無能力なのに国唯一の異能学園に入った俺。周りの反応が、なんかおかしい 作:都頃天
第13話
あれから色々と落ち着いたある日の放課後、廊下の掲示板の前で、俺は思わず足を止めた。
「新入部員、大募集!」という手書きのポップが、やたら気合いの入った字体で躍っている。剣道部、水泳部、テニス部――色とりどりの勧誘ポスターがずらりと並んでいた。
「なあ陽向、俺たちってまだどこの部活にも入ってないよな」
「そういや入ってないな。帰宅部満喫してたわ」
「帰宅部って響き、なんか負け組っぽくて嫌だよな」
「急にどうした」
俺は無言でポスターを指差した。テニス部の勧誘ポスターには、爽やかに笑う男女の部員たちが写っている。その中心にいる先輩の周りを、明らかにマネージャーらしき女子たちが取り囲んでいた。
「……これだ」
「何が」
「青春だよ、青春。前世の記憶で言わせてもらうと、こういう"運動部に入って美少女にウハウハされる"みたいな展開、ラノベでも漫画でも鉄板なんだよ」
「お前の脳内、たまに残念な方向に全振りされるよな」
「馬鹿にするなよ。無能力の俺には貴重な逆転の一手なんだ。実技で目立てない分、部活で青春パラメータを稼ぐ」
真剣に力説する俺を、陽向は半笑いで眺めていた。
「まあ、動機は不純だけど、部活自体はいいと思うぞ。体動かすの気持ちいいし」
「だろ? よし、とりあえず見学だけでも行ってみるか」
そんなわけで、俺たちはその日の放課後、いくつかの運動部を冷やかし半分で見て回ることになった。
テニス部のコートでは、思った以上に真剣な打ち合いが繰り広げられていた。マネージャーの女子たちも、想像していたような黄色い声援というより、タイムを計測したり水分補給を管理したりと、意外に実務的だった。
「思ったより体育会系だな……」
「そりゃそうだろ、部活だぞ」
「いや、なんかこう、もっとこう……」
「お前の妄想の解像度が高すぎるんだよ」
コートの端で素振りをしている先輩に、マネージャーの一人がタオルを渡している光景を見て、俺は密かに「これだ」と思ったが、よく見ると渡す手つきがあまりに事務的で、そこに一切の甘酸っぱさは存在しなかった。
続けて覗いたバスケ部は、ボールを追う足音と怒声が飛び交う、それはそれで熱い空間だった。だが、俺の頭の中にあった「美少女にウハウハされる」イメージとは、なんだか違う方向に真剣すぎる気がする。
「なんか、思ってたのと違うんだよな……」
「妄想が具体的すぎたんだよ、お前の場合」
そんな軽口を叩きながら歩いていると、後ろから聞き覚えのある声がかけられた。
「澄人くん、陽向くん。部活見学?」
振り返ると、雫が小首を傾げてこちらを見ていた。今日はクラスが違うはずの時間帯なのに、当然のようにこの場に現れている。
「ああ、ちょっとな。俺たちも部活入ろうかと思って」
「へえ、いいと思う。何か入りたい部活、見つかった?」
「いや、まだ迷い中。……というか、正直に言うと」
俺は前世由来の不純な動機を、深く考えずにそのまま口にしてしまった。
「運動部入ったら、マネージャーの子とかにウハウハされたりしないかなーとか、ちょっと思ってた」
その瞬間、隣にいた陽向が「あ、それ言うんだ」という顔でこちらを見た。俺は特に気にせず続けた。
「ほら、テニス部とかバスケ部とか、マネージャーやってる子、可愛い子多そうだし。青春っぽいだろ、そういうの」
「……そうなんだ」
雫の声のトーンが、ほんの少し低くなった気がした。
「澄人くんは、そういう子たちに、優しくされたいの?」
「い、いや別に本気で狙ってるとかじゃなくてだな、あくまで願望というか、憧れというか」
しどろもどろに言い訳する俺を、雫はにこやかな笑顔のまま見つめていた。だがその笑顔の温度が、心なしかいつもより低い気がする。表情筋は完璧に笑っているのに、目の奥だけがまるで笑っていない、そんな不思議な感覚だった。
「陽向くん、テニス部気になるんだって? じゃあ私も一緒に見学しようかな」
「え、俺? 別にそこまで興味なかったんだけど」
「いいから、行こう」
雫は陽向の背中を押しながら、テニスコートの方へと歩き出した。俺もついていく形になったが、道中、雫は妙に楽しそうにこんなことを言い始めた。
「そういえば、テニス部のマネージャーさんって、確か三年生ばっかりだったよね。しかも今、受験勉強で大変な時期だから、多分どこの部活も新入生の相手してる余裕なんてないと思うな」
「そ、そうなのか……」
「うん。それに水泳部は男女別のプールだし、バスケ部はマネージャーいないし、剣道部は面つけてるから顔もよく見えないし」
やけに具体的な情報が、次々と繰り出されてくる。まるで、俺の淡い妄想を一つ一つ丁寧に叩き潰していくかのような口調だった。
「お前、なんでそんな詳しいんだよ」
「気になったから、ちょっと調べただけ」
雫はそう言って、これ以上ないくらい自然な笑顔を浮かべた。だがその笑顔の裏側で、俺の知らない何かが静かに動いているような気配だけは、なぜかはっきりと感じ取れた。
「――結局、どの部活にする?」
「……もうちょっと、考える」
俺はそう答えるしかなかった。隣を歩く陽向が、小声で「お前、雫さんに何かした?」と聞いてきたが、俺自身にも、何がどう地雷を踏んだのか、さっぱり見当がつかなかった。
翌日の昼休み、俺はまだ諦めきれずに、陽向を連れて別の部活も覗いてみることにした。
「今度はどこだよ」
「サッカー部。あそこもマネージャーいるって噂で」
「お前、懲りないな」
グラウンドに着くと、確かにマネージャーらしき女子生徒が数人、ボール拾いや記録係をこなしていた。だが、その全員が驚くほど真剣な顔つきで、俺が想像していた「先輩、頑張ってください!」的な華やかさとは、明らかに温度が違っていた。
「なんか、想像と現実の解離が激しいな……」
「そりゃそうだろ、部活はエンタメじゃないんだから」
肩を落とす俺の横で、陽向が急に真顔になった。
「――で、後ろにいるのは気づいてる?」
「は?」
恐る恐る振り返ると、少し離れたフェンスの向こうに、雫が涼しい顔で立っていた。
「あれ、澄人くん、陽向くん。また部活見学?」
「お前、なんでここにも……」
「たまたま通りかかっただけだよ」
たまたまにしては、随分と絶妙なタイミングだった。雫はゆっくり近づいてくると、俺の顔を覗き込むようにして続けた。
「ちなみにサッカー部のマネージャーさん、全員彼氏持ちらしいよ」
「そこまで調べてんのかよ!」
「調べてないよ、ただの又聞き」
その言い方に、微塵の後ろめたさも感じられなかった。あまりにも自然すぎて、逆に反論する隙がない。
「澄人くんは、部活よりも勉強頑張った方がいいと思うな。せっかく学力枠で入ったんだし」
「それはそうだけど、それとこれとは話が別で」
「それに」
雫は少し身を乗り出すようにして、俺の耳元でそっと囁いた。
「澄人くんがモテたいなら、私が毎日ちゃんと構ってあげてるつもりなんだけど。足りない?」
「――は?」
急に距離を詰められて、俺は思わず一歩後ずさった。雫はいつも通りの笑顔のまま、小首を傾げてみせる。
「なんてね。冗談だよ」
「お、おう……」
冗談、と言われても、笑って流せるような温度ではなかった。陽向は少し離れた場所から、何とも言えない顔でこちらを見ている。
「一色、お前、本当に何かしたんじゃないのか」
「知らねえよ、俺が聞きたいくらいだ」
結局その日も、俺はどの部活に入るかを決められないまま、放課後を終えることになった。ただ一つだけ確かなのは、俺のささやかな"モテたい"という願望が、思っていた以上に分の悪い賭けらしい、ということだった。
家に帰ってから、俺はふと今日一日を振り返った。テニス部もサッカー部も、蓋を開けてみれば地に足のついた青春そのもので、俺が期待していたような都合のいい展開はどこにもなかった。そしてそれ以上に印象に残っているのは、行く先々でなぜか絶妙なタイミングで現れていた雫の姿だった。
「……偶然、だよな」
誰に問うでもなく呟いた言葉は、当然ながら誰の返事も返ってこなかった。窓の外はもうすっかり暗くなっていて、遠くの部活動の掛け声も、今はもう聞こえない。
それでも、明日また部活を見て回るかと聞かれたら、俺はきっと素直に頷けない気がした。理由はうまく説明できないが、なんとなく――あの笑顔の温度を、もう一度確かめる勇気が出なかったからだ。