無能力なのに国唯一の異能学園に入った俺。周りの反応が、なんかおかしい 作:都頃天
そこは、廃線になった地下鉄駅の跡地だった。
かつて人々が行き交ったはずのホームは、今では埃と黴の匂いに支配され、割れた蛍光灯の代わりに、いくつかの携行灯だけが薄暗い光を放っている。壁に描かれた古い路線図は色褪せ、その上に無造作にスプレーで描かれた記号――円の中に斜線を引いたシンボルマークが、辛うじて元の壁紙よりも新しいことを示していた。
「――報告します。中央熾天学園、周辺の警備体制が強化された模様」
若い男の声が、暗がりに反響する。報告を受けていたのは、フードを目深に被った人物だった。年齢も性別も、その姿からは判然としない。
「予定通りだ。国が”唯一”などという看板を掲げている以上、警戒するのは当然の反応だろう」
低く落ち着いた声だった。フードの人物――組織内では「導師」とだけ呼ばれている――は、壁に貼られた学園の見取り図に視線を落とした。
「諸君らも知っての通り、この国はあの忌まわしい降臨以来、生まれながらの力によって人間の価値を測るようになった。祝福を持つ者は英雄と持て囃され、持たざる者は隅に追いやられる。……我々”還元派”の目的は、いつも変わらない」
「祝福という名の呪いを、この世界から還元する、ですね」
「その通りだ」
導師は静かに頷いた。
「神を名乗る何かが、勝手にこの世界へ振り撒いた力だ。人間が本来の姿を取り戻すには、それを取り除く以外にない。……そして、あの学園ほど象徴的な標的はない。この国に一つしかない、異能のエリートを育成する箱庭。あそこを崩すことができれば、我々の主張は嫌でも世間に届く」
若い男は少し躊躇うように口を開いた。
「しかし、あそこには”熾天位”がいます。国内でも数えるほどしかいない最上位の祝福持ちが、在学中だとか」
「知っている。だからこそ、正面から挑む愚は犯さない」
導師はテーブルの上に、一枚の写真を放った。夕暮れの学園の校門を写したその写真には、遠目にではあるが、白崎玲と思しき人影が写り込んでいた。
「戦力で劣る我々が取るべき手段は一つ。……綻びを探すことだ」
「綻び、ですか」
「どんなに強固な均衡にも、隙はある。……最近、面白い噂を耳にした。あの学園に、ランキングにも載らない生徒が一人いるらしい」
導師の声に、微かな笑いが混じった。
「無能力、と呼ばれているそうだ。だが妙だとは思わないか? 何の力も持たない人間が、なぜわざわざあの学園に、それも一般入試などという茨の道を選んでまで進学する? ……調べる価値はある」
若い男は小さく頷いたが、その意図までは理解しきれていないようだった。導師はそれ以上説明する気もないらしく、見取り図の一点――学園の裏門付近を指でなぞった。
「まずは下見だ。三日前、お前を向かわせたな」
「はい。……ですが、途中で妙な気配を感じて、途中で引き返しました」
「妙な気配?」
「なんと言えばいいか……見られている、というより、見透かされているような。あの学園の周辺だけ、やけに空気が張り詰めていました」
導師はしばらく沈黙した後、小さく笑った。
「面白い。……祝福を持たぬはずの土地に、何か別の”守り”があるということか」
「導師は、何か心当たりが?」
「いや。だが、これだから調べる価値がある、と言ったろう」
導師はフードの奥で目を細めた。その表情は、暗がりのせいで誰にも見えなかった。
「計画は予定通り進める。焦る必要はない。……この国唯一の異能学園が抱える”綻び”が何なのか、遠からず、我々自身の手で確かめることになるだろう」
地下駅の奥で、携行灯の明かりが一つ、ふっと消えた。それが偶然なのか、それとも何かの前兆なのか、その場にいた誰もが、深くは考えなかった。