無能力なのに国唯一の異能学園に入った俺。周りの反応が、なんかおかしい 作:都頃天
死んだ。それは覚えている。何で死んだのかはもう思い出せないが、痛みも恐怖もなかった気がするから、きっと平和な最期だったのだろう。
で、気づいたら異世界にいた。
真っ白な部屋でもなく、女神の前でもなく、目が覚めたら普通に赤ん坊としてこの世界に生まれ落ちていた――と、物心ついてから前世の記憶がなだれ込んできて、俺はようやく自分の状況を理解した。
「――キター!!!」
理解した瞬間に叫んだのがこれだった。前世で浴びるように摂取したラノベ・漫画・アニメの知識が、脳内でフル回転する。異世界転生、異能バトル、学園もの。ここがそういう世界だと悟った瞬間、俺のテンションは天元突破していた。
物心つく中で、この世界の成り立ちも自然と頭に入ってきた。
曰く――今から遡ること約百年前、ある夜、世界中の空が一斉に光に包まれたという。後に「降臨(こうりん)」と呼ばれるその現象を境に、人類のほぼ全てが生まれながらにして神から力を授かるようになった。それが「祝福(ギフト)」だ。
祝福の種類は人の数だけあると言われている。
炎を操る者、傷を癒す者、未来の欠片を覗く者、重力を歪める者。何が与えられるかは本人の資質や願望、あるいは魂の形によって決まるとされ、完全に解明されているわけではない。ただ一つ確かなのは、この力を持つかどうかが、そのまま社会的な立場に直結するということだった。
そして、ごく稀に――全人口の数パーセント程度――祝福を持たずに生まれてくる人間がいる。「無能力(ギフトレス)」と呼ばれる存在だ。差別はある。進学で不利になる。陰口も叩かれる。ただ、殴られたり石を投げられたりするほど酷いものではない。ぬるく、じわじわとした、日常に溶け込んだ差別。
きっと俺はチート能力持ちだ。テンプレならそう決まっている。「無自覚最強」「規格外の力を持て余す系主人公」――胸が高鳴った。
十五年後。
適性検査場の白い壁に、蛍光灯の光がやけに冷たく反射していた。順番待ちの列に並ぶ他の受験生たちは、緊張と期待の入り混じった顔で自分の番を待っている。俺もその一人として、内心ガッツポーズをしながら検査官の前に座った。
「一色くん、君のギフト適性は――ゼロです」
担当官は書類から顔も上げずにそう告げた。窓の外では、何も知らない雲がのんびりと流れていた。
「え、いやいや、なんかの間違いじゃ」
「間違いではありません。稀にいらっしゃいます、無能力の方」
「無自覚最強とかじゃなくて!?」
「無自覚無能力です」
その日、俺は異世界という夢の舞台で、一番テンプレから遠い立場を手に入れた。膝から崩れ落ちた俺を、担当官は特に慰めもせず「では次の方」と流した。世界は非情だった。
ちなみにこの適性検査、なぜ十五歳という中途半端なタイミングで行われるのかというと、この世界の祝福は生まれつき備わっているものの、実際に発現するのが十五歳前後だからだ。子供の頃はただの人間と変わらず育ち、ある日を境にふと力に目覚める――なので、この検査はいわば「発現待ち」の答え合わせのようなものだった。俺の場合、答え合わせの結果が「白紙」だっただけの話である。
それでも俺は、諦めていなかった。
「――もしかしたら、俺もまだ発現してないだけかもしれない」
そう考えた俺は、この国唯一の異能育成機関――中央熾天学園への進学を決めた。幸い、この学園は異能の才だけで選ばれる場所ではなく、学力試験による一般枠での入学も認められている。国のエリート機関である以上、単純な戦闘力だけでなく、将来国家を支える頭脳も欲しいという建前らしい。おかげで俺のような無能力者でも、死ぬ気で勉強すれば潜り込む余地があった。
遅咲きという概念がある以上、可能性はゼロじゃない。むしろ「無能力だと思われていた主人公が、学園生活の中で覚醒する」というのは、それこそテンプレの王道じゃないか。そういう淡い期待を胸に、俺はこの学園の門をくぐった。
それから数年が経ち、俺、一色澄人は現在、この学園に通っている。この国で祝福持ちがまともな教育を受けようと思ったらここしかない。国中の異能エリートが集結する、ラノベ的にはめちゃくちゃ美味しい舞台なわけだが、俺はそこで無能力枠として静かに存在を消していた。覚醒の気配は、未だにかけらもない。
ちなみにこの学園には、生徒の実力を可視化する「天位(てんい)」という全国共通の格付け制度がある。
降臨の際、力を分け与えたのが天の使い――すなわち天使の階級になぞらえて作られた制度らしく、下から数えて九段階に区分される。序列は単純な戦闘力だけでなく、その祝福がどれだけ特異な性質を持つか、そしてどれだけ希少なタイプであるかという三つの観点から総合的に算出される。純粋なパワーだけでは上位に食い込めない、というのがこの制度のミソらしい。
一位に至っては特別に「熾天位(してんい)」という二つ名で呼ばれ、その名を冠する者は在学中はおろか、卒業後も国家機関からスカウトが絶えないほどの英雄格として扱われる。ちなみに学園の名前自体も、この最高位「熾天(してん)」から取られているらしい。中央「熾天」学園。国が威信をかけて作った箱庭にしては、いっそ露骨すぎるネーミングセンスだと思う。
俺の天位は、当然のように圏外だった。
ちなみに俺の見た目は、灰色がかった髪に金色の瞳という、地味なんだか目立つんだかよくわからない配色をしている。前世の記憶を持つ身としては「主人公にしては地味だな」と自己評価しているが、周りからは「無個性を体現したような色」と言われたこともある。誰にも興味を持たれないのと、この配色は無関係だと信じたい。
朝の通学路は、いつも同じ坂道の桜並木を通る。春の盛りを過ぎた今は、緑の葉が朝日を透かして頭上を覆い、風が吹くたびに葉擦れの音が耳をくすぐった。教室の扉を開けても、誰も振り返らない。誰も俺に興味を持たない。昨日話した内容を、次の日にはクラスメイトの誰もが忘れている。窓際の席に着くと、カーテンが風に揺れて、埃っぽい陽光が机の上を滑っていった。
「一色ー、今日の日直お前だったよな!?」
唯一そんな俺に平然と絡んでくるのが、クラスメイトの海老名陽向(えびな ひなた)だった。明るい茶髪と人懐っこい緑の瞳が印象的な、快活な声の持ち主だ。
「え、俺だっけ」
「お前だよ! みんな全然覚えてなくてさー、俺も危うく忘れるとこだった」
陽向は屈託なく笑いながら俺の肩を叩く。こいつだけは何故か、俺のことをちゃんと覚えている。理由はわからないが、なんとなく居心地が良かった。
「一色、お前ってさ、隠しダンジョンとか潜ってそうな顔してるよな」
「なんだよそれ」
「いや、無能力とか言われてるけど、絶対何か裏あるだろ的な」
「……ないよ、そんなもん」
即答した俺の声が、思ったより低くなったのが自分でもわかった。陽向は気にする様子もなく、次の話題に移っていった。
放課後、昇降口を出ると夕方特有の橙色の光が校庭を染めていた。運動部の掛け声と、金属バットの音が遠くから聞こえてくる。その喧騒の中、待っていたかのように声をかけてきたのは、小鳥遊雫(たかなし しずく)だった。腰まで届く真っ白な長い髪と、宝石を思わせる金色の瞳が、夕陽を浴びてやけに眩しく見えた。
「澄人くん、また購買でパン買い忘れたでしょ」
クラスも委員会も違うのに、なぜか毎日どこかで遭遇する女子生徒。夕陽を背に立つ雫の輪郭が、一瞬だけ滲んで見えた気がしたが、それはただ逆光のせいだろう。
「……なんでわかるんだよ」
「なんとなく」
雫は鞄から菓子パンを取り出し、俺に押し付けた。ラノベ脳的に言えば、これは「ヒロインフラグ」というやつだ。無能力の俺に、なぜか構ってくる美少女。
「なあ雫、俺ってもしかして隠された力とか持ってると思う?」
「……何それ」
「いや、ラノベだとよくあるだろ。無能力に見えて実は最強、みたいな」
「そんなのないと思うけど」
雫はいつも通りの笑顔でそう言った。ただ、なんとなく――ほんの一瞬だけ、返事が来るまでの間が長かった気がした。校庭の喧騒がふっと遠のいたような、そんな錯覚。気のせいだろう、と俺はすぐに思考を切り上げた。
「そんなことより、次の実技演習、また見学?」
「そうだけど」
「じゃあ隣で見てる。暇だし」
「お前クラス違うだろ、いいのかよ」
「いいの。誰も気にしないから」
その言い方が妙に自然だったので、俺は特に疑問にも思わなかった。
そこへ、教室に忘れ物を取りに戻っていたらしい陽向が、廊下からひょいと顔を出した。
「お、一色。まだいたのか……って、小鳥遊さんもいるじゃん」
「陽向くん、久しぶり」
「久しぶりって、昨日も普通に会ってなかった?」
「そうだっけ」
「そうだよ」
陽向は苦笑しながら、俺の肩をぽんと叩いた。
「お前ら相変わらず息ぴったりだな。付き合っちゃえばいいのに」
「んなわけないだろ」
「んなわけないですよ」
俺と雫の声が、珍しく綺麗に重なった。陽向は「息ぴったりじゃねえか」と笑いながら、鞄を担ぎ直して先に帰っていった。その背中を見送りながら、俺はなんとなく気まずくなって、雫の方を見ないようにした。
校舎に戻ろうと踵を返したところで、廊下の向こうから歩いてくる人影に、俺は反射的に肩を強張らせた。白崎玲(しらさき れい)。この学園、いや国内でも数える程度しかいない熾天位――天位ランキング一位の男。誰もその祝福の正体を知らない、伝説みたいな存在だ。雫と同じ白い髪をしているが、瞳は対照的に燃えるような赤――夕陽が差し込む廊下の逆光の中、彼の姿だけが妙にくっきりと輪郭を保っていた。
すれ違いざま、玲の視線がほんの一瞬、俺を捉えた気がした。
「うっ……」
背筋が凍る感覚。だが同時に、俺の中の元オタク魂が疼いた。
(これは……「なぜか主人公を敵視するラスボス候補」的なやつでは!?)
「玲くんに睨まれたの?」
いつの間にか隣にいた雫が、俺の顔を覗き込んだ。
「睨まれたってほどじゃ……つーか、お前あいつと知り合いなのか」
「まあ、そこそこ」
「もしかして付き合ってたりする!?」
「――んなわけ、ないでしょう」
いつも通りの笑顔だったはずなのに、その一言だけ、やけにはっきり聞こえた気がした。校庭の喧騒も、部活の掛け声も、その瞬間だけ耳から遠のいていた。