最近はゲーム開発部と顔を合わせる機会は妙に増えた。
別に私がゲーム開発部へ入り浸っているわけではない。C&Cの仕事で寄ることもあれば、ユウカさんに呼ばれてセミナーへ行った帰りに鉢合わせることもあるし、ネル先輩がアリスさんとゲームをする約束をして、その付き添いのような形で部室へ行くこともある。以前なら「廃墟から拾ってきた謎の機械」という印象の方が強かったアリスさんも、今ではすっかりあの部屋に馴染んでいた。
その日も、任務帰りにネル先輩達と校内を歩いていると、向こうから先生とアリスさんがやってきた。
「ネル先輩! ハヤテ先輩! 皆さんもこんにちは!」
かなり遠くからこちらを見つけたらしく、大きく手を振っている。
隣の先生まで少し困ったように手を上げていた。
「うるせぇな。廊下でそんな声出すな」
「はい! では音量を下げます!」
「できるなら最初からやれ」
ネル先輩はそう言いながらも立ち止まった。
以前アリスさんと正面から戦っていた頃を思えば、随分普通の対応になったと思う。本人に言ったら「別に仲良くなってねぇ」と否定しそうなので、黙っておく。
「今日は何してるんです?」
私が聞くと、先生より先にアリスさんが答えた。
「新しいゲームを作るための冒険です!」
「校内で?」
「はい! モモイが『新作のアイデアが全然出ない!』と苦しんでいたので、アリスと先生でミレニアムを探索し、イベントを集めています!」
「イベントを集めるって表現でいいんですかね」
「たぶんネタ探しって意味かな」
先生が補足する。
どうやら朝から色々な部活を回っているらしく、アリスさんはエンジニア部で妙な兵器を見せてもらったことや、トレーニング部でスミレさんに運動へ誘われたことを楽しそうに話した。話題の半分くらいはゲーム用語に置き換えられているので内容を理解するまで少し時間が掛かるが、本人が楽しんでいることだけは分かる。
「C&Cからも何かありませんか?」
「何かって?」
「ゲームに使えそうなイベントです!」
「任務内容は機密が多いですよ」
「ではネル先輩との決闘を!」
「しねぇよ」
「昨日はゲームで対戦してくれました!」
「そっちならな」
アリスさんが嬉しそうに笑う。
私はそれを横から眺めながら、少しだけ不思議な気分になった。
この人は機械だ。
それ自体はもう知っている。
体温や食事の必要性も普通の生徒とは違うし、あの巨大なレールガンを軽々と扱う出力も、人間として考えると色々おかしい。
それでも、こうして学校の廊下で友達のゲームのネタを探し、ネル先輩と遊んだ話をしている姿を見る限り、特別扱いする理由もあまり感じなかった。
デカグラマトンとは違う。
少なくとも今のところは。
「ハヤテちゃんは何かない?」
アスナ先輩に急に話を振られた。
「私?」
「ゲームに使えそうな面白いこと!」
「中学時代なら多少ありますけど」
「聞きたいです!」
アリスさんが即座に食いつく。
「駄目です」
「なぜですか!?」
「教育に悪いので」
「ハヤテ先輩の過去には、教育に悪いイベントが存在するのですか?」
「その言い方やめてください」
先生が笑っている。
ネル先輩は事情を知っているので、こちらを見ながら露骨に口元を歪めていた。
「番長編でも作ってもらえよ」
「ネル先輩」
「何だよ」
「後で覚えててくださいね」
「怖ぇこと言うな」
そんなやり取りをしばらく続けたあと、アリスさん達は次の部活へ向かっていった。
別れ際、アリスさんがネル先輩へ「今度は協力プレイをしましょう!」と約束を取り付け、ネル先輩が面倒そうに頷いている。
私も軽く手を振った。
それで終わり。
その時点では、普通の放課後だった。
*
その日の夕方。
少し確認したいことがあって、ヒマリ先輩へ連絡を入れた。
デカグラマトンの二度目の調査以降、前回の廃墟で見つかった機械群について気になる点があり、時間がある時に聞いておこうと思っただけだった。
しかし。
「出ないですね」
呼び出し音だけが続く。
珍しい。
ヒマリ先輩は忙しい人ではあるけれど、こちらから連絡した時は大抵何らかの反応がある。すぐ話せなければメッセージくらい返してくるし、場合によっては頼んでもいない長文の解説まで送ってくる。
二度目。
出ない。
三度目はやめた。
「まあ、何かやってるんでしょう」
端末をしまう。
特異現象捜査部の仕事か、リオ会長と喧嘩でもしているのかもしれない。あの二人なら半日連絡が取れなくなるくらいのことは普通にありそうだった。
わざわざ探しに行くほどの用事でもない。
私はそのまま帰ろうとした。
そこで、今度は別の相手から連絡が入った。
チヒロ先輩だった。
『ハヤテ、今動ける?』
「帰るところでした」
『じゃあ動けるね』
「その解釈嫌いです」
『悪いけど緊急。ミレニアム郊外で妙な機械群が見つかった』
足が止まる。
「妙って?」
『説明しづらい。ヴェリタス側でも構造を把握できてない。電源も通信方式も不明で、既存の規格に当てはまらない』
「……また廃墟関係?」
『それも分からない』
今日は帰れないらしい。
「C&Cは?」
『リオからも招集が出てる。ネル達にはもう連絡した』
「分かりました」
通話を切る。
そのまま方向を変えた。
*
現場へ着いた時には、既にかなりの人数が集まっていた。
ヴェリタス、先生、ゲーム開発部、そしてC&C。
少し離れた開けた場所に、黒い機械が何体も並んでいる。
形は統一されているようで、微妙に違う。人型に近いものもあれば、獣のような脚部を持つものもあり、どれも表面に見覚えのない文様が刻まれていた。
「気持ち悪いですね」
隣にいたカリンさんへ言う。
「動いてはいないが、私もあまり近づきたくはないな」
「珍しいですね」
「何がだ」
「カリンさんならもう撃ってるかと」
「私を何だと思っている」
「狙撃手」
「なら撃つ前に観察するだろう」
それはそうだった。
チヒロ先輩達が離れた場所から調査を続けているが、成果はあまり出ていないらしい。
「電源がない?」
私が聞く。
「少なくとも外から確認できるものはない」
チヒロ先輩が端末を見ながら答える。
「バッテリーも、燃料も、既知の無線モジュールも見当たらない。それなのに一部の機体では内部信号らしき反応がある」
「面倒なやつですね」
「そういうこと」
私は機械群を見る。
以前デカグラマトンの調査で見たものとも違う。
似ている部分がないわけではないが、だから同じものだと決めるほどの材料もない。
「アリスさんは?」
少し離れたところで、モモイさん達と一緒に機械を見ている。
先生も近くにいた。
「何か分かるかもしれないって」
チヒロ先輩が言う。
「機械だから?」
「本人の構造が未知の技術由来なのは事実だからね」
「本人に聞いたんです?」
「もちろん」
「ならいいです」
勝手に実験台へしているわけではないらしい。
アリスさん自身はむしろ興味津々だった。
「未知の機械です! これは間違いなく重要イベントです!」
「勝手に触っちゃ駄目だよ!」
ミドリさんが止める。
「はい!」
返事だけはいい。
モモイさんはその横で、小型のゲーム機のような端末を触っていた。
「ねえ、これ何か変じゃない?」
「何が?」
「このDivi:Sion Systemってやつ。さっきから勝手に起動しようとしてる」
聞き慣れない名前だった。
「Divi:Sion?」
先生も画面を覗き込む。
モモイさんが以前手に入れたゲーム機らしいが、何のためのシステムなのか本人達にも分かっていない。
「さっきまでこんなの出てなかったのに……」
モモイさんが言った、その時だった。
機械群の一体。
その表面に走っていた文様が光った。
「……動いた?」
誰かが呟く、次の瞬間。
他の機体も。
一つ、二つ、三つ。
順番に光が灯っていく。
「全員下がれ!」
ネル先輩の声が飛ぶ。
私も銃へ手を掛ける。
先生がゲーム開発部を下がらせようとした。
しかし、アリスさんだけが動かなかった。
「アリス?」
モモイさんが呼ぶ。
反応がない。
アリスさんは機械群を見ていた。
いつもなら大きく開かれている目から、表情が消えている。
「アリスさん?」
私も呼んだが返事はない。
嫌な感じがした。
デカグラマトンの自販機を見た時とは違う。
あれは初めから、こちらとは別のものだった。
今目の前にいるのは、さっきまで普通に笑っていた人だ。
その人が、急にこちらを見なくなった。
『……接続を確認。』
アリスさんの口から声が出た。
声そのものは同じ。
なのに。
アリスさんの声には聞こえなかった。
『コードネーム、AL-1S。』
「……何?」
モモイさんの顔が固まる。
アリスさんがゆっくり手を上げる。
『Protocol ATRA-HASISを実行。』
その瞬間。
止まっていた機械群が一斉に動いた。
「散れ!」
ネル先輩の声、銃声、爆発。
後は、早かった。
*
ネル先輩の声を合図に、止まっていた機械群が一斉に動き出した。ほとんど同時にアリスさんもレールガンを構え、その砲口がこちらへ向けられる。さっきまでモモイさんの隣でゲームの話をしていた姿と何一つ変わらないはずなのに、表情が抜け落ちただけで全く別のものを見ているようだった。
戦闘そのものは長くならなかった。ネル先輩が正面からアリスさんの注意を引きつけ、アスナ先輩が大きく回り込んでレールガンの射線を外へ逸らす。その間にカリンさんが離れた機械を撃ち抜き、アカネさんがこちらへ集まろうとする敵の動線を崩していった。私はゲーム開発部と戦場の間へ入り、そこを抜けようとする機体だけを順番に落としていく。
相手の出力は高かったが、こちらにはC&Cが全員揃っている。一人のアリスさんと数体の機械群だけなら、時間を掛ければ押さえ込める。そのこと自体には、途中からほとんど不安を感じていなかった。
気になったのは、むしろ別のところだった。
「アリス! いい加減、目ぇ覚ませ!」
ネル先輩がレールガンの砲身を蹴り上げながら怒鳴る。
『敵性個体を確認。排除を継続します』
「その喋り方やめろ! 気色悪ぃんだよ!」
ネル先輩の言葉に対して、アリスさんの表情は少しも動かなかった。アスナ先輩が名前を呼んでも、カリンさんが射撃を止めるよう警告しても同じで、そこにいる全員を等しく「排除すべき何か」として認識しているように見える。
私も一度だけ呼んでみた。
「アリスさん」
答えの代わりにレールガンの砲口がこちらへ向いたので、横へ飛んで射線を外す。地面を抉った光の跡を見ながら立ち上がった時、自分が思っていた以上に嫌な気分になっていることに気づいた。
デカグラマトンの時とは違う。あの自販機は、最初から私の知らない存在だった。神を名乗ろうが預言者を動かそうが、そういうものなのだと受け入れるだけで済んだ。
でも、今目の前にいるのは、ほんの数時間前までこちらへ手を振っていた人だった。
「アリス!」
後ろからモモイさんの声が響いた。
振り返ると、先生とミドリさんの制止を振り切るようにして、モモイさんがこちらへ走ってきていた。
「お姉ちゃん、駄目!」
「でも、このままじゃアリスが――!」
「モモイさん、前に出ないで!」
私も声を上げたが、その時にはアリスさんが振り返っていた。
動きに迷いがなかった。
レールガンが持ち上がる。
モモイさんへ向く。
嫌な予感を認識した時には、もう身体が動いていた。
「モモイさん!」
距離がある。間に合わないと分かっていても走ったが、砲口に光が集まる方が早かった。
先生が何かを叫ぶ。
ミドリさんが姉へ手を伸ばす。
次の瞬間、視界が真っ白になった。
*
耳鳴りが治まるより先に立ち上がると、少し離れた地面にモモイさんが倒れていた。
「お姉ちゃん!」
ミドリさんが駆け寄り、その隣へ先生も膝をつく。ユズさんは一瞬動けないまま固まっていたが、遅れて二人の方へ走っていった。
返事はなかった。
それでもアリスさんは、モモイさんを見て動きを止めることすらしなかった。
『脅威の残存を確認。排除を継続します』
レールガンが再び持ち上がる。
それを見た瞬間、考える必要はなくなった。
「ネル先輩!」
「言われなくても!」
ネル先輩が真正面から踏み込み、アリスさんの注意を引きつける。その横からアスナ先輩が滑り込み、砲身へ身体ごとぶつかるようにして向きを逸らした。カリンさんの弾丸がレールガンの接続部へ当たり、ほんの一瞬だけ動きが鈍る。
そこへ私も入った。
「アスナ先輩、そのまま!」
「うん!」
二人で砲身を押し下げ、地面へ叩きつける。アリスさんがこちらを振り払おうとしたが、そこへネル先輩が正面から組みつき、動きを押さえ込んだ。
「アカネさん!」
「承知しました」
拘束具が掛かる。
腕、脚、レールガン。
一つずつ動きを奪われ、最後にアリスさん自身が地面へ押さえ込まれた頃には、残っていた機械群もカリンさん達によってほとんど動かなくなっていた。
銃声が途切れると、急に周囲が静かになったように感じた。
実際には救護を呼ぶ声や、壊れた機械から漏れる音がそこら中で響いている。それでも、それまでの戦闘音が大きすぎたせいで、その全部が遠く聞こえた。
私は拘束されたアリスさんの近くへしゃがみ込んだ。
目は開いている。
けれど、やはりこちらを見てはいない。
『Protocol……ATRA――』
「もういいですよ」
思わずそう言うと、アリスさんの唇が止まった。
私の言葉を聞いたのか、それとも単に機能が落ち始めただけなのかは分からない。少しして瞳から力が抜け、張り詰めていた身体もようやく動かなくなった。
「止まったか?」
ネル先輩が拘束を確認する。
「少なくとも、今は」
チヒロ先輩が端末を手に近づいてくる。
「外部への信号も急激に弱くなってる。ただ、何が起きたのかは全然分からない。さっきまでのアリスと今の状態がどう繋がってるのかも、あの機械群との関係も、全部これから調べることになる」
「モモイさんは?」
聞いた直後、少し離れたところからミドリさんの声が響いた。
「先生、お姉ちゃんは……!」
「救護室へ運ぶ。今は呼吸もあるし、すぐ処置してもらえるから」
先生の声は落ち着いていたが、顔には余裕がなかった。
担架が運ばれてくる。
ミドリさんとユズさんも、そのままモモイさんについていった。
私はそれを見送ってから、もう一度アリスさんを見る。
本人は何も知らないまま意識を失っている。
目を覚ました時、自分が何をしたのかを聞かされることになるのだろう。
「……嫌ですね、これ」
隣に立ったネル先輩が眉を寄せる。
「何がだよ」
「全部です」
「そりゃアタシだって好きじゃねぇよ」
ネル先輩もそれ以上は何も言わなかった。
私の頭には、少し前にデカグラマトンを調べた時のことが残っていた。機械が自分で考えること自体を危険だと決めつけるのは違うと思ったし、その考えは今も変わっていない。
ただし、考える機械が危険な存在にならないという意味でもない。
目の前で起きたことを無視して「アリスさんだから大丈夫」と言うのは、それこそ私が嫌っていた決めつけになる。
だから今は、何も決められなかった。
*
モモイさんはそのまま治療施設へ運ばれた。
命に関わる状態ではないらしいという情報は比較的すぐ入ってきたものの、意識は戻っていない。ミドリさんとユズさん、先生はそちらへ向かい、アリスさんは外部との接続を切った状態でヴェリタスの管理下へ置かれることになった。
私たちC&Cは念のため現場に残り、ヴェリタスが機械群を回収するのを手伝っていた。
「何だと思う?」
壊れた機械を見ながら、カリンさんが聞いてくる。
「分かりません」
「即答だな」
「分からないものは分からないですよ。デカグラマトンに似てる部分が全くないわけじゃないですけど、だから同じだとも言えないし」
「アリスの方は?」
「もっと分かんないです」
答えながら、少し離れた隔離区画を見る。
そこには今、眠ったままのアリスさんがいる。
普段のアリスさんと、さっきのAL-1S。
どちらが本当なのか、という考え方自体が間違っている可能性もある。
同じ人間だって、状況によって違う顔を見せる。だからといって、さっきの暴走まで「そういう時もある」で済ませられる規模ではない。
考えているうちに、一人だけ以前からアリスさんを調べていた人間を思い出した。
「ネル先輩」
「あ?」
「私、リオ会長のところ行ってきます」
ネル先輩が露骨に嫌そうな顔をする。
「あいつ、何か知ってんのか?」
「知ってるかもしれません。前からアリスさんのこと調べてたでしょう」
「なら最初から喋れってんだよ」
「それができる人なら苦労してませんよ」
「何か聞いたらこっちにも回せ」
「言える内容なら」
「お前までリオみてぇなこと言うな」
「じゃあ会長に、私に全部話すよう命令してくださいよ」
「アタシができると思うか?」
「思わないです」
ネル先輩が舌打ちした。
それを了承と受け取って、私は現場を離れた。
*
リオ会長の部屋へ向かう途中で、ヒマリ先輩へもう一度だけ連絡を入れた。
やはり返事はない。
夕方に連絡した時は「何かやっているのだろう」と流したが、これだけ大きな騒ぎが起きても何の反応もないのは、さすがに少し珍しかった。
とはいえ、今から探し回るほどの材料はない。
先にリオ会長だ。
呼び出しを掛けると、こちらはすぐに返事があった。
『入って』
扉が開く。
中へ入った瞬間、何を聞くべきか考える必要はなくなった。
リオ会長の机上には、アリスさんに関する資料が大量に表示されていたからだ。今日の暴走映像だけではない。廃墟で発見された直後の記録や、見覚えのない文字列、機械群らしき図まで並んでいる。
「やっぱり知ってたんですね」
「全てではないわ」
リオ会長は否定も誤魔化しもしなかった。
「なら、知ってるところまで教えてください」
「何を知りたいの?」
「アリスさんが何なのか」
遠回しに聞く意味はない。
「今日、本人がAL-1Sって名乗りました。Divi:Sionって名前も出た。会長、それについて前から調べてたでしょう」
リオ会長は少しだけ黙った。
いつものように、どこまで話すべきか整理しているのだと思う。
今回は、それほど待たされなかった。
「天童アリスという名前は、彼女がゲーム開発部から与えられたものよ。本来の識別名はAL-1S。古代文明に由来する機械知性体で、Divi:Sionと呼ばれる機械群を統率する存在だと考えられているわ」
画面が切り替わり、今日見たものとよく似た機械群が映し出される。
「じゃあ、今日のやつも?」
「Divi:Sion系列である可能性が高い。AL-1Sとしての機能が覚醒したことに反応して起動したと見るのが自然でしょうね」
「……なるほど」
聞きたかった情報ではある。
でも、聞けば安心できる内容ではなかった。
「それだけじゃないですよね」
「ええ。AL-1Sは『名もなき神々の王女』と呼ばれている」
「また大げさな名前が出てきたなぁ」
「名称そのものは問題ではないわ」
「分かってます。問題は役割でしょう」
リオ会長が頷く。
「記録が正しければ、AL-1Sはキヴォトスに大規模な破壊をもたらす可能性がある。単純な戦闘兵器として扱える規模ではないわ」
「最悪だと?」
「キヴォトス全体への脅威になり得る」
そこまで聞いても、私はすぐ反論する気にはならなかった。
少し前の私なら、「アリスさんがそんなことをするようには見えない」と思ったかもしれない。でも今日は、そのアリスさん本人が何の躊躇もなくモモイさんへレールガンを向けるところを見た。
それに、デカグラマトンも知っている。
機械知性が自ら答えを出し、その答えによって周囲へ大きな影響を与えることは、もう私にとって荒唐無稽な話ではなかった。
「……ないとは言えないですね」
答えると、リオ会長が僅かに目を細めた。
「もっと反発すると思っていたわ」
「何でです?」
「あなたはアリスと面識があるから」
「知り合いだから危なくない、とはならないでしょう」
むしろ、知っているからこそ今日の姿との差が気になる。
「ただ、危ない可能性があるから今すぐ壊せ、にもならないと思いますけど」
「今日、実際に暴走したわ」
「しましたね」
「モモイを負傷させた。次の覚醒が今回と同程度で収まる保証もない」
「それも分かります」
リオ会長の言っていることは、少なくとも今のところ筋が通っている。
だからこそ、私はその先を聞きたかった。
「会長はどうするつもりなんです?」
「まず、AL-1Sとしての機能だけを停止できる方法を探す」
「見つからなかったら?」
「脅威を完全に排除する」
答えが少しだけ硬くなった。
「……アリスさんごと?」
「現時点で確実に機能を停止する方法がそれしかないのであれば」
つまり、殺すということだ。
わざわざ言い換えて確認するまでもない。
私は机の上に並んだ二つの映像を見る。一つでは、ゲーム開発部の中でアリスさんが笑っている。もう一つでは、無表情なままレールガンを撃っている。
その両方を見比べているうちに、少し気になることがあった。
「会長、怖いんです?」
リオ会長の視線がこちらへ動く。
「何が?」
「アリスさんです」
「リスクを評価しているだけよ」
声も顔も変わらない。
なら、それでいい。
本人がそう言っているのに、私が勝手に「本当は怖いんだ」と決めつける必要はない。
「そうですか」
「それだけ?」
「何がです?」
「もっと追及すると思ったわ」
「本人が違うって言ってるなら、それ以上聞いても仕方ないでしょう」
私は椅子の背へ少し体重を預けた。
「それで、私にどうしてほしいんです?」
「逆よ。あなたならどう判断するのか聞きたい」
「私?」
「ええ」
珍しい質問だった。
少し考える。
アリスさんには助かってほしい。ゲーム開発部で騒ぎ、ネル先輩と遊び、先生と校内を歩いている方がいい。
でも、「絶対に大丈夫」と言えるかと聞かれれば無理だった。今日見たものをなかったことにはできない。
「今ある情報だけなら、会長の案が一番確実なんでしょうね」
リオ会長は黙ったまま続きを待つ。
「私はアリスさんが絶対に安全だって証明できないし、会長が考えてる危険性を大げさだとも言えません。でも、一番確実な方法が見つかったから、それ以外を考えなくていいってところまでは納得してないです」
「矛盾しているわ」
「でしょうね」
自分でも分かっている。
「私、会長みたいに一個へ決め切るの苦手なんですよ」
「それは一年間見てきたから知っているわ」
「知ってたんですね」
「あなたは何でもできる割に、最終判断になると妙に慎重でしょう」
「器用貧乏なんで」
「それはまた別の話だと思うけれど」
少しだけ空気が緩んだ。
「もう少し調べる時間はあります?」
「状況次第ね。その間に再覚醒する可能性を無視することもできない」
「ですよね」
「なら、あなたはどうするの?」
「今は会長が決めればいいと思います」
リオ会長の眉が僅かに寄った。
「私に任せるの?」
「生徒会長でしょう」
「その判断があなたの望まないものでも?」
「その時に考えますよ」
「……その時?」
「会長がやりすぎだと思ったら止めます。どう考えても他に方法がないなら、手伝うかもしれない。その時の状況も分からないのに、今から私の立場まで固定する必要ないでしょう」
「随分と無責任ね」
「会長みたいにミレニアム全部背負ってないですから」
「褒めてはいないわ」
「知ってます」
リオ会長は呆れたように黙った。
私もそれ以上、自分の立場を綺麗に言葉にしようとは思わなかった。
今のところは、それでいい。
「会長」
「何?」
「一つだけお願いしていいです?」
「内容によるわ」
「今日の暴走した方だけ見ないでくださいね」
机上の画面を指す。
「ゲーム開発部にいた方も、ちゃんと見といてください。逆に私は、普段のアリスさんだけ見て今日のことを忘れないようにしますから」
しばらく返事がない。
やがてリオ会長が、二つ並んでいた映像の片方を閉じた。
「分かったわ」
「ならいいです」
「今日はもう戻りなさい。あなたも疲れているでしょう」
「会長は?」
「まだ調べることがある」
「そうですか」
いつものことだった。
扉へ向かい、手を掛ける前に一度振り返る。
「本当に危ないって分かった時は、教えてくださいね」
「ええ」
「逆に、違った時も」
リオ会長は少しだけ考えてから頷いた。
「それも約束するわ」
「お願いします」
部屋を出た。
*
廊下を歩きながら端末を確認しても、ヒマリ先輩からの返事はまだなかった。
普段なら少し探しに行ったかもしれないが、今日はさすがに頭が疲れていたし、何より一日で分からないことが増えすぎている。アリスさんが何者なのか、AL-1Sという状態が本人とどういう関係なのか、モモイさんがいつ目を覚ますのか、リオ会長が最後に何を選ぶのか。そのどれも、今の私が考え続けたところで答えが出る問題ではなかった。
だから、今日はそこまでにした。
ゲーム開発部で笑っていたアリスさんと、モモイさんへレールガンを向けたAL-1S。その二つを無理にどちらか一方へまとめることも、都合の悪い方だけ忘れることもしない。
分からないなら、まだ分からないままでいい。
少なくとも、分かったふりをして答えを急ぐよりは、その方がましだと思った。