格好よく啖呵をと言い切ったところで、周囲が都合よく待ってくれるはずもなかった。
最初に動いたのはトキさんだった。彼女が一歩踏み出すと同時に、背後で待機していた大型装備が展開し、複数の装甲板と推進器が身体を包み込んでいく。先ほどまでのメイド服姿とは比較にならないほど大きな外形になり、各部に灯った光がエリドゥの道路を淡く照らした。
「アビ・エシュフ、接続完了。リオ様の命令に基づき、対象を排除します」
「排除は困るんですけどね」
熱くなった頭を冷やし、思考を切り替える。
私が銃を構えるより早く、アビ・エシュフの砲口がこちらを向いた。
発射の直前、照準が私の現在位置ではなく少し右へずれていることに気づいたので、そのまま左へ逃げようとしてやめた。先ほどの短い交戦でも感じていたが、トキさんは相手が動いた後に反応しているのではなく、姿勢や視線、周囲の地形から次の動きをかなり正確に先読みしている。
なら、普通に避け続けるほど相手の得意な形になる。
私は右へ踏み込み、トキさんの予測通りに動いた。
直後、こちらが向かう先へ光弾が飛んでくる。
避けきるより先に道路脇の制御盤を撃ち抜くと、地下からせり上がりかけていた車止めが途中で停止し、半端な高さの金属柱が射線へ割り込んだ。光弾を受けた柱は大きく歪み、その破片が道路へ散らばる。
「予測経路との一致を確認。障害物の発生により攻撃失敗。再計算します」
「そんなことまで口に出すんですね」
「状況報告です」
「真面目だなぁ」
会話している間にも、トキさんの装備は次の照準を合わせていた。
こちらは一人だけを相手にしていればいいわけではない。私とトキさんが撃ち合い始めた隙を見て、モモイさん達が中央タワーへ走り出そうとしている。
「今のうちに行くよ!」
「待ってください!」
「待たない!」
当然だと思う。
だから、本人を止める代わりにトキさんの照準を利用した。
私はモモイさん達と同じ方向へ走り、彼女達より少し外側へ進路を取る。トキさんの砲口がこちらの移動先へ追従したのを確認してから、道路を横切るように方向を変えた。
光弾が飛ぶ。
私の背中を掠めた攻撃は、ゲーム開発部が使おうとしていた進路の舗装を大きく抉った。
「ちょっとハヤテ!?」
急に目の前を破壊されたモモイさんが足を止める。
「私じゃないですよ!」
「誘導したでしょ!」
「話聞いてくれたら、こんなことしなくて済むんですけど!」
言いながら、私は道路へ飛び散った瓦礫を蹴り上げ、こちらへ接近していたAMASの視界を一瞬だけ塞いだ。その隙に懐へ入り、胴体へ数発撃ち込んで動きを止めると、倒れかけた機体をそのままミドリさん達が使おうとしていた別の通路へ押し倒した。
「そっちも駄目です」
「ハヤテ先輩、本当に私たちまで止めるんですか!?」
「最初からそう言ってるでしょう!」
ミドリさんが驚いている間にも、トキさんは追撃を止めない。
アビ・エシュフから複数の小型機が射出され、それぞれ別の角度からこちらを囲む。真正面から迎撃するより、周辺の使えるものを減らされた方が厄介だったので、私は近くの街灯へ一発撃ち込んだ。
支柱が折れ、長い柱が道路を横切るように倒れる。
トキさんは当然のようにその落下位置を避けたが、後方にいたAMAS二機は回避が間に合わず、倒れた街灯に進路を塞がれた。その結果、アカネさんが中央タワーへ抜けるために狙っていた道まで同時に閉じる。
「あら」
アカネさんが足を止めた。
「ハヤテさん、見ていました?」
「何度も同じこと言わせないでください」
「手厳しいですね」
反論しながらも、アカネさんは鞄から手を出した。
問題はカリンさんだった。
彼女は既に後方の高架へ移動し始めており、あと少しで広場全体を見渡せる位置へ入る。そこを取られると、私一人で全員の進路を操作するのが難しくなる。
「トキさん」
「何でしょうか」
「左から来ますよ」
「虚偽と判断します」
「でしょうね」
トキさんが私の言葉を無視して右へ砲口を振った瞬間、私は近くのドローンを撃ち落とした。
機体は落下しながら高架の側面へぶつかり、その破片がカリンさんの進行方向へ降り注ぐ。カリンさんは反射的に身を引き、高所を取るまでの時間を失った。
「ハヤテ!」
「ごめんなさい、カリンさん!」
「謝るなら邪魔するな!」
「今は全員邪魔します!」
敵も味方も関係なくなってきた。
ネル先輩だけは、最初からこちらの意図を理解したうえで無視するつもりらしい。トキさんが私へ集中している隙を利用し、中央タワーへの最短経路を一直線に走っている。
「ネル先輩!」
「うるせぇ! 今なら行けるだろうが!」
「だから行かないでって!」
「お前が勝手に決めんな!」
それを言われると弱い。
今回ずっと私が他人へ言ってきたことでもある。
それでも、今ここでネル先輩まで通してしまえば、リオ会長を殴ってアリスさんを連れ戻し、その後で考えるという形になるだけだ。それでは、リオ会長が先に処分を決めたことと方向が違うだけで、やっていることは大して変わらない。
私はトキさんの攻撃を避けながら、道路中央に残っていたAMASの残骸へ蹴りを入れた。
金属の塊がネル先輩の前へ滑っていく。
「こんなもんで止まるか!」
ネル先輩は当然のように飛び越えた。
予想通りなので、その着地点へ今度はトキさんの射線を重ねる。
「対象移動。射線上に別個体を確認」
トキさんが一瞬だけ攻撃を止めた。
そこにネル先輩が着地する。
「テメェ、私を盾にしやがったな!?」
「撃たれてないからいいでしょう!」
「そういう問題じゃねぇ!」
怒鳴りながらも、ネル先輩は足を止めた。
それで十分だった。
一方、アスナ先輩は広場の端から普通に中央タワーへ向かおうとしている。
「アスナ先輩!」
「なにー?」
「今はそこで待ってください!」
「分かったー!」
あっさり止まった。
ネル先輩が信じられないものを見る顔で振り返る。
「何でアスナだけ素直なんだよ!」
「ハヤテちゃんが待ってって言ったから!」
「アタシだって言われてんだよ!」
「リーダーは待たないでしょ?」
「……待たねぇけどよ!」
そこまで自覚があるなら、少しくらい聞いてほしい。
しかし、会話を続けている余裕はなかった。
トキさんの攻撃が変わった。
こちらへ直接当てることを優先せず、私が周囲の物を使える範囲そのものを削り始めている。街灯や車止め、AMASの残骸へ先に攻撃を入れ、環境を利用される前に排除しているらしい。
「対応早いですね」
「あなたの行動傾向を更新しました」
「嫌だなぁ」
言葉とは裏腹に、少し面白くなってきた。
使えるものを消すなら、まだ壊れていないものを使えばいい。
私は広場の中央ではなく、中央タワーへ続く連絡路の方へ走った。
トキさんが追う。
私が移動したことで進路が空き、モモイさん達も当然のように後ろからついてくる。ネル先輩達まで動き始めたので、結果として全員が中央タワー側へ移動する形になった。
それでよかった。
外の広場より、中の方が使えるものが多い。
*
中央タワーへ入った瞬間、環境が大きく変わった。
外の広場とは違い、内部には細い通路と複数の階段、エレベーター、防火扉、空調設備、天井を走る配管がある。リオ会長が機能性だけを考えて作ったような建物なので、設備同士の接続も分かりやすく、どこを壊せば何が起きるのかを考えるには都合がよかった。
私は入口横の制御盤へ二発撃ち込んだ。
通常照明が消え、館内が赤い非常灯だけになる。
「視覚情報低下を確認。赤外線および補助センサーへ移行します」
トキさんは止まらない。
それも分かっていた。
次に天井のスプリンクラーへ撃ち込み、水を撒く。
さらに消火器を一つ蹴り飛ばし、床へ転がしながら撃ち抜いた。
白い煙が一気に広がる。
「視界を奪っても無駄です」
「でしょうね」
煙の中でトキさんの砲撃音が響いた。
私はその射線を見て避けるのではなく、発射前に見えた砲口の向きだけを頼りに階段の手すりへ飛び乗る。予測通りだったのか、光弾は次の着地点へ先回りしていた。
そこで手すりを蹴り、階段の外側へ飛ぶ。
同時に、手近な配管の固定具へ弾を当てた。
外れた配管が大きく揺れ、階段の途中へ落ちる。
私の移動そのものはトキさんの予測から外れていないらしい。それでも、私が移動の途中で何を壊し、何を落とし、その結果として誰の進路が変わるかまでは、一回の予測だけで終わらない。
「行動予測は一致。周辺状況の変化を再計算します」
トキさんの声が煙の向こうから聞こえた。
その間に私は一階下へ降り、別の階段を上がろうとしていたモモイさん達の前へ出た。
「うわっ!?」
「そっち駄目です」
「何で先にいるの!?」
「近道しました」
「どんな近道よ!」
説明している間に、背後からトキさんの攻撃が飛んでくる。
私は横へ退き、モモイさん達も反射的に伏せた。光弾は奥の防火扉へ当たり、扉そのものが歪んで閉じたまま動かなくなる。
「ほら、通れなくなった」
「ハヤテが誘導したんでしょ!」
「トキさんに言ってください」
「あなたが避けたからでしょう」
煙の向こうから本人にまで訂正された。
「細かいですね」
「事実関係は正確にするべきです」
真面目すぎる。
モモイさん達をその場に残し、私は再び上階へ向かった。
今度はカリンさんが別の階段から先回りしようとしていた。高所を取られる前に止めようとしたところで、アカネさんまで反対側から上がってくる。
両方を直接相手にする必要はない。
私は踊り場の壁に設置された制御端末を撃ち、片側の防火扉を閉じた。
「ハヤテ!」
カリンさんの声が扉の向こうから響く。
「後で開けます!」
「今開けろ!」
「今は駄目です!」
反対側から来たアカネさんには、倒れていたAMASの腕を階段へ蹴り落とした。アカネさんは軽く避けたものの、その数秒で私が先へ進める。
問題はネル先輩だった。
煙も閉じた扉も関係なく、壁際の保守通路を見つけて上がってきている。
「何でそこ通れるんです?」
「扉閉められたから別の道探したんだよ!」
「順応早すぎません?」
「お前に言われたくねぇ!」
そのまま正面から来る。
私は戦うつもりがなかったので、ネル先輩が踏み込んだ瞬間に横の配管を撃った。
高圧の蒸気が噴き出す。
「熱っ! テメェ!」
「ネル先輩なら大丈夫でしょう!」
「大丈夫でも腹立つんだよ!」
蒸気を突っ切ってくる気配がしたので、今度は近くの清掃用ワゴンを通路へ倒した。ネル先輩なら壊せるが、そのたびに数秒を取れる。
私が欲しいのは勝利ではなく、誰も勝手に先へ行けない時間だった。
*
戦場がタワー内部へ移ってから、トキさんの攻撃はさらに正確になっていた。
狭い空間では逃げ道が限られるので、こちらの次の動きも読みやすいのだと思う。何度か本当に当たりかけ、そのたびに壁や手すりを使って無理やり軌道を変えた。
それでも、私の方も少しずつ分かってきた。
トキさんは予測を外していない。
こちらが右へ行くと思えば本当に右へ行くし、階段へ向かうと読めば、実際に私は階段へ向かっている。
なのに、攻撃が決まりきらない。
私が移動するたびに周囲の状況まで変わるので、その結果を受けて次の判断をし直さなければならないからだ。
なら、考え直す回数を増やせばいい。
私は三階の広いホールへ飛び込んだ。
中央には応接用らしい長い机と椅子が並び、壁際には大型ディスプレイ、天井には空調用の吹き出し口がいくつもある。
トキさんも追ってくる。
「現在の戦闘傾向を基に、次の移動を予測します」
「どうぞ」
私は右へ走った。
トキさんの砲口も右へ動く。
その途中で椅子を一つ蹴る。
椅子が床を滑って左へ飛ぶ。
トキさんの補助機がそちらへ反応したので、今度は机の脚へ撃ち込み、長い天板を傾ける。倒れた机が二人の間へ入り、その陰から床面の点検口を撃った。
蓋が跳ね上がる。
私はそこを踏んで方向を変え、壁際へ走りながら空調の吸入口へ消火器を放り込んだ。
「異物混入を確認。空調経路への影響を再計算します」
トキさんは追いながらも、周辺設備の変化へ対応している。
私はディスプレイの支持部を撃ち抜いた。
大型画面が傾いて落ちる。
「落下物を確認」
トキさんが避ける。
その先へ椅子が転がっている。
「障害物を確認」
跳ぶ。
着地点では壊れた点検口から蒸気が漏れている。
「足場状態を更新」
それでも転ばない。
さすがだった。
ただ、さっきまでなら即座に飛んできていた反撃が少しずつ遅れている。
「ハヤテさん」
「はい?」
「予測結果と、あなたの実際の行動は一致しています」
「そうなんです?」
「しかし、予測後に発生する周辺環境の変化が連続し、優先処理数が増加しています」
「大変ですね」
「あなたが原因です」
「そうでした」
その程度の会話を交わしながら、私は次の廊下へ走った。
ここまで来れば、あとは狭い場所へ誘導する方が早い。
*
四階へ続く通路は、両側に設備室が並ぶ細い廊下だった。
私は先に煙幕弾を一つ転がし、白い煙が広がるより前に奥へ走る。トキさんは当然追ってきたが、こちらへ飛んでくる攻撃はさっきより僅かに遅れていた。
廊下の途中にある防火扉を開いたまま固定し、その先へ入る。
トキさんも続く。
私は扉の制御部へ撃ち込んだ。
背後で扉が閉まる。
細長い区画の中に、私とトキさんだけが残った。
「逃走経路を自ら封鎖しました」
「逃げるつもりないですよ」
煙幕が換気口から少しずつ流れ込んでくる。
トキさんのセンサーなら位置は分かる。
だから隠れる必要もない。
私は真正面から走った。
「接近戦への移行を確認」
トキさんの装備が動く。
右から来る。
分かっている。
私は右へ避けた。
「予測通りです」
「でしょうね」
避けながら壁へ一発撃つ。
弾丸は非常用消火設備の固定具へ当たり、大きな金属箱が壁から外れて落ちた。
トキさんはそれも避ける。
次に床を蹴り、私は反対側の壁へ寄る。
トキさんの視線が追う。
そこで天井の照明を撃つ。
暗くなる。
煙が濃くなる。
アビ・エシュフの補助機がこちらの位置を更新する。
トキさんが向きを変えた。
私は、その一瞬だけを使った。
倒れた消火設備を踏み台にして跳び、装備の側面へ取りつく。
「接触を確認。排除――」
最後まで言わせず、腰部の姿勢制御ユニットへ銃口を押し当てた。
数発。
装甲が弾ける。
アビ・エシュフの右側が大きく傾き、トキさんが即座に補正しようとする。
今度は左脚の接続部を蹴り込み、そのまま補助機の一つを掴んで床へ叩きつけた。
姿勢制御が完全に追いつかなくなり、大型装備が壁へぶつかる。
「出力低下。姿勢制御不能。戦闘継続可能性を再評価します」
私は少し離れ、まだ動くなら続けるつもりで銃を向けた。
数秒後。
トキさんは武器を下げた。
「……戦闘継続は困難です」
「そうですか」
「私の敗北です」
「別に勝負してたつもりないんですけど」
「戦闘行為における結果としては、そう定義されます」
「真面目だなぁ」
私は扉の制御を手動へ切り替えた。
「そこで待っててください。後でちゃんと話しますから」
「リオ様の命令は継続中です」
「動けます?」
トキさんが自分の装備を見る。
「困難です」
「じゃあ休んでてください」
扉を開け、そのまま外へ出た。
立ち止まっている暇はない。
まだ全員が止まったわけではなかった。
*
階段を二段ずつ飛ばして上がると、五階のホールでモモイさん達が別の通路から合流しようとしていた。
「いた!」
「何でそんな嬉しそうなんです?」
「今度こそ抜ける!」
「抜けさせませんよ」
私は煙幕弾を一つ投げた。
「またそれ!?」
白い煙が広がり、モモイさん達の視界が消える。
その間に反対側の扉を閉じ、進める方向を一つに絞った。
「ミドリ、右!」
「そっちは閉まってる!」
「じゃあ左!」
「左からハヤテ先輩が来ます!」
「何で分かるの!?」
「足音!」
正解だった。
煙の中から出ると、ミドリさんと目が合う。
「そっち駄目です」
「本当にいた!」
「だから言ったでしょう!」
モモイさんが怒鳴る。
先生もその後ろにいる。
「ハヤテ!」
「先生も止まってください!」
「分かったから、一回話そう!」
「それをずっと言ってるんですよ!」
言いながら、私は後方から来たAMASを撃ち止めた。
エリドゥ側もまだ完全に諦めていないらしい。
むしろ都合がよかった。
壊れたAMASを通路へ倒し、ゲーム開発部の退路と進路を同時に狭める。
「ハヤテ、やってることどんどん酷くなってない!?」
「皆さんが止まらないからです!」
「だったらアリス返してもらってから話せばいいじゃん!」
「それをリオ会長がやったら怒ったでしょう!」
「うっ……!」
モモイさんが一瞬黙る。
そこへ別方向からネル先輩達が現れた。
「見つけたぞ、ハヤテ!」
「ネル先輩まで来た」
「その言い方何だ!」
カリンさんとアカネさんもいる。
アスナ先輩は少し後ろから手を振っていた。
「ハヤテちゃーん!」
「アスナ先輩、何で来たんです?」
「みんな行ったから!」
「待ってって言ったのに」
「一人になったから来た!」
「それは仕方ないか」
「お前、アスナに甘くねぇか!?」
ネル先輩が怒る。
しかし、これでほとんど揃った。
あとは中央タワーの上へ向かおうとする全員を、ここで止めればいい。
「ハヤテ」
ネル先輩が銃を下ろさずに言う。
「もうトキはいねぇんだろ」
「下で休んでもらってます」
「じゃあ退け。今ならリオのとこまで行ける」
「嫌です」
「まだやんのかよ」
「ここまでやったんだから最後までやりますよ」
ネル先輩が舌打ちする。
「お前、私に勝てると思ってんのか?」
「……思ってないです」
「は?」
「ネル先輩と正面からやったら面倒だから、やらないです」
私は周囲を見る。
五階のホール、複数の入口、天井の配管、既に煙幕が残っている、閉じた防火扉。
それだけあれば十分だった。
「でも、先へ行かせないくらいならできます」
「言ったな?」
「はい」
ネル先輩が動く。
同時に私は後ろへ下がり、天井の配管固定部へ撃ち込んだ。
落ちてきた配管をネル先輩は当然避ける。
その回避先へ椅子を蹴り、さらに煙幕の残っている方向へ移動を誘導する。
「小細工ばっかしやがって!」
「まともにやりたくないんですよ!」
ネル先輩が椅子を蹴り飛ばす。
私はそのまま距離を取った。
勝つ必要はない。
時間を取る。
その間に先生がこちらを見ている。ゲーム開発部も、C&Cも。
誰もまだ動けるが、少なくとも一斉に中央へ突っ込める状況ではなくなった。
「ネル先輩」
「何だ!」
「時間をください」
「……はぁ、分かった」
近くにある監視カメラの方を向き、この会話を聞いているであろうリオ会長に向かって話しかける。
「会長も、いいですね」
『……長くは取れないわ』
会長の言葉を聞いて、ネル先輩が銃を下ろした。
カリンさんもアカネさんも、それを見て構えを解く。
アスナ先輩は最初からあまり構えていなかった。
モモイさん達はまだ不満そうだったが、先生が手で制したことで動きを止めた。
私はそこでようやく大きく息を吐いた。
煙が少しずつ薄れていく。
床にはAMASの残骸が転がり、扉はいくつも閉じたままになっている。下の階ではトキさんが動けなくなっているはずで、上へ行こうとしていた全員も同じホールへ集まった。
「……これで、話せますね」
ネル先輩が呆れた顔をする。
「お前が一番話し合いから遠い方法取ってんじゃねぇか」
「言っても聞かなかったでしょうが」
「それはそうだけどよ」
否定しないらしい。
先生がこちらへ近づく。
「……ごめん、酷な役目を負わせてしまった」
「別にいいですよ。私が譲れなかったってだけです」
「それでも私は先生だから」
「……」
本当に構わないのだが、性分というやつなのだろうか。
なにはともあれ、ようやく話せる。
そう思った直後だった。
タワー全体の照明が一斉に消えた。
私が壊した設備とは別系統だったらしく、非常灯まで完全に落ち、数秒の暗闇が訪れる。
「何だ?」
ネル先輩の声が聞こえる。
「私じゃないですよ」
念のため先に言った。
直後、壁面の大型ディスプレイだけが赤く点灯した。
文字列が次々に流れ、聞いたことのない警告音がタワー全体へ響く。
「リオ会長?」
先生が通信を開く。
返事はない。
代わりに、知らない声が館内放送から流れ始めた。
『接続を確認しました』
私は画面を見る。
そこには、先日の暴走時にアリスさんが口にしたものと同じ文字列 が表示されていた。
『Protocol ATRA-HASIS』
中央タワーの床が低く震え、遠くで何か巨大な設備が起動する音が聞こえる。
モモイさん達の顔から、さっきまでの勢いが消えた。
『王女の覚醒を確認。管理権限を移行します』
新しい識別名が画面へ表示される。
Key。
意味を理解するより先に、エリドゥ全体から次々と警告が上がり始めた。
私はしばらく赤い画面を見つめたあと、額へ手を当てた。
「……まずい」
懸念していた事態が起こってしまった。
次回最終話