無能力なのに国唯一の異能学園に入った俺。周りの反応が、なんかおかしい 作:都頃天
月曜日の朝礼で、学園長がやけに神妙な顔でマイクの前に立った。
「――えー、このたび国からの通達もあり、来週、臨時の避難訓練を実施することになりました」
体育館に集まった生徒たちの間に、小さなざわめきが広がる。
「避難訓練って、地震とかのやつだろ? なんで今更」
隣に並んだ陽向が、小声で聞いてきた。
「さあ。……でも、多分そういう理由じゃないだろうな」
「だよなー。あれだろ、還元派関連」
「声、でかい」
俺は陽向の脇腹を小突いた。周囲の生徒たちも似たようなことを考えているのか、誰も口には出さないものの、体育館全体にどこか落ち着かない空気が漂っていた。
学園長の話は、あくまで「不測の事態に備えた通常の訓練です」という建前に終始していた。だが訓練内容を記した紙が配られると、そこには「校内で異常を感知した際の避難経路」「教職員による誘導手順」といった、普段の地震訓練とは明らかに毛色の違う項目が並んでいた。
教室に戻る途中、廊下の奥、職員室に続く扉が少しだけ開いているのが目に入った。中から漏れ聞こえてきたのは、いつもより硬い教師たちの声だった。
「――国家機関からの正式な警告が来ている以上、生半可な対応ではまずいだろう」
「しかし、生徒たちを過度に不安にさせるのも……」
「御堂先生はどう思われますか」
名前が出て、俺は思わず足を止めた。扉の隙間から見えたのは、他の教師たちに囲まれて、静かに腕を組んでいる御堂環の姿だった。
「――今のところ、確度の高い情報はまだあらしまへん。ですが、用心するに越したことはおへんやろな」
環の声は、いつも通り淡々としていた。だがその視線が一瞬、扉の隙間――俺が立っている方向にちらりと向いた気がして、俺は慌てて廊下を歩き出した。心臓が、柄にもなく速く打っていた。
(気づかれた、か? いや、考えすぎだろ)
教室に戻ると、雫が窓際の席で外を眺めていた。
「雫、こっちのクラスにいたのか」
「うん、ちょっと様子見に」
「避難訓練の話、もう聞いた?」
「うん。来週の水曜日でしょう、二限目の後」
「……なんで日時まで知ってんの。今配られたばっかりだろ、それ」
雫は一瞬、きょとんとした顔をしたあと、いつもの笑顔に切り替えた。
「あ、ごめん。噂で聞いただけ。もう広まってるみたいだから」
「そんな速攻で広まるか、普通」
「さあ。学園って狭いから、噂は速いんじゃない?」
「物理的にいえば馬鹿デカいけどな」
軽く流されて、俺はそれ以上追及しなかった。だが頭の片隅に、小さな引っかかりが残った。
昼休み、購買帰りにまた小夜と鉢合わせた。今日は珍しく、向こうから声をかけてくる前に、俺の方から呼び止めた。
「小夜、ちょっといいか」
「なんですか」
「例のノイズの話、あれからどうなった」
小夜は少し考えるように視線を落としてから、いつもより慎重な声で答えた。
「……頻度が増えています。以前は稀にしか観測されなかったのに、ここ数日は、あなたを視界に入れるたびにほぼ確実に発生するようになりました」
「それって、いい兆候なのか、悪い兆候なのか」
「わかりません。ただ一つ言えるのは」
小夜は俺をまっすぐ見上げた。
「何かが、以前より”強く”あなたを覆っている、ということです」
その一言に、俺は何と返せばいいのかわからなかった。周りでは、いつも通りの喧騒が続いている。誰かの笑い声、購買のおばちゃんの威勢のいい掛け声、部活の朝練の続きらしい掛け声。何もかもが平和なはずのこの空間で、俺の胸の奥だけが、妙にざわついていた。
放課後、昇降口で待っていた雫は、いつも通りの笑顔だった。
「澄人くん、お疲れ様」
「ああ……なあ雫」
「なに?」
「いや、なんでもない」
聞きたいことは、いくつもあった気がする。だがそれを言葉にする勇気が、俺にはまだなかった。夕方の校庭に響く部活の声が、いつもよりほんの少しだけ、遠く聞こえた気がした。