大小路ハヤテの憂鬱   作:蝦蟇

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レールガン奪還作戦・上

 

 廃墟での一件以来、C&Cの中で私を見る目が少しだけ変わったような気がする。気のせいだと思いたかったのだけれど、訓練が終わるたびにネル先輩から妙な顔を向けられる回数が増えているので、どうやら完全な思い込みでもないらしい。

 

「だから、別に大したことしてませんって」

「ビル倒して帰ってきた奴が言う台詞じゃねぇだろ」

 

 訓練室の中央では、ネル先輩が呆れたように腕を組んでいる。

 今日の訓練内容は、市街地を想定した区画の中で複数の標的ドローンを処理するという、ごく普通のものだった。私はいつも通り相手の射線を避けながら撃ち返し、その途中で使えそうな物があれば利用しただけなので、自分では前回までとそれほど変わったことをしたつもりはない。

 

 床に転がっていた訓練用の盾を蹴り出して一機の進路を塞ぎ、横倒しになっていた机を起こして別方向からの射線を切ったあと、最後まで残った一機には、その机を押し倒して進路ごと潰した。弾を節約できたうえに、相手の行動をかなり制限できたので、個人的には悪くない出来だったと思う。

 

「いやいや、周りに使える物があったので」

「前のお前は机投げたりしてなかっただろうが」

「成長したんですよ」

「漫画に影響されただけだろ」

「それも成長の一種では?」

「違ぇよ」

 

 ほとんど間を置かずに否定されたので、少しくらい認めてくれてもいいのではないかと思う。

 

「でも、さっきの格好良かったよ!」

 

 アスナ先輩は、私が押し倒した机を楽しそうに眺めていた。

 

「ありがとうございます」

「アスナ、お前は褒めるな。こいつが余計なこと覚える」

「余計じゃないですよ。実際使えましたし」

 

 私が抗議していると、今度はアカネさんが倒れた机の横へしゃがみ込み、破損した脚部を興味深そうに確認し始めた。

 

「ハヤテさん。こちらですが、脚部の接合をあらかじめ弱くしておけば、もう少し扱いやすくなるのではないでしょうか」

「それは環境を利用するんじゃなくて、環境を改造してません?」

「確実性は上がりますよ?」

「訓練用の備品に爆薬を仕込もうとするのはやめましょう」

「残念です」

 

 本当に残念そうな表情をされた。

 最近のアカネさんは、私が周囲の物を戦闘に利用することを妙に気に入っている。ただし、本人の中では「その場にある物を使う」という発想が、いつの間にか「使いやすい形になるよう、あらかじめ爆破しておく」に変換されつつある気がするので、あまり積極的に相談するべき相手ではないのかもしれない。

 

「ハヤテ」

 

 少し離れたところで装備を片付けていたカリンさんが、こちらへ声を掛けてきた。

 

「何でしょう」

「あの廃墟で、本当に敵の銃を奪って使ったのか?」

「使いましたよ」

「初めて触る武器だったんだろう?」

「そうですね。最初は反動に驚きましたけど、二発目からは大体分かりました」

 

 カリンさんはしばらく考え込んだあと、何とも言えない表情で私を見た。

 

「……それを普通だと思っているのか?」

「普通とまでは言ってませんよ」

「じゃあ何だと思っている」

「器用貧乏?」

 

「それだよ」

 

 横からネル先輩が口を挟んできた。

 

「お前、自分のこと何も分かってねぇだろ」

「いやいや、分かってますって」

「分かってる奴は、何でもできるくせに器用貧乏とか言わねぇんだよ」

 

 何を言っているのだろう。

 私からすれば、「何でもできる」という評価の方が明らかに大げさだった。ネル先輩のように真正面から相手を圧倒できるわけではなく、カリンさんほど精密な狙撃ができるわけでもない。アカネさんほど爆薬に詳しいわけではないし、アスナ先輩の勘に至っては、どういう仕組みで成立しているのか理解することすら難しい。

 

 専門家と並べれば、私がそれぞれの分野で勝てないことくらい自分でも分かっている。広く浅く色々なことができて、空いたところへ入るのが得意というだけなら、器用貧乏という表現はそれほど間違っていないと思う。

 そう説明しようとしたところで、訓練室の扉が開いた。

 

「全員いるわね」

 

 聞き慣れた声が届いた瞬間、さっきまで気の抜けていた空気が自然に引き締まった。

 入ってきたのはリオ会長だった。

 

 今日も顔がいい。

 癖のない黒髪はいつ見ても綺麗で、特別目立つ装飾がなくても立っているだけで視線を持っていかれる。とはいえ、まともに見続けるとこちらの表情が緩みそうなので、私はいつものように二秒ほど正面を見たところで、さりげなく視線を壁面モニターへ逃がした。

 

 そんな私の事情とは別に、今日のリオ会長は普段より少しだけ硬い雰囲気をまとっていた。表情そのものが大きく変わっているわけではないものの、通常なら端末越しで済ませるような連絡を、わざわざ訓練室まで本人が持ってきた時点で、単なる報告ではなさそうだった。

 

「緊急任務よ」

 

 ネル先輩もすぐに察したらしく、腕を下ろして姿勢を変えた。

 

「何があった?」

「高出力電磁加速砲の技術試験機が、輸送中に強奪されたわ」

 

 壁面モニターへ画像が表示される。

 映ったのは、兵器と呼ぶにはあまりにも巨大な金属製の構造物だった。長い砲身の周囲には冷却装置や電源設備が張り付き、全体の形だけを見れば、研究施設の一部を無理やり台車へ載せたようにも見える。

 

「これ、砲なんです?」

「ええ。ただし、完成兵器ではないわ」

 

 リオ会長が画像を拡大すると、砲身を囲む装置の構造がさらに細かく表示された。

 

「将来的な大型電磁加速砲へ応用するため、加速機構、給電、冷却、反動処理を検証する目的で製造された技術実証機よ。小型化や実用性はほとんど考慮されていないから、単独で運用することも想定されていない」

 

 ネル先輩がモニターを見上げながら眉を寄せる。

 

「試験用にしては随分でけぇな」

「試験段階では出力を優先しているからよ。通常使用では安全装置によって制限されているけれど、研究用途のため、出力制限を解除する機能そのものは残されている」

「解除したら?」

 

 アスナ先輩が気軽に尋ねると、リオ会長は少しも表情を変えずに答えた。

 

「設計上の最大出力では、まだ実射試験を行っていないわ」

「……なるほど」

 

 私は改めてモニターへ目を向けた。

 要するに、どこまで危険なのかを製造した側も正確には把握していないらしい。研究用の試験機なら珍しい話ではないのかもしれないが、盗まれた兵器について聞かされる情報としては、まったく嬉しくなかった。

 

「それを誰が盗んだんです?」

「ニギニギヘルメット団を名乗る武装集団よ」

「……すごい名前ですね」

「名前はどうでもいいだろ」

 

 ネル先輩に睨まれた。

 確かに今はそこではない。

 モニターが切り替わり、襲撃現場の写真が複数表示される。道路脇へ押し出された護衛車両には大量の弾痕が残り、通信設備や護衛用ドローンも破壊されていた。写真を見ただけでも、かなり大掛かりな襲撃だったことが分かる。

 

「護衛の生徒達は全員無事よ。負傷者はいるけれど、命に関わるものではないわ」

「それなら良かったです」

「問題は、襲撃側の装備と情報よ」

 

 今度は現場に残されていた銃器や通信機、破壊されたドローンの写真が並んだ。

 

「ニギニギヘルメット団は、これまでは小規模な強盗や武器の横流しを行う程度の集団だった。それが今回は輸送経路を事前に把握し、監視設備を停止させたうえで、十分な人数と装備を揃えて襲撃している」

「誰かが後ろにいる、と」

 

 カリンさんが確認すると、リオ会長は頷いた。

 

「その可能性が高いわ。最優先は試験機の奪還だけれど、支援者に関する証拠を確保できるなら回収して。ただし、試験機が起動可能な状態にあると判断した場合は、証拠より無力化を優先して」

 

 ネル先輩の口元が少し上がる。

 

「必要なら壊していいってことだな」

「他に方法がない場合は」

「了解」

 

 こういう時だけ返事が早い。

 

「出発は?」

 

 アカネさんが尋ねる。

 

「すぐに。最後に確認された地点から追跡して」

 

 私は何となく時計を確認した。夕食までにはまだ時間があるものの、現地までの移動と捜索を考えれば、普段通りに帰れる可能性はかなり低い。

 

「今日の夕飯は遅くなりそうですねぇ」

「帰ってから食え」

 

 ネル先輩が呆れたように言う。

 

「先輩、さっきから私に冷たくないです?」

「任務前に飯の話してる奴に何言えってんだ」

 

 正論なので、反論はやめておいた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 襲撃現場へ到着したのは、それから一時間ほど後だった。

 写真で見た時点でも十分荒れていたが、実際の現場には弾痕や焼け跡が広範囲に残っており、破壊されたドローンや装備品もまだ完全には回収されていなかった。輸送隊がかなり激しく抵抗したことは、その場に立てばさらに分かりやすい。

 その中で、試験機を積んでいた大型輸送車だけが跡形もなく消えている。

 

「随分派手にやりましたね」

 

 私は道路脇へしゃがみ込み、アスファルトへ深く刻まれたタイヤ痕を確認した。

 

「車両ごと持っていったようです」

「この重量なら、隠すのも簡単じゃないはずだ」

 

 カリンさんも少し離れた場所で周囲を調べている。

 その一方で、アカネさんは回収された通信機を手に取り、外装や内部設定を順番に確認していた。

 

「こちら、かなり良い物を使っていますね」

「高いんです?」

「少なくとも、そこらの不良集団が気軽に人数分を揃えるような機材ではありません。暗号化機能もかなり本格的です」

 

 カリンさんも、近くに落ちていた弾倉を拾い上げた。

 

「弾薬もほとんど新品だ。銃の種類はばらばらだが、整備状態も悪くない」

 

 訓練を積んで急に強くなったというより、必要な装備だけを誰かにまとめて渡されたと考える方が自然だった。

 その光景を見ていると、以前アカネさんと潜入した違法弾薬の製造工場を思い出す。あの時も、表向きは普通の企業だったにもかかわらず、少し奥へ入ればキヴォトスの生徒に重大な傷を負わせる弾薬を製造していた。

 

『何か気になる?』

 

 通信からリオ会長の声が届く。

 

「以前の弾薬工場を思い出しただけです。今のところ、繋がる証拠はありませんけど」

『分かったわ。根拠が見つかるまでは別件として考えて』

「はい」

 

 こういうところはリオ会長らしい。

 怪しいもの同士だからという理由だけで一つにまとめず、証拠が出るまでは別件として扱う。私も余計な想像を止め、目の前の痕跡へ意識を戻した。

 大型輸送車のタイヤ痕はしばらく道路沿いに続いていたものの、その横には何台もの小型車両が走った跡が重なっている。さらに少し先では、それらの跡が複数方向へ分かれていた。

 

「わざと追跡しにくくしてますね」

「そこまで準備してたってことか」

 

 ネル先輩が舌打ちする。

 どの跡を追うべきか考えていたところで、少し離れた場所を眺めていたアスナ先輩が手を上げた。

 

「リーダー、あっちじゃない?」

「何が?」

「盗んだ人達」

 

 ネル先輩が、アスナ先輩の指した方向を見た。

 

「何で分かる」

「なんとなく?」

 

 いつもの答えだった。

 私はネル先輩と目を合わせる。

 

「行きます?」

「ああ」

 

 根拠がないことは分かっている。

 それでも、アスナ先輩の「なんとなく」が今まで何度も正しかったことも知っているので、疑って時間を使う方がもったいなかった。

 実際、しばらく進むと建物の裏手に大型車両特有の深いタイヤ痕が見つかった。

 

「……本当にあるんですよねぇ」

「考えるだけ無駄だな」

「最近、私もそう思います」

 

 どういう仕組みなのか知りたい気持ちは残っているものの、本人に聞いても「なんとなく」以上の答えは返ってこない。だったら、そういうものだと受け入れる方が早かった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 痕跡を追っていくうちに、私達は長いこと使われていない工業区画へ入った。

 周囲には巨大な工場や倉庫が並んでいるものの、どの建物にも稼働している様子はなく、人通りもほとんどない。大型輸送車を隠して作業する場所として考えれば、かなり都合のいい環境だった。

 先行して偵察していたアスナ先輩が、建物の陰からこちらへ戻ってくる。

 

「いたよ」

 

 声はいつも通り明るかったが、指差した先を確認すると、こちらまで同じ気分ではいられなかった。

 大型倉庫の周囲には武装したヘルメット団がかなりの人数で配置され、出入口だけでなく建物上部にも見張りがいる。さらに敷地内には装甲車まで停まっており、そこらの不良集団という言葉で片付けるには装備が揃いすぎていた。

 

「……不良集団ですよね?」

「装備だけなら、小規模な軍事組織と大差ありませんね」

 

 双眼鏡を下ろしたアカネさんが答える。

 

「外部からの支援を受けていると考えた方が自然でしょう」

「正面から行くか」

 

 ネル先輩が言った。

 

「待ってください」

「まだ何も言ってねぇだろ」

「顔に書いてました」

「書いてねぇ」

 

 少なくとも私には見えた。

 人数が多い以上、わざわざ全員で正面から突っ込む必要はない。ネル先輩ならそれでも何とかしそうだが、私まで同じ方法へ付き合う理由はなかった。

 

「カリンさん、外から見える場所あります?」

「あの煙突上部なら、倉庫前までほぼ見渡せる」

「ではお願いします。危なそうな相手だけ抜いてもらえると助かります」

「分かった」

 

 カリンさんはすぐに移動を始めた。

 次にアカネさんを見る。

 

「東側の搬入口、警備薄そうでしたよね」

「ええ。私ならそこから入れますし、近くに電源設備もありますので、必要ならそちらも処理しておきますね」

「処理の意味は聞かないでおきます」

「その方がいいかもしれません」

 

 笑顔で返されると、余計に何をするつもりなのか気になる。

 

「アスナ先輩は?」

「中見てくる!」

「ちょっと待っ――」

 

 呼び止めるより早く、アスナ先輩は建物の陰へ消えていた。

 私は、さっきまで彼女が立っていた場所を見る。

 

「毎回こうなんです?」

「そうだな」

 

 ネル先輩はまったく気にしていない。

 

「大丈夫でしょうか」

「あいつなら大丈夫だ。それよりアタシらだ」

 

 そう言って、ネル先輩は倉庫正面へ視線を戻した。

 

「目を引くぞ」

「やっぱり正面じゃないですか」

「全員で突っ込むとは言ってねぇだろ」

「まあ、それなら」

 

 役割としては分かりやすい。

 ネル先輩が正面で敵の意識を引きつけ、私はその補助へ回る。その間にアカネさんとアスナ先輩が内部へ入り、カリンさんが外から危険な相手を狙撃するなら、人数差もそれほど問題にはならない。

 

『配置は確認したわ』

 

 通信越しにリオ会長の声が入る。

 

『試験機の位置はまだ確認できない。無理に制圧する必要はないから、まず所在を特定して』

「了解」

 

 ネル先輩が銃を構える。

 

「行くぞ、05」

「はいはい、00」

 

 番号で呼ばれることにも、いつの間にか随分慣れていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 最初の銃声は、私達のものではなかった。

 乾いた一発が遠くから響き、倉庫上部に立っていた見張りが、警報を鳴らすより先に崩れ落ちる。

 

『北側監視を排除した。進める』

「流石ですね」

 

 カリンさんへ返事をしながら、私はネル先輩の少し後ろを走った。

 敷地内へ入れば、さすがにすぐ気づかれる。

 

「敵襲!」

 

 複数の銃口が一斉にこちらを向く。

 ネル先輩は足を止めるどころか、そのまま距離を詰めていったので、私は少し後ろから射線を確認しながら追いかけた。

 

「本当に速いなぁ!」

 

 正面にいた相手へ二発撃ち込み、続けて右側からネル先輩の背後を狙おうとした一人へ照準を移す。

 

「右、来てます!」

「見えてる!」

 

 ネル先輩は振り返らずに答えたが、それでも避ける気配がまったくない。

 仕方なく、私が先に撃ち倒した。

 

「見えてるなら何とかしてくださいよ!」

「お前が撃つと思った!」

「信用の仕方がおかしいでしょう!」

 

 文句を言いながらも、こちらが処理することまで含めて前へ出ていたらしい。

 少し前なら、単純に無茶苦茶な人だと思っていた。今もその認識自体はそれほど変わっていないものの、ネル先輩が無計画に突っ込んでいるわけではなく、周囲の人間がどう動くかまで感覚的に把握していることは分かるようになってきた。

 

 左手の通路から増援が現れた瞬間、再び遠くで銃声が響いた。

 先頭にいた一人が倒れ、後ろの者達が狙撃手の位置を探そうとして足を止める。

 

『左側の進行が遅れた。今のうちに』

 

 カリンさんの声が入る。

 

「助かります!」

 

 その数秒を使って、ネル先輩と一気に倉庫前まで距離を詰めた。

 正面から撃ってくる相手は多いものの、どこから狙撃されるか分からないため、敵側も簡単には遮蔽物から離れられない。そのうえ、倉庫内部の照明まで突然一斉に落ちた。

 

「何だ!?」

 

 中から混乱した声が上がる。

 通信には、いつも通り落ち着いたアカネさんの声が入った。

 

『東側から侵入しました。照明系統だけ止めています』

「爆破してません?」

『必要ありませんでしたので』

「珍しいですね」

『ハヤテさん?』

「褒めてますよ」

 

 こちらは暗視装備を用意しているが、相手には十分な数がないらしい。照明が消えただけでも、内部の動きは明らかに鈍った。

 

「今だ、行くぞ!」

「はい!」

 

 ネル先輩と一緒に、そのまま倉庫内へ飛び込んだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 試験機は、探し回る必要もないほど目立つ場所に置かれていた。

 倉庫中央には、写真で見た巨大な構造物が大型輸送車から降ろされ、床へ仮固定されている。モニター越しでも相当な大きさだったが、実物を近くで見ると砲身だけでもこちらの感覚が狂うほど長く、その周囲を覆う冷却装置や電源設備まで含めれば、小さな建物に近い規模だった。

 

「ありましたね」

「ああ」

 

 見つけたこと自体は良かった。

 しかし、周囲を見れば喜んでいる場合ではないこともすぐ分かった。

 仮設電源が何台も並び、そこから伸びた太いケーブルが試験機へ接続されている。輸送中には外されていたはずの冷却管まで取り付けられており、単に盗んで隠しただけとは思えない。

 

「……これ、動かす準備してません?」

 

 ネル先輩も同じことに気づいたらしい。

 

『こちらでも確認している』

 

 リオ会長の声が通信へ入る。

 

『試験機への給電が始まっているわ』

「これ、専門知識なしでも起動できます?」

『いいえ。少なくとも、輸送車ごと持ち出しただけの人間が、その場で扱えるような機器ではない』

「だったら、誰かに教えてもらったってことですか」

『その可能性が高いわ』

 

 私達は倉庫奥の制御端末へ向かった。

 その近くにいたヘルメット団員が逃げようとしたものの、ネル先輩に追いつかれて服の襟を掴まれる。

 

「おい。誰に教わった」

「し、知らねぇよ!」

「知らねぇでこんなもん動かせるか!」

「端末に全部入ってたんだ! 俺らはその通りやっただけだ!」

 

 私はその端末を確認した。

 書かれている専門的な内容までは理解できないが、画面には画像付きの手順が上から順番に並んでいる。ケーブルの接続方法、冷却系の確認、起動時に入力する項目まで、専門知識がなくても指示通りに作業できるよう、かなり丁寧に作られていた。

 画面を下へ送っていくと、途中で見覚えのない項目が現れる。

 

「……出力制限解除」

『触らないで』

 

 リオ会長から即座に止められた。

 

「触りませんよ」

『端末内のデータをコピーして。内容はこちらで確認する』

「了解です」

 

 ちょうど合流したアカネさんも、私の横から画面を覗き込む。

 

「かなり丁寧な手順書ですね。専門知識がない方でも、書かれている通りに操作すれば最低限の起動までは可能でしょう」

「誰がこんなものを用意したんでしょうね」

「そこまでは、この端末だけでは分かりません」

 

 少なくとも、ヘルメット団が独力で作った資料には見えなかった。

 外部の支援者という言葉が、また頭に浮かぶ。

 その時、倉庫の奥から低い駆動音が響いた。

 振り向くと、巨大な砲身が固定具の上でゆっくりと向きを変え始めている。

 

「……まずくないです?」

『試験機への供給電力が上昇している』

 

 リオ会長の声は落ち着いたままだった。

 

『制御席にまだ人がいる。発射準備に入った可能性があるわ』

「ネル先輩!」

「ああ!」

 

 ネル先輩がすぐに制御席へ走り、私もその後を追った。

 遠くからカリンさんの銃声が響き、制御席付近にいた一人が倒れる。しかし、入力済みの命令までは消えないらしく、試験機の動作は止まらなかった。

 

「アカネさん、電源は?」

『主電源側へ向かっています』

 

 返事は短かったが、通信越しに走る音が混じっている。

 こちらも立ち止まっている場合ではない。

 砲身の向いている先には、使われていない工場区画がある。周囲に生徒はいないようなので、連中は試し撃ちでもするつもりなのだろう。

 何のために盗み、なぜ今撃つのかという疑問は残るものの、先に止めなければ意味がない。

 

『試験機から距離を取って』

 

 リオ会長の指示が入る。

 

『出力が規定値を超えている。制限が解除されているわ』

「もう間に合わない?」

『発射そのものを止めるのは難しい。射線から離れて』

 

 その声を聞いた直後、砲身の奥で青白い光が急激に強くなった。

 

「ネル先輩、離れます!」

「分かってる!」

 

 私はネル先輩とは別方向へ走りながら、可能な限り試験機から距離を取った。

 

 数秒後、倉庫内部が白い光で塗り潰された。

 閃光へ遅れて、空気そのものを巨大な板で叩きつけられたような衝撃が全身へぶつかり、私は咄嗟に床へ伏せた。轟音は広い倉庫の中で何度も反響し、耳鳴りが残ったせいで、しばらく周囲の音をまともに拾えない。

 

 頭を低くしたまま数秒待ってから、私はゆっくり顔を上げた。

 砲身の向いていた先では、遠くに立っていた巨大な建造物が途中から大きく抉れている。倒壊したというより、砲撃が通過した範囲だけがまとめて削り取られたような壊れ方で、少なくとも普段扱っている銃器とは比較する意味すらない威力だった。

 

「何です、あれ……」

 

 耳鳴りのせいで、自分の声さえ妙に遠く聞こえる。

 ネル先輩も珍しく何も言わず、崩れた建造物を見ていた。

 

『00、05。応答して』

 

 リオ会長の声が通信から聞こえ、ようやく意識が目の前へ戻る。

 

「聞こえてます」

『負傷は?』

「大丈夫です。ネル先輩もいます」

「アタシも問題ねぇ」

 

 ほんの一瞬だけ、通信の向こうが静かになった。

 

『……そう。なら試験機の無力化を継続して』

 

 返ってきた声はいつも通りだった。

 私は立ち上がり、もう一度試験機へ目を向ける。

 ヘルメット団の中には、今の一撃を見て逃げるどころか興奮している者までいた。

 

「すげぇ……!」

「もう一発だ!」

「これならミレニアムの奴らだって――」

 

 最後の言葉だけが耳に残った。

 単に盗んだ兵器の性能を試したかっただけなら、わざわざミレニアムを引き合いに出す必要はない。少なくとも、あの連中の中には、この試験機をこちらへ向けて使うことを具体的に考えている者がいるらしい。

 

「ネル先輩」

「分かってる」

 

 それ以上確認する必要はなかった。

 理由を聞くのは、まず止めてからでいい。

 

『03、主電源の状況は?』

 

 リオ会長が通信で確認する。

 

『到達しています。ただ、単純に切断するのは危険ですね』

 

 アカネさんの声は、状況に反していつも通り穏やかだった。

 

『内部にかなりの電力が残っています。ここで供給だけを断つと、残留電力がどの系統へ流れるか予測できません』

「爆破も駄目?」

『おすすめはできませんね』

 

 アカネさんが爆破を勧めないという事実だけで、危険度がよく分かる。

 

『まず制御系を確保して』

 

 リオ会長が続ける。

 

『試験機を安全に停止できる経路を探すわ。無理に壊さないで』

「了解です」

 

 私は返事をしながら倉庫の外へ目を向けた。

 ちょうど新しい車両が敷地内へ入ってきている。先頭には装甲車が二台あり、その後ろには複数のドローンと武装した生徒達が続いていた。

 

『増援だ』

 

 カリンさんも同じものを確認したらしい。

 

『西側から大型車両二、歩兵多数。今の位置から援護は続けられる』

「まだ増えるんですねぇ」

「なら、来た奴から片付けるぞ」

 

 ネル先輩は既に増援の方へ身体を向けている。

 

「元気ですね」

「お前もついてこい」

「はいはい」

 

 走り出そうとしたところで、背後から再び低い駆動音が響いた。

 先ほど撃ったばかりの試験機から聞こえる音だったので、嫌な予感がして振り返る。

 巨大な砲身が、ゆっくりと旋回していた。

 今度は誰もいない工場区画ではなく、倉庫内にいる私達の方へ向きを変えている。

 

「……え?」

『00、05。射線から離れて』

 

 リオ会長の指示は相変わらず淡々としていたが、その声が落ち着いているからこそ状況の悪さが伝わってくる。

 

『冷却は完了していない。それでも再給電が始まっている。再発射を強行するつもりね』

「それ、試験機の方が壊れません?」

『その可能性は高いわ。ただし、試験機だけが壊れる保証はない』

「なるほど」

 

 要するに、こちらとしては逃げるしかない。

 

「ネル先輩!」

「走れ!」

 

 言われる前から走っていた。

 砲身は遅いながらもこちらを追い、巨大な構造物とは思えない精度で向きを合わせようとしている。

 遠くでカリンさんの銃声が響いた。

 一発目が制御ユニットの一部を砕き、砲身が僅かに揺れる。

 

『まだ止まらない』

 

 カリンさんの声と同時に二発、三発と続き、火花が散るたびに照準は少しずつずれていったものの、発射準備そのものは止まらない。

 砲身内部に、先ほどと同じ青白い光が集まり始める。

 一度見た威力だからこそ、今度は何が起こるのかを想像できてしまった。

 

「ネル先輩、もうちょっと離れてくださいよ!」

「お前もこっち来んな!」

「同じ方向に逃げてるんですよ!」

 

 互いに叫びながら走り、目の前にあった大型機材の陰へ飛び込もうとした、その瞬間だった。

 再び放たれた光が、倉庫内の景色を真っ白に塗り潰した。

 

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