無能力なのに国唯一の異能学園に入った俺。周りの反応が、なんかおかしい 作:都頃天
中央熾天学園は、中高一貫でもなければ全寮制でもない、ごく普通の全日制高校――という体裁を取っている。校舎の造りも、制服のデザインも、傍から見れば近所にあるどこにでもある高校と大差ない。違うのはただ一点、生徒たちの多くが、人知を超えた力を平然と使いこなしているということだけだ。
そんな平和(?)な校内に、その日は朝から妙な浮足立った空気が漂っていた。
「聞いた? 三位様がうちのクラスに視察に来るって話」
「三位様って、あの座天位の?」
昼休み、購買から戻る道すがら、あちこちでそんな会話が聞こえてくる。俺は焼きそばパンを片手に、陽向にその話を振ってみた。
「三位様って何だよ、そんな役職あるのか」
「天位ランキングの三位のことだよ。うちの学園、一位の熾天位と三位はほぼ別格扱いされてるからな。三位は三位で”座天位”って二つ名持ってるくらいだし」
「へえ、じゃあその人もヤバい人なんだろうな」
「見た目はめちゃくちゃ可愛いけどな」
「見た目関係ある?」
「あるだろ、重要な情報だろ」
そんな会話をしながら教室に戻ると、廊下の向こうから、小さな人影がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
制服のサイズが明らかに合っていない。袖はだぶつき、スカートの裾も規定より長めに見える。身長は俺の胸元にも届かないくらいで、正直、中学生――いや小学生と言われても納得してしまいそうな見た目だった。だが、その足取りには迷いがなく、周囲の生徒たちが自然と道を空けていく様は、明らかに”格が違う”生き物特有の空気を纏っていた。
彼女は雪村小夜(ゆきむら さよ)。淡い紫色の髪と、猫を思わせる緑の瞳が印象的な、この学園の天位ランキング三位、“座天位”の称号を持つ生徒だった。
すれ違いざま、小夜は不意に足を止めた。
「……あなた」
「え、俺?」
小夜は俺の顔をじっと見上げた。人形めいた大きな瞳が、値踏みするようにこちらを観察してくる。
「無能力の一色澄人ですね」
「そうだけど……なんで名前知ってんの」
「わたしの祝福は『分析』。視界に入った対象の祝福の種類とおおよその出力を、数値として読み取れます」
小夜は淡々と、まるで教科書を読み上げるような口調で続けた。ちなみにこの分析、単なる情報収集だけの祝福ではない。読み取った相手の祝福を、一時的に自分のものとして「模倣・行使」できるという恐ろしい特性を併せ持っている。見た目相応の童顔からは想像もつかないが、過去の実技演習では上級生の炎系祝福を丸ごとコピーして相手を叩きのめした、という逸話もあるくらいだ。純粋な分析能力の希少性と、それに付随する模倣による戦闘力の高さ――その両方が評価されて、彼女は三位・座天位の座に君臨している。
「学園中の生徒は、だいたい一度視界に入れれば把握済みです。あなたも当然、入学時に確認しました。数値ゼロ、正真正銘の無能力。それがどうかしましたか」
「いや、こっちが聞きたいんだけど、なんでわざわざ話しかけてきたんだよ」
小夜は少しだけ首を傾げた。その仕草は年相応――どころか年齢よりもさらに幼く見えて、周囲にいた女生徒たちが小さく黄色い声を漏らすのが聞こえた。
「……おかしいのです」
「何が」
「先ほど、廊下であなたを視界に入れた瞬間、一瞬だけ数値が乱れました。ノイズのような、測定エラーのような。今まで、そんなことは一度もなかった」
俺は思わず陽向と顔を見合わせた。
「え、それってつまり……」
「まさかとは思いますが」
小夜はまっすぐに俺を見上げたまま、感情の読めない声で言った。
「あなたの中に、まだ観測されていない何かがある可能性があります」
その一言に、俺の中の元オタク魂が盛大に飛び跳ねた。
(来たあああああ! これだよこれ! 覚醒フラグ!)
「マジで!? じゃあ俺、実はやっぱり――」
「ただし、測定ミスの可能性の方が圧倒的に高いです。わたしの祝福も万能ではないので」
「あ、はい」
即座に釘を刺されて、俺のテンションは急降下した。小夜はそんな俺の様子を興味深そうに眺めていたが、やがてふいと視線を逸らし、何事もなかったかのように歩き去ろうとした。
「暇があったら、また視界に入れさせてください。データを取りたいので」
「データって、俺は実験体か何かか」
「そのようなものです」
「即答するなよ」
小夜はそれだけ言って、廊下の向こうへと消えていった。周囲の生徒たちが、まるで台風が過ぎ去った後のような顔で息をついている。
「……いや、なんだったんだよ今の」
「一色、お前ついに三位様に目をつけられたな」
陽向が興奮気味に肩を組んでくる。だが俺には、それどころではない引っかかりがあった。
(数値が乱れた、か)
無能力だと思っていた俺の中に、何かがある。そんな都合のいい話が本当にあるのだろうか。半信半疑のまま歩き出した俺の視界の端に、いつの間にか昇降口に立つ雫の姿が映った。
いつもと変わらない笑顔だったはずなのに、その日に限って、雫はしばらくの間、何も言わずにこちらを見ているだけだった。
「雫? どうかしたか」
「――ううん、何も」
いつも通りの声のトーンに戻るまで、ほんの一瞬、確かに間があった。校庭からは、いつもと変わらない部活動の声が響いていて、それがかえって、その一瞬の静けさを際立たせているような気がした。
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???side
昇降口の陰から、その光景をずっと見ていた者がいる。
小さな女生徒が、澄人の前で得意げに祝福の話をしている。屈託なく、無邪気に。ただ視界に入れただけの相手に興味を持ち、当たり前のように距離を詰めていく。
(――データを取りたい、ですか)
胸の内側で、何かが微かに軋む音がした。それは苛立ちに似ていたが、苛立ちと呼ぶには少し湿り気を帯びていて、もっと粘着質な、名前をつけたくない感情だった。
澄人は気づいていない。あの子の”分析”が、澄人に向けた瞬間だけ僅かに乱れたということが、どれほど際どい綱渡りの上に成り立っていたかを。
(見せてはいけないものを、見せかけてしまった)
本当は、もっと上手くやれるはずだった。澄人の中に眠るものを、誰の目にも触れさせないように、これまでずっと注意を払ってきたつもりだった。それなのに、ほんの一瞬の隙が、あの座天位の目に留まってしまった。
(仕方、ありませんね)
窓ガラスに映る自分の顔が、笑っているのか、笑っていないのか、自分でもよくわからなかった。ただ一つだけ、確信していることがある。
澄人に近づく者は、増えても構わない。それが澄人の望む日常であるなら、これまでも黙って見てきた。海老名陽向のような、害のない存在であれば。
けれど、澄人の”核”に触れようとする者だけは、話が違う。
(小夜さん、でしたか)
窓の外、下校していく小さな背中を、しばらくの間、じっと見つめていた。
やがてその視線から、ふっと熱が抜け落ちる。それは殺意と呼ぶにはあまりに静かで、ただの”確認”のようでもあった。
(せいぜい、データがくれぐれも――正確でありますように)
その呟きの意味を、誰も知らない。澄人本人でさえも。