無能力なのに国唯一の異能学園に入った俺。周りの反応が、なんかおかしい 作:都頃天
「――結局、お前どこの部活にしたんだよ」
昼休み、購買のパンを頬張りながら陽向が聞いてきた。
「漫画研究部」
「は? お前あれだけ運動部見学しといて、まさかの文化部かよ」
「いや、運動部巡りで色々と心が折れたというか……。それより陽向はどうしたんだよ」
「俺? サッカー部入ったわ。案外楽しいぞ、あそこ」
「マネージャーは?」
「普通に彼氏持ちばっかりだったよ、雫さんの言った通り」
「その情報の出どころ、未だに謎なんだよな……」
「まあでも、部活自体は普通に楽しいから満足だぞ。お前も見学だけでもすればよかったのに」
「サッカー、球技苦手なんだよ俺」
「文化部でぬくぬくしてる奴が言うと説得力あるな」
陽向はそう言ってからからと笑うと、いかにも青春っぽい調子で「今度の練習試合、応援来いよ」と付け加えてきた。こういう気楽な誘い方をしてくるのも、陽向らしいところだった。
軽口を叩きつつ、俺はふと今週の出来事を振り返った。あれだけ悩んだ末、結局俺が選んだのは、部室棟の隅にひっそりと存在する漫画研究部だった。理由は単純で、部員数が少なく、活動もゆるく、なにより雫が「絶対に張り付いてこられなさそうな場所」を選んだ結果である。
正確には、雫に「漫研でも見学してみようかな」と何気なく漏らした瞬間、雫が「へえ、いいと思う。私はあんまり漫画詳しくないから、澄人くんの好きにしていいよ」とあっさり引き下がったのが決め手だった。あれだけ執拗に他の部活の情報を集めていた雫が、漫研にだけは驚くほど無関心だったのだ。そのギャップに若干の恐怖を覚えつつも、俺はこれ幸いとばかりに入部届を出した。
「漫画研究部って、実際何してんの」
「俺も入ってみるまで知らなかったんだけどさ」
放課後、部室の扉を開けると、そこは想像していた以上に居心地の良い空間だった。壁一面の本棚には、少年漫画から少女漫画、果ては同人誌らしきものまでぎっしりと詰め込まれている。長机の周りに数人の部員が座り、思い思いに漫画を読んだり、ノートに何か描いたりしていた。窓際の席では誰かが原稿用紙に向かって唸っており、部室全体に、ゆるいながらも独特の熱量が漂っていた。
「あ、新入部員くん、こっちこっち」
顧問も兼ねているらしい先輩に手招きされて席に着くと、その隣に座っていた女子生徒が、ふと顔を上げてこちらを見た。
「……あれ?」
見覚えのある顔だった。淡いピンクブラウンの髪、水色の瞳。学園の廊下で何度かすれ違ったことがある、TOP9の一人――柚木結だった。
「柚木さん、漫研だったんですか」
「うん。……あ、一色くん、だよね。噂の学力枠の子」
「噂になってるんですね、俺」
「悪い意味じゃないよ。むしろ、学力だけであの入試を突破したのすごいなって、みんな言ってる」
柚木結は、TOP9という肩書きからは想像もつかないくらい気さくな調子で笑った。天位ランキング九位、二つ名は「天使位」。祝福は絶対障壁とかいう物騒な代物らしいが、目の前の彼女からは、そんな物々しさは欠片も感じられない。
「漫研でよく見るの、少女漫画?」
「え、あ、なんでも読みます。柚木さんは?」
「わたしは冒険ものが好きかな。……こういう場所にいる時だけ、ランキングとか気にしなくていいから、落ち着くんだよね」
その一言に、俺は少しだけ意外な気持ちになった。TOP9ともなれば、常に注目され、周りから一目置かれる立場のはずだ。だがその彼女がここで求めているのは、むしろその逆――誰からも特別扱いされない、ただの部活動の時間らしかった。
「一色くんも、何か目的があってここに?」
「いや、正直に言うと消去法です。運動部は色々あって挫折したので」
「色々って?」
「いろんな部活のマネージャーを見学しに行ったら、ことごとく現実を叩きつけられまして」
柚木結はくすくすと笑いながら、俺の話に相槌を打ってくれた。感じたことのない気安さだった。
「一色くんって、面白いね。もっと気を張ってる子かと思ってた」
「よく言われます。無能力のくせに変に前向きだって」
「それ、悪口じゃなくて褒め言葉だと思うよ」
そう言って笑う柚木結の表情には、嘘や含みが一切感じられなかった。この学園に来て、こんなに素直な好意を向けられたのは、雫以外では初めてかもしれない――そう思ったところで、ふと嫌な予感が背筋を撫でた。
(いや、待てよ。これ、雫が知ったら)
想像しただけで、ぞくりとするものがあった。だが今のところ、雫はこの部室の存在にはまだ気づいていないはずだ。
「一色くん、今度この漫画貸してあげるよ。絶対好きだと思う」
柚木結はそう言って、本棚から一冊の少年漫画を取り出して差し出してきた。屈託のない笑顔に、俺は素直に礼を言って受け取った。
「ありがとうございます」
「敬語じゃなくていいよ。同じ部活の仲間なんだし」
「あ、うん、じゃあ、ありがとう」
こういう気負わないやり取りが、学園生活の中では本当に貴重に感じられた。誰かに興味を持たれることに慣れていない俺にとって、柚木結の距離感はちょうどよく、変に構えずにいられる。
「柚木さんは、TOP9なのに漫研入ってて、周りから何か言われたりしないの?」
「うーん、たまに『もったいない』とか『他の強い子と組めばいいのに』とか言われるかな。でも、わたしの祝福は誰かを守るための力だから。……戦うための力じゃないの」
柚木結はそう言って、少し困ったように笑った。
「戦って勝つことに興味があるわけじゃないから、部活くらいは好きにさせてほしいなって、いつも思ってる」
「なんか、わかる気がする」
「一色くんが?」
「無能力の俺が言うのもおこがましいけど、周りの期待とか、勝手なイメージって、しんどい時あるよなって」
柚木結は少し驚いたような顔をした後、ふわりと表情を緩めた。
「うん。……一色くんとは、なんかもっと話してみたいかも」
その一言に、俺は妙にくすぐったい気持ちになった。TOP9という肩書きを抜きにして、ただの部活仲間として接してくれる相手がいるというのは、思っていたよりずっと居心地が良かった。
ーー
部活が終わり、下駄箱に向かう道すがら、俺はふと漫画研究部の居心地の良さを噛みしめていた。運動部でモテたいという野望は見事に散ったが、思いがけない場所で、思いがけない人との繋がりができたのは、悪くない収穫だった。
問題は、この繋がりが雫の耳に入った時に、一体どうなるのか――ということだったが、それを考えるのは、もう少し後回しにすることにした。
昇降口を出ると、いつも通り雫が待っていた。
「澄人くん、部活どうだった?」
「ああ、まあまあ楽しかったよ。漫画いっぱいあってさ」
「良かったね。誰かと仲良くなったりした?」
何気ない調子で聞かれ、俺は一瞬だけ言葉に詰まった。柚木結の名前を出すべきかどうか、妙な逡巡が生まれる。
「いや、まあ、部員の人と少し話したくらいで」
「そう。楽しそうで何より」
雫はいつも通りの笑顔でそう言ったが、その「楽しそうで何より」という言葉の裏に、微かな探りの色が混じっていた気がした。柚木結の名前を出さなかったことに、自分でも安堵している自分がいることに、俺は気づかないふりをした。
「明日も部活?」
「多分そうなると思う」
「そっか。……頑張ってね」
その一言だけを残して、雫はいつも通りの調子で隣を歩き出した。夕焼けに染まる通学路を歩きながら、俺はなんとなく、まだ見ぬ嵐の気配を感じ取っていた。それが実際にいつ来るのか、今の俺には知る由もなかった。