Per noctem volamus. 作:コルディアムに脳を焼かれた阿慈谷ヒフミ
2030年5月11日 19時48分 旧サンタフェ・マウンテンズ空軍基地
女を見つけて数十分。デニスは旧サンタフェ・マウンテンズ空軍基地のゲートを通り抜け、地下坑道へとディフェンダーを進めていった。
サンタフェ・マウンテンズ空軍基地。ニューメキシコ州、サンタフェ山脈に存在するこの放棄された空軍基地は、実に広い。
冷戦時代に作られた旧時代の遺物とも言えるこの基地は、有名なシャイアン・マウンテン空軍基地同様、強固な花崗岩の山体の中を掘削して出来た基地である。核爆発への対抗能力を持ち、NBC兵器対応の換気システムや食堂、医療施設、発電機といった設備を設けている、核シェルター的能力が強いのも同様である。
しかし、シャイアン・マウンテンとはっきりと性格を違えるのは、航空機の離発着能力を持ち合わせている点である。このサンタフェ・マウンテンズは、山岳地帯を突っ切る4000m級の滑走路があり、その両端はちょうど山と山の間に位置している。この山間部から僅かに顔を出している両端部から、航空機は発進あるいは着陸することができる。航空機を格納並びに整備するスペースもあり、地上の空軍基地が壊滅した後の反撃拠点として使われることが想定された。
ところがこの滑走路は整備こそされど、あまり使われることはなかった。まず、航空機のタッチダウン可能なスペースがあまりに小さいことが挙げられる。設計上は、この基地が建設された当時のアメリカ空軍機は基本的に全て離着陸が可能なように設計されてはいた。しかし、戦闘機はともかく、大型の爆撃機や旅客機ベースの機体での着陸は、不可能ではないにしろ、高い技量を要求されたのだ。さらに、着陸再試行───ゴーアラウンドが、そびえ立つ山に阻害され難しいことも理由となった。
こうして実用性が低く、冷戦終結後は金食い虫にしかならなかったこの空軍基地は1996年に非活性化された。その後、2029年12月にデニスがここに来るまで、33年もの間眠りについていたのである。
デニスのディフェンダーが行き着いた先は、普段デニスが生活している基地司令官室にほど近い、貨物集積場だった。ここは普段からデニスが車を止めているスペースでもある。
ディフェンダーの4.4L V8エンジンがしばらくの眠りにつき、デニスは後部座席の扉を開け放った。女の脈は相変わらず弱いまま。
「全く...俺がここに住み出してから2人目の訪問者が、まさか行き倒れたお嬢さんなんてな」
1人目の訪問者───同郷の男の顔を浮かべ、苦笑する。月1程度の頻度でここに飛んできては去っていく、あの傭兵は今もどこかの空を飛び続けているのだろう。翼を折られた男には、その姿は直視するにはあまりに眩しく感じられた。
デニスは女を背負い、そのまま自室へと運んだ。適当な士官室に寝かしておくことも考えたが、そもそもこの基地は1度引き払われた際に設備という設備がほとんどなくなっていたのだ。ベッドなんてものはない。それに、ろくに清掃もされていない部屋に死にかけの女を寝かしておいてもそれこそ息の根を止めるだけだろう。
普段は上に1枚だけ掛けて寝ているが、今日に限っては掛け布団を出しておいた方が良いだろう。まるで起きる気配を見せない女に布団を掛けてやり、デニスは部屋を後にした。
「...」
かつての食堂のスペースは、ほとんどの設備が引き払われた後でも机や椅子の多くをそのままに残していた。椅子を引き出して座り込み、白熱灯をぼんやりと見つめる。視界が白み、頭に入る情報は極限される。持て余した頭のリソースは自然とあの女についての思考に割かれていった。
会ったことはない。それは間違いない。だが、あの時感じた直感。ダレル・バーンズの妻の面影があったのは確かだった。
バーンズの妻と何かしらの関わりがある───それが意味するのは。
「...艦娘。それも戦艦クラスか」
戦艦娘。艦娘の中でも馬鹿げた運用コストを要求されるらしいが、その戦力は絶大だと言う。前に1度どれだけコストがかかるのか聞いたことがあるが、デニスが乗っていたヴェンデッタは1度飛ばすだけで何万ポンドという金が吹っ飛んでいくので、それに比べればまだ可愛いもんだと思った覚えがある。
それよりも。戦艦というのは海軍の花形。花形である上に見た目は美しい女性なのだ。まさにプロパガンダにうってつけという訳である。デニス自身、派遣されていた基地に属す戦艦娘に取材のカメラが来ていたのを何度も見ていた。
「俺とダレルに取材があったのなんて1度くらいなのによ...。それも、艦娘についての取材の一環だったしな」
大体の戦艦娘よりよほど戦果を挙げている自信がある...というより、よほどは言い過ぎだとしても、勝るとも劣らないスコアを記録していたデニスにとっては、あまりいい心地がしなかったのも確かだった。
「単純なコストとスコアだけで見りゃ戦艦の下位互換かもしんねーが、爆撃機はさっさと駆けつけて爆弾放り込めるからな。それだけで価値があるってもんよ」
まさに時は金なり。戦争においては、その言葉の持つ重みは更に増す。デニスやダレルが出撃しなかったら、沈んでいた艦娘が一体どれだけいたのか?デニス達だけじゃない、他の「選ばれし者」についても同じことが言えるはずだ。
戦後の艦娘達はまさにアイドル的存在だった。軍からの年金で駆逐艦クラスでさえ一生働かなくたって生きていけるだけの金が入るし、ましてや戦艦や航空母艦クラスとなれば、毎年高級車を買ったって死ぬまでには使い尽くせないだろう。そもそも大型艦共はそれなりに大きな邸宅を支給されていたと記憶している。
さらに、戦後は各方面から引っ張りだこだ。ただでさえ容姿がいい以上、女優やらなにやらをやってる奴だって腐るほどいる。今度のハリウッドにも、なんちゃらという元艦娘が出るとデニスは聞いていた。食い扶持なんて、困る方が難しい。
「それに比べて俺と来たらよ。RAFをお払い箱になって今やカビ臭い地下遺跡住まいときた」
ぷはっ、と本日何本目か分からないロスマンズの煙を吐き出す。「選ばれし者」の待遇は艦娘と歴然の差だった。ヴィクトリア十字章を貰ったデニスとダレルは、相当いい方でさえある。多くの「選ばれし者」は、今やそう呼ばれていたことさえ忘れ去られ、大して年金もないのに退役するか、軍での勤務を継続するか、それとも民間軍事会社で働くかのいずれかだった。
デニスは一応3番目に当たる人間だった。
───ニューオーリンズ条約。モントルー文書を発展させた条約により、民間軍事会社社員は正式に戦闘員としての地位を獲得した。その上広範な武装権を確約されている。
民間軍事会社と言っても、自営業のような形にすれば傭兵そのものである。事実、しっかりとした会社形態でやっているコントラクターはむしろ少数派であり、各々が戦闘機やら銃やらを持ち寄って個人毎に契約して任務に臨むのが専らだ。早い話が傭兵の合法化である。
ニューオーリンズ条約では民間軍事会社社員は皆、その旨を登録することが義務付けられており、デニスも退役後に登録を行っている。
しかし実態は開店休業、どころか閉店しているようなものである。ここに来て5ヶ月、デニスは一切の任務に出ていなかった。
静寂の中暮らすのはちょうどいい───そう考えていたデニスも、ここ最近は度々無気力に苛まされていた。その中で、一種の憤りを彼は覚え始めていた。
───誰も俺達の戦いに目を向けようとしない。報いようともしない。ならば、何がために俺とダレルは戦い、ダレルについては死なねばならなかったのか?
「何が
かたや市民のアイドル、かたや忘れられた兵士。デニスはいつの間にか、かつて戦友だったはずの少女たちに嫌悪感を抱いていた。
それでも。恐らく艦娘だろう、あの女を助けたのは。
「...ったく、憎みきれたら良かったのによ、クソッタレめ」
そろそろ何か作るか───そう思い、デニスが立ち上がった時だった。
背後から金属の小さな悲鳴が聞こえた。毎日のように聞いている、食堂の扉の音。
「...君が、僕を助けてくれたのかい?」
食堂に響くその声は、いわゆる鈴を鳴らしたような声ではなかった。しかし、いくらか弱々しくも芯のあるその声は、聞くものを振り向かせるのに十分だった。
「...ああそうだ。その訛り、お前もスコティッシュだな?」
「ほう、君は?」
「アバディーン生まれ、親父がくたばってお袋について行ってインヴァネス育ちだ」
「ああ、それで元の所属基地もスコットランドのロジーマス、で合ってたかな?生粋のスコットランド人だねぇ」
「なんだと?」
デニスは自身の眉間に力が入るのを禁じ得なかった。何故俺の元の所属基地を知っている?それに、あの言い方。ほう、君は?なんて言ってはいたが、恐らく俺の生まれ育ちも知っているだろう。知った上で遊んでいるだけか。
...不愉快だ。
「お前、一体どこまで知ってるんだ?」
「怒らせてしまったなら謝るよ。まぁ、そうだね。
保安局。MI6が対外諜報ならMI5は国内防諜だ。MI5相手に隠し事は不可能だ。
「...クソ、その感じだと俺のことはよく知っているようだな?」
「デニス・マクラガン=エヴァンス中佐。39歳。身長185cm、体重79kg、ヴィクトリア十字章持ち。戦争での敵艦撃沈数は347隻プラスワン。驚いたよ、僕より多いんだからさ」
自分のことが知られていることなどどうでもよかった。“僕より多い”───直感は外れていなかったか。こいつは艦娘だ。そして、“347隻プラスワン”。この言い方。もう1つの直感が外れていなかったら...もし、ダレルの妻と関わりがあるとしたら。
「紹介が遅れたね。───僕はクイーン・エリザベス級戦艦、ヴァリアントだ。君の相棒、ダレル・バーンズ中尉の
デニスの心臓は早鐘を打っていた。直感は全て最悪の形で的中した。ウォースパイトの妹。つまり、ダレルの義妹。思いつく限り最悪の因縁がある女が目の前にいる。
足音の一つ一つが死刑宣告のようにデニスの耳に響く。
ヴァリアントはやがてデニスの目の前、鼻先一寸で足を止め、なんでもない事のように語りかけた。
「───君とダレルが姉貴を沈めた時の話とか、ね」
もはや女の声から弱々しさなど消え去っていた。
Simejiのキーボード入力で書いてるんですが、何故か空白が反映されないんですよね。
いちいちデフォルトのキーボード入力に戻すのも大変なので最初以外段落落としできてないです...すみません。