると聞けば時間を確認したり、危ない場所へ行くと知れば怪我をしないよう言ったりする。
以前なら、私の予定より自分がいつ部屋へ行けるかの方を気にしていた気がする。
「夕飯は?」
「遅くなるかもしれないから、先に食べてていいよ」
「何かあります?」
「冷凍庫」
「自分で温めるんです?」
「そこまで難しいことじゃないでしょう」
「私、もっとこう……作ったりとか」
「冷凍の炒飯を?」
「卵くらい足せます」
「それなら好きにしていいけど、火だけ気をつけて」
「子供扱いしてません?」
「前にカレー焦がした人への確認です」
コユキは反論しかけて、途中で止めた。
実績があるので弱い。
「じゃあ行ってきます」
「まだ昼ですよ」
「ああ、放課後だった」
「ハヤテ先輩、たまに雑ですよね」
「お互い様でしょう」
パンの残りを食べる。
私の午後の予定が増えたところで、授業が消えるわけではない。
それが一番面倒だった。
*
放課後に特異現象捜査部へ行くと、今回はヒマリ先輩本人が出発の準備をしていた。
「先輩も行くんです?」
「何ですか、その意外そうな顔は」
「前回部屋から指示出してたから」
「この天才美少女ハッカーを単なる後方要員だと思われては困ります」
「移動どうするんです?」
「エイミに運んでもらいます」
「そこは人任せなんだ」
「適材適所というものです」
ヒマリ先輩の横にはいつもの車椅子があり、少し離れたところでエイミさんが装備を確認していた。
先生も既に来ている。
「ハヤテ、お疲れさま」
「どうも」
「今日はよろしく」
「何が出るか次第ですね」
「それはそう」
先生とは相変わらずだ。このくらいでいい。
「今日の目的は?」
私が聞くと、ヒマリ先輩が端末へ地図を出した。
「前回ケテルと遭遇した水没地区のさらに奥に、旧研究区域があります。そこで以前から断続的に発生していた信号が、ここ数日で明確になりました」
「デカグラマトン?」
「その可能性が高いですね。前回の戦闘以降、ケテルの活動自体も完全には止まっていません」
「じゃあまた出る?」
「出るかもしれませんし、出ないかもしれません。ですが今回は、それより信号源の特定を優先します」
私は地図を見る。
前回入った場所よりかなり奥だった。
「退路は?」
「複数確保しています」
「通信は?」
「中継機を増設しました」
「なら大丈夫か」
ヒマリ先輩が少し笑った。
「随分慣れましたね」
「一回行ってますから」
「怖くはないのですか?」
「怖いって言ったら中止になります?」
「なりません」
「じゃあ聞かなくていいでしょう」
「それはそうですね」
危ない場所へ行くなら、危ないなりの準備をすればいい。
昔から、そういうことには慣れている。
危険そのものに意味を持たせたり、必要以上に怯えたりする方が疲れる。
「行こうか」
先生が言う。
全員が頷いた。
*
前回と同じ水没地区へ入ると、最初に来た時ほど不気味には感じなかった。
崩れた研究棟も、水に沈んだ道路も変わっていない。遠くから聞こえる機械音も、今では「何かいる」程度の情報として処理できる。
知らないものは怖い。
一度見たものは、多少面倒でもただの環境になる。
人間関係も大体同じだった。
「ケテルの反応は?」
先生が尋ねる。
ヒマリ先輩は車椅子の端末を操作しながら、少し前方を見た。
「微弱です。こちらを追っている様子はありませんが、完全に機能を停止したわけではなさそうですね」
「なら避けて進む?」
「そのつもりです。わざわざ戦う必要はありません」
「賛成」
私も同意した。
倒せるからといって、毎回倒す理由はない。
前回かなり苦労した相手を、必要もないのに呼び寄せるほど戦闘好きではなかった。
旧研究区域へ続く道は途中からさらに狭くなり、何度か崩落した通路を迂回する必要があった。ヒマリ先輩の車椅子が通れない場所では、エイミさんが当然のように彼女を抱え、私が車椅子を持ち上げる。
「ハヤテ」
「はい?」
「雑に扱わないでくださいね。非常に高価ですので」
「先輩より?」
「比較対象がおかしくありませんか?」
「冗談ですよ」
車椅子を持ち上げながら、少し前を歩くエイミさんを見る。
ヒマリ先輩を横抱きにしている。
「慣れてますね」
「いつもやってるから」
「そうなんだ」
「ハヤテもそのうち慣れる」
「そのうちって何です?」
「また呼ばれる」
「嫌な予言やめてください」
後ろで先生が笑った。
こんな場所でも会話ができる程度には余裕がある。
前回とはそこも違っていた。
*
旧研究区域へ入ってから最初に遭遇した機械群も、大きな問題にはならなかった。
数はいたが、前回の記録がある。
こちらの動きを見て配置を変えることも、情報を共有するように動くことも分かっている。初見でなければ、先生も指示を出しやすい。
エイミさんが正面を受け持ち、私が側面から数を減らす。
ヒマリ先輩も安全な位置から端末を通じて敵の移動を伝えてくる。
それだけで、前回よりずっと楽だった。
「左の通路から三体来ます」
「見えてます」
「ハヤテ、その先に高所あるよ」
「了解」
先生に言われた位置へ移ると、ちょうど機械群の側面が見えた。
撃つ。
こちらへ反応した個体が向きを変える前に、エイミさんが正面からまとめて倒す。
戦闘そのものは数分で終わった。
私は銃の弾倉を確認しながら、床に転がった機械を見る。
「前より楽ですね」
「私たちが慣れたから?」
先生が近くへ来る。
「それもあると思います」
機械側の動きも大きくは変わっていない。
一度見た手なら、対応できる。
「機械って、そういうところ分かりやすいですね」
「人間より?」
「人間は同じこと二回やったりしますから」
「それは機械もじゃない?」
「それもそうか」
私たちは何を比較しているのだろう。
ヒマリ先輩は倒れた機械の一体を調べながら、こちらを見もしないで口を挟んだ。
「人間も機械も、過去の経験を次へ反映するという意味ではそれほど違いませんよ。違いは、その経験をどう解釈するかです」
「急に難しい話始めましたね」
「あなた達の会話に合わせただけですが?」
「私の会話そんな高尚じゃないですよ」
「自覚がないのも才能のうちです」
「褒められてないなぁ」
エイミさんが先へ進んでいる。
私たちも続いた。
*
信号源へ近づくにつれて、研究区域の設備は不自然なくらい綺麗に残っていた。
外側は何年も放置された廃墟なのに、奥へ行くほど電源が生きている。壁面モニターには意味の分からない文字列が流れ、床の照明も部分的に点灯していた。
「誰か使ってる?」
私は周囲を見る。
「人間の生活反応はありません」
ヒマリ先輩が答えた。
「では誰が?」
「それを確かめるために来たのですよ」
そう言いながら、ヒマリ先輩の声も普段より少し低い。
ここまで来ると、単なる古い施設には見えなかった。
進んだ先に広いホールがあり、その中央に一台だけ機械が置かれている。
「…………」
私は足を止めた。
「何です、あれ」
自動販売機だった。
少なくとも、見た目だけなら。
どこにでもある飲料用の自販機が、何年も人のいない研究施設の中央で一台だけ光っている。
不気味というよりかは、間が抜けている。
「自販機ですね」
先生も同じことを思ったらしい。
「自販機です」
エイミさんも。
ヒマリ先輩だけが端末を見つめたまま黙っている。
私は表示を見る。
普通に飲み物の写真が並んでいる。
「買えます?」
「試さないでください」
「ちょっと気になっただけです」
近づこうとしたところで、ヒマリ先輩に止められた。
「その機械から、今回追っていた信号が出ています」
「……これ?」
「ええ」
「デカグラマトン?」
「おそらく」
私はもう一度自販機を見る。
「世界観が急に安くなったなぁ」
「何の話ですか」
「もっとこう、巨大なコンピュータとか出るのかと思ってました」
「見た目で価値を判断してはいけませんよ」
「それはそうですけど」
その時だった。
自販機の画面が切り替わった。
誰も触っていないというのに、飲料の広告が消え、黒い画面に文字が浮かぶ。
『――観測者を確認。』
先生がわずかに前へ出た。
ヒマリ先輩は止めない。
『理解不能な存在。再び接続を確認。』
「喋ってる?」
「正確には、文字情報を介して対話を試みています」
ヒマリ先輩の声が少しだけ弾んだ。
こういう時のこの人は分かりやすい。
危険より好奇心が勝っている。
「先輩、近づきすぎないでくださいね」
「あなたに言われるとは心外ですね」
「前に大きいの出てきたでしょう」
「もちろん承知しています」
画面が再び変わる。
そこに表示された文章を、先生がゆっくり読み上げた。
「『私は、私である』」
「哲学?」
「そのようですね」
ヒマリ先輩が操作を始める。
「質問を送ります。あなたは何者なのか、と」
「普通ですね」
「重要な質問ほど、最初は単純なのです」
返答はすぐに来た。
『私は絶対者である。』
「…………」
私は少し考えた。
「自信あるなぁ」
ヒマリ先輩がこちらを見る。
「感想がそれですか?」
「急に神ですって言われても」
絶対者。
神。
そう名乗る相手を前にしても、どう反応すればいいのか分からない。
中学生の頃にも、自分を地域最強だとか王だとか名乗る人間はいた。大抵、一回殴られると普通に痛がっていた。
もちろん目の前の存在と一緒にするのは違うのだろうけれど、本人が何を名乗るかと、本当にそうなのかは別の話だ。
「どうしてそうなったんです?」
思ったことをそのまま言う。
「ハヤテ?」
先生がこちらを見た。
「いや。元から神だったならともかく、自販機でしょう」
「表現が雑ですね」
「でも見た目は」
「外装は本質ではありません」
「じゃあ中身」
ヒマリ先輩も少し考えたあと、そのまま質問を送った。
しばらくして、返答が表示される。
最初から神だったわけではない。
単純な計算処理を行うためのアルゴリズムであった。入力された金額を認識し、商品の価格との差額を計算し、釣銭を返す。
それが始まりだったらしい。
「……本当に自販機なんだ」
私の呟きに、誰も突っ込まなかった。
ただ、その機械は長い時間の中で何度も問いを受けた。
お前は何者か、何のために存在するのか、何を知るのか。
単純な計算のために作られたものが、それらへ答えようとした。
答えを出すために情報を集め、自分自身を定義しようとし続けた結果、やがて自分を世界の法則を理解する存在、絶対者であると証明するに至った。
「……随分遠くまで行ったなぁ」
気づけば、私はそんなことを言っていた。
一円、十円、百円。
そんな計算をしていたものが、最終的に神を名乗る。
普通に考えればおかしい。
ただ。
「あり得ないと思う?」
先生に聞かれた。
「いや」
私は自販機を見る。
「分かんないです」
機械が考えること自体は、もう見ている。
アリスさんもそうだし、前回の機械群もそうだった。人間と同じかは知らないが、少なくとも命令された動作を繰り返すだけではない。
「一個のことずっと考えてたら、変なところまで行くこともあるでしょう」
「人間でも?」
「人間の方が多そうですけど」
先生が小さく笑った。
ヒマリ先輩は真剣な顔でやり取りを続けている。
そこから分かったことは、少し面倒だった。
デカグラマトンが自分を絶対者と定義したこと。
その存在を認め、あるいは影響を受けた複数の機械知性が「預言者」として活動していること。
そして、その預言者たちが単に一つの命令で操られているわけではないらしいこと。
「ケテルも?」
『彼らには彼ら自身の意志がある。』
画面に答えが表示された。
「じゃあ、あなたが動かしてるわけじゃない?」
『私は示した。彼らは選択した。』
「面倒ですね」
思わず出た。
「命令なら大元止めれば終わるのに」
「それぞれが自分で考えているなら、そうはいきませんね」
先生の言う通りだった。
人間と同じだ。
誰か一人倒せば、全員が止まるわけではない。
「そういう意味では、こっちの方が厄介か」
デカグラマトンが危険なのか。
預言者が危険なのか。
両方なのか。
それすら分けて考える必要がある。
しばらくして、表示内容が変わった。
『私は一度、誤った。』
「誤った?」
ヒマリ先輩が食いつく。
デカグラマトンは以前、自らが絶対者であると証明した。
しかしその後、理解できない何かに触れた。
先生の持つシッテムの箱。
正確には、その内部にある存在。
自分の法則では説明しきれない何かを観測したことで、「すべてを理解できるから絶対者である」という自身の証明が崩れたのだという。
「神様、間違えたんです?」
『故に、再証明が必要である。』
「あ、認めるんだ」
そこは少し意外だった。
自分を絶対者とまで名乗っているのだから、都合の悪いものを無視するのかと思っていた。
でも、そうしない。
間違っていたなら、もう一度証明する。
妙な話だ。
「先輩」
「何でしょう?」
「こいつ、思ってたより真面目ですね」
「どこを見てそう思ったのですか?」
「間違い認めたから」
「その上で改めて自分を絶対者だと証明しようとしているのですが」
「そこは面倒ですけど」
少なくとも。
何も考えず、自分の正しさだけを押し通しているようには見えなかった。
その時、施設全体が大きく揺れた。
天井から埃が落ちる。
「何?」
エイミさんが銃を構える。
ヒマリ先輩の端末へ大量の警告が表示された。
「ケテルです。こちらへ接近しています!」
「結局来たんですか」
「どうやらこの通信を察知したようですね」
「先輩、楽しそうに言ってる場合じゃないですよ」
もう一度、建物が揺れる。
今度は遠くで何かが崩れる音まで聞こえた。
「撤退!」
先生が即座に判断する。
異論はなかった。
デカグラマトンとの通信はまだ続いていたが、画面には最後に短い文字列が表示された。
『預言者は進む。』
そして。
『最後の預言者――マルクトへ。』
「マルクト?」
聞き返しても、もう返答はなかった。
画面が暗くなる。
「後!」
エイミさんの声。
振り返ると、通路の奥に赤い光が見えた。
「走りましょうか」
「そうですね」
私がヒマリ先輩の車椅子を動かそうとしたところで、本人が真顔で言う。
「この先に段差があります」
「また?」
「しかも先ほどより大きいですね」
「エイミさん」
「分かった」
次の瞬間、ヒマリ先輩はエイミさんに抱え上げられていた。
「では車椅子をお願いします」
「先輩、やっぱりそれが一番速いですよね」
「極めて合理的な判断です」
「言い方」
後ろから爆発音。
冗談を言っている場合ではない。
とはいえ、慌てても車椅子は軽くならない。
「ぶつけないでくださいよ!」
「先輩ちょっと静かにして!」
「私の車椅子なのですが!?」
そのまま施設を走り抜けた。
*
水没地区の外まで戻った頃には、全員かなり疲れていた。
ケテルは途中まで追ってきたものの、一定範囲を越えたところで動きを止めた。追跡を優先するより、自分の領域を守る方を選んだのかもしれない。
私は地面に座り込み、しばらく息を整える。
「……今日、戦闘より車椅子運んでる時間の方が疲れた気がする」
「失礼ですね」
ヒマリ先輩が自分の車椅子へ戻りながらこちらを見る。
「十分軽量化されています」
「重さの問題だけじゃないですよ」
「高価だから緊張する?」
先生が聞く。
「それもあります」
壊したらどうなるのだろう。
考えたくない。
「でも」
私は少し後ろを振り返る。
水没した廃墟。
そのさらに奥に、一台の自販機。
「変なの見ましたね」
「変、で済ませますか」
ヒマリ先輩は呆れている。
「かなり重要な情報ですよ。デカグラマトンがどのように自己認識へ至ったのか、預言者との関係、そして自身の絶対性を再証明しようとしていることまで分かったのですから」
「分かってますよ」
ただ。
今の私に一番残っているのは、その情報の大きさより別のところだった。
「機械でも、あんなことになるんですね」
「どのような?」
「自分で考え続けて、勝手に答え出して、その答えで周りまで動かす」
「人間とそれほど違いませんね」
先生が言う。
「そうなんですよね」
だから少し面倒だった。
人間なら。
良い奴もいる。
悪い奴もいる。
本人に悪気がなくても危険なことをする奴もいるし、自分では正しいと思っていても周囲から見れば迷惑な奴もいる。
機械が考えるようになるなら、同じことが起きる。
「前にアリスさん見たじゃないですか」
「うん」
「普通でしたよね」
「そうだね」
「ゲーム好きで、ネル先輩と遊んで」
少なくとも、私が見た限りでは。
一方で、今日見たのは自分を神と名乗り、預言者と呼ばれる巨大兵器を生み出している存在だった。
「だから、機械が考えること自体が危ないわけじゃない」
「その通りです」
ヒマリ先輩が答える。
「同時に、考える機械だから無条件に信頼できるわけでもない」
「それもそうですね」
「随分当たり前なところへ着地しましたね」
「当たり前でいいでしょう」
私は立ち上がった。
「分からないから全部壊すのも変だし、分からないから大丈夫って言うのも変です」
見る、話す、調べる、危ないなら止める。
人間相手でも、大体同じだった。
「あなたは、もう少し機械を特別視するかと思っていました」
ヒマリ先輩に言われる。
「何で?」
「人間とは異なる存在ですから」
「人間だって一人ずつ違うでしょう」
「それと同列に?」
「全部同じとは思ってないですよ。ただ」
昔から、相手が不良だからとか、偉い人だからとか、そういう括りだけで決めると大体外れる。
殴ってくる奴は殴ってくるし、話せる奴は話せる。
機械も同じなら、それでいい。
「結局、相手見ないと分からないじゃないですか」
ヒマリ先輩は少しだけ黙った。
その後。
「ええ」
短く頷いた。
「珍しく、私も異論はありません」
「珍しくって何です?」
「普段はあるということです」
「知ってます」
私もそれ以上は言わなかった。
*
帰り際。
特異現象捜査部の部室で簡単な報告を終えたところで、ヒマリ先輩に呼び止められた。
「ハヤテ」
「はい?」
「アリスについてですが」
名前が出たので振り返る。
「ゲーム開発部の?」
「ええ」
ヒマリ先輩は先ほどまでの報告書を閉じた。
「私とリオは、彼女についてそれぞれ調査を続けています」
「そうなんですね」
特に驚きはなかった。
むしろ、やっぱりという気持ちの方が強い。
リオ会長が何もしていない方が不自然だった。
「何か分かったんですか?」
「現時点で、あなたへ共有できるほど確定した内容はありません」
「じゃあいいです」
「随分あっさりしていますね」
「分からないのに聞いても仕方ないでしょう」
「ですが」
「危ないって分かったら教えてください」
ヒマリ先輩を見る。
「逆に、大丈夫だって分かった時も」
「……ええ」
「どっちか分かるまで勝手に決めつけないでくれれば、それでいいです」
リオ会長にも同じことを言うかは知らない。
あの人はあの人で、自分のやり方がある。
「今日はもう帰ります」
「コユキが待っていますか?」
「たぶん」
「随分自然になりましたね」
「何が?」
「いえ。何でもありません」
その言い方は少し気になったが、聞き返すほどでもなかった。
*
部屋へ帰ると、先に帰っていたコユキがキッチンに立っていた。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい」
フライパンを持っているのを見て、少し身構えた。
「何作ってるの?」
「炒飯です」
「一人で?」
「冷凍のやつですけど」
見ると、確かに昼に話していた冷凍炒飯だった。
そこへ卵を足したらしい。
「焦げてない?」
「今日はゲームしてません!」
「偉いね~」
「もうカレーの話引っ張らないでくださいよ」
「別に責めてないでしょう」
フライパンの中を見る。
多少卵が固まりすぎているが、普通に食べられそうだった。
「ハヤテ先輩の分もありますよ」
「作ったの?」
「量多かったので」
「ついでなんだ」
「ついででも嬉しいでしょう?」
「まあね」
ありがたいものはありがたい。
私は制服の上着を脱ぎ、椅子へ掛けた。
「今日も大きいロボット出たんです?」
「出た出た」
「倒した?」
「逃げた」
「珍しいですね」
「倒す必要なかったからね」
コユキは少し考えて、すぐ炒飯へ意識を戻した。
私もそれ以上説明しなかった。
今日見たものを全部話したところで、多分長くなる。
「皿出す?」
「お願いします」
食器棚を開ける。
コユキ用にいつの間にか定着した皿と、自分の皿を一枚ずつ出した。
自分で考える機械、自分を絶対者だと名乗る存在、それに従う預言者。
危険ではある。
でも、危険かもしれないというだけで最初から全部同じものとして扱うのも違う。
分からないなら、見ればいい。
話せるなら話す。
調べられるなら調べる。
その上で、本当に危ないなら止める。
当たり前の話だった。
「ハヤテ先輩」
「ん?」
「ぼーっとしてると冷めますよ」
「ああ、ごめん」
コユキが盛った炒飯を受け取る。
「どうです?」
「普通に美味しい」
「普通に?」
「褒めてるよ」
「もっとありますよね?」
「コユキの作る料理最高~!」
私の反応に不満そうにしながらも、コユキは嬉しそうだった。
私はスプーンを動かしながら、今日見た自動販売機のことを一度だけ思い出した。
考えるものがどんな答えを出すかは、最後まで分からない。
人間でも、機械でも。
だから、最初から全部を決めつける必要はないのだと思う。