無能力なのに国唯一の異能学園に入った俺。周りの反応が、なんかおかしい 作:都頃天
黒瀬先輩の声を背中に受けながら、俺は陽向に腕を掴まれるようにして走り出した。渡り廊下の向こうから、何かが弾ける破裂音と、押し殺した悲鳴が交錯して聞こえてくる。振り返りたい衝動を、無理やり抑え込んだ。
(いや振り返るなよ俺。ここで足止められたら黒瀬先輩の頑張りが無駄になる)
頭の片隅で、こんな状況でもラノベ脳が仕事をしていることに、自分でも呆れてしまう。
「一色、こっちだ! 正規のルート、煙で塞がってる!」
陽向が叫びながら、渡り廊下の途中で進路を折れた。普段は使われない特別棟へと続く連絡通路。人気のないその通路は、静まり返っているぶん、逆に不気味さが増していた。
「おい、こっちで本当に体育館まで行けるのか」
「遠回りだけど、行けるはずだ! 校内マップで見たことある!」
自信満々に言い切る陽向だったが、その声には隠しきれない焦りが滲んでいた。俺だって、同じだ。心臓が痛いくらいに脈打っている。
特別棟の渡り廊下を半分ほど進んだところで、進行方向の曲がり角から、ふっと人影が現れた。二つ。
「見つけたぞ、無能力の一色澄人」
先頭の男が、くぐもった声でそう言った。フードの下の目だけが、俺を捉えている。
「……は? なんで俺の名前知ってんの」
「導師が、お前に興味を持っている」
「知らねえよそんな奴」
軽口を叩きながらも、俺の足は完全に竦んでいた。頭では逃げろと分かっているのに、体が動かない。
「一色に近寄んな!」
陽向が前に躍り出て、掌から突風を叩き込んだ。砂埃と紙くずが舞い上がり、敵の視界を一瞬遮る。
「今のうちに――」
「無駄だ」
風が晴れると同時に、もう一人の敵がすでに陽向の背後に回り込んでいた。掌に集束する青白い光が、脈打つように明滅しながら膨らんでいく。躱す時間はない。
(まずい、間に合わない――)
俺は反射的に陽向の腕を引いた。だがそれで避けきれる距離ではないことは、自分でも分かっていた。時間の流れが、やけにゆっくりに感じられる。放たれる寸前の光弾の輪郭までもが、妙に鮮明に見えた。
――その時、頭上から小さな影が舞い降りた。
「――失礼」
軽い声とともに、小夜は音もなく着地した。着地の勢いを殺さず、そのまま独楽のように体を回転させる。小さな脚から繰り出された蹴りが、敵の顎を捉えた。骨の軋む鈍い音とともに、小柄な体格からは想像もつかない威力で、相手の体が壁際まで一直線に吹き飛ばされていった。
「小夜!? なんでここに」
「学園全体を分析範囲に入れて巡回していました。おかしな数値の動きがあったので」
小夜はそう言いながら、着地の体勢を低く保ったまま、油断なく残る一人と向き合う。両手を軽く広げ、いつでも動ける姿勢。その瞳だけが、敵の一挙一動を冷静に追っていた。
「先ほど、視界に入れて分析済みです。あなたの祝福は『衝撃波』。出力はそこそこですが、連射性能に優れたタイプですね」
「……小娘が、知った風な口を」
男が両手を突き出し、間髪入れずに連続した衝撃波を放つ。空気を切り裂く鋭い音が三連続で通路に響く。小夜はそれを最小限の動き――半歩の重心移動だけで、まるで水面を滑るように躱しきった。着弾した衝撃波が、背後の掲示板を紙くずのように吹き飛ばす。
「では――お借りします」
小夜の小さな掌に、男のものと寸分違わぬ青白い光が灯る。次の瞬間、彼女自身の手から放たれた衝撃波が、男の放った一撃を真正面から食い破り、そのまま相手ごと押し返した。空気が唸り、通路の壁に亀裂が走る。
「なっ……!?」
「模倣したのは、先ほどの一撃だけではありません。あなたの出力データも、既に取得済みです」
小夜は淡々とそう告げると、間を置かず追い打ちの衝撃波を連続で放った。一発目が肩を、二発目が腹を捉え、男は受け身を取る間もなく吹き飛ばされていく。崩れた掲示板の残骸に叩きつけられ、埃が舞い上がったのを最後に、その場から動かなくなった。
静まり返った通路に、俺と陽向の荒い息だけが響いた。
「た、助かった……マジで助かった……」
陽向がその場にへたり込む。俺も膝の力が抜けそうになるのを、なんとか堪えた。
「お二人とも、怪我はありませんか」
「あ、ああ……助かった、けど」
俺は呆然としながら、目の前の光景を見つめていた。あんな小さな体のどこに、これほどの戦闘力が眠っているのか、想像もつかなかった。
「一色澄人」
小夜が、いつもより低い声で俺の名を呼んだ。
「先ほど、目の前であなたが狙われた瞬間、また分析にノイズが走りました。以前より、明らかに強く」
「それは……」
「あなたは、狙われるだけの何かを持っている。もう、無関係だとは言わせません」
その言葉が、やけに重く胸に響いた。俺は何かを言おうとして、口を開いた。頭の中で、言葉になりかけていたものが確かにあった気がする。
――だが、その続きを、なぜか思い出せなかった。
「澄人くん!」
通路の向こうから、雫が息を切らして駆けてきた。心配そうな顔で、小走りに距離を詰めてくる。
「大丈夫? 陽向くんも……! すぐ先生呼んでくる」
「あ、ああ、大丈夫。小夜が助けてくれて」
「そうなんだ、良かった」
雫はほっとしたように微笑んだ。その笑顔を見た瞬間、さっきまで小夜と交わしていた会話の続きが、なぜかするりと頭の中から抜け落ちていった。何か大事なことを言おうとしていた気がするのに、それが何だったのか、どうしても思い出せない。
「……あれ、俺、何の話してたっけ」
「さあ? それより、早く体育館に行こう。危ないよ、ここ」
雫はそう言って、優しく俺の背中を押した。その手は、いつも通り温かかった。
すぐ側で、小夜だけが、怪訝そうな顔でこちらを見つめていた。何かに気づいたような、それでいてその正体をまだ掴めていないような、そんな表情だった。
俺たちはそのまま、雫に促されるようにして特別棟を後にした。振り返った先、小夜がまだその場に立ち尽くしていたことに、俺はしばらく気づかなかった。
体育館に転がり込むと、すでに大勢の生徒が体育座りで身を寄せ合っていた。教師たちが必死に人数を確認しながら、扉の外に神経を尖らせている。
「一色くん、海老名くん、こっち!」
呼ばれた方を見ると、燈子が――いつものだらけた雰囲気とは別人のような、鋭い顔つきで立っていた。仕事用のスーツに身を包み、腰には見慣れない発光する短杖のようなものを差している。
「姉さん!なんでここに」
「緊急招集。……こんな時にまで、家でごろごろしてるわけにはいかないでしょ」
燈子はそう言って、俺の頭を軽く小突いた。
「大丈夫、あんたはここにいなさい。国家機関がもう動いてる。……それに、正門は五位、東門は二位、体育館裏の資材搬入口は四位の子が、それぞれ食い止めてくれてるみたい。この学園、生徒の地力だけでも相当なものよ」
その言葉通り、体育館の外からは複数の足音と、無線らしき機械音が飛び交う声が聞こえてきた。生徒たちの間に、少しだけ安堵の空気が流れる。
だが俺の意識は、まだ中庭の光景に引きずられていた。黒瀬先輩が一人で立ち向かっていたあの敵の数。そして――
(雫は、どこだ)
隣を見ても、体育館のどこを探しても、あの見慣れた笑顔は見当たらなかった。
窓の外、遠くの空に、また一つ、青白い光が瞬いた気がした。
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同時刻、学園裏門
そこには、悲鳴を上げる者すらいなかった。
崩れた土嚢の陰、倒れ伏した黒ずくめの男たちが折り重なるようにして転がっている。指一本動かす者もいない。ただ一人、その中心に立っていたのは、返り血の一滴も浴びていない白崎玲だった。
「――たった、これだけかよ」
つまらなそうに吐き捨てる声には、感情の起伏らしきものがまるでなかった。玲は倒れた男の一人の胸ぐらを乱暴に掴み上げ、意識のない顔を覗き込む。
「本命は正門でも裏門でもなく、別にあるみてェだな。……まァ、いいか」
玲はその男を放り投げると、制服についた僅かな埃を面倒くさそうに払い、何事もなかったかのように歩き出した。
「あの方の日常を騒がせた落とし前、後でじっくりつけさせてもらうぜ」
その呟きを聞いた者は、誰もいなかった。