発射の瞬間、倉庫の中から色というものが消えた。
青白い閃光に視界を奪われた直後、背後から凄まじい衝撃が追いついてきて、身体が足元から浮き上がる。受け身を取る余裕もないまま床を何度か転がり、最後に瓦礫へ肩をぶつけてようやく止まった頃には、肺の中の空気をまとめて押し出されたせいで、しばらくまともに息を吸うことさえできなかった。
「っ……げほっ……」
耳鳴りが頭の奥まで響いていて、身体を起こそうとすると肩や背中まで痛んだ。それでも指先から順番に力を入れてみれば手足は問題なく動いたので、少なくとも自分が生きていることだけは確認できる。
そこでようやく、少し前まで隣を走っていた人の姿が見当たらないことに気づいた。
「ネル先輩!」
耳がまともに働いていないせいで、自分の声がどれほど大きかったのかも分からない。周囲を見回してもすぐには返事がなく、背中へ冷たい汗が流れたので、私はもう一度声を張り上げた。
「ネル先輩!」
「うるせぇ! 生きてる!」
少し離れた瓦礫の陰から怒鳴り声が返ってきた。
ネル先輩は崩れた資材へ手をつきながら身体を起こし、埃まみれになった服を乱暴に払っている。頬には細かな傷ができているものの、自分の足で立てているあたり、少なくとも深刻な怪我ではなさそうだった。
「良かったぁ……」
「何でお前が泣きそうなんだよ」
「そりゃ心配しますよ」
「だったら先に自分の心配しろ」
言われて肩へ目を向けると、制服の布地が少し裂け、その下に浅い擦り傷ができていた。血は滲んでいるものの量は多くなく、先ほどの砲撃が直撃しなかったことを考えれば、むしろこの程度で済んだことを喜ぶべきなのだと思う。
私達が走っていた場所の後方には、倉庫の壁を突き抜けて外まで続く巨大な穴が開いていた。最初の試射で見た破壊痕より距離は短いものの、砲撃が通過した部分だけが綺麗に抉り取られており、カリンさんの狙撃で照準が少しでもずれていなければ、私達もあの延長線上にいたことになる。
『00、05。状況を報告して』
耳元の通信機から、リオ会長の声が届いた。
いつもとほとんど変わらない口調だったので、こちらまで少し落ち着く。
「こちら05。生きてます。軽傷です」
「00も問題ねぇ」
返答したあと、通信の向こうにほんの短い間が生まれた。
『……そう。02の狙撃によって照準がずれている。直撃を避けられたのはそのためよ』
「カリンさんのおかげですね」
『聞こえている』
別回線からカリンさんの声が入る。
『礼は後でいい。それより、試験機はまだ止まっていない』
言われて振り返ると、巨大な砲身の周囲から白い煙が立ち上っていた。先ほどまでと比べれば旋回もかなり鈍くなり、いくつかの装置には火花も見えるが、それでも完全に沈黙したわけではない。
「二回も撃って、まだ動くんですね」
『冷却系と制御系の一部は損傷しているわ。ただし完全停止には至っていない』
リオ会長の説明を聞きながら、私は煙を上げる試験機を見る。
『現在の状態で再発射を強行した場合、試験機自体が破損する可能性が高い』
「じゃあ、もう一発撃たせれば勝手に壊れるんじゃないです?」
『内部の蓄電系統まで破損した場合、どの程度の被害が発生するか予測できないわ』
「駄目ですね」
「最初から撃たせるなって話だろ」
ネル先輩は足元に転がっていた自分の銃を拾い上げ、動作を確認してから肩へ担いだ。
私も身体の痛みを確かめながら立ち上がる。走れば多少響きそうだが、動けないほどではない。
『現在の冷却状態から推定して、次の発射まで約七分』
「七分か」
ネル先輩は試験機を見たまま口元を上げた。
「十分だな」
「その言い方、嫌な予感しかしませんけど」
「七分ありゃ潰せる」
「そういう意味ですよねぇ」
嫌な予感も何も、やること自体は最初から変わっていない。
次を撃たせる前に止める。
それだけだった。
◇
一度倉庫の外周まで下がり、全員の位置と敵の残数を確認することになった。
二回目の発射を見て逃げ出したヘルメット団員もいる一方で、試験機を守るために周辺へ集まってきた者もかなり残っている。西側から入ってきた装甲車も二台とも健在で、上空には複数のドローンまで飛んでいた。
数だけを見れば面倒な状況ではある。
ただ、こちらにも五人いる。
一人だけ現在地がよく分からないけれど。
『03は主電源側の確認を継続。02は外部から援護、00と05は試験機周辺の敵を減らして』
リオ会長から順番に指示が入る。
『01については位置情報が途切れている。ただし、通信そのものはまだ生きているわ』
「アスナ先輩、大丈夫ですかね」
「大丈夫だろ」
ネル先輩は考える様子もなく答えた。
「根拠あります?」
「あいつだから」
「最近、それで納得し始めてる自分が怖いです」
理屈としては何も説明されていない。それでも、アスナ先輩なら妙な場所へ入り込んだ末に、本人だけは何事もなかったような顔で戻ってくる気がするので、私も深く考えるのはやめた。
『西側の増援が前進している』
カリンさんから新しい情報が入る。
『装甲車二台、歩兵多数。こちらから装甲車の視界は潰せるが、完全停止までは難しい』
「十分です」
私は物陰から敵側を確認した。
先頭には装甲車、その後ろには歩兵が続き、さらに試験機周辺にも別の敵が残っている。以前の私なら、まず自分一人でどう処理するかを考えていたかもしれない。
けれど、今日はその必要がなかった。
「02、右側の装甲車。前面センサー狙えます?」
『二秒』
「了解です」
返答と同時に物陰から飛び出す。
装甲車の砲塔がこちらへ向きを変え始めたところで、遠くから乾いた銃声が響き、前面の光学機器が砕け散った。視界を失った車両は明らかに動きを鈍らせ、こちらを追っていた砲塔も途中で止まる。
『視界は潰した。車両そのものは動いている』
「十分です」
停止までカリンさんへ任せる必要はない。
周囲の遮蔽物を使って側面へ回り込み、装甲の薄い部分と駆動系を狙って数発ずつ撃ち込む。完全に破壊しなくても、動けなくなれば目的は果たせる。
一台目が止まった頃には、ネル先輩は既に歩兵の集団へ正面から入り込んでいた。
「遅れんな!」
返事を待つこともなく、目の前の相手を蹴り飛ばして次へ向かう。
「無茶言わないでくださいよ!」
私も距離を詰めながら、その背後へ回ろうとしていた一人を撃つ。
「ついてきてんじゃねぇか!」
「必死なんです!」
ネル先輩は振り返らない。
こちらが背後を処理することまで最初から分かっているらしく、正面だけを見て前へ進んでいく。
敵が左右へ分かれれば、ネル先輩が中央を押し崩し、私は横へ逃れた相手を止める。こちらだけでは処理しづらい位置へ敵が入れば、遠距離からカリンさんの一発が飛んできた。
言葉にすれば、それほど複雑な連携ではない。
それでも、以前より明らかに動きやすかった。相手がどう動くかだけでなく、隣にいる人が次に何をするのかまである程度分かるだけで、自分が考えなければならないことは随分減る。
誰がどこを担当するのか、いちいち言葉にして確認する必要もなくなっていた。
◇
敵の数が目に見えて減り始めた頃、倉庫内部から重い金属音が響いた。
嫌な音がしたと思って振り返ると、天井付近から巨大な隔壁がゆっくり降り始めている。
「ネル先輩!」
「見えてる!」
二人で倉庫内へ走ったものの、距離がある。
このままでは間に合わないと判断して、私は閉じかけた隙間へ滑り込もうと身体を低くした。
その直前、後ろから制服の襟を掴まれ、強引に引き戻される。
「無理すんな!」
「でも――」
言い終えるより先に隔壁が床へ落ち、重い音を立てて完全に閉じた。
あと一秒遅ければ挟まれていたと思うと、ネル先輩に止められたのは正解だった。
「……分断されましたね」
『お前はそっちか』
隔壁の向こうから、通信越しにネル先輩の声が聞こえる。
「はい。そっちは?」
『敵がいる』
「こっちもです」
前方には数人のヘルメット団が残り、後ろには先ほど完全停止まで持っていけなかった装甲車がいる。
自分一人で何とかしようと思えば、方法はいくつか浮かんだ。装甲車の死角へ入り、前の相手から武器を奪い、近くを走っている配管を利用すれば、時間は掛かっても処理できると思う。
そこまで考えたところで、私は通信機へ手を伸ばした。
「02、聞こえます?」
『聞こえている』
「私の後ろに装甲車一台。砲塔だけ止められます?」
『見えている。三秒』
「お願いします」
私は返答を聞き終えると、そのまま前方の敵へ走り出した。
三秒後、背後から銃声が響き、装甲車の砲塔付近で火花が散る。駆動部を正確に抜かれたらしく、こちらを追っていた砲身がその位置で停止した。
「助かります」
『そっちは任せる』
「はい」
これで背後を気にする必要がなくなった。
目の前にいる相手だけを処理しながら隔壁沿いを進み、今度はアカネさんへ通信を繋ぐ。
「03、今どこです?」
『主電源区画です』
「こちら側と繋がる通路あります?」
少しだけ返答まで間があった。
『通常通路ならありますが、途中の隔壁が閉じていますね』
「開けられます?」
『爆破なら』
「お願いします」
『承知しました』
迷いのない即答だった。
数秒後、倉庫の奥から鈍い爆発音が聞こえ、壁の一部が内側へ吹き飛ぶ。
「本当に開いた」
『最短距離です』
「前にも聞きましたね、それ」
私は新しくできた穴を通り、アカネさんがいる主電源区画へ移動した。
◇
「お疲れ様です、ハヤテさん」
「そちらも」
アカネさんは大型の主電源設備の前に立っていた。
壁一面に制御盤が並び、そこから伸びた配線が複数の系統へ分かれている。私は機械そのものに詳しいわけではないので、表示されている情報を見ても大半は理解できなかった。
「どうなってます?」
「主電源そのものは切断できます。ただし、現在は試験機内部に大量の電力が残っていますので、単純に供給だけを止める方法はおすすめできません」
「暴発します?」
「可能性があります」
爆破を好むアカネさんが慎重になる程度には危ないらしい。
「徐々に出力を落とすのは?」
「可能です。ただし、こちらから電源供給を調整するだけでは足りません。試験機側でも制御を受け付ける状態にしておく必要があります」
「向こうの端末も同時に触らないと駄目?」
「はい」
一人ではできない。
その事実を確認しても、不思議と困ることはなかった。
「ネル先輩に頼みます?」
「それが確実ですね」
私はすぐに通信を繋ぐ。
「00、試験機側の制御端末まで行けます?」
『今敵殴ってんだよ!』
返事の向こうから銃声と何かが壊れる音が聞こえた。
「駄目ですね」
「他の方は?」
「カリンさんは外から援護中ですし、アスナ先輩は相変わらず行方不明です」
言った直後、通信へ明るい声が割り込んできた。
『ハヤテちゃん?』
「うわっ!」
想定していなかったタイミングだったので、本気で驚いた。
「アスナ先輩、どこにいるんです!?」
『んー……多分、試験機の近く?』
「何で?」
『歩いてたら着いたよ』
私はアカネさんと顔を見合わせた。
理由を考えるのは諦めた方がいい。
「近くに制御端末あります?」
『あるよー』
「触れます?」
『うん』
「じゃあ、こっちから言ったところだけ操作してください。勝手に押さないでくださいね」
『はーい』
不安がないと言えば嘘になる。
それでも、今その場にいて操作できる人がアスナ先輩なのだから、頼る方が早かった。
アカネさんがこちら側の制御盤を操作し、試験機側との接続状態を確認する。
「繋がりました」
「アスナ先輩、一番上の項目を開いてください」
『これ?』
「多分それです」
『押すね』
「はい」
画面表示が切り替わる。
アカネさんがいくつかの数値を確認しながら、出力を少しずつ下げ始めた。
「いけそうです?」
「このままなら、安全に停止できると思います」
「良かった」
ここまで散々酷い目に遭ったので、最後くらい順調に終わってくれてもいい。
そう思った直後、制御室いっぱいに警報音が鳴り響いた。
表示が一斉に赤へ変わり、下がっていたはずの出力値が再び上昇し始める。
「……何です?」
「非常用電源が起動しました」
「敵側で?」
「恐らくは」
『非常用系統から試験機へ直接給電されている』
リオ会長の通信が入る。
『このままでは再発射に入るわ』
「止める方法は?」
『通常の制御では間に合わない。試験機側にある非常用制御を物理的に破壊して』
「アスナ先輩、聞こえました?」
『聞こえたよ! 何壊せばいい?』
私はアカネさんを見る。
アカネさんは画面を素早く確認したあと、試験機側の構造図を指した。
「中央の大型制御盤です」
「アスナ先輩、真ん中にある大きいやつ!」
『これかな?』
「多分!」
ほんの少し間があり、その直後、通信の向こうから金属が激しく壊れる音が響いた。
出力表示が一度大きく乱れる。
「止まった?」
「いえ」
アカネさんの表情が僅かに硬くなった。
「非常用制御系そのものは停止しました。ただ、発射に必要な電力は既に試験機内部へ蓄えられています」
あまり聞きたくない説明だった。
「つまり?」
「撃ちます」
「ですよね」
◇
倉庫中央へ戻る頃には、ネル先輩も隔壁の反対側からこちらへ合流していた。
どうやって抜けてきたのかは聞かなかった。たぶん、普通の通路を探すより力ずくで何とかしたのだと思う。
「どうなってる」
「止まりません」
「じゃあ壊すぞ」
『大きく破壊しないで』
リオ会長の制止がすぐに入る。
『内部の電力が不安定になっている。今大きく損傷させれば、その場で暴発する可能性があるわ』
「じゃあどうすんだ」
『砲身を安全な方向へ向ける』
全員が試験機を見た。
現在の砲身は、倉庫の外を越えてミレニアム側を向いている。
さすがにこのまま撃たせるわけにはいかない。
「手動で動かせます?」
『本来は電動制御よ。ただし、固定機構を解除すれば旋回自体は可能』
「人力で?」
『他に確実な方法がないわ』
「無茶言いますねぇ」
リオ会長の声はいつも通り落ち着いているものの、焦っていないわけではないのだと思う。焦りを声へ出したところで状況は良くならないから、必要な指示だけを選んでいる。
「03、固定機構いけます?」
『位置は確認しました』
アカネさんはすぐに砲身基部へ走った。
『この部分だけなら、周囲への影響を抑えて爆破できます』
「お願いします」
数秒後、砲身基部で爆発が起こり、固定機構の一部が吹き飛んだ。支えを失った巨大な砲身が僅かに沈み、ネル先輩が真っ先に側面へ駆け寄る。
「動くぞ!」
「はい!」
私も反対側から肩を押しつけた。
当然ながら重い。
最初から人間が押して方向を変えることなど想定されていない機械なので、二人で全力を掛けてもほとんど動かなかった。
「これ、無理じゃないです!?」
「いいから押せ!」
「押してます!」
足を踏ん張り、体重を全部預ける。
背後から敵が近づく足音が聞こえた直後、乾いた銃声が響き、一人分の足音が途切れた。
『周囲はこちらで抑える。二人はそのまま続けろ』
カリンさんだった。
「助かります!」
さらに一発が響き、別方向から近づいていた相手も止まる。
そこへアカネさんも合流し、三人で同じ方向へ力を掛けると、砲身がようやく僅かに動いた。
「いけます!」
「まだ全然足りねぇ!」
ネル先輩がさらに体重を掛ける。
『発射まで推定三十秒』
リオ会長の声が入った。
「三十秒ですか」
『ええ。固定機構が一部残っているから、完全に外したうえで、さらに上方向へ向ける必要がある』
「簡単に言ってくれますねぇ」
『急いで』
「はい」
会話を続けても時間は増えない。
三人で押し続けているところへ、横から足音が近づいた。
「アスナ先輩!」
「はーい!」
いつの間にかすぐ近くにいた。
「いつ来たんです?」
「今!」
「手伝ってください!」
「分かった!」
四人で力を掛けても、まだ重い。
よく見ると、砲身の旋回を支えている支持部の一つが完全には外れておらず、そこで引っかかっている。
「02、支持部見えます?」
『見えている』
「壊せます?」
『角度が悪い。少し待て』
カリンさんが狙撃位置を変えている間にも、砲身内部の光は少しずつ強くなっていく。
『残り二十秒』
「リオ会長、残り時間は随時教えてください」
『そのつもりよ』
時間が分かるなら、まだ動ける。
四人で押し続けると、砲身は少しずつ上を向き始めた。
その途中で銃声が響き、支持部に火花が散る。
一発では壊れない。
二発目で亀裂が入り、三発目が同じ場所を正確に貫いたところで、金属の支持部が大きく砕けた。
「うわっ!」
急に抵抗が軽くなり、全員が前へ倒れそうになる。
「今です!」
「押せ!」
ネル先輩の声に合わせ、もう一度力を込める。
砲身が大きく旋回し、ミレニアムの方向から外れた。
ただし、角度はまだ低く、このまま撃てば工業区画へ直撃する。
『残り十秒』
「上へ!」
「分かってる!」
さらに押す。
靴底が床を滑り、さっき砲撃で痛めた肩へ体重を掛けるたびに痛みが走った。それでも砲身は確実に上がっているので、止める理由はない。
「もう少しです!」
アカネさんも身体を押しつけ、アスナ先輩も珍しく何も喋らず力を込めている。
ネル先輩が最後に大きく踏み込み、全員の力が同じ方向へ重なった。
「離れろ!」
声と同時に、私達は砲身から飛び退いた。
直後、夜空が青白く染まった。
巨大な光の柱が斜め上へ伸び、雲の中へ突き刺さるように消えていく。少し遅れて耳を塞ぎたくなるほどの轟音が地上へ落ち、足元の床まで大きく揺れた。
今度は試験機の方が限界だったらしい。
砲身の基部から大量の火花が噴き出し、内部で小さな爆発が何度か続いたので、私は頭を庇いながら床へ伏せた。
やがて音が途切れ、私は慎重に顔を上げる。
「……終わりました?」
試験機は大量の煙を上げているものの、今度こそ砲身も装置も動いていなかった。
「多分な」
ネル先輩も立ち上がる。
アカネさんは少し近づいて端末を確認し、内部の状態を調べ始めた。
「制御系はかなり損傷しています。少なくとも、すぐに再発射できる状態ではありませんね」
「奪還というか」
私は煙を吐く試験機を見た。
「壊しましたね」
「しょうがねぇだろ」
「怒られますかね」
『聞こえているわ』
「…………」
通信機からリオ会長の声が返ってきた。
「不可抗力ですよ?」
『分かっているわ。試験機そのものより、人的被害を避ける方が優先よ』
「良かった」
『ただし、報告書には停止までの経緯を詳しく書いて』
「ネル先輩、お願いします」
「何で俺だ!」
「リーダーでしょう?」
「お前も当事者だろうが!」
隣でアスナ先輩が楽しそうに笑い、アカネさんも口元を緩めている。通信越しにはカリンさんのため息まで聞こえてきたので、ようやく本当に終わったらしいと実感できた。
◇
試験機が完全に停止すると、周囲に残っていたヘルメット団の大半は戦意を失った。
逃げ出す者もいたが、無理に追うことはしなかった。こちらの目的はあくまで試験機の奪還であり、周辺の工業区画も二度の砲撃と戦闘によってかなり酷い状態になっている。
「これ全部、私達がやったんです?」
倉庫の外へ出ながら尋ねると、ネル先輩が周囲を見回した。
「半分くらい試験機だろ」
「じゃあ半分は私達なんですね」
「細けぇな」
「報告書で必要になりますよ」
「お前、まだその話すんのか」
適当に返事をしながら、私は敵が残していった装備を確認した。
新品に近い銃器、高性能な通信機、複数種類のドローンに簡易装甲まである。改めて見ても、これだけの物を小規模な不良集団が自力で用意したとは考えづらい。
「ハヤテさん」
アカネさんに呼ばれて近づくと、手のひらほどの小さな部品を見せられた。
「こちら、覚えていますか?」
「……どこかで見ましたね」
しばらく形を眺めていると、以前二人で潜入した弾薬工場の設備が思い浮かんだ。
「前に潜入したところ?」
「はい。完全に同一の部品ではありませんが、接続方式や内部構造に共通点があります」
アカネさんは部品を裏返し、削られた箇所を示す。
「製造番号は消されていますので、この場で出所までは断定できません」
「偶然って可能性も?」
「否定はできませんね」
アカネさんは断定しない。
だからこそ、少し気になった。
私はそのままリオ会長へ報告する。
『回収して。他にも同系統の部品が存在しないか確認を』
「了解です」
周辺に残された装備を調べると、似た規格を持つ部品はいくつか見つかった。ただし、全てが同一メーカーの製品というわけではなく、複数の会社や規格の物が混在している。
「前の工場で見た部品と少し似てますね」
「規格に共通点はあります。ただ、この形式自体は複数の企業で使われていますので、同じ供給元とは断定できません」
「じゃあ、偶然の可能性もあると」
「はい」
『部品は回収して。今回は試験機の奪還を優先するわ』
「了解です」
『現時点では関与を断定できないわ』
リオ会長からすぐに返答がある。
『部品だけが別経路で流通した可能性もある。供給元が確認できるまでは、証拠品として保管して』
「はい」
予想通りの返事だった。
怪しいことと、関与が証明されることは別の話だ。
「また分からずじまいですねぇ」
『今回は試験機を奪還できた。それで十分よ』
私はもう一度、煙を上げる試験機を見た。
「これ、奪還って言っていいんです?」
『研究データの大半は残っている。修復可能かどうかは後で確認するわ』
「なら、まあいいですかね」
少なくとも、ミレニアムへ向けて撃ち込まれるよりはずっと良かった。
◇
数日後、C&Cの拠点には珍しく全員が揃っていた。
いつもの五人だけでなく、リオ会長まで直接来ている。
「今回の任務について、改めて礼を言うわ」
真正面からそんなことを言われると少し落ち着かない。
私はいつものように二秒ほど顔を見たところで、表情が緩む前に視線を少し横へずらした。
「試験機は大きく損傷したけれど、研究データの大半は回収できた。周辺への被害も想定していた範囲内で、人的被害も出ていない。奪還任務としては成功よ」
「ほら、成功だってよ」
ネル先輩がこちらを見る。
「私、失敗なんて言ってませんよ」
「報告書でずっと『試験機損傷』って書いてただろ」
「事実なので」
「細けぇんだよ」
その横でアスナ先輩が勢いよく手を上げた。
「会長、ご褒美ある?」
リオ会長は少しだけそちらを見る。
「何が欲しいの?」
「何か美味しいもの!」
「考えておくわ」
「やったー!」
アスナ先輩は素直に喜び、ネル先輩は呆れた顔をしているものの、わざわざ止める気はないらしい。
「今回、五人でまとまって動けたのは良かったですね」
アカネさんが穏やかに口を開く。
「役割分担も、以前よりかなり自然になっていたと思います」
「改善点はまだある」
カリンさんは既に反省会へ入る気らしい。
「特に通信だ。途中で分断された時、誰がどこまで状況を把握しているのか曖昧になった」
「流石カリンさん」
「何がだ?」
「終わって数日経っても、まだそんな真面目に反省会できるのすごいなって」
「必要だろう」
「私は今日は寝たいです」
「お前も少しは見習え」
「私も十分真面目ですよ?」
ネル先輩が鼻で笑った。
酷い。
「ハヤテ」
リオ会長から呼ばれ、私は姿勢を少し正した。
「はい?」
「今回、あなたが全体の穴を埋めていた場面が多かったわ」
「穴?」
「00が前へ出た時の後方処理、02への狙撃対象の指定、03との制御系確認、それから01との連携。どれも状況を見ながら、自分で必要な役割を選んでいた」
「いやいや、必要だったのでやっただけですよ」
「それを言ってんだよ」
ネル先輩が横から割り込んできた。
「何です?」
「もういい」
「何で諦めるんです?」
何を言いたかったのか分からない。
リオ会長もそれ以上説明はしなかったものの、いつもより少しだけ目元が柔らかくなったように見えた。
多分、気のせいだと思う。
◇
その後、どういう流れだったのかはよく分からないが、五人で記念写真を撮ることになった。
「せっかくだし、五人で撮ろうよ!」
言い出したのは、当然アスナ先輩だった。
「何がせっかくなんだよ」
「五人で初めて大きい仕事したじゃん!」
「まあ、悪くないですね」
アカネさんも乗り気らしく、カリンさんも少し恥ずかしそうな顔をしながら断らなかった。ネル先輩だけは最後まで文句を言っていたものの、結局は他の全員と一緒に並んでいる。
私は端で十分だと思っていた。
「ハヤテちゃん、もっとこっち!」
「いやいや、私は端で」
「こっちこっち!」
アスナ先輩に腕を引かれ、結局アカネさんとカリンさんの間へ押し込まれる。
その向こうにはネル先輩とアスナ先輩が並び、五人が画面に入る位置へ端末を置いてタイマーを設定した。
「撮るよー!」
数秒後、短い電子音とともに撮影が終わる。
画面には五人が並んだ写真が表示された。
ネル先輩は少し不機嫌そうで、アスナ先輩は満面の笑顔を浮かべている。アカネさんはいつも通り落ち着いた表情で、カリンさんは少しだけ硬い。
自分はというと、まあ普通だった。
その写真を眺めているうちに、入学してから今までのことが自然と思い浮かんだ。
入学初日にリオ会長へ声を掛けられ、C&Cへ入り、ネル先輩とアスナ先輩に出会った。その後は廃墟へ行き、アカネさんが加わり、さらにカリンさんも来て、いつの間にか今の五人になっていた。
高校へ入る前の私は、もっと普通の友達が欲しいと思っていた。
放課後に一緒に遊びに行ったり、授業の分からないところを教え合ったり、特に意味のない話をして時間を潰したりするような相手である。
実際にできたのは、怖いけれど頼りになる先輩と、大型犬みたいな先輩と、爆破が好きな同期と、真面目すぎる同期だった。
自分の想像していた「普通」に当てはまるかと聞かれれば、かなり怪しい。
それでも、写真の中では全員が同じ場所に並んでいた。
だったら、これはこれで悪くないと思う。
「…………」
そこで、端末の横に表示されていたC&Cの登録情報が目に入った。
00、01、02、03と続いたあと、最後が05になっている。
「……やっぱり気になるなぁ」
「今度は何だ」
ネル先輩がこちらを見る。
「04ですよ」
「まだ言ってんのかよ!」
「だって一個だけ飛んでるじゃないですか」
「お前が縁起悪いって言って飛ばしたんだろうが!」
「そうなんですけど、並べると気になるんですよ!」
カリンさんも端末を覗き込む。
「確かに、見栄えは悪いな」
「カリンまで乗るな!」
「いや、でも気になりません?」
アカネさんも登録情報を見ながら少し考え込んだ。
「番号だけを見ると、欠員がいるようにも見えますね」
「ほら!」
「お前らなぁ!」
ネル先輩の声が拠点へ響き、その横ではアスナ先輩が楽しそうに笑っている。
私はもう一度、五人で写った写真へ目を落とした。
入学前に思い描いていた高校生活とは、かなり違う。
それでも、この五人で過ごす今の生活を嫌だとは思わないし、むしろこういう形なら結構いいと思える。
私はそのまま、写真を保存した。