無能力なのに国唯一の異能学園に入った俺。周りの反応が、なんかおかしい   作:都頃天

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第12話

廃線になった地下鉄駅の跡地――還元派の隠れ家の奥、誰もいないはずの一室で、その男は一人、値踏みするように壁の写真を眺めていた。

 

金色に染めた髪を無造作にかき上げ、口元には常に薄い笑みを浮かべている。緊張感の欠片もない、まるで散歩でもしているかのような佇まい。組織内での彼の立場は「導師の側近」。ただしそれすら、実働班の誰も本当の名前を知らない上での呼び名に過ぎなかった。

 

「――さて、と」

 

壁に貼られた写真の一枚を指でなぞる。夕暮れの学園の校門を写したそれには、遠目にではあるが、一人の男子生徒の姿が写り込んでいた。

白崎玲。天位ランキング一位、熾天位。

 

机の上に広げられた数枚の報告書に、男は改めて目を落とした。裏門を任せた精鋭部隊は全滅。中庭に差し向けた隊長格――「轟」と呼ばせていた爆破使いも、ランキング五位の学生一人に単独で叩きのめされたらしい。他の拠点でも似たり寄ったりだ。搬入口、特別棟、どこに送り込んだ人員も、まともな戦果を挙げられずに終わっている。

 

「五位如きにも轟が沈められるくらいだ、まあ順当ではあるんだけどさ」

 

男は苦笑しながらページをめくった。轟の敗因は報告書に細かく記されている。轟の『爆破』には、いくつかの制約があった。対象を爆弾化するには最低でも五秒間の連続視認が必要で、しかも起爆には事前に取り決めた合図――指を鳴らす、といった動作が別途必要になる。さらに、生きた人間そのものを爆弾に変えることはできず、あくまで物や環境そのものを媒介にするしかない。器用なようでいて、案外と手順の多い、扱いに癖のある祝福だった。

 

その視認という弱点を、あの五位の生徒はその場で見抜き、自ら発生させた水蒸気で目眩ましをして距離を詰めたらしい。

 

「頭も悪くないときてる。……いや、褒めてるつもりなんだけどな、これ」

 

だが本題は、そこではない。裏門に投入した戦力は、轟の部隊とは比較にならないほど厚く見積もっていたはずだった。それが、負傷者の証言すらまともに取れないほど一方的に――しかも痕跡らしい痕跡もほとんど残さずに、消し飛ばされている。

 

「祝福っていうのはさ、所詮"人間"の枠から出ないようにできてるんだよ。どんなに規格外でも、上限がある。……なのにあいつは、その上限そのものが見当たらない」

 

男は写真を摘み上げ、灯りに透かすようにして眺めた。

 

「これはもう、"人間"じゃなくて"神"の領分なんじゃないの、って思うわけ。降臨で祝福をばら撒いた、あの神様とやらの、成り損ないか何か」

 

「やっぱり。あっちの計画的にも、彼は潰しといた方が後々楽だよねぇ…」

 

口ではおどけたように語りながら、その目の奥だけは、笑っていなかった。

 

扉の外から、実働班の一人が緊張した面持ちで顔を覗かせた。

 

「あの。導師は、今回の失敗について何と……」

 

「ん? ああ、大丈夫だよ、その件なら」

 

男は写真をひらひらと振りながら、やけに軽い調子で応じた。

 

「導師は怒ってない。むしろ、想定の範囲内だってさ。轟たちの犠牲も、次に繋がる貴重なデータになる――だから、お前らは何も気にしなくていい」

 

その口調は、慰めというにはあまりに滑らかで、誠実というにはあまりに軽すぎた。まるで台本を読み上げるような、感情の乗らない優しさ。部下はどこか腑に落ちない顔をしながらも、それ以上は追及せずに頷いた。

 

「……そう、ですか。それを聞いて安心しました」

 

「うんうん、それでいいそれでいい」

 

男はにこやかにそう言うと、部下を送り出そうとするように軽く手を振った。だが部下は、去り際にふと足を止めて振り返った。

 

「あ、そういえば……さっき部屋の外で、何か独り言を言ってませんでした? "神の領分"がどうとか」

 

その瞬間、男の笑みの質が、わずかに変わった。目だけは笑わないまま、口元だけがさらに深く弧を描く。

 

「――聞いちゃった?」

 

「え、いや、その、たまたま扉が開いてて……」

 

「そっか。聞いちゃったか」

 

男はゆっくりと立ち上がり、部下の方へ歩み寄った。その足取りに、先ほどまでの軽薄さは欠片も残っていない。

 

「なら仕方ないな」

 

言葉と同時に、男の指先が部下の額に軽く触れた。それだけだった。ただそれだけで、部下の体からふっと力が抜け、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。断末魔の一つも上げる間はなかった。

 

「……ま、こういうのも仕事のうちだよなぁ」

 

男は倒れた部下を一瞥もせず、興味を失ったように視線を写真へと戻した。奪い取ったばかりの、名も知らぬ祝福の感触を指先で確かめながら、独り言のように呟く。

 

「余計なことを聞いた人間は、余計なことを話す前に静かにしてもらわないとね」

 

冷めた声だけが、誰もいない部屋に虚しく響いた。

 

---

 

その夜、男は隠れ家を離れ、街外れの廃教会へと足を運んだ。蝋燭の灯りもない真っ暗な礼拝堂の奥。祭壇の前に、目元を白い布で覆った女が一人、静かに佇んでいた。

 

「――遅かったですね、累」

 

その一言で、初めて男の名が明かされる。篁累(たかむら るい)。還元派の中では誰も知らない、彼の本当の名前だった。

 

「悪い悪い、下の連中の相手してたら遅くなった。……で、そっちの首尾は?」

 

「順調です。あなたが還元派内部で"導師"を演じ続けている間、こちらは静かに情報だけを集めています」

 

目隠しの女は、まるで見えているかのように、寸分違わず累の方へ顔を向けた。白い布の下から覗く表情は読み取れないが、声だけはやけに落ち着いている。

 

「累。もう一度確認しますが、あなたの目的は白崎玲の祝福を奪うこと。それは私たちの目的とも、確かに一致しています。ですが」

 

「わかってるって。勝手に暴走するなよ、って言いたいんだろ」

 

「その通りです。あなたが還元派を隠れ蓑にしているように、私たちもまた、還元派の動きを観測材料として利用しているに過ぎません。あの学園に潜む"規格外"を見極めること――それが、私たちの本来の目的です」

 

「規格外、ね。玲一人だけの話じゃなさそうな言い方だな」

 

累が試すように問いかけると、目隠しの女はほんの一瞬、沈黙した。

 

「今はまだ、お答えできません」

 

「またそれかよ。あんたら、いつもそうやって肝心なところだけはぐらかす」

 

累は不満げに肩をすくめたが、それ以上は追及しなかった。この女から情報を引き出そうとするだけ無駄だということを、これまでの付き合いで嫌というほど学んでいる。

 

「一つだけ言っておきますが」

 

女はそう前置きすると、続けた。

 

「学園には、あなたが把握しているよりも多くの"異常"が眠っています。熾天位も、そのうちの一つに過ぎません。あなたが玲の祝福を手に入れたところで、根本的な解決にはならないでしょう」

 

「解決なんて求めてないよ、俺は。ただ、俺自身が"完全"になりたいだけ。あんたらの言う大層な目的とは、そもそも次元が違う」

 

「……身勝手ですね」

 

「それがどうした。あんたらだって、還元派を都合よく駒扱いしてるだろ。目糞鼻糞ってやつだ」

 

累の軽口に、女は珍しく小さく息を漏らした。それが呆れなのか、あるいは僅かな笑いだったのか、累には判別がつかなかった。

 

「ま、いいけどさ。俺は俺で、好きにやらせてもらうよ。あんたらの"本来の目的"とやらに支障が出ない範囲でな」

 

累は肩をすくめると、崩れかけた礼拝堂の天井を見上げた。ステンドグラスの割れ目から、月明かりが一筋、祭壇に差し込んでいる。

 

「――にしても、あんたらの組織、いつまで名乗らないつもりなんだ? 還元派ですら、俺という便利な"導師"がいるってのに」

 

「名乗る必要がないからです。……名を持たない者は、誰にも狩られない」

 

「物騒な理屈だな、相変わらず」

 

「あなたに理解される必要もありません」

 

目隠しの女はそれだけ言うと、踵を返して闇の奥へと消えていった。足音一つ立てないその歩みは、まるで最初からそこに何もいなかったかのような静けさを残した。

 

一人残された累は、独り言のように呟いた。

 

「――ま、俺には関係ない話か。せいぜい、俺は俺の獲物を頂くとしよう」

 

割れた窓の向こう、遠くに霞む学園の灯りを見つめながら、累は静かに笑った。名を持たない者たちが、名を持つ者たちの運命を静かに弄び始めている――そんなことなど、まだ誰も知る由もなかった。

 

 

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