無能力なのに国唯一の異能学園に入った俺。周りの反応が、なんかおかしい   作:都頃天

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ハーメルン難しいですね


第8話

その日は、朝から妙に空が高かった。

避難訓練当日、二限目の授業が終わったところで、校内放送のチャイムが鳴った。予定通りの訓練開始のアナウンス――そのはずだった。

 

「――繰り返します。これは訓練ではありません。至急、生徒は指定の避難経路に従い、体育館へ避難してください」

 

放送の声が、途中で明らかに上擦った。教室内の空気が、一瞬で凍りついた。

 

「……は? 今の、マジで言ってる?」

 

陽向が椅子から立ち上がりながら、声を裏返らせた。窓の外、校庭の向こう――正門のあたりから、黒い煙が細く立ち昇っているのが見えた。続いて、遠くから鈍い破裂音が響く。爆発、という単語が頭に浮かぶまで、数秒の間があった。

 

「一色! 早く!」

 

陽向に腕を引かれ、俺は椅子を蹴倒すようにして廊下へ飛び出した。廊下はすでに、避難する生徒たちでごった返している。誰かの悲鳴、怒号のような教師の指示、床を鳴らす無数の足音。訓練用に用意されていたはずの誘導が、まるで機能していないのが一目でわかった。

 

「雫は……!」

 

隣のクラスを覗こうとしたが、人波に押されてそれどころではなかった。

 

「小鳥遊さんなら先に避難してるだろ、今は自分の心配しろ!」

 

陽向の言葉はもっともだったが、胸の奥がざわついて仕方なかった。理由のわからない焦燥感が、足元から這い上がってくる。

階段を駆け下り、渡り廊下に差し掛かったところで、視界の端に異様な光景が飛び込んできた。中庭の中央、噴水のあたりに、見覚えのない黒ずくめの人影が数人立っている。手にした何かから、青白い光が明滅していた。祝福の発動特有の光だ。

 

「な……」

 

思わず足を止めた俺の目の前で、黒ずくめの一人が、こちらに向けて手をかざした。

――間に合わない。頭のどこか冷静な部分が、そう告げた。

だがその瞬間、視界を横切るように炎の帯が奔り、黒ずくめの一人を弾き飛ばした。噴水の水面が大きく波打ち、蒸気となって舞い上がる。土煙の向こうに立っていたのは、見覚えのある三年生の男子生徒だった。

 

「あれ、たしか……黒瀬先輩!?」

 

天位ランキング五位、“力天位”の二つ名を持つ黒瀬郁人(くろせ いくと)。黒髪に一房だけオレンジのインナーカラーを入れた髪型と、燃えるようなオレンジの瞳が印象的な上級生だった。実技演習の見学で何度か遠目に見たことがあるだけの相手だったが、今その背中は、普段の演習では見せたことのないほど張り詰めていた。

 

「――そこの一年生」

 

黒瀬の声が、初めて俺に向けて発せられた。振り向きもせず、視線は敵に据えたまま。

 

「早く行け。ここは俺が抑える」

 

その一言だけで、俺の足は勝手に動いていた。陽向に引きずられるようにして、渡り廊下を駆け抜ける。背後で、何かが弾ける音と、悲鳴とも怒声ともつかない声が交錯していた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

同時刻、中庭にて

時間を少し遡る。黒瀬郁人は、噴水の縁を蹴って跳んだ。

空中で身をひねりながら右腕を振り抜く。掌から迸った炎は、まるで意志を持った鞭のように空気を裂き、着地と同時に黒ずくめの一人へと叩きつけられた。轟、という低い音とともに炎が爆ぜ、男の体が糸の切れた人形のように吹き飛ぶ。噴水の水面が炎の余波で瞬時に蒸発し、白い蒸気が視界を煙のように覆い尽くした。

 

「――くそ、五人か。多いな」

 

蒸気の向こうで揺れる複数の影を見据えながら、黒瀬は舌打ちした。統率の取れた足運び。無駄のない間合いの詰め方。素人の寄せ集めではない

――直感がそう告げていた。

 

一人目が放った光弾が、空気を切り裂きながら迫る。黒瀬は上体をわずかに逸らして紙一重で躱すと、そのまま相手の懐に潜り込んだ。掌底に炎を纏わせ、鳩尾へ叩き込む。炎の熱と衝撃波が同時に体を突き抜け、男は声もなく吹き飛んで噴水の縁に叩きつけられた。振り返る間もなく背後から迫った二人目の刃を、腕に纏わせた炎の壁で受け止める。刃が赤熱し、金属の焦げる嫌な匂いが鼻を突いた瞬間、拳を返して顎を打ち抜く。骨と骨がぶつかる鈍い音とともに、相手の体がくの字に折れて崩れ落ちた。

 

「二人、か……」

 

肩で息をつく黒瀬に対し、残る三人は焦る様子もなく、じりじりと距離を取り始めた。その落ち着きぶりが、逆に不気味だった。まるで、見せつけるように黒瀬の技量を測っているかのような。

 

「――待たせたな」

 

低く落ち着いた声とともに、その一団の後方から、一人の男がゆっくりと歩み出てきた。他の三人とは明らかに違う、灰色のロングコートを黒装束の上から羽織った男。フードの奥から覗く双眸だけが、氷のように冷え切っていた。

 

「お前が、五位か。噂通り、そこそこはやるようだ」

「……お前、何者だ」

「還元派、実働班隊長。コードネームは必要ないだろう。……だが呼びたければ、《轟(とどろき)》とでも呼べばいい」

 

男――轟は、それだけ言うと右手の指先を、まるで拍子を取るように軽く鳴らした。

次の瞬間、黒瀬の足元――ほんの数秒前まで彼が踏んでいた噴水の縁石が、耳をつんざく轟音とともに弾け飛んだ。

 

「――ッ!」

 

咄嗟に地を蹴って飛び退いた黒瀬の頬を、飛散した石片と灼けるような熱風が掠める。鼓膜が痺れ、一瞬だけ音が遠くなった。着地と同時に膝をつきそうになるのを、歯を食いしばって堪える。

 

「俺の祝福は『爆破』。触れたもの、あるいは視認した任意の地点に、時間差で爆発を引き起こせる。……先刻、お前が踏んだ場所には、もう仕掛けさせてもらった」

「いつの間に……!」

「気づかれないのが、俺たちのやり方だ。祝福を憎む俺たちの中でも、これは重宝される力でな。派手に、そして確実に――何もかもを無に還す」

 

轟はそう言って、口の端だけで薄く笑った。指先が再び小さく鳴る。

その瞬間、黒瀬の周囲、右、左、背後――計算し尽くされた座標で、地面が次々と爆ぜ始めた。噴煙と土埃が視界を覆い、破片が皮膚を裂く。逃げ場を潰すように張り巡らされた連続爆破の網に、黒瀬は防御と回避に神経のすべてを削られていく。

 

「くっ……」

 

三度目の爆発の余波をまともに浴び、体勢を崩したその刹那、残った二人の部下が地を蹴って距離を詰めた。耳鳴りと熱で朦朧とする意識では、まともに反応することすらできない。振り下ろされる拳を半分も避けきれず、肩に、脇腹に、容赦のない打撃が次々と突き刺さる。息が詰まり、視界が白く点滅した。黒瀬はついに片膝を地面につく。

 

「終わりだ」

 

轟が静かに告げ、指先を鳴らして次の爆破点を仕込もうとした――その時、黒瀬の頭の中で、ふと引っかかるものがあった。

 

(――待てよ。こいつの爆破、“視認した”地点にしか仕掛けられない、って言ってたよな)

 

朦朧とする意識の中、黒瀬はさっき浴びせられた炎で蒸発した噴水の水蒸気が、まだあたり一帯に薄く漂っていることに気づいた。視界を塞ぐほどではないが、遠くの座標を正確に見極めるには、確かに邪魔になる程度の白さだった。

 

(座標を”視認”できなきゃ、狙いは付けられない――なら)

 

黒瀬は残る力を振り絞り、掌に灯る小さな炎を、噴水の水面に叩きつけた。爆ぜるような音とともに、大量の水蒸気が一気に噴き上がり、中庭全体を白く塗り潰していく。

 

「なに――」

 

轟の声に、初めて動揺の色が滲んだ。真っ白に染まった視界の中では、遠く離れた座標に爆破を仕込むことができない。奴の力の強みは、あくまで「見えている」ことが前提だったのだ。

 

「悪いが、種は割れてる」

 

蒸気の中、黒瀬は低く踏み込んだ姿勢のまま、気配を殺して距離を詰めた。轟が反応するより早く、間合いに潜り込む。狼狽したように放たれた至近距離の部下の一撃を炎の壁で弾き、返す刀――もとい拳で顎を撃ち抜くと、その男はあっけなく崩れ落ちた。

 

「くそ、姿が――」

 

蒸気の向こうから聞こえた轟のうろたえた声を頼りに、黒瀬は最後の力を振り絞って踏み込んだ。

 

「舐めるなよ……!」

 

雄叫びとともに、渾身の右拳が白い蒸気を切り裂いて閃く。轟が反応した時にはもう、間合いはゼロだった。拳が無防備な鳩尾に深々とめり込む。炎を纏った衝撃が、まるで杭を打ち込むように体の芯まで一気に突き抜けた。

 

「が――ッ!?」

 

轟は声にならない呻きを漏らし、白目を剥いて糸が切れたように崩れ落ちた。焦げた布の匂いと、晴れていく蒸気の向こうに、静寂だけが中庭に残った。

荒い息を吐きながら、黒瀬はその場に立ち尽くしていた。倒れた敵は五人。最初の二人も、爆破に翻弄されながら凌ぎきった二人の部下も、そして隊長格の轟自身も――全員、黒瀬が自分の足で立ち、自分の拳だけで沈めきった。

 

「……勝った、のか。俺が」

 

肩の痛みに顔をしかめながら、黒瀬は轟が倒れた場所を見下ろした。危うく連続爆破に沈められかけたが、相手の力の”穴”――視認前提という制約に気づけたことが、最後の最後で命運を分けた。

込み上げてくるのは、誰かに助けられたという安堵ではなく、自分の力と頭で切り抜けたという、じんわりとした実感だった。

遠くから、国家機関の職員たちが駆けつけてくる足音が聞こえてくる。黒瀬はその場にへたり込みながら、乾いた笑いを漏らした。

 

「五位でも、やれることはあるもんだな」

 

呟いた声は、誰の耳にも届かなかった。

 

数分後、駆けつけた職員たちによって、黒瀬は保健室へと運ばれていった。負傷は軽傷。転じて、後にこの日の戦闘記録を見た国家機関の担当者は、「単独で隊長格を含む五名を無力化」という一文に、揃って目を丸くすることになる。

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