大小路ハヤテの憂鬱   作:蝦蟇

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二泊三日廃墟探索

 

 C&Cに入ってからというもの、私の放課後は思っていたよりずっと忙しくなった。

 

 高校へ入る前に想像していたのは、授業が終われば友達と少し寄り道をして、寮へ戻って宿題を片付け、あとは適当に過ごすような生活だった。ところが現実には、授業が終わるとC&Cの活動場所へ向かい、武器を持って走り回り、撃ち合い、時には先輩から本気に近い勢いで追い回されている。

 

 普通の高校生活というものは、随分と遠いところにあるらしい。

 

「遅ぇ!」

「これでも頑張ってるんですけど!」

 

 横へ飛ぶようにして身を投げると、直前まで私がいた床へ銃弾が食い込んだ。そのまま机の陰へ滑り込み、Mk 23だけを遮蔽物の端から出して数発撃ち返す。

 

「顔も出さねぇで撃つな!」

「出したら撃たれるじゃないですか!」

「撃たれねぇように出すんだよ!」

「無茶言いますね!」

 

 向こう側から聞こえてくるネル先輩の声に返しながら、次にどう動くかを考える。

 

 最初に会った時、ネル先輩について抱いた印象は単純だった。

 

 小さい。

 怖い。

 そして多分、短気。

 実際、短気なのは間違っていなかった。

 

 ただ、何度か訓練を一緒にするうちに、それだけの人ではないことも分かってきた。

 私が牽制で撃てば、その弾そのものよりも次に私が動きそうな場所を見る。音を立てればおおよその位置を読まれ、逃げ道を選んだつもりでも、気づいた頃には先回りされている。

 

 戦い方は派手なのに、周りはかなり細かく見ている。

 勢いだけで前へ出ている人だと思っていた私は、少々失礼だったらしい。

 

「右から行くぞ!」

 

 ネル先輩の声が左側から聞こえた。

 反射的にそちらへ意識を向けた直後、右側の机が揺れた。

 

「引っかかったな!」

「うわっ!」

 

 遮蔽物を回り込んできたネル先輩に距離を詰められ、私は慌てて腕を上げた。

 そのまま組み合う。

 背丈だけ見れば私の方がかなり大きいのだが、力任せに押せばどうにかなる相手ではない。踏ん張りも強ければ重心の動かし方もうまく、こちらが体勢を立て直そうとした瞬間に逆方向へ崩してくる。

 投げられそうになったところで片足を引き、身体を捻って腕を外す。

 なんとか距離を取った。

 

「お?」

 

 ネル先輩が少し楽しそうな顔をした。

 嫌な予感しかしない。

 

「意外とやるじゃねぇか!」

「お褒めいただき光栄ですので、そろそろ休憩にしません?」

「まだ始めて十分も経ってねぇだろ!」

「ですよねぇ……」

 

 どうしてこうなったのだろう。

 中学を卒業した時は、もう先輩と殴り合うような生活には戻らないつもりだったはずなのだが。

 

「リーダー! そっち終わったー?」

 

 訓練室の反対側から、やけに明るい声が飛んできた。

 見るとアスナ先輩がこちらへ手を振っている。

 

「お前もう終わったのか?」

「うん!」

 

 今日の訓練は三人それぞれ別の課題を与えられていた。

 アスナ先輩の担当は、監視カメラと巡回ドローンの配置された区画を見つからずに突破する潜入訓練。開始前に一度見たが、私ならどの経路を使うか考えるだけでかなり時間がかかりそうな配置だった。

 

「アスナ先輩、どうやって抜けたんです?」

「普通に歩いたよ?」

「普通に?」

「うん」

「見つからなかったんですか?」

「見つからなかったよ?」

 

 まるでこちらの質問の意味が分からないという顔をしている。

 後で記録映像を見せてもらうと、本当に普通に歩いていた。

 ただしカメラが別方向を向く瞬間だけ交差点を横切り、巡回ドローンが物陰へ消える直前に曲がり角を進み、次の監視装置が起動する直前にはその死角へ入っている。

 一度も立ち止まっていない。

 

「これ、全部分かっててやったんです?」

「んー、分かってたっていうか……なんとなく?」

「なんとなくでできるものなんですか?」

「できたよ?」

「そうですか……」

 

 怖い。

 ネル先輩とは違う意味で、この人も怖い。

 以前、休憩中に何となく始まった遊びでも似たようなことがあった。

 

『ハヤテちゃんって秋生まれ?』

『そうですけど』

『十月!』

『……そうです』

『血液型は――』

『ちょっと待ってください』

 

 そこから誕生日、血液型、星座と次々当てられ、最後には出身校の場所までかなり近いところを言い当てられた。

 本人はずっと楽しそうだった。

 私は途中から全く笑えなかった。

 

「休憩にすんぞ」

 

 ネル先輩の一声で、ようやく訓練が中断された。

 壁際へ移動し、床へ腰を下ろして飲み物を口にする。毎日のように動かされているおかげで少しは慣れてきたが、だからといって楽になったわけではない。

 

 ネル先輩は容赦がない。

 アスナ先輩は何をするか分からない。

 ただ、二人と一緒にいること自体には随分慣れてきた。

 

「意外と器用にこなすな、お前」

 

 スポーツドリンクを飲んでいたネル先輩が、何気ない調子で言った。

 

「はぁ、そうでしょうか」

「射撃も近接もそれなりにできるし、さっきも簡単には崩れなかっただろ」

「いやいや、ネル先輩と比べたら全然ですよ」

「なんでそこであたしと比べんだよ」

「近接ならネル先輩でしょうし、潜入ならアスナ先輩でしょう? 私はどちらも中途半端ですから」

 

 別に謙遜したつもりはない。

 ネル先輩と真正面から戦えばまず負けるだろうし、アスナ先輩のあの感覚を真似できる気もしない。

 それに比べれば私は、どれもそこそこ。

 何をやっても専門の人には敵わない。

 器用貧乏という言葉が一番近いのではないだろうか。

 

「ハヤテちゃんはねぇ――」

 

 いつの間にか隣まで来ていたアスナ先輩が、楽しそうに私の肩へ腕を回してきた。

 嫌な予感がした。

 

「実は――」

「ほぉらアスナ先輩、汗かいたでしょう! 水分補給の時間ですよ!」

「んむっ」

 

 手元にあった新品のペットボトルを差し出し、強引に口を塞ぐ。

 

「……何してんだ、お前ら」

「水分補給です」

「どう見ても違ぇだろ」

「気のせいですよ」

 

 危ない危ない。

 アスナ先輩が何を言おうとしたのかは知らないが、こういう人にはあまり喋らせない方がいい時がある。

 本人ですら何故知っているのか分かっていないことを、平然と口にしかねない。

 私は何事もなかったように自分の飲み物へ口をつけた。

 

 その時、机の上に置いていた端末が震えた。

 三人とも確認する。

 送信者はリオ会長だった。

 招集。

 休憩はそこで終わった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「連邦生徒会からの依頼よ」

 

 しばらくして、私たちはセミナーの一室へ集められていた。

 正面にはリオ会長。

 その後ろの大型モニターには、ミレニアム自治区の外縁部と、その先に広がる灰色の区域が表示されている。

 

「対象はこの廃墟地区。かなり広い範囲が現在も未調査のまま残されているわ」

 

 建物や道路らしきものは大量に描かれているのに、施設名や詳しい情報がほとんど表示されていない。

 

「今回、あなたたちには三日間かけて内部を調査してもらう。主な目的は映像記録と、今後の調査に必要な情報の収集よ」

「敵が出たらぶっ倒していいのか?」

 

 ネル先輩が真っ先に尋ねた。

 

「原則として撤退して」

「はぁ?」

 

 やはり不満そうだ。

 

「目的は制圧ではないわ。正体も目的も分からない相手と、必要のない戦闘をする意味はないでしょう。敵性存在を確認した場合、撃退が必要なら最低限に留めて、追跡はしないこと」

「分かったよ」

 

 口ではぶつぶつ言っているものの、命令自体は素直に受け入れている。

 そういうところを見るたび、ネル先輩に対する最初の印象が少しずつ変わっていく。

 

「各自の装備にはボディカメラを取り付けてもらうわ。通信可能な場所ではこちらでも状況を確認する。必要があれば私から指示を出すつもりよ」

「リオ会長もずっと見てるんですか?」

「必要な間は」

「そうですか」

 

 失敗できないな。

 いや、最初から失敗していい仕事ではないのだが。

 リオ会長が見ていると分かると、何となく別の緊張が増える。

 

「ハヤテ?」

「はい!」

「何か質問は?」

「いえ、ありません!」

 

 横からネル先輩の視線を感じた。

 何だろう。

 

「三日分の食料と野営装備も用意しておいて。明日の朝、出発してもらうわ」

 

 説明はそれで終わった。

 

 三日間。

 廃墟。

 泊まり込み。

 

 高校へ入ってまだそれほど経っていないのに、随分と濃い予定が入ったものだ。

 私はモニターに表示された灰色の区域を見ながら、小さく息を吐いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 翌朝。

 廃墟地区へ足を踏み入れて最初に思ったのは、思ったより街の形が残っているということだった。

 

 道路がある。

 建物がある。

 遠くには高層建築らしきものまで見える。

 それなのに人の姿だけがない。

 

 風が建物の間を抜けていく音が、妙に大きく聞こえた。

 

「もっと全部崩れてると思ってました」

「場所によるだろ。ここはまだ外側だしな」

 

 ネル先輩が周囲を見ながら答える。

 

「リーダー、あっちにお店みたいなのあるよ!」

 

 アスナ先輩が少し離れた建物を指差した。

 一階部分に大きな窓が並び、その上には文字の消えかけた看板が残っている。

 中へ入ってみると、棚や端末の残骸が散らばっていた。

 店舗だったのか、それとも何か別の施設だったのか、私には判断できない。

 

『映像は確認できているわ』

 

 通信機からリオ会長の声が聞こえる。

 

「了解です」

『不用意に設備へ触れないで。停止しているように見えても、内部が生きている可能性はあるわ』

「はーい!」

 

 ちょうど壊れた端末へ手を伸ばそうとしていたアスナ先輩が、そのまま手を引っ込めた。

 危なかった。

 

「今触ろうとしてましたよね?」

「触ってないよ?」

「今は、でしょう」

「ハヤテちゃん、細かいねぇ」

「必要な警戒です」

 

 一日目は、そのまま浅い区域を中心に調査した。

 

 住宅区画らしい場所。

 店舗の並んだ通り。

 用途の分からない小さな施設。

 

 ボディカメラで記録しながら、必要な場所では立ち止まって位置情報も残していく。

 私は初任務ということで多少身構えていたのだが、拍子抜けするほど何も起こらなかった。

 

 夕方には比較的状態の良い建物まで戻り、そこで野営することになった。

 出入口や窓を確認し、交代で見張りをする。

 

「結局、何も出ませんでしたね」

 

 簡易マットを広げながら言うと、ネル先輩が荷物を壁際へ置いた。

 

「何もねぇならそれでいいだろ。調査なんだから」

「リーダー、戦いたそうだったのに」

「アスナ、余計なこと言うな」

「でも最初に聞いてたじゃん」

「あれは確認だ!」

 

 言い合う二人を眺めながら、私は少し笑った。

 アスナ先輩はその後すぐに寝た。

 見張りの順番までまだ時間があるというのに、本当に寝付きが早い。

 

 私はしばらく天井を眺めてから目を閉じた。

 廃墟の中で眠るというのは妙な気分だったが、朝から歩き続けていたこともあって、眠るまでそれほど時間はかからなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 二日目になると、景色が少しずつ変わってきた。

 住宅や店舗らしい建物が減り、代わりに大型倉庫や研究施設のような建築物が増えていく。

 昨日までより道幅も広い。

 

「工場みたいですね」

「かもな」

 

 ネル先輩が半開きになった大型扉の向こうを覗き込む。

 中には大きな機械が何列も並んでいた。

 停止しているものがほとんどだが、完全に錆びついているわけではない。今すぐ動き出しても不思議ではないように見える設備もある。

 

『内部の映像を残して』

「了解です」

 

 私はカメラが設備へ向くよう身体の向きを変えながら進んだ。

 機械について全く知らないわけではないが、さすがに見ただけで何の製造設備か分かるほど詳しくはない。

 

「これ、何作る機械なんだろうね?」

 

 アスナ先輩が大型装置を覗き込む。

 

「触らないでくださいよ」

「まだ触ってないよ?」

「まだって言いました?」

「言ったかな?」

「言いました」

 

 その時だった。

 低い駆動音が聞こえた。

 三人とも同時に動きを止める。

 

「……何か動きました?」

「ああ」

 

 ネル先輩が武器を構えた。

 音は頭上から聞こえている。

 見上げると、天井近くの格納スペースから小型ドローンが一機降りてきた。

 その横からもう一機。

 さらに奥から二機。

 

「リーダー」

「分かってる」

『全員、撤退して』

 

 リオ会長からの指示は早かった。

 

『来た経路を戻って。戦闘は最小限に』

「了解!」

 

 次の瞬間、先頭のドローンが発砲した。

 床が弾ける。

 

「最小限と言われても、向こうから撃ってきてますよ!」

「なら邪魔な奴だけ片付けるぞ!」

「それなら賛成です!」

 

 三人で応射する。

 ネル先輩が前へ出て注意を引き、その左右から私とアスナ先輩が撃つ。

 数そのものは多くない。

 しばらくすると、最後の一機が床へ落ちて動かなくなった。

 静かになる。

 

「追ってきませんね」

「だからって奥行くなよ」

「行きませんよ。私だってそこまで無茶しません」

 

 ネル先輩が疑うような目を向けてくる。

 何故だ。

 私は床に転がったドローンへ少しだけ近づいた。

 外見はミレニアムでも見かけそうな無人機に見えるが、目立つ位置に型番らしき表示がない。

 

『ハヤテ』

「はい」

『回収は不要よ』

「……了解です」

 

 まだ触っていないのに。

 私たちはそのまま浅い区域まで後退した。

 何度か後方を確認したが、ドローンが追ってくる様子はなかった。

 その日は再び深部へ入らず、比較的安全な位置から周辺を観察する。

 

「何だったんでしょうね」

「知らねぇ。明日確かめりゃいい」

「また行くんだね、リーダー」

「調査終わってねぇだろ」

「そうだね!」

 

 アスナ先輩は楽しそうだ。

 私はというと、怖くないわけではなかった。

 昨日までは何もなかった場所で、突然機械が動いて攻撃してきたのだ。奥へ行けばもっと危険なものがいる可能性だってある。

 それでも、不思議と嫌ではなかった。

 ネル先輩とアスナ先輩がいる。

 何かあればリオ会長もこちらを見ている。

 

「まあ、明日ですね」

 

 そう答えて、二日目も終わった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 三日目。

 私たちは前日にドローンと交戦した施設まで戻ってきた。

 床には壊れた機体が昨日と同じ場所に転がっている。

 

「動いてませんね」

「そうみてぇだな」

「寝てるのかな?」

「機械って寝るんです?」

「知らねぇよ」

 

 周囲を確認した後、予定していた観測器を設置する。

 映像や通信状況、周囲の機械活動などを継続して記録する小型機器らしい。

 私は壁際の隙間へ一台固定し、その上から周囲に馴染むよう偽装用のカバーを被せた。

 

「こんな感じですか?」

『問題ないわ』

「了解です」

 

 返事はそれだけだった。

 褒められたわけでもないのに、少し気分がいい。

 

「ハヤテ、行くぞ」

「はいはい」

 

 ネル先輩に呼ばれ、さらに奥へ進む。

 昨日の地点を越えると、廃墟の様子はまた変わった。

 

 用途の分からない巨大な通路。

 地下へ続いているように見える搬入口。

 壁の奥から、何か大きな設備が動いているような低い音が聞こえる。

 人の姿は全くないのに、完全に死んだ場所には思えない。

 

「気味悪いですねぇ」

「今さらか?」

「昨日まではまだ普通の廃墟だったじゃないですか」

「普通の廃墟って何だよ」

 

 ネル先輩に突っ込まれた直後、アスナ先輩が足を止めた。

 

「リーダー」

 

 いつもの明るい声とは少し違う。

 ネル先輩もすぐに反応した。

 

「いるか?」

「うん。来るよ」

 

 数秒後。

 通路の奥から機械音が響いた。

 人型の警備ロボットらしき影が現れる。

 一体ではない。

 左右の通路からも同じような影が出てくる。

 

「下がるぞ!」

 

 ネル先輩が即座に指示した。

 今度はこちらも最初から撤退しながら撃つ。

 昨日より数が多い。

 私は一体の脚部を撃って動きを止め、別方向から来た機体へ銃口を向ける。その機体をアスナ先輩が横から撃ち抜き、前方の密集した敵はネル先輩がまとめて押し返した。

 何体か倒したところで、残っていたロボットの動きが止まった。

 こちらを追ってこない。

 

「……止まりました?」

「みてぇだな」

 

 一定の位置から出てくる様子がない。

 境界でもあるのだろうか。

 

『そこまでよ』

 

 リオ会長の声が入る。

 

『それ以上は進まなくていい。現在位置までの情報で十分よ。観測器を設置して撤退して』

「了解です」

 

 今回は三人で警戒しながら観測器を取り付ける。

 前日と同じように偽装し、外部との通信状態も確認する。

 

「終わりました」

『こちらでも確認したわ。戻って』

「了解」

 

 帰還命令。

 私は立ち上がり、ふと奥を見た。

 巨大な通路はさらに先へ続いている。

 その先に何があるのかは全く見えない。

 気にならないと言えば嘘になる。

 

「何見てんだ?」

「いや、まだ奥があるんだなと思って」

「今行く必要はねぇだろ」

「そうですね」

 

 その通りだ。

 中学時代なら、何となく気になったというだけで進んでいたかもしれない。

 今は仕事で来ている。

 目的も決められているし、撤退しろとも言われている。

 なら戻る。

 それだけだ。

 

 来た道を引き返し、特に大きな襲撃を受けることもなく、夕方前には廃墟地区の境界まで帰ることができた。

 封鎖区域を越えたところで、ようやく身体から力が抜ける。

 

「終わったー!」

 

 アスナ先輩が大きく伸びをした。

 

「帰って報告するまでが任務だぞ」

「分かってるよ、リーダー」

「私、今日はもう寝たいですねぇ」

「お前、昨日結構寝てただろ」

「廃墟で寝ても寝た気がしないんですよ」

「アスナは爆睡してたぞ」

「アスナ先輩を基準にしないでください」

「えー?」

 

 何故か本人が不満そうな声を出した。

 任務へ行く前、私は秘密組織の仕事というものを勝手に派手なものだと思っていた。

 

 敵地へ潜入する。

 重要な情報を盗む。

 大量の敵と戦う。

 そんなものだ。

 

 実際にやったのは、歩いて、記録して、警戒して、危険になれば撤退することの繰り返しだった。

 それなのに、妙に疲れた。

 

 何がいるか分からない場所で周囲を警戒し続け、眠る時も順番で見張りをする。敵が出ても倒すことを目的にせず、必要以上には戦わない。

 喧嘩なら、最後まで立っていた方が勝ちだった。

 任務は違うらしい。

 戦って勝つことより、やるべきことを終えて帰ることの方が大切なのだろう。

 

 私は少し前を歩く二人の背中を見る。

 ネル先輩は怖いし、アスナ先輩は何を考えているのか分からない。

 けれど、この三日で二人について知ったことも多かった。

 ネル先輩は思っていたよりずっと周囲を見ている。

 アスナ先輩は思っていた以上に意味が分からない。

 後者については、知ったと言っていいのか分からない。

 

「……初任務、結構きつかったな」

「あ? 何か言ったか?」

「帰ったら美味しいもの食べたいなって言いました」

「全然違うじゃねぇか」

「細かいことはいいじゃないですか」

「よくないねぇ、ハヤテちゃん」

「なんでアスナ先輩までそっちなんです?」

 

 二人の声を聞きながら、私は少しだけ歩く速度を上げた。

 初任務は、思っていたほど華々しいものではなかった。

 廃墟の奥に何があるのかも、結局分からない。

 それでも三日前より、C&Cという場所にも、そこで一緒に働く二人にも少し慣れた気がする。

 高校生活としてこれが普通なのかどうかは、相変わらずよく分からないけれど。

 

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