無能力なのに国唯一の異能学園に入った俺。周りの反応が、なんかおかしい 作:都頃天
朝のホームルームで、御堂先生がプリントの束を配りながら、いつもの気の抜けた調子でそう告げた。
「はい、来週は体育祭やから。種目表配るし、各自よう見とくように」
教室にどよめきが広がる。陽向が真っ先に俺の肩を叩いてきた。
「一色、体育祭だってよ!」
「知ってる、今言われたばっかりだろ」
「いや、これ絶対盛り上がるやつだって。うちの学園の体育祭、噂じゃ結構ヤバいらしいぞ」
「ヤバいってどういう意味だよ」
「毎年、上位ランカーの模範演技があるらしくて、それ目当てで保護者や国家機関の関係者まで見学に来るんだと。ある意味、学園の顔見せイベントだな」
「国家機関まで来るのかよ、ただの体育祭のはずなのに規模がおかしいだろ」
「そこがこの学園らしいとこだよ」
プリントに目を通して、俺はその意味をすぐに理解した。種目一覧に並んでいるのは、玉入れやリレーといった一般的な種目だけではなかった。「祝福対抗障害物競走」「集団戦形式綱引き」など、明らかに祝福ありきの種目が半分近くを占めている。
「……これ、無能力の俺、詰んでない?」
「まあ、そういう種目は免除申請できるっぽいけどな。ただ、免除する分、代わりに雑用枠に回されるらしいけど」
「雑用枠って何だよ」
「備品の準備とか、審判の補助とか。地味だけど、まあ、それはそれで貴重な青春の1ページなんじゃないか?」
「お前、俺を励ましてるようで全然励ましになってないの、自覚あるか」
「事実だから仕方ない。まあ俺は俺で、リレー選手に選ばれそうで戦々恐々としてるけどな。サッカー部の新入部員だからって、なんかもう周りの期待値が変にでかいんだよ」
「贅沢な悩みだな」
「お前も雑用枠なりの活躍を探せばいいじゃん。案外、裏方にしか見えない景色ってのもあるだろ」
「お前、たまにいいこと言うよな」
「たまにで悪かったな」
そんなやり取りをしていると、後ろの席から声がかかった。
「一色くん、来週の体育祭、楽しみだね」
振り返ると、雫がにこにこと笑っていた。
「お前、こういうの好きそうだよな」
「うん。だって、澄人くんの活躍が見られるかもしれないし」
「いや、俺はほぼ確実に免除申請組だから、活躍する場面なんてないと思うぞ」
「そんなことないよ。雑用枠にも、雑用枠なりの見せ場があるはずだから」
「その謎の自信はどこから来るんだよ」
雫はただ笑うだけで、それ以上は答えなかった。
昼休み、漫画研究部の部室に顔を出すと、柚木結が既に体育祭の話題で盛り上がっていた。
「一色くん! 体育祭、何か出るの?」
「多分、免除して雑用枠になると思う。実技系は全滅だから」
「そっか。……あ、じゃあさ、当日の飲み物係とか、一緒にやらない? わたしも実は、目立つ種目あんまり得意じゃなくて」
「柚木さんでも苦手なのあるんだ」
「わたしの祝福、守るためのものだから、そもそも競技向きじゃないんだよね。障害物競走とか出ても、多分ビリになる自信ある」
TOP9なのにそんな緩いことを言う柚木結に、俺は思わず笑ってしまった。こういう気負わないところが、彼女の良いところだと思う。
「じゃあ、一緒に雑用枠で頑張るか」
「うん、よろしくね」
そんな和やかなやり取りをしていた矢先、部室の扉が開いて、見覚えのある女子生徒が顔を覗かせた。栗色の巻き髪、紫の瞳――七位の九条綺羅だった。
「柚木さん、少しよろしいですか」
「あ、九条さん。どうしたの?」
「体育祭の実行委員から、TOP9の模範演技についての確認です。……そちらの彼は?」
九条綺羅の視線が、俺の方へ向いた。値踏みするような、どこか冷ややかな目だった。
「一色澄人くん。同じ漫研の子だよ」
「ああ、噂の無能力の。学力枠でこの学園に潜り込んだという」
「潜り込んだ、は言い方が悪いんじゃないですか」
柚木結が珍しく、少しむっとしたように言い返した。だが九条綺羅は表情一つ変えず、淡々と続けた。
「別に悪意はありません。ただ、実力主義のこの学園で、無能力者が何を目的に在籍しているのか、単純に興味があるだけです」
「目的って言われても、俺は普通に勉強しに来ただけだけど」
「勉強、ですか。まあいいでしょう。体育祭では、せいぜい見学に徹することですね。祝福を持たない人間が下手に張り切ると、周りに迷惑がかかりますから」
言うだけ言って、九条綺羅は用件を柚木結に伝えると、さっさと部室を後にしていった。残された空気は、少しだけ気まずいものになった。
「ごめんね、あの子、ちょっと言い方きついところあって……」
「いや、別に。慣れてるし」
「慣れちゃダメだと思うけど……」
柚木結は少し困った顔をしていたが、俺自身はそこまで気にしていなかった。無能力に対する視線には、ある程度耐性ができている。それより気になったのは、去り際に九条綺羅が見せた、値踏みするような一瞥だった。
「一色くん、本当に気にしないで。九条さんは、昔からああいう考え方の子で……祝福の強さが全てだと思ってるところがあるの。TOP9の中でも、ちょっと浮いてる存在というか」
「TOP9でも色々あるんだな」
「うん。みんな仲良し、ってわけでもないよ。九条さんはとにかく実力主義だし、東雲くんはみんなをまとめようとするタイプだし、水無瀬さんはそもそもあまり群れないし」
「柚木さんは?」
「わたしは、争いより平和が好きなタイプ、かな」
柚木結はそう言って、いたずらっぽく笑ってみせた。九条綺羅への苦い後味も、その笑顔のおかげで少しだけ和らいだ気がした。
放課後、雫と合流して帰る道すがら、俺はふと今日のことを話した。
「今日、七位の人に絡まれてさ」
「九条さん? ああ、うん。知ってる」
「お前、知り合いなのか」
「まあ、色々とね」
雫はそれ以上詳しくは語らなかったが、その声には、いつもとは違う硬さが微かに滲んでいた気がした。夕焼けに染まる通学路を歩きながら、俺は来週に迫った体育祭のことよりも、なんとなく、そのことの方が気にかかっていた。
家に帰ると、珍しく燈子がソファではなくダイニングテーブルに座って、書類らしきものに目を通していた。
「おかえり、澄人。……ちょうどいいところに」
「なんだよ、改まって」
「来週の体育祭、うちの部署からも警備で人出すことになったから。一応、伝えとこうと思って」
「体育祭に警備って、そんな大袈裟な話か?」
「保護者や国家機関の関係者まで見に来るような行事だからね。それに」
燈子は書類をぱたんと閉じると、珍しく真面目な顔をこちらに向けた。
「例の一件の後だし、念には念を入れておきたいの。……何かあったら、すぐに大人を頼ること。いい?」
いつもの気の抜けた口調とは違う、はっきりとした物言いだった。俺は少し面食らいながらも、素直に頷いた。
「わかったよ。ただの体育祭だけど、気をつける」
「うん、それでいい。……さ、こっちの真面目な話は終わり。晩ご飯どうしよっか」
「まさかまた出前か」
「今日は違うよ、ちゃんと作った。褒めて」
テーブルの上には、確かに湯気を立てる煮物の皿が並んでいた。珍しい光景に驚きつつ、俺は「へえ」と素直に感心した。仕事の顔と、家での緩んだ顔。その両方を、こんな風に自然に切り替えられるのが、燈子という人なのだろう。
食事を終えて部屋に戻ると、俺はベッドに寝転がりながら、来週の体育祭のことを改めて考えた。免除申請、雑用枠、柚木結との飲み物係。それに九条綺羅の刺々しい視線と、雫の微かに硬くなった声。楽しみなような、少し気の重いような、不思議な感覚だった。
「まあ、なんとかなるか」
誰に言うでもなく呟いて、俺は明日の準備に取り掛かることにした。学園という舞台の上で、自分にできることなど限られている。それでも、その限られた中で精一杯やるしかない――そんな、ささやかな覚悟だけを胸に、その夜は静かに更けていった。