大小路ハヤテコーディネート対決
任務が終わった後というのは、大抵疲れている。
装備を片付け、報告を済ませ、メイド服から普段着へ着替える頃には、寮へ戻って適当に何か食べて、そのまま寝てしまいたいと思うことが多い。今日も例外ではなく、任務が予定より早く終わったとはいえ、私はこのまま拠点を出たら真っ直ぐ帰るつもりでいた。
「ハヤテさん、この後お時間ありますか?」
「ありますけど」
C&Cの拠点で装備を整理していると、隣で同じように片付けをしていたアカネさんから声を掛けられた。
今日の任務は、ミレニアム周辺で行われていた小規模な武器取引の摘発だった。相手もこちらと本格的に戦うつもりはなかったらしく、大した交戦にはならず、予定していた時刻よりかなり早く帰ってこられている。疲れてはいるものの、これから何かするだけの時間は十分に残っていた。
「では、三人で買い物に行きませんか?」
「三人?」
「私と、カリンさんと、ハヤテさんです」
少し離れた場所にいたカリンさんを見ると、既に話は通っているらしくこちらへ頷いた。
「春休みに入ってから、まともに買い物へ行っていないからな。アカネから誘われた」
「なるほど」
任務でも訓練でもなく、同級生三人で普通に買い物へ行く。
その組み合わせ自体は別に不自然ではないはずなのに、そういう誘いを受けることに未だ慣れていないせいで、一瞬だけ自分まで人数に入っているのか確認したくなった。
「……私も?」
「もちろんです」
アカネさんは、どうしてそんなことを聞くのか分からないという顔をしている。
「嫌でしたか?」
「いやいや、全然。行きますよ」
「では、一度着替えてから集合しましょうか。このままですと少々目立ちますので」
言われて自分の姿を確認する。
私がメイド服を着ていて、隣にはカリンさん、少し向こうにはアカネさんまで同じ格好で立っている。この三人でそのままショッピングモールを歩けば、目立つ以前に休日の買い物ではなく任務中だと思われるだろう。
「そうですね。何時にします?」
「三十分後でどうでしょう」
「了解です」
待ち合わせ場所をショッピングモール前の広場に決め、私達は一度それぞれの着替えへ向かった。
◇
三十分後、私は指定された広場へ向かった。
春休みに入ったショッピングモール周辺はかなり混雑しており、カフェのテラス席はほとんど埋まり、通りには大きな買い物袋を提げた生徒達が行き交っている。普段は任務でこういう場所へ来ることの方が多いので、何も警戒せず人混みを歩くのは少し変な感じがした。
待ち合わせ場所へ近づくと、アカネさんとカリンさんはすぐに見つかった。
「お待たせしました」
「いえ。私達も今来たところです」
アカネさんは、普段の柔らかな雰囲気によく合った外出着を選んでいた。淡い色のブラウスに落ち着いた色合いのロングスカートを合わせ、その上から薄手のカーディガンを羽織っている。派手な格好ではないのに、全体がきちんとまとまっていて本人によく似合っていた。
その隣にいるカリンさんは対照的で、細身のパンツにシンプルなトップスを合わせ、丈の短いジャケットを羽織っている。動きやすそうではあるものの、任務中の格好とは違って、こちらもきちんと外出用に整えていることが分かる。
「お二人ともちゃんとしてますね」
「ちゃんと?」
カリンさんが首を傾げた。
「外出する格好というか」
「ハヤテも外出する格好だろう?」
「まあ、そうですけど」
二人の視線が揃って私へ向いた。
私は大きめのパーカーの下に適当なTシャツを着て、ゆったりしたスウェットパンツとスニーカーを合わせている。動きやすく、締め付けもなく、長時間着ていても疲れないという非常に優秀な組み合わせだと思っていた。
ところが、二人は数秒間こちらを見たまま何も言わなかった。
「……ハヤテさん」
「はい?」
「それで来たのですか?」
アカネさんの笑顔は普段と変わらないはずなのに、何故か少し怖い。
「はい」
「今日はお休みですよね?」
「そうですね」
「近所へゴミを出しに来たわけではありませんよね?」
「ショッピングモールに来ましたね」
カリンさんまで私を上から下まで確認する。
「その格好は……寝間着ではないのか?」
「違いますよ!」
「そうなのか?」
「外でも着られます!」
「外でも、という言い方がもう怪しいぞ」
酷い言われようだった。
改めて自分の格好を確認してみても、そこまで問題があるようには見えない。
「楽なんですよ。動きやすいですし」
「動きやすさだけなら任務服でもいいだろう」
「休日に装備着けたくないですよ」
「そういう意味ではない」
二人とも、どうしても納得してくれないらしい。
アカネさんは少し考えたあと、何かを決めたように私の手を取った。
「予定を変更しましょうか」
「何にです?」
「ハヤテさんのお洋服を選びます」
「……はい?」
「賛成だ」
カリンさんまで迷いなく同意した。
「待ってください。今日は普通に三人で買い物する話では?」
「普通に買い物ですよ」
「私の服を買うって話ではなかったでしょう」
「今そうなりました」
柔らかい口調で当然のように言われると、妙に反論しづらい。
「いやいや、別に服には困ってませんよ」
「困っているかどうかと、必要かどうかは別です」
「アカネさん、今日ちょっと強くないです?」
「そうでしょうか?」
相変わらず笑顔で返される。
この時点で、私に拒否権がどこまで残っているのか怪しくなってきた。
「とりあえず店を見るだけだ」
カリンさんもこちらへ寄ってくる。
「気に入らなければ買わなければいい」
「まあ、それなら」
見るだけなら問題ない。
私はその程度の軽い気持ちで二人についていった。
後から考えると、この段階で「見るだけ」という言葉を信用したのが間違いだった。
◇
「これがいいと思う」
最初に服を選んだのはカリンさんだった。
黒系のショートジャケットに白いTシャツを合わせ、下は細身すぎないカーゴパンツ、足元はスニーカーという組み合わせで、全体としてかなり私の普段着に近い。
「おお」
「どうだ?」
「普通に好きですね、これ」
今着ている服を少し外向けに整えたような雰囲気で、無理なく普段使いできそうだった。
「ハヤテは大きい服が好きなんだろう?」
「そうですね。身体の線も出にくいですし、楽なので」
「なら、完全に好みから外す必要はないと思った」
「カリンさん分かってますねぇ」
試着して鏡の前に立つと、確かに普段の私から大きく外れてはいないのに、適当なパーカーを着ている時よりずっとちゃんとして見える。
「これなら買います」
「早いな」
「普通に使えそうなので」
幸先は悪くない。
この程度なら、二人に付き合って服を見て回るのも大したことではないと思った。
「では次は私ですね」
背後から聞こえたアカネさんの声に振り返り、その手にある服を見たところで、考えを少し改めることになった。
「…………」
淡い色のブラウスにロングスカート、その上へ合わせるカーディガンまで一式揃っている。
「アカネさん」
「はい?」
「方向性が違いません?」
「カリンさんと同じものを選んでも面白くありませんので」
「面白さ必要です?」
「もちろん、似合うものを選んでいますよ」
普段の私なら、店で見かけても自分用として手を伸ばすことはない種類の服だった。
「これ私が着るんです?」
「はい」
「似合わないでしょう」
「では確かめましょう」
「いやいや、そこまでしなくても」
「試着室はこちらですよ」
穏やかな笑顔のまま背中を押され、そのまま試着室へ入れられた。
◇
「…………誰です、これ」
鏡の中に、見慣れない人が立っていた。
もちろん顔も髪も自分のものなのだけれど、服装が変わっただけで全体の印象まで随分違って見える。
「とてもお似合いですよ」
アカネさんは満足そうだった。
「ハヤテは背が高いから、こういう服も合うんだな」
カリンさんまで普通に褒めてくる。
「いやいや、私にはちょっと上品すぎません?」
「そんなことはないぞ」
「普段着としても問題ありませんよ」
「どこに着ていくんです、これ」
「お出かけに」
「今日みたいな?」
「はい」
理屈自体は通っている。
問題は、着ている本人が落ち着かないことだった。
普段は大きめの服で隠れている身体の線が多少分かるせいなのか、鏡を見るたびに自分ではないような違和感がある。
「やっぱり大きい服の方が安心しますねぇ」
「ハヤテさんは少し隠しすぎなのでは?」
「何をです?」
「色々と」
「色々って何です?」
アカネさんは楽しそうに笑うだけで答えなかった。
「でも、買うんだろう?」
カリンさんが確認する。
「まあ……せっかく選んでもらったので」
「買うのか」
今度はカリンさんの方が少し驚いている。
「似合わないわけではないんでしょう?」
「それはそうだが」
「じゃあ買います」
実際に着る頻度については、後から考えればいい。
C&Cの仕事をするようになってから、一つだけ変わったことがある。任務や訓練が多い上に装備の大半は支給品で、寮生活なら日常的な出費もそれほど多くない。その結果、使う暇のない任務手当が口座に残り続けているので、服を数着買った程度では困らなかった。
「ハヤテ?」
聞き覚えのある声が店の入口から聞こえた。
「おや」
振り向くと、そこにはユウカさんとノアさんが立っていた。
「何してるの?」
「服買ってます」
「それは見れば分かるけど……」
ユウカさんは私の格好へ視線を向け、少しだけ目を見開いた。
「へぇ」
「何です?」
「いや。こういうのも着るんだなって」
「今初めて着ました」
「でしょうね」
「分かるんです?」
「普段見てれば」
そんなに普段の私服は分かりやすいのだろうか。
ノアさんは隣で楽しそうにこちらを眺めている。
「とてもお似合いですよ、ハヤテさん」
「ありがとうございます」
「ちょうど良かったです」
アカネさんが何か思いついたように、二人へ向き直った。
「お二人も一着ずつ選びませんか?」
「ちょっと待ってください」
「いいの?」
ユウカさんが乗った。
「もちろんです」
「いやいや」
「面白そうですね」
今度はノアさんまで乗った。
「ノアさん?」
「せっかくですから」
味方が増えるどころか、着せる側が四人になった。
◇
ユウカさんが選んだ服は、比較的私にも馴染みやすいものだった。
「この辺なら普段でも使えるでしょう?」
ハイネックのトップスへ軽めのジャケットを重ね、下はセンタープレスのパンツでまとめられている。色も落ち着いていて、多少きちんとしているものの動きづらそうではない。
「ユウカさん、好きです」
「急に何よ」
「まともなの選んでくれて」
「失礼ね。みんなまともでしょ」
「アカネさんのも普通ですよ」
「なら何が不満なのよ」
「私が慣れてないだけですね」
試着して鏡を見ると、何となく仕事のできそうな人に見えた。
「なんかセミナーにいそうですね」
「どういう意味?」
「真面目そう」
「普段のあんたも、もう少しそう見える格好しなさいよ」
「中身は真面目ですよ」
ユウカさんは何か言いたそうな顔をしたものの、最終的にはため息だけで済ませた。
「せっかく素材は悪くないんだから、もう少しちゃんとした服着ればいいのに」
「素材?」
「身長もあるし、スタイルだって――」
そこまで言ったところで、ユウカさんが急に口を閉じた。
「何です?」
「何でもない!」
「何で怒るんです?」
「怒ってない!」
理由はよく分からないものの、この服自体はかなり使いやすそうなので購入することにした。
「では、最後は私ですね」
ノアさんが笑う。
「嫌な予感するなぁ」
「失礼ですね」
「その笑顔、ヒマリ先輩が何か企んでる時と同じ系統なんですよ」
「それは少し心外ですね」
そう言いながらノアさんが持ってきた服を見て、私は黙った。
黒を基調にした服へ白いフリルとレースが入り、リボンの付いたスカートに小さなヘッドドレスまで用意されている。
「ノアさん」
「はい?」
「これ絶対面白がってますよね」
「まさか」
「目見て言ってください」
「きっとお似合いですよ」
「否定してくださいよ」
ユウカさんが横で吹き出した。
「ちょっとノア、それは流石に――」
「ユウカちゃんも見てみたいでしょう?」
「…………少し」
「ユウカさん?」
「だって普段絶対着ないでしょ!」
「だから着ないんですよ!」
「試着だけですから」
「アカネさんまで!」
四対一である。
多数決という制度は、こういう時に限って容赦がない。
私は一式を抱えさせられ、そのまま試着室へ押し込まれた。
◇
鏡に映った自分を見て、しばらく何も言えなかった。
黒髪に黒い服、そこへ白いフリルとレースが重なり、普段の自分からはかなり離れた格好になっている。
問題は、想像していたほど酷くないことだった。
むしろ、それなりにまとまって見えるのが一番困る。
「ハヤテさん、出てきてください」
「嫌です」
「まだ見ていませんよ?」
「見せたくないです」
「ハヤテ、諦めろ」
「カリンさんまで敵なんです?」
「もうここまで来たんだ。見せた方が早い」
逃げても終わらないらしいので、仕方なくカーテンを開けた。
四人が揃って黙る。
「何です?」
最初に口を開いたのはユウカさんだった。
「……悔しいけど、似合ってる」
「何が悔しいんです?」
「何となくよ」
「ハヤテさん、やはりよくお似合いですね」
ノアさんは非常に満足そうだ。
「思ったより自然ですね」
アカネさんまで同意する。
最後にカリンさんを見ると、こちらも真面目な顔で頷いた。
「似合っていると思う」
「真顔で言わないでください」
「何故だ?」
「何となく恥ずかしいので」
もう一度鏡を見ても印象は悪くなく、むしろ思った以上に似合っていることが、余計に扱いを難しくしていた。
「これも買うの?」
ユウカさんが聞いた。
私は値札を確認した。
別に払えない額ではないし、皆がわざわざ選んでくれた服の中で、これだけ買わないのも何となく気になった。
「買います」
「買うんだ!?」
「せっかくですし」
「着るの?」
「それはまた別問題です」
「何で買うのよ!」
「記念?」
「服を記念品にしないで!」
結局、ここまで選んでもらった一式は全部買うことになった。
しかも、それで終わらなかった。
「最後に、皆で一着選びましょうか」
「もう十分あるでしょう」
「これは皆で選ぶ分です」
「そういう制度いつできたんです?」
「今ですね」
反論するだけ無駄だった。
ただし、最後に四人で相談して選ばれた服は、かなり私の好みに近かった。
少し大きめのブルゾンへすっきりしたインナーを合わせ、下はゆったりしたパンツ、足元はブーツという組み合わせで、普段着ているものをそのまま外出向けに整えたような印象だった。
実際に着てみる。
「おお」
これは普通に好きだった。
「これ、いいですね」
「でしょう?」
ユウカさんが少し得意そうな顔をする。
「ハヤテさんらしさも残っていますね」
「動きやすそうだ」
「よくお似合いですよ」
全員からも好評だった。
「じゃあ、これも」
「全部買うんですか?」
ここまで付き合わせた張本人の一人であるアカネさんが、今さら驚いている。
「選んでもらったので」
「結構な量だぞ」
「お金余ってますし」
「C&C、そんなに給料良いの?」
ユウカさんがすぐに反応した。
「任務手当とか結構ありますよ。使う暇ないので残ってるだけですけど」
「……今度、予算見直そうかしら」
「やめてください」
余計なことを言った。
◇
着せ替え大会からようやく解放された頃には、任務後とは別の意味でかなり疲れていた。
「ハヤテさん、大丈夫ですか?」
「少し休みたいですね」
「まだ何もしてないじゃない」
ユウカさんが不思議そうに言う。
「ユウカさん、試着五回やってから言ってください」
「そんなに疲れる?」
「疲れますよ」
大量の買い物袋を抱えたまま、私達五人はフードエリアへ移動した。
それぞれ適当に料理を頼み、ようやく空いている席を確保して座ると、身体から力が抜けた。
「生き返りますねぇ」
「大げさだな」
カリンさんは平然としている。
「カリンさんは一着選んだだけでしょう」
「試着したのはハヤテだからな」
「そうですよ」
「でも楽しかったでしょう?」
アカネさんに聞かれ、私は少し考えた。
「まあ、それは」
否定するほどではない。
普段なら自分から選ばない服を着てみること自体は、思っていたより面白かった。少なくとも、鏡で見るだけなら。
「また行きましょうね」
「しばらくはいいです」
「そうですか?」
「次は皆さんが着せ替え人形になるなら」
アカネさんは少し考えたあと、普通に頷いた。
「それも楽しそうですね」
この人に提案するべきではなかった。
◇
食事を終えた後は、そのまま帰るつもりだったのだが、途中でゲームセンターへ寄ることになった。
原因は、店内で見覚えのある後ろ姿を見つけたことだった。
「……何してるんです?」
「見りゃ分かんだろ。ゲームだよ」
ネル先輩が、一人で対戦ゲームの筐体に座っている。
「一人で?」
「悪いかよ」
「いやいや」
そういえば、ネル先輩はかなりゲームが好きだった。
「ハヤテもやるか?」
「いいですよ」
私は抱えていた買い物袋をカリンさんへ差し出した。
「頼みます」
「私が持つのか?」
「今だけです」
「仕方ないな」
ネル先輩の隣へ座り、対戦を始めた。
そして負けた。
「強っ」
「まだまだだな」
「もう一回」
「来いよ」
二戦目は少し粘れたものの、結果は同じだった。
「くっそ」
「口悪くなってんぞ」
「失礼」
少し昔の癖が出た。
そこから何戦か続けるうちに、少しずつ勝てる場面も増えてきた。ネル先輩相手だと遠慮する必要がなく、こちらが何をしても普通に返してくるので、かなり楽しい。
その途中、少し離れた対戦台に一人で座っている小柄な生徒が目に入った。
黙々とプレイしていて、画面の動きを見るだけでもかなり上手いことが分かる。
「ネル先輩」
「何だ?」
「あの子、強くないです?」
「ああ?」
ネル先輩もそちらを見る。
「やってみるか?」
「誰が?」
「お前」
「何で私」
「見つけたのお前だろ」
「理不尽ですねぇ」
とはいえ、少し気になったので空いている対戦席へ移動した。
接続し、対戦を始める。
数分後には、かなり一方的に負けていた。
「…………」
もう一度挑む。
今度は少しだけ長く戦えたものの、やはり負けた。
さらにもう一度やっても、結果は同じだった。
「……この子強くないです?」
「だから言っただろ」
「先輩もやってくださいよ」
「いいぜ」
ネル先輩と交代する。
しばらくして、ネル先輩の画面にも敗北表示が出た。
「あ」
「ネル先輩も負けてるじゃないですか」
「うるせぇ。もう一回だ」
ネル先輩の顔つきが変わった。
これは長くなる。
相手の小柄な生徒は一度だけこちらを見たものの、かなり人見知りらしく、すぐに視線を画面へ戻した。
「すみません、何回も」
「……い、いえ」
声もかなり小さい。
「めちゃくちゃ強いですね」
「……ありがとうございます」
「名前聞いても?」
少し間があってから、ようやく返事があった。
「……花岡、ユズです」
「ユズさん。大小路ハヤテです」
隣からネル先輩も名乗る。
「美甘ネル」
「……っ」
ユズさんの肩が少し跳ねた。
どうやらネル先輩のことは知っているらしい。
「もう一回頼む」
「……はい」
そこからしばらく、ネル先輩とユズさんの対戦が続いた。
私は横から見ていたものの、途中から何をどう読み合っているのか分からない領域へ入っていった。
「カリンさん」
「何だ?」
「ゲームってここまで真剣にやるものなんです?」
「私に聞くな」
「ですよね」
アカネさんは楽しそうに観戦し、ユウカさんは少し呆れた顔をしている。ノアさんはいつも通り穏やかに笑っていた。
気づけば、かなり長い時間が経っていた。
◇
ショッピングモールを出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。
「今日は疲れましたねぇ」
「楽しんでたじゃない」
ユウカさんが言う。
「楽しいのと疲れるのは両立しますよ」
「それはそうね」
両手の買い物袋へ目を落とす。
朝の時点では服を一着買う予定すらなかったのに、今では両手が塞がるほど増えていた。
「買いすぎた気がします」
「今さらだな」
カリンさんに言われる。
「まあ、使えばいいでしょう」
「ちゃんと着てくださいね」
アカネさんから念を押された。
「善処します」
「そこは『はい』でしょう」
ユウカさんから、どこかで聞いたような注意が飛んでくる。
「はいはい」
帰り道の途中で、アカネさん達とはそれぞれ別れた。
ネル先輩はまだゲームセンターに残っていて、ユズさんも一緒らしい。あの二人がいつまで対戦を続けるのかは、もう考えないことにした。
私は大量の買い物袋を抱えながら、寮へ向かう。
任務が終わったあとに同級生と服を見て、偶然会った友人達まで加わり、一緒に食事をして、そのままゲームセンターへ寄った。特別な予定を立てていたわけでもないのに、気づけば一日が終わっている。
高校へ入る前に想像していた生活も、たぶんこういうものだった。
実際に経験してみると、思っていたほど劇的でも特別でもない。何か大きな出来事があって突然手に入るのではなく、気づかないうちに誰かと出掛けることが普通になり、その延長で一日を一緒に過ごす。
そのくらい自然な方が、私にはちょうどいいのかもしれない。
◇
数日後、自室でクローゼットを整理していた私は、先日の買い物で増えた服を順番に確認していた。
カリンさんが選んだ服は既に何度か普段着として使っている。ユウカさんの服も着回しやすく、皆で最後に選んだ組み合わせに至っては、自分で選んだと言っても違和感がない程度に気に入っていた。
アカネさんが選んだ服も、機会があれば着てもいいと思う。
問題は、一番端に掛かっている一着だった。
黒を基調にした服へ白いフリルとレースが重なり、リボンとヘッドドレスまで綺麗に揃っている。
「…………」
しばらく眺めてから、一応これを着て出掛ける場面を想像してみた。
何も浮かばなかった。
「……ゴスロリは着ないな」
誰もいない部屋で小さく結論を出し、私はそのままクローゼットの扉をそっと閉じた。