アリスさんを連れ戻すと決まってから、状況は一気に動き始めた。
最初に必要だったのは、リオ会長がアリスさんをどこへ連れていったのかを突き止めることだった。C&C側ではネル先輩がトキさんについて調べようとしたものの、そもそも存在そのものを知らされていなかった相手なので、手掛かりらしい手掛かりがない。ヴェリタスへ連絡してもヒマリ先輩は相変わらず応答せず、チヒロ先輩もその不在について詳しくは知らないようだった。
その一方で、別のところから妙な情報が出てきた。
「……何ですか、これ」
セミナーの会議室に呼ばれて大型モニターを見るなり、私は思わずそう聞いた。
画面にはミレニアム周辺の地図が表示されている。ただし、普段使っている地図には存在しない区画が広範囲に描き足されており、道路や建物、電力設備らしきものまで細かく記録されていた。
「私も最初はそう思ったわよ」
ユウカさんはかなり機嫌が悪そうだった。
隣ではノアさんが複数の資料を開いており、ゲーム開発部と先生、C&Cの面々もそれぞれ画面を見ている。モモイさんは治療施設を抜け出してきた件でしっかり怒られたらしいが、それでも戻る気はなかったらしく、包帯を巻いたまま椅子に座っていた。
「リオ先輩が秘密裏に建設していた都市です」
ノアさんが画面の一部を拡大する。
「名称はエリドゥ。セミナーの正式な建設計画にも、ミレニアムの公開インフラ情報にも存在していません。ただし、複数の予算項目と資材の移動記録を照合すると、かなり前から建設が進められていたと考えるのが自然です」
「街一個隠してたってこと?」
モモイさんが呆れたように聞く。
「街というより要塞都市に近いわね」
ユウカさんが答えた。
「独立した電力網、通信設備、製造施設、それに大量のAMASを運用するための設備まである。これを全部、通常の予算の中に紛れ込ませていたのよ」
「金は?」
ネル先輩の質問に、ユウカさんの眉間の皺がさらに深くなる。
「ミレニアムの予算」
「あいつ、本気でやりやがったな」
「本気で怒ってるのは私よ!」
ユウカさんの声が会議室へ響いた。
私は画面に並んだ予算項目を眺めながら、どこかで見たことがあるような感覚を覚えた。
研究設備更新費、インフラ保守費、複数部署へ分散された小規模な支出。
一つずつ見れば不自然ではないが、まとめて並べると妙に似ている。
「……あ」
思い出してしまった。消したというのに。
春休みの年度末決算で見た数字だった。
「何?」
ユウカさんがこちらを見る。
「いやぁ~、ね、なんでも、なんでもないですよ」
「……何か覚えてるの?」
「いやぁ~、ね?」
ユウカさんの視線の圧がすごい、負けてしまいそうだ。
しらばっくれ続ける私にユウカさんはまだ何か言いたそうだったが、ノアさんが肩へ手を置いて話を戻した。
「それよより、アリスさんの居場所を確認する方が先でしょう」
「分かってるわよ」
納得している顔ではなかった。
リオ会長が戻ってきたら、かなり長い説教になると思う。
本人が戻ってくれば、の話だけれど。
*
エリドゥの構造を調べる作業は、思っていたより早く進んだ。
リオ会長がどれだけ徹底して隠していたとしても、都市一つを完全に痕跡なく建設することはできない。物資は運ぶ必要があるし、電力も確保しなければならない。ノアさんとユウカさんが予算と物流記録を洗い、ヴェリタスが外部から通信経路を調べることで、少しずつ全体像が見えてきた。
「正面から入ったら?」
モモイさんが聞く。
「歓迎されると思う?」
ミドリさんが返す。
「されないと思う」
「なら聞かないでよ」
会議室のモニターには、複数の侵入経路が表示されていた。
「物流用の無人列車を使います」
ノアさんが一本の線を指す。
「エリドゥ内部では建設資材やAMAS用の部品を運ぶため、自動輸送路が今も稼働しています。外部から直接侵入するより、こちらへ潜り込む方が発見されるまでの時間を稼げるはずです」
「発見されない、ではないんですね」
「会長が相手ですから」
「ですよねぇ」
さすがに、最後まで気づかれずにアリスさんを連れ出せるとは思わない。
目的は隠密そのものではなく、中央部まで距離を稼ぐことだった。
「役割分担は?」
ネル先輩が聞く。
「ゲーム開発部と先生は中央タワーへ向かってください。アリスさんがいるとすれば、最も警備が厚く、リオ先輩が直接管理できる場所だと考えられます」
ノアさんが別の経路を表示する。
「C&Cは?」
「トキさんとAMASへの対応をお願いします」
「結局あいつか」
ネル先輩が露骨に嫌そうな顔をした。
「ただし、トキさんとの戦闘そのものが目的ではありません。あくまでゲーム開発部を中央まで通すための牽制です」
「分かってる」
そう言いながら、ネル先輩の顔は少し楽しそうだった。
前回ほとんどまともに戦えていないのが気になっているのだろう。
「ハヤテさんもC&C側でお願いします」
「了解です」
私は特に異論もなく頷いた。
アリスさんを直接説得するなら、ゲーム開発部や先生の方が向いている。私が横に立って何か言うより、モモイさん達に任せるべきだと思った。
「それと、もう一つ」
チヒロ先輩が別の通信画面を開いた。
「ヒマリの位置が分かった」
「やっと?」
「エリドゥ内部。外部通信を完全に遮断された区画にいる」
なるほど。
だから連絡が取れなかったのか。
「捕まってるんです?」
「そう考えるのが自然だね」
「リオ会長、本当に何でも一人でやるなぁ」
思わず漏らす。
「そこ感心するところじゃないからね」
「感心はしてないですよ」
エイミさんがヒマリ先輩の救出へ向かうことになった。
これで大体の役割は決まった。
ゲーム開発部と先生がアリスさんへ向かい、C&Cはその道を作る。エイミさんがヒマリ先輩を回収し、ヴェリタスとセミナーは外からシステムを崩す。
今のところ、全員が同じ方向を見ている。
問題は、アリスさんを見つけた後だった。
*
無人列車への潜入自体は拍子抜けするほど簡単だった。
アカネさんが警備システムへ細工を入れ、ヴェリタスが監視記録を一時的に誤魔化している間に貨物車両へ乗り込む。車内には機械部品や資材がぎっしり積まれており、その隙間へ全員で身を隠した。
「狭い」
ネル先輩が小声で文句を言う。
「仕方ないでしょう」
「お前そっち広いだろ」
「私が細いだけですよ」
「代われ」
「嫌です」
「先輩命令だ」
「こういう時だけ先輩風吹かせないでくださいよ」
前方からアカネさんが振り返る。
「お二人とも、見つかりたいのでしたらもう少し大きな声でも構いませんよ」
「すみません」
「悪かった」
二人で黙る。
少し離れたところでは、モモイさんが貨物の隙間から外を見ようとしてミドリさんに止められている。
アリスさんを連れ戻しに行くという目的は同じでも、空気は不思議と重すぎなかった。
たぶん。
モモイさんが戻ってきたからだと思う。
この人が騒いでいるだけで、ゲーム開発部は随分いつもの形に近づく。
「ハヤテ先輩」
小声で呼ばれる。
「何です?」
「アリス、戻ってきますよね」
モモイさんだった。
「分かりません」
「そこは戻ってくるって言ってくださいよ!」
「声大きいです」
「……戻ってきますよね?」
今度は小さく聞き直す。
私は少し考えた。
「本人次第じゃないですか」
「本人?」
「アリスさんが戻りたいなら、連れて帰ればいいでしょう」
「戻りたくないって言ったら?」
「その理由聞いてから考えます」
「またそれ?」
「他にどうしろって言うんです?」
危険だから戻さない。
友達だから無条件で戻す。
どちらも、今の私には決められない。
「モモイさんは?」
「連れて帰る」
「聞く意味なかったですね」
「私は最初から決まってるもん」
羨ましいくらい単純だった。
列車が小さく揺れる。
しばらくして速度が落ち始め、通信端末へチヒロ先輩から短い合図が入った。
到着。
私たちは順番に貨物車両を降りた。
*
初めて見たエリドゥは、街というより巨大な装置に見えた。
広い道路の両側には無機質な建物が整然と並び、頭上を走る高架と配管が都市の奥まで続いている。信号も照明も動いているのに生徒の姿はなく、歩いているのは巡回するAMASばかりだった。
「趣味悪ぃな」
ネル先輩が周囲を見る。
「機能性は高そうですけど」
「住みたいか?」
「嫌です」
人が暮らすために作ったというより、リオ会長が必要な機能を全部並べた結果、都市の形になったように見える。
あの人らしいと言えば、かなりらしい。
「会長、ここで一人暮らししてたんですかね」
「その発想はなかったな」
「寂しくないんでしょうか」
「本人に聞け」
「聞いたら否定しそう」
ネル先輩が鼻で笑った。
最初の警報が鳴ったのは、その直後だった。
潜入を完全に隠し通せるとは思っていなかったが、想定よりは長く持った方だと思う。
『侵入者を確認。各区画を封鎖します』
エリドゥ全体から機械音声が流れ、道路の奥でAMASが一斉に動き始める。
「ここから予定通り!」
先生の声が飛ぶ。
ゲーム開発部は中央タワーへ向かい、C&Cはその後ろを守る形で展開した。
そこからの戦闘は、単純な撃ち合いにはならなかった。
エリドゥ側は都市そのものを利用して進路を変え、道路を封鎖し、こちらを分断しようとしてくる。前方の隔壁が閉じればアカネさんが制御盤へ向かい、高所からドローンが出ればカリンさんが撃ち落とす。ネル先輩とアスナ先輩が正面を崩し、私は二人の脇を抜けて後方へ回ろうとするAMASを処理した。
「ハヤテ、右!」
「見えてます!」
カリンさんの声に応じて身体を低くし、頭上を抜けた弾丸が奥のドローンを落とす。墜落した機体が道路へ転がり、その陰へ隠れようとしたAMASを撃ち抜いたところで、前方からモモイさんの声が聞こえた。
「こっち開いたよ!」
「先に行って!」
「分かった!」
ゲーム開発部が進む。
AMASの数は多いものの、こちらも人数が揃っている。何度か足止めはされたが、侵攻そのものが止まるほどではなかった。
ただ。
中央部へ近づくにつれて、エリドゥが単なる秘密基地ではないことが分かってきた。
破壊したAMASの補充が異様に早い。
道路がこちらの移動に合わせて閉じる。
通信も、電力も、防衛設備も、街全体で一つに繋がっている。
「これ全部会長が一人で管理してるんです?」
通信越しにノアさんへ聞く。
『中央システムへかなりの権限が集中しています。少なくとも最終判断はリオ先輩一人で行える構造ですね』
「便利そうですけど」
前方で閉じた防壁を見ながら、私は銃を下ろした。
「本人と喧嘩した時に街全体が敵になるのは、あんまり便利じゃないですね」
『現在実証されていますね』
「ですよねぇ」
合理的に全部を一つへまとめた結果、その合理を決める人間と意見が違えば、都市全体を相手にすることになる。
何となく。
この街そのものがリオ会長の考え方に似ている気がした。
*
途中で一度、進路が大きく塞がれた。
巨大な機械が道路中央へ出現し、AMASとは比べものにならない火力でこちらを止める。
「何あれ!」
モモイさんが叫ぶ。
通信からチヒロ先輩の声が返る。
『識別情報を確認した。リオが作った戦闘用ロボットみたいだね』
「名前は!?」
『アバンギャルド君』
一瞬。
誰も何も言わなかった。
「……会長、ネーミングセンスないですね」
『本人に言って』
「後で言います」
アバン某は見た目に反して強い。
先生とゲーム開発部、エンジニア部が対応へ回り、C&Cは周囲のAMASを抑えることになった。
私はアバンギャルド君そのものより、別方向から接近してくる反応へ注意を向けていた。
嫌な予感は当たった。
「来ます」
道路の向こう。
AMASの列の間から、一人のメイドが歩いてくる。
「また会いましたね」
トキさんだった。
「はい」
相変わらず無表情だ。
「今回は退いてもらえますか?」
「リオ様の命令により、侵入者を排除します」
「ですよね」
聞くだけ無駄だった。
ネル先輩が前へ出る。
「今度は逃がさねぇぞ」
「ネル先輩、目的忘れないでくださいよ」
「分かってる!」
分かっている顔には見えなかった。
それでも、今はネル先輩が正面でトキさんを引き受けてくれる方が都合がいい。
私はアスナ先輩達とAMAS側へ回った。
*
戦況が動いたのは、ヒマリ先輩が戻ってきてからだった。
『あー、あー。聞こえていますか、愚かなる迷える子羊の皆さん』
通信へ突然聞き慣れた声が入り、私はAMASを撃ちながら端末へ視線を落とした。
「ヒマリ先輩?」
『ようやく気づきましたか、ハヤテ。まったく、私ほどの美少女が二日近く消息を絶っているというのに、救助へ来るのが遅すぎます』
「連絡つかなかったんだから仕方ないでしょう」
『そこは心配して探し回るところでは?』
「仕事かなって思ってました」
『薄情ですね』
元気そうなので問題ない。
エイミさんが救出に成功し、ヒマリ先輩はすぐヴェリタス側へ合流したらしい。
『それにしても、リオも随分好き勝手してくれましたね』
「捕まってたんです?」
『ええ。しかもこの私を監禁するなどという暴挙に出ました。これは後ほど百倍にして返す必要があります』
「喧嘩は後にしてくださいよ」
『もちろんです。まずはあの女の計画を止めてからにしましょう』
通信越しでも、リオ会長への機嫌の悪さが伝わってくる。
それでも。
ヒマリ先輩が戻ったことで、エリドゥ側の制御へ干渉する速度は一気に上がった。
閉じていた経路が開く。
AMASの展開が遅れる。
ゲーム開発部側では、差し押さえられていた鏡まで利用してアバンギャルド君へ対抗し始めた。
少しずつ。
全員が中央タワーへ近づいていく。
*
最終的に、戦場はエリドゥ中央部の広場へ集約された。
先生とゲーム開発部、C&C、救出されたヒマリ先輩とエイミさん、そして、中央タワー側には、再び大量のAMASとトキさんが待っている。
リオ会長本人の姿は見えない。
その代わり。
『ここまで来たのね』
街全体のスピーカーから声がした。
「会長」
『ハヤテ』
「聞こえてるんですね」
『エリドゥ内部で起きていることは把握しているわ』
「だったら出てきません?」
『必要ないわ』
やっぱり。
そう言うと思った。
「アリスを返して!」
モモイさんが中央タワーへ向かって叫ぶ。
『それはできない』
「何でよ!」
『理由は既に説明したはずよ。AL-1Sを放置することは、ミレニアムだけではなくキヴォトス全体を危険に晒す』
「でもアリスは――」
『あなたが知る天童アリスと、AL-1Sとしての機能が同時に存在していることは否定していない。それでも危険性が消えるわけではないわ』
リオ会長の主張は、前から何も変わっていない。
モモイさん達も変わらない。
アリスさんは友達だから連れ戻す。
ヒマリ先輩が鼻で笑った。
「相変わらず、自分の結論以外を検討する能力が欠如していますね」
『あなたこそ、感情を理由に危険性を軽視しているだけでしょう』
「彼女は可愛い後輩です。私は未知を未知のまま観察する猶予を求めているだけ、あなたのように可能性だけで一人の人格を消去しようとは思いません」
『その猶予によって取り返しのつかない被害が出れば、誰が責任を取るの?』
「その問いを盾にすれば、何でも許されると思っていますか?」
二人の声が強くなる。
モモイさんも割って入る。
先生もリオ会長へ呼びかける。
ネル先輩は「とっとと出てこい」と怒鳴り、トキさんはリオ会長の命令を待ったまま静かに立っている。
私は、その全部を聞いていた。
誰の言っていることも分からなくはない。
リオ会長はアリスさんだけを見ているわけではなく、その向こうにいるミレニアム全体を見ている。万が一が本当に起きれば、自分が判断を先延ばしにしたせいで大勢の生徒が傷つくかもしれない。
モモイさん達は、世界全体の話より、自分達と一緒に過ごしたアリスさんを見ている。その気持ちを感情論だと切り捨てるのも違うと思う。
ヒマリ先輩は未知の可能性を残そうとしている。
先生も。
ネル先輩も。
全員がそれぞれ違うものを見ている。
だというのに、最終的に守ろうとしているものは、大して違わないように見えた。
「……ヒマリ先輩」
「何です?」
「一回、止めません?」
「何を?」
「話です」
「今まさに話し合っているところですが?」
「これ、話し合いになってます?」
ヒマリ先輩が少しだけ黙る。
リオ会長からの声も止まった。
私は前へ出た。
何を言えばいいのか、正直よく分からない。
自分に答えがあるわけではない。
納得だなんて偉そうに語ったが、所詮私も半端者だ。
私は中央タワーとヒマリ先輩、それからゲーム開発部を順に見た。
「私は、リオ会長みたいに合理だけで全部決めることもできません。ヒマリ先輩みたいに、可能性を信じて待ち続けることもできないですし、モモイさん達みたいにアリスさんを絶対信じることもできません」
「ハヤテ……」
先生がこちらを見る。
「デカグラマトンを見たから、会長が怖がってることも分かります。アリスさんがまた暴走する可能性もあるし、本当に世界が危なくなることだってあるのかもしれない」
その一方で。
「でも、ゲーム開発部にいたアリスさんも知ってます。ネル先輩とゲームして、先生と学校歩いて、皆と普通に笑ってた人を、危険かもしれないってだけで今すぐ消すのも納得できないです」
どちらにも。
完全には乗れない。
「私は、二人のように思想を掲げることも、解決策を提示することもできません」
自分で言えば情けない話だったが、それが本当なのだから仕方がない。
「だから、話し合ってほしいんです」
広場が少し静かになる。
「結局、皆が守りたいものってそんなに違わないでしょう。リオ会長はミレニアムを守りたい。ヒマリ先輩だってキヴォトスが壊れていいとは思ってない。ゲーム開発部はアリスさんを守りたいし、先生だって同じです」
誰か一人が悪いわけではない。
少なくとも、私にはそう見える。
「だったら、話し合って分かり合うことも――」
最後まで言えなかった。
中央広場の各所から一斉に駆動音が響き、建物の陰や地下通路から新しいAMASが現れる。上空にもドローンが展開し、私たちを囲うように銃口を向け始めた。
これまでの戦闘でかなりの数を壊したはずなのに、まだこれだけ残っている。
『今のキヴォトスには、その猶予は存在しないわ』
リオ会長の声は静かだった。
『アリスは処刑する』
横でヒマリ先輩が息を吐く。
「折角歩み寄ってあげようというのに、この態度ですか。ハヤテ、分かったでしょう? あの女は結局――」
最後まで聞かなかった。
私は銃を抜き、誰もいない地面へ一発だけ撃ち込んだ。
乾いた銃声が広場へ響き、それまで重なっていた声が一斉に止まる。
リオ会長の機械群はまだこちらへ銃口を向けている。
ゲーム開発部も、C&Cも、先生も、ヒマリ先輩も。
何をするのかと、こちらを見ている。
自分でも驚くほど、頭の中は冷えていた。
「本当に、いいんだな」
誰も答えない。
ここまで言っても。
まだ。
全員、自分の答えで進むつもりらしい。
「……どいつもこいつも、いい加減にしろよ」
口から出た声が、普段よりずっと低かった。
「分からないか! 話し合おうって言ってんだ!」
昔の喋り方へ戻っていることには気づいたが、今さら直す気にもならなかった。
「目指すところは同じはずだろう!? 誰かを守りたいって言いながら、何で自分の答えだけ押し通して殴り合ってんだよ!」
中央タワーを指す。
「リオ会長!」
『……何?』
「あんたは合理合理と言うけど、この状況が本当に合理的か!?」
広場を見回すとそこには壊れたAMAS、撃ち落とされたドローン。
こちらも消耗しているが、エリドゥそのものにもかなり被害が出ている。
「自己完結の論理を振りかざして、周囲の理解も得ず、反対の声を押し切って強行して、その結果がこれだろ! あんたを止めるために実力行使で動く人間が出て、その対応に戦力も時間も使ってる!」
『必要なコストよ』
「その必要なコスト払いつづけながら、本当に予定通りアリスの処刑までやれるのかって聞いてんだよ!」
今度はヒマリ先輩を見る。
「ヒマリ先輩!」
「……はい?」
「あんたもだ!」
珍しくヒマリ先輩が少しだけ目を見開く。
「デカグラマトンの存在を知ってるだろ!? 機械知性が自分で考えて、本当に洒落にならないことをする可能性があるって、私と一緒に見たじゃないですか!」
「それとアリスは――」
「同じじゃないかもしれない! だから調べるんでしょうが!」
言葉が勝手に出てくる。
「あんたは理想を言うけど、その理想を現実でどう守るかを出してない! リオ会長が危険を見過ぎてるなら、あんたは危険を見なさすぎなんだよ!」
二人とも私なんかよりずっと頭がいいのに、なのに。
「どっちもなっちゃいないんだよ!」
広場に声が響いた。
もう、全員まとめて腹が立っていた。
「だから!」
リオ会長、ヒマリ先輩、ゲーム開発部、先生、C&C。
順番に視線を向ける。
「全員ぶちのめして、卓に着かせてやろうってんだ!」
ネル先輩の口元が少しだけ上がった。
たぶん面白がっているのだろう。
「頭突き合わせてさぁ、考えようよぉ!」
最後まで言い切った直後。
トキさんが一歩前へ出た。
「交渉継続の意思は確認できません。リオ様の命令に従い、排除行動へ移行します」
「……そうかよ」
私は銃を構える。同時にAMASも動き始める。
ゲーム開発部も、今の隙に中央タワーへ向かおうとしている。
ネル先輩達も動く。
結局誰も止まらないのならば、さっき言った通りにするしかない。
「覚悟しろよ」