無能力なのに国唯一の異能学園に入った俺。周りの反応が、なんかおかしい 作:都頃天
学園の裏手、資材置き場の隙間を縫うように、黒ずくめの男たちが数人、息を潜めて移動していた。
「くそ……想定より鎮圧が早すぎる。裏門も中庭も、もう全滅だ」
「導師には、“守りに穴がある”と聞いていたはずだが」
「それは事実だったんだろう。……でなきゃ、そもそもこの学園に足を踏み入れることすらできなかった」
彼らの言う通りだった。国内唯一の異能育成機関である以上、この学園の防御体制は本来、生半可なテロ組織が突破できるようなものではない。国家お抱えの結界術式、常時展開されている警戒網、有事の際に即応する国家機関との連携――何重にも張り巡らされたその守りは、還元派のような組織が正面から挑むには、あまりに分厚すぎるはずだった。
だからこそ今回、事前に得ていた「特定の時間帯、特定の区画だけ、警備網に綻びが生じる」という情報は、彼らにとって千載一遇の好機に見えたのだ。
「とにかく今は撤退だ。裏の資材搬入口から――」
「――そこまでや」
穏やかな声が、暗がりから響いた。
男たちが振り返った先、通路の出口を塞ぐようにして立っていたのは、見慣れた学園の教師――御堂環だった。
「御堂、環……?」
「何や、名前割れとんかいな。まぁ、お仲間さん大分しょっぴかさせてもろたから当然っちゃ当然か」
普段の授業中と変わらない、あの飄々とした関西訛り。だが今は、その軽さの奥に、教師然とした穏やかさとはまるで違う何かが滲んでいた。
環はそう言って、着ていたジャケットの内側から、教職員証とは別の、黒い認証カードを一瞬だけ覗かせた。国章の入った、国家異能犯罪対策班のバッジだった。
「な……教師が、なぜ」
「正確には、“元”やな。今はもう現場に籍はあらへん、退役した人間や。……とはいえ、こういう時のために、籍だけは残しといてもろてたんやけどな」
環は静かに一歩、また一歩と男たちとの距離を詰めた。
「お前らの組織、還元派はえろう尻尾出さへんなぁ。末端はなんぼでも切り捨てるくせに、中枢には決して届かせへん――ほんま、周到なやり方や。正攻法で追うても、いつまで経っても核心には辿り着けへんわ」
「だから、って……!」
「せやから、“穴”を用意さしてもろたんや」
環の声には、いつもの淡々とした教師の口調とは違う、鋭さが滲んでいた。
「今日この学園の警備に出とった綻び。あれは偶然でも不手際でもあらへん。うちが、然るべき筋通して、わざと開けさせた穴やねん」
男たちが息を呑む音が、暗がりに響いた。
「お前らみたいな、姿見せへん相手おびき出すには、餌がいるんや。……この国で一番守りが堅いはずの場所に、わざと隙作ったる。それだけの餌でも、お前らみたいな組織は、案外あっさり食いついてくれるもんやからな」
「まさか、最初から……」
「捕まえるために、ちょっと一芝居打たせてもろた、ゆうわけや。生徒らには悪いことしたけど……幸い、大きな被害は出てへんみたいやしな」
環は静かにそう告げると、両手をだらりと下げたまま、男たちに向かって最後の一歩を踏み出した。
「安心せぇ。手荒な真似はせえへん。……こっちも、生きたまま話聞きたい相手やしな」
その一言を最後に、暗がりの中で短い攻防があった。男たちが放った光弾も、白刃も、環にはまるで届かなかった。まるで最初から結末が決まっていたかのような、あっけない幕切れだった。
数分後、資材置き場には、意識を失った男たちが並べられ、駆けつけた国家機関の人間たちによって次々と拘束されていった。
「……相変わらず、危ない橋を渡る人ですね、御堂さんは」
到着した職員の一人が、呆れたように呟いた。
「それが仕事やからな。……それに、まだ終わってへんで」
環は縄をかけられていく男たちを一瞥しながら、静かに続けた。
「今日釣れたんは、あくまで末端の実働班や。導師ゆわれとる本命は、まだ姿見せてへん。……ほんまの狩りは、これからやで」
その視線の先、遠く校舎の明かりに向けられた眼差しには、教師然とした穏やかさは、もうどこにもなかった。