廃墟での初任務を終えてから、しばらく経った。
授業が終わればC&Cの拠点へ向かい、訓練をして、任務があれば装備を整えて出動する。帰ってくればリオ会長へ報告し、特に何もなければネル先輩とアスナ先輩に付き合っているうちに夕方になるという生活にも、少しずつ慣れてきた。
普通の高校生活かと聞かれれば、おそらく違うのだろう。それでも、売られた喧嘩を買い続けた結果、気づけば周囲から番長扱いされていた中学時代と比べれば、今の生活は随分平和だった。
「……ハヤテ」
「はい?」
「それ、いつまで続けんだ?」
訓練後の拠点で、ネル先輩がこちらを睨んでいた。
私は手にしていたタオルを置き、自分の姿を軽く確認した。訓練直後なので多少汗をかいているものの、服装にも装備にも特におかしなところは見当たらない。
「何がでしょう」
「その喋り方だよ」
「へへ……あっしのような下っ端には、これくらいが――」
「それだ!」
「えぇ……」
高校では下から行くというのは、私が入学前から掲げてきた大切な方針である。中学時代は少し態度が大きすぎた結果、最終的に普通の友達がほとんどできなかったのだから、高校では必要以上に偉そうにしない方がいい。
「別にいいじゃん、リーダー。ハヤテちゃん面白いし」
床に寝転がっていたアスナ先輩が楽しそうに笑った。
「お前が面白がるから調子乗るんだろうが」
「調子には乗ってませんよ」
「じゃあ何で日に日に三下っぽくなってんだ」
「自然体です」
「嘘つけ」
どうしてここまで疑われるのか分からない。
私が地味に傷ついていると、拠点の扉が開いた。
「全員いるわね」
聞き慣れた声が届いた瞬間、反射的に背筋が伸びる。
「お疲れ様です!」
「声でけぇよ」
ネル先輩に横から突っ込まれたものの、仕方がない。入ってきたのはリオ会長なのだから、多少気合いが入るのは自然な反応だと思う。
今日も顔がいい。
艶のある黒髪も綺麗だし、整った顔立ちから体型まで含めて、相変わらず私の性癖に対する攻撃力が高すぎる。まともに見続ければ表情が緩みそうなので、私は二秒ほどで視線を少し横へ逃がした。
「今日は新しいメンバーを紹介するわ」
「新しい?」
ネル先輩が眉を上げると、リオ会長の後ろから一人の生徒が姿を現した。
柔らかな表情を浮かべた少女で、立ち姿にも妙な緊張がなく、こちらへ向けられた視線にも穏やかなものがある。
「初めまして。室笠アカネと申します。これから皆さんと一緒に活動させていただくことになりました」
声も話し方も落ち着いていて、初対面の相手に対する礼儀もきちんとしている。
「ハヤテさん、ですよね。よろしくお願いします」
「あ、はい。大小路ハヤテです。こちらこそよろしくお願いします」
思わず感動しかけた。
ネル先輩は頼りになるものの、初対面の頃から普通に怖かった。アスナ先輩は優しいけれど、時々こちらの理解がまったく追いつかない行動を取る。
それに比べれば、目の前のアカネさんは物腰が柔らかく、礼儀正しく、周囲への気遣いまでできている。C&Cへ入ってからしばらく経ち、ようやく一般的な感覚で接することのできそうな人が来てくれた。
「いやあ、ようやく常識的な方が――」
「何だ?」
「いえ、何でも」
危うくネル先輩に聞かれるところだった。
アカネさんは不思議そうに私を見ていたものの、わざわざ聞き返してくることもなく、そのまま柔らかく笑っている。
こういうところもありがたい。
この人とはかなり上手くやっていけそうだと、その時の私は本気で思っていた。
◇
アカネさんがC&Cへ加入してから数日後、私達はリオ会長に呼び出された。
「違法な高威力弾薬?」
「ええ」
セミナーの一室にある壁面モニターには、ミレニアム自治区の外に建てられた企業施設が表示されていた。
外観だけを見れば、ごく普通の工場にしか見えない。
「最近、この企業が製造したと見られる特殊弾薬によって負傷した生徒が確認されたわ。治療記録を調査した結果、一般に流通している弾薬とは明らかに異なる損傷が残っていた」
画面が切り替わり、弾薬と負傷記録の資料が並ぶ。
医療関係の詳しい数字までは私には分からないが、問題が威力にあることくらいは理解できた。
「生徒を相手にしても出血を伴うほどの貫通力があった、ということでしょうか」
アカネさんが尋ねる。
「そう考えられているわ。ただし、現時点ではこの企業が製造したと断定できるだけの証拠がない」
「それで潜入調査ですか」
「その通りよ」
今回の任務内容を聞いて、私は少し安心した。
「今回は本当に潜入なんですね」
「何だよ、本当にって」
ネル先輩がこちらを見る。
「秘密組織らしくていいなと思いまして」
「前回だって調査だっただろ」
「三日間廃墟を歩いてましたからねぇ」
「あれはあれで秘密っぽかったじゃん」
アスナ先輩は楽しそうだが、ネル先輩はあまり納得していないらしい。
「証拠が取れたら潰していいのか?」
「ネル」
「聞いただけだろ」
リオ会長から名前を呼ばれると、ネル先輩はそれ以上言わずに口を閉じた。
こういうところを見ると、何だかんだ言いながらちゃんとリーダーをやっているのだと思う。
「目的は製造記録、設計データ、取引先の確認よ。可能な限り施設側へ存在を知られないように行動して」
「了解しました」
アカネさんが穏やかに答え、私もそれに続いて頷いた。
少なくとも今回こそは、静かな任務になりそうだった。
◇
その日の夜、私達は工場区画の外周から施設へ侵入した。
当然ながら正面玄関を使うわけにはいかないので、監視の薄い搬入口側へ回り込み、警備設備の隙間を縫うようにして進んでいく。
そこで初めて一緒に任務をすることになったアカネさんは、私が想像していた以上に仕事が早かった。
「監視カメラは十二秒後に右へ向きます。その間に通りましょう」
「分かりました」
「ハヤテさん、先にお願いします」
「はい」
言われた通りに進むと、ちょうど私が監視範囲へ入りかけたところでカメラが反対側へ向いた。そのまま死角へ入り、少し遅れてアカネさんも同じ経路を通ってくる。
一連の動きはそれだけだった。
説明は短いのに、こちらが何をすればいいのか分かりやすい。
次の電子錠も手際よく解除し、巡回していた警備員が近づいてくれば、物音を使ってこちらとは別の方向へ誘導する。必要のない相手とは戦わず、目的と関係のない設備にも触れないため、ここまでの侵入で大きな騒ぎは一度も起きていない。
「アカネさん、右をお願いできますか」
「はい。十五秒ほどで済みます」
「では、こちらを見ておきます」
アカネさんが端末を操作している間、私は通路を警戒する。
ほとんど細かな確認をしなくても、互いに何をするべきなのかが通じる。予告された通り十五秒ほどで電子錠が解除され、アカネさんは何事もなかったように扉を開いた。
「お待たせしました」
「いえいえ」
非常にやりやすい。
同僚が増えるというのは、こういうことなのかもしれない。
もちろん、ネル先輩やアスナ先輩が頼りにならないわけではない。むしろ戦闘能力だけなら、二人ほど安心できる相手も少ないと思う。
それでも、何かを頼めば予想した範囲の方法で返ってくるという安心感は、あの二人とは少し違っていた。
「ハヤテちゃん、こっち誰もいなかったよー」
そんなことを考えていると、少し先まで勝手に偵察へ行っていたアスナ先輩が戻ってきた。
「アスナ先輩、どこまで行ってたんです?」
「んー、あっち!」
「あっちじゃ分かりませんよ」
「でも誰もいなかったよ?」
「そういう問題じゃないです」
やはりアスナ先輩はアスナ先輩だった。
「無駄話してんな。行くぞ」
ネル先輩に小声で急かされ、私達はさらに施設の奥へ進んだ。
研究区画らしい場所まで入ると、周囲の様子がそれまでとは変わってくる。一般的な工場設備に混じって厳重な扉で区切られた部屋が増え、監視設備の数も明らかに多くなっていた。
「ここから先ですね」
アカネさんが端末を確認する。
「製造記録が保管されている可能性が高いです」
「じゃあ、さっさと取って帰るぞ」
「リーダー、早く帰ってゲームする?」
「そういう意味じゃねぇ」
会話の声量を抑えながら扉を抜ける。
ここまでは驚くほど順調だった。
状況が変わったのは、それから数分後だった。
突然、施設全体に警報音が鳴り響いた。
「……バレました?」
「そのようですね」
アカネさんの声は変わらず穏やかだったが、通路の照明は赤へ切り替わり、施設の奥では複数の隔壁が閉じる重い音が続いている。
同時に、こちらの端末へ表示されていたデータが次々と消え始めた。
『証拠隠滅を始めたわ』
通信機からリオ会長の声が聞こえる。
『製造記録が消去されている。試作品の搬出も確認した』
「どうします?」
『可能な範囲で証拠を確保して。ここから先、隠密行動を優先する意味はないわ』
「つまり暴れていいんだな!」
ネル先輩の声が分かりやすく弾んだ。
『必要な範囲でよ』
「十分だ!」
元気だなぁと思いながら、私もMk 23を抜く。
アスナ先輩まで楽しそうに銃を構えているので、ここから先は潜入調査というより、証拠を消される前に力ずくで確保する強行調査になりそうだった。
「サーバールームはこの先ですね」
アカネさんが施設の地図を表示する。
「ただし、隔壁が閉鎖されています」
正面には、かなり頑丈そうな壁が立ちはだかっている。
横へ伸びた通路を使えば迂回できるものの、それではサーバールームへ到着するまでかなり時間がかかる。向こうでは今もデータを消しているのだから、悠長に正規の通路を歩いている余裕はない。
「急ぎましょう。データ消されますよ」
「そうですね」
アカネさんは小さく頷いた。
「では、この壁を爆破しましょう」
「……はい?」
「この先がサーバールームですので」
「いや、それは分かりますけど」
私は正面の壁を見てから、改めてアカネさんへ視線を戻した。
「これ、潜入任務ですよね?」
「ですが、もうそのようなことを言っていられる時間はありません」
「だからって壁を?」
「最短距離を進むのが合理的かと」
「待ってください、最短距離って――」
「少し離れてくださいね」
「え?」
問い返した時には、アカネさんは既に作業を終えていた。
直後に轟音が響き、反射的に顔を庇う。煙が薄くなってから前を見ると、少し前まで壁だった場所に、人が十分通れるほどの大きな穴が開いていた。
「行きましょう、ハヤテさん」
「……合理的ですね」
「はい」
何事もなかったように先へ進むアカネさんを見ながら、私は念のため少しだけ距離を空けて後を追った。
数日前まで、ようやくC&Cにも常識的な人が増えたと思っていた。
その認識は、そこから数分ほどでかなり修正されることになった。
「この設備は証拠隠滅に使用される可能性がありますので、破壊しておきますね」
「爆破するんです?」
「はい」
別の区画では、試作品を積んだ搬出車両が動き始めた。
「この搬出車両、逃げますよ!」
「では止めましょう」
「タイヤ撃ちます?」
「車両ごと止めた方が確実ですね」
「何で爆薬出してるんです?」
さらに別の車両が橋を渡ろうとしているのを見つけた時には、アカネさんは迷う様子すらなく周囲の構造を確認した。
「橋を落とせば、あちらの輸送車両も足止めできます」
「橋を!?」
「最短ですよ?」
「その言葉便利に使ってません?」
どういう人なのか、ようやく分かってきた。
アカネさんはしっかりしているし、礼儀正しく、仕事も非常に丁寧である。状況判断も早く、こちらの動きへ合わせるのも上手いので、一緒に行動する相手としてかなり頼りになる。
それと同時に、必要と判断した時には爆発物を使うことに一切の躊躇がない。
常識がないわけではないのだと思う。
爆発物が絡んだ瞬間だけ、その常識の適用範囲が少し変わるだけだ。
最終的には、製造記録の一部と試作弾薬、それから取引記録を回収することに成功した。施設側の抵抗もネル先輩とアスナ先輩が大半を片付け、私も二人の援護へ回ったので、こちらに大きな被害は出ていない。
帰路につく前、私は半壊した施設を振り返った。
「潜入任務でしたよね」
「そうでしたね」
アカネさんは、何一つ後ろめたいことがないという顔で微笑んでいる。
「成功ですね」
「成功……ではありますね」
証拠は確保できたし、違法弾薬の製造も止められた。
目的を達成した以上、任務として成功なのは間違いない。途中から「潜入」という言葉の意味がかなり怪しくなっていた気はするけれど、そこを考えても結果が変わるわけではなかった。
◇
後日、回収した資料の確認に付き合っていると、問題の企業が単独で活動しているわけではなく、さらに上に軍需関係の親会社が存在することが分かった。
「じゃあ今回の件って、親会社がやらせてたんです?」
「現時点では断定できないわ」
リオ会長は資料を見ながら答える。
「子会社側の独断である可能性も、外部の人間が関与している可能性も残っている。親会社に属しているという事実だけでは証拠にならないわ」
「なるほど」
そこから先は私が考えても仕方がない。
少なくともC&Cへ任された調査は終わっており、証拠も確保した。今後必要になれば、またリオ会長から指示が来るだろう。
帰ろうと席を立ったところで、アカネさんが隣へやってきた。
「ハヤテさん」
「はい?」
「今度、お時間がある時に一緒にお茶でもいかがですか?」
「あ、いいですね」
普通の誘いだった。
任務でも訓練でもなく、同級生と時間を合わせてお茶を飲みに行くというのは、私が高校へ入る前に思い描いていた生活にかなり近い。
こういうことなら、高校生活も順調と言っていいのかもしれない。
「ちょうど新しい爆薬についてもお話ししたいことがありまして」
「また今度にしましょうか」
「?」
あと少しだった。
◇
それから少し経った頃、C&Cにさらに一人メンバーが増えた。
「角楯カリンだ。今日からこちらへ所属することになった。よろしく頼む」
カリンさんは私よりも背が高く、姿勢も良いので、最初に受けた印象はかなり真面目そうな人だった。以前はセミナーで保安関係の仕事をしていたらしく、話し方からも几帳面な性格が伝わってくる。
「大小路ハヤテです。よろしくお願いします」
「ああ。よろしく頼む」
「カリンちゃん、よろしくね!」
「よろしく頼む、アスナ先輩」
アスナ先輩が嬉しそうにカリンさんの周囲を回っている。
少し離れたところでは、ネル先輩がいつものように腕を組んでいた。
「で、リオ。こいつには仕事内容説明してあんのか?」
「ええ。一通りは」
リオ会長の言葉を受け、カリンさんが頷く。
「清掃、給仕を中心に活動する特殊部隊だと聞いている」
私は思わずリオ会長を見た。
こちらの視線に気づいているはずなのに、本人は何事もないような無表情を保っている。
「……誰から聞いたんです?」
「募集要項だが」
「なるほど」
間違ってはいない。
C&Cは秘密組織である以上、表向きにはメイド部として活動している。私達にもメイド服が支給されているし、最近ではアカネさんが妙に本格的な清掃や給仕の練習まで始めていた。
「仕事だぞ!」
ちょうどその時、ネル先輩が大声を上げた。
「ほら」
「?」
何が言いたいのか分からないらしく、カリンさんが怪訝そうに私を見る。
今説明する必要はないと思う。
そのうち分かるだろうし、私もそうだった。
◇
カリンさんが加入してから最初に舞い込んできた仕事は、銃撃戦とは無縁のものだった。
「セミナーの予算が消えている」
リオ会長からそう説明され、私は最初にかなり物騒な事件を想像した。
「盗まれたんです?」
「正確には、少額ずつ不正に移動させられているわ」
リオ会長が資料を表示する。
一度に動かされている金額はそれほど大きくないものの、回数が異様に多い。さらに複数の口座や取引を経由しているため、単純に支出だけを追っても見つけにくくなっていたらしい。
「よく気付きましたね」
「不自然な差額が積み重なっていたからよ」
「なるほど」
私は数字が並んでいる画面を見ただけで目が滑りそうになるので、おそらく一生気づかないと思う。
「問題は、侵入者の技術が高いことよ。通常の追跡ではすぐに痕跡を消される」
「つまり、今んとこ私らの出番じゃねぇってことか?」
「そうね」
ネル先輩が露骨に退屈そうな顔をした。
「そのため、今回はヴェリタスにも協力を依頼したわ」
「ヴェリタス?」
「最近活動を始めたハッカー集団よ」
「ハッカー……」
嫌な予感がした。
機械が相手でも、撃てと言われれば分かる。人が相手なら、必要に応じて取り押さえることもできる。
ハッキングだけはどうにもならない。
その不安は正しかった。
◇
「……何してるんです?」
「侵入元を逆探知してる」
目の前の画面には、私には意味の分からない文字と数字が大量に流れていた。
答えてくれたのは、小柄な少女だった。
小鈎ハレさんというらしく、私と同じ一年生だという。
「これで?」
「うん」
「すごいですねぇ……私には何一つ分かりません」
「まあ、専門じゃなかったらそんなものじゃない?」
「なるほど」
それなら分からなくても仕方ないと安心したところで、問題はもう一人いることに気づいた。
「つまり、この経路を経由した後、こちらへ偽装したわけですね。実に面白い」
車椅子に座った少女が、画面を見ながら楽しそうに話している。
明星ヒマリ先輩。
ヴェリタスの部長らしい。
今回の協力に必要な人員だけ来るものだと思っていたのだけれど、何故か部長本人まで同行していた。
「……あなたまで来る必要はないと思うのだけれど」
リオ会長の声が少し冷たい。
「面白そうですので」
「これはセミナー内部の案件よ」
「だからこそでは?」
リオ会長とヒマリ先輩が互いに黙って見つめ合う。
私は二人を交互に見ながら、この場で声に出してはいけない感想を一つだけ抱いた。
かなり仲が悪そうだった。
「それにしても、これが噂のC&Cですか」
今度はヒマリ先輩がこちらを見る。
反射的に姿勢を正した。
「大小路ハヤテです」
「ええ。存じていますよ」
「……そうですか」
何故か、少し長めに観察された気がする。
「リオがわざわざ集めた方々ですからね。少し興味がありまして」
「はぁ」
「なるほど」
「何がです?」
「いいえ、何も」
笑顔なのに、妙に警戒したくなる人だった。
その後は、ハレさん達が調査を進める様子を眺める時間が続いた。
正確には、専門知識のない私は眺めることしかできなかった。
隣を見ると、カリンさんも難しい表情で画面を見つめている。
「カリンさん」
「何だ?」
「何してるか分かります?」
しばらく間を置いてから、カリンさんは真面目な顔のまま答えた。
「一切分からない」
「そうですか」
「ハヤテは?」
「一切分かりません」
「……そうか」
「安心しました」
「何故だ」
一人だけではなかったからである。
口には出さなかったものの、カリンさんも少しだけ肩の力が抜けたように見えた。
何となく、この人とも上手くやっていけそうな気がする。
調査そのものは、それほど簡単には進まなかった。
「また経路変えられた」
ハレさんが呟く。
「偽装データまで置いていきましたね。なかなかやります」
ヒマリ先輩はむしろ楽しそうだった。
「感心している場合ではないわ」
当然ながら、リオ会長はまったく楽しそうではない。
「資金を盗まれているのよ」
「分かっていますとも」
本当に分かっているのだろうか。
しばらく追跡を続けたところで、ハレさんが画面の一部を拡大した。
「これ、ミレニアム内部からじゃないかも」
「どういう意味です?」
「最初の侵入元をかなり偽装してるけど、外から接続してる可能性が高い。少なくとも、学内の端末から普通にやってる感じじゃない」
そこからさらに調査を進めると、一つの中継拠点が候補として浮かび上がった。
場所はミレニアム自治区の外れにある、現在使われていない小規模な施設だった。
「行って確認するぞ」
ネル先輩が立ち上がる。
ようやく私達にも分かる仕事が回ってきた。
◇
C&Cの五人全員で現場へ向かうのは、これが初めてだった。
ネル先輩とアスナ先輩に、アカネさんとカリンさん、それから私が加わる。少し前までは三人しかいなかったことを考えると、並んで歩いているだけでも随分人数が増えたように感じる。
「私は外から援護する」
カリンさんがライフルの状態を確認する。
「では、私は侵入経路を確保しますね」
アカネさんは相変わらずにこやかだが、既に手元には爆薬が見えている。
「アスナ、俺と先行するぞ」
「はーい、リーダー!」
「私は?」
「好きに動け」
「雑ですねぇ」
「お前、だいたい何でもできるだろ」
「いやいや、そんなことは」
「いいから来い!」
結局、私は全体の補助へ回ることになった。
ネル先輩とアスナ先輩が前へ出れば背後を確認し、アカネさんが扉を開けている間は周囲を警戒する。カリンさんから敵位置の連絡が入れば、それを前方の三人へ伝えて動きを合わせる。
誰か一人の得意分野を担当するわけではないけれど、必要な場所へ入って足りない部分を補うのは嫌いではなかった。
感慨に浸っている余裕はなく、施設へ侵入するとすぐに防衛設備が動き始めた。
配置されているのは警備用ドローンと小型ロボットで、単体ならそれほど強くない。
『右に二体!』
カリンさんの声が通信へ入る。
「了解です」
角を曲がる前に一体へ撃ち込み、残った方は正面へ飛び出したネル先輩が処理した。
「悪くねぇな」
「カリンさんの指示が正確なんですよ」
『聞こえているぞ』
「褒めてますよ?」
『……そうか』
声だけなので確信はないものの、少し嬉しそうだった。
さらに奥へ進み、アカネさんが最後の扉を解除する。
「開きます」
全員が銃を構え、ネル先輩が先頭で室内へ入る。
私も少し遅れて続いた。
部屋の中央には何台もの端末が並んでおり、その前に一人の少女が座っていた。
ピンク色の髪をした、小柄な生徒だった。
こちらが驚いて立ち止まるのと同じくらい、向こうも驚いた顔で私達を見ている。
「あ」
最初に声を出したのは少女の方だった。
「どうも?」
「どうもじゃねぇ!」
ネル先輩が怒鳴った。
「ひぃっ!」
少女が反対側へ逃げようとしたので、私は先回りして進路を塞ぐ。
「はい、そこまで」
「なんでですかー!」
「なんでって言われましても」
抵抗する様子はなかったので、そのまま両手を上げてもらう。
武器も持っていないようだった。
その間にアカネさんが端末を確認する。
「恐らく、この方ですね」
「えぇ……」
もっと見るからに悪そうな人物を想像していたので、目の前にいる小柄な少女との落差が大きい。
ネル先輩に睨まれた本人は、露骨に視線を逸らしていた。
「名前」
「…………」
「名前!」
「黒崎コユキです!」
「元気ですね」
「だって怖いんですもん!」
「怖くしたのはリーダーですよ」
「うるせぇ」
その後、ヴェリタス側でも端末を確認した結果、黒崎コユキさんが今回の不正アクセスを行った本人であることは、ほぼ間違いないと判明した。
むしろ問題は、本人に罪を犯したという自覚がどこまであるのかということだった。
「だって、できちゃったんですもん!」
反省しているようには見えない。
私は腕を組みながら、目の前のコユキさんを見る。
「いや、できたからってやっていいわけじゃないでしょう」
「でも、誰にもできないことなんですよ?」
「それはすごいと思います」
「ですよね!」
「それと、やっていいかどうかは別問題です」
「うへぇ……」
何故そこで急に理解できなくなるのだろう。
中学時代にも、似たようなことを言う奴は時々いた。
できるからやるという理屈で何でも許されるなら、世の中の大抵のルールは必要なくなる。
「せっかくそれだけ技術があるなら、もっと普通のことに使ったらどうです?」
「普通ってつまらなくないですか?」
「…………」
思いがけず少しだけ胸に刺さった。
普通の高校生活を求めてミレニアムまで来た私としては、それを真正面からつまらないと言われると反応に困る。
とはいえ、今は私の話ではない。
「とにかく、人のお金を勝手に動かしちゃ駄目です」
「はーい……」
返事が軽いので、多分まだ分かっていない。
今後どうするつもりなのかと考えていると、リオ会長がコユキさんへ視線を向けた。
「この子は私が預かるわ」
「会長?」
思わず聞き返す。
「能力自体は有用よ。適切な管理下に置く価値がある」
「……拾うんです?」
「違うわ」
「そうですか」
言い方が違うだけで、やっていることは少し似ているような気がする。
「え、私どうなるんです?」
当のコユキさんは、急に不安になってきたのか先ほどまでより大人しい。
私は少しだけ考えた。
「まあ、頑張ってください」
「他人事!」
「私は捕まえるところまでですので」
「薄情ですよー!」
そう言われても、勝手に人の金を動かした本人が悪いので、今のところ同情する気にはなれなかった。
◇
事件が片付いてから数日後、C&Cの拠点には五人全員が集まっていた。
アカネさんとカリンさんが加入したことで、少し前までなら広く感じていた部屋も、今では随分賑やかになっている。
「人数も増えたし、任務中の呼び方決めねぇか?」
ネル先輩が言った。
「呼び方?」
「毎回本名で呼んでんのも面倒だろ。無線を聞かれた時も良くねぇし」
「なるほど」
こういう話をしていると、ようやく秘密組織らしくなってきた気がする。
「番号でいいんじゃない?」
アスナ先輩が楽しそうに口を挟んだ。
「ゼロとか?」
「それでいいだろ」
そこから簡単に相談した結果、リーダーであるネル先輩が00、アスナ先輩が01となった。
「カリンが02で、アカネが03だな」
「了解した」
「承知しました」
加入した順番もあって、そこまでは自然に決まっていく。
最後に残ったのは私だった。
「じゃあ私は……04ですかね」
自分で口にしてから、少し考える。
「でも、4って縁起悪くないです?」
「今さら気にすんのかよ」
「任務中に使う番号ですよ? 死を連想する番号って、ちょっと嫌じゃないです?」
「私は気にしないぞ」
カリンさんは真面目に答える。
「私はどちらでも構いませんよ」
アカネさんも柔らかく笑っていた。
「じゃあ05にしたら?」
アスナ先輩が軽い調子で提案する。
「そうします?」
「お前がいいならいいんじゃねぇか」
「私は最後でいいですしね」
別に三下根性というわけではなく、単純に後から入った二人より番号が後ろでも困らないというだけである。
私は少し離れたところにいるリオ会長を見る。
「05で登録してもらっていいです?」
その問いに、リオ会長がほんの僅かに返答を遅らせたような気がした。
「……そう。では05で登録するわ」
「ありがとうございます」
これで番号も決まった。
ネル先輩が00、アスナ先輩が01、カリンさんが02、アカネさんが03となり、私は05を使うことになる。
こうして並べてみると、寄せ集めだった頃より少しだけ本格的な組織になったように見えた。
「これからもよろしくお願いしますね、ハヤテさん」
アカネさんが笑う。
「よろしく頼む、ハヤテ」
カリンさんも隣で頷いた。
「いやいや、私なんて末席ですので。お二人の邪魔にならないよう頑張りますよ」
「お前、その三下みてぇな喋り方いつまで続けんだ?」
「素ですが?」
「嘘つけ」
ネル先輩から即座に否定され、その横ではアスナ先輩が楽しそうに笑っている。
最初はネル先輩とアスナ先輩しかいなかったC&Cも、気づけば五人になっていた。
普通の友達を作ろうと思って入学したミレニアムで、何故か秘密組織の仲間ばかり増えているのは、当初思い描いていた高校生活とはかなり違う。
それでも、アカネさんとお茶へ行く約束をしたり、カリンさんと並んで分からない画面を眺めたりする時間まで含めれば、この生活もそこまで悪いものではなかった。
私は端末へ登録された自分のコールサインをもう一度確認した。
表示されている番号は05で、その一つ前だけが空いている。
「……やっぱり、並べるとちょっと気になるなぁ」
「何がだ?」
「いや、04だけないので」
「お前が飛ばしたんだろうが!」
「そうなんですけどねぇ」
縁起が悪いから使わなかったのは自分なのだから、今さら気にしても仕方がない。
そう納得して端末を閉じると、すぐ横からアスナ先輩の笑い声が聞こえてきた。