イナズマイレブンAnother   作:コーウェル

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第二話

 三日後、俺は再び雷門中学校のグラウンドに立っていた。入学式の日、響木監督から告げられた入部選考の日が、ついにやってきたのだ。

 あの日、全国屈指の強豪へと変貌した雷門中サッカー部を目の当たりにしてから、俺は何度も考えた。この世界は俺の知っている『イナズマイレブン』とは違う。雷門は弱小ではなく、最初から全国大会常連の強豪校であり、円堂守はすでにその正ゴールキーパーとして全国に名を知られている。豪炎寺や風丸、染岡、飛鷹といった、本来ならば異なるタイミングで雷門へ集まるはずだった選手たちも、今では当然のように同じチームの仲間として雷門のユニフォームを着ていた。

 原作の知識は、もはや未来を予測するための答えではない。それでも俺は、この雷門に入りたいと思った。強い選手たちがいるからこそ、その中でサッカーをしたいと思ったのだ。

 

「うぅ……本当にやるんすか……」

 

 俺の隣で、壁山が情けない声を漏らした。中学生とは思えないほど大きな身体を持っているというのに、その肩は今にも縮こまりそうなほど小さくなっている。今日の壁山は俺たちのゴールを守るゴールキーパーだ。そして、その向こう側には豪炎寺修也、染岡竜吾、風丸一郎太、飛鷹征矢、そして円堂守という、俺たちにとってあまりにも巨大な壁が立ちはだかっている。

 

「壁山、今からそんな弱気でどうするでヤンス!」

 

 栗松が言ったものの、その声にも普段ほどの勢いはなかった。どうやら栗松自身も緊張しているらしい。それでも今日の彼は、俺たち五人の中で唯一のDFだ。豪炎寺や染岡という強力なFWを止め、壁山の前で相手の攻撃を食い止めなければならない。

 

「まあまあ。緊張するのは仕方ないよ」

 

 少林が軽く身体をほぐしながら笑った。今日の少林はMFとして俺たちの中盤を支える役目を担っている。ボールを奪われれば守備へ戻り、攻撃になれば前線へ走る。五人しかいない試合だからこそ、一人でも止まればチーム全体が崩れてしまう。

 

「でもさ、相手はあの五人なんでしょ? 円堂さんがゴールを守って、飛鷹さんが後ろにいて、風丸さんが中盤を走り回って、前には豪炎寺さんと染岡さん……これ、普通に考えてかなり無理じゃない?」

 

「普通に考えなくても無理そうだけど」

 

 少林の隣で宍戸が冷静に答えた。今日の宍戸もMFだ。少林が積極的に動いて相手をかき回すタイプなら、宍戸は周囲を見ながらパスコースを作り、試合を組み立てる役目を担う。俺が前線で自由に動くためには、少林と宍戸の二人がどれだけ中盤を支えられるかが重要になる。

 

 俺は四人を見渡した。

 

「一度、確認しよう」

 

 全員が俺を見る。

 

「俺はFW。ゴールを狙う」

 

 続いて少林と宍戸を見る。

 

「二人はMF。攻撃の時は俺を支えて、守備になったら栗松を助ける」

 

「了解!」

 

「分かった」

 

 栗松が胸を張る。

 

「俺はDFでヤンス! 絶対に相手を止めるでヤンス!」

 

 その言葉には、少しだけ無理があった。だが、それでも。栗松は前を向いている。

 

「壁山はGK」

 

「……やっぱり俺っすか」

 

 壁山が遠い目をした。

 

「豪炎寺さんのシュートとか、俺が受けるんすよね」

 

「そうだ」

 

「染岡さんのも?」

 

「そうだ」

 

「……人生って厳しいっすね」

 

 思わず、少林が吹き出した。張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。俺は壁山の肩を軽く叩いた。

 

「一人で全部守る必要はない。栗松がいる。少林と宍戸も戻る。俺だって守備をする」

 

 壁山が俺を見る。

 

「全員で守る。だから壁山は、最後までゴールに立っていてくれ」

 

 壁山は少しだけ黙った。そして。

 

「……分かったっす」

 

 小さく頷いた。

 

 その時。

 

「そろそろ始めるぞ」

 

 響木監督の声がグラウンドに響いた。俺たちは一斉に振り返った。響木監督は腕を組みながら、俺たちと先輩たちを見比べている。

 

「今回の選考は五対五で行う」

 

 俺は小さく息を吐いた。やはり。聞いていた通りだ。

 

「新入生側は、主人公、少林寺、宍戸、栗松、壁山。対する雷門側は、円堂、豪炎寺、風丸、飛鷹、染岡。この五人だ」

 

 俺は改めて相手を見る。ゴール前。円堂守。

 

「よろしくな!」

 

 いつもの明るい笑顔。その隣には。

 

「……全力で来い」

 

 豪炎寺。静かだが、その目には明らかな強者の余裕があった。

 

「簡単には通さねぇからな!」

 

 染岡が笑う。風丸は軽く準備運動をしながら、こちらを見ていた。

 

「五対五なら、スペースも広く使える。気を抜くなよ」

 

 そして最後に、飛鷹。

 

「遠慮はしない」

 

 短く、それだけを言った。俺は自然と笑った。望むところだ。

 

「俺たちだって、遠慮してもらうつもりはありません」

 

 響木監督が頷く。

 

「いい返事だ」

 

 そして審判用の笛を手に取った。

 

「位置につけ」

 

 俺たちはそれぞれの場所へ散る。俺は最前線。少林と宍戸はその少し後ろ。栗松は守備の位置。そして壁山がゴール前へ立つ。対する雷門は、円堂がゴールを守り、その前に飛鷹。中盤を風丸が担当し、豪炎寺と染岡が前線に立つ。シンプルだ。だが。だからこそ分かる。一人一人の力が、そのまま試合を左右する。

 

「……緊張してるっす」

 

 ゴールの方から壁山の声が聞こえた。

 

「俺もだ」

 

 俺は答えた。

 

「でも、始まったら走るしかない」

 

「そ、それはそうっすけど!」

 

 ピィィィッ!

 

 試合開始の笛が鳴った。最初のボールを持ったのは俺たちだった。宍戸がボールを受ける。周囲を確認する。そして前線にいる俺を見た。

 

「行くぞ!」

 

 鋭いパス。俺は相手ゴールを背にしてボールを受けた。その瞬間。

 

「甘い」

 

 低い声がした。豪炎寺だった。俺が前を向くより早く、豪炎寺が背後から距離を詰める。

 

「くっ!」

 

 俺は身体を入れてボールを守った。簡単には奪わせない。しかし。

 

「そこだ!」

 

 横から風丸が来た。俺は反射的にボールを少林へ送る。

 

「少林!」

 

「任せて!」

 

 少林がボールを受けた。そして前へ進もうとした、その瞬間。

 

 風丸の姿が一気に加速した。

 

「えっ!?」

 

 少林が驚く。だが、その時には遅かった。風丸は一瞬で距離を詰め、少林の横を通り抜けると同時にボールを奪っていた。

 

「速い……!」

 

 俺は思わず声を上げた。知識としては知っている。風丸が圧倒的なスピードを持っていることも。

 しかし、実際に目の前で見るのはまるで違った。ただ速いだけではない。どのタイミングで加速すれば相手が反応できないのかを完全に理解した上で、風丸は動いている。

 

「戻れ!」

 

 俺は叫んだ。風丸が一気に前へ進む。宍戸が追う。少林も振り返る。俺も全力で戻る。だが。

 

「速すぎる……」

 

 風丸はすでに俺たちの守備陣の前まで到達していた。

 

「染岡!」

 

 風丸からパス。染岡が受ける。

 

「行くぞ!」

 

 染岡が前へ出た。そこに栗松が立ちはだかる。

 

「ここは通さないでヤンス!」

 

 栗松がボールへ向かう。だが、染岡は獰猛な笑みを浮かべた。

 

「いいじゃねぇか!」

 

 身体をぶつける。栗松も負けない。小さな身体で必死に踏ん張る。

 

「うおおおお!」

 

「でヤアアアンス!」

 

 二人の身体がぶつかった。しかし。

 

「まだまだ!」

 

 染岡が強引に突破する。

 

「うわっ!」

 

 栗松が体勢を崩した。

 

「壁山!」

 

 俺は叫んだ。染岡がゴール前へ進む。壁山の顔が青くなった。

 

「く、栗松が抜かれたっす!」

 

「分かってる!」

 

 俺は必死に戻る。しかし、間に合わない。染岡がシュートを放つ。壁山が前へ出る。

 

「うわあああ!」

 

 両手を伸ばす。だが、ボールは壁山の横を抜けた。

 

 ズドンッ!

 

 ネットが揺れる。

 

「一点!」

 

 試合開始から、まだほとんど時間が経っていない。それでも、俺たちは先制点を奪われた。壁山はその場に座り込んだ。

 

「止められなかったっす……」

 

 俺はすぐに壁山の方へ走った。

 

「気にするな」

 

「でも……」

 

「まだ一点だ」

 

 俺はボールを拾いながら言う。

 

「俺たちの攻撃は、まだ一回も終わってない」

 

 壁山がこちらを見る。俺は前線へ戻った。試合が再開される。今度は俺たちの攻撃。宍戸がボールを持った。俺は前線で動く。

 

「宍戸!」

 

 声をかける。宍戸からパスが来た。俺はボールを受ける。今度は前を向くことができた。

 

「行ける!」

 

 俺は一気に前へ進む。飛鷹の横を抜こうとする。しかし。

 

「……行かせない」

 

 低い声。飛鷹が俺の前に立った。俺はフェイントを入れる。右へ。次の瞬間、左へ。だが。

 

「真空魔!」

 

 飛鷹の周囲に強烈な風が巻き起こった。俺が前へ進もうとした瞬間、まるで空気そのものに押し返されるような感覚に襲われる。ボールが俺の足から離れた。

 

「くそっ!」

 

 飛鷹がボールを奪う。そのまま風丸へ。

 

「戻れ!」

 

 再び守備。俺たちは必死に走る。だが、雷門の五人は人数が少ないからこそ、一人一人の役割がはっきりしていた。飛鷹が奪う。風丸が運ぶ。豪炎寺か染岡へ繋ぐ。そして。

 

「豪炎寺!」

 

 風丸からパスが送られた。豪炎寺がボールを受ける。その瞬間、グラウンドの空気が変わった。俺は知っている。次に何が来るのか。

 

「壁山!」

 

 俺が叫んだ。豪炎寺が跳んだ。

 

「ファイアトルネード!」

 

 炎が巻き起こる。燃え上がる竜巻。その中心から、強烈なシュートが放たれた。

 

「ひいいいいっ!」

 

 壁山の悲鳴。だが。壁山はゴールキーパーの位置から逃げなかった。

 

「止めるっすうううう!」

 

 壁山が前へ飛び出す。両手を伸ばす。炎を纏ったボールが迫る。そして。

 

 ズドンッ!

 

 ネットが激しく揺れた。壁山は後ろへ倒れた。

 

「二点!」

 

 俺たちは無言になった。壁山はゆっくりと起き上がる。

 

「……怖すぎるっす」

 

 その声は震えていた。俺も拳を握る。これが雷門。これが、俺たちが入ろうとしているチーム。ただ強いだけではない。必殺技を当たり前のように使い、それを正確な連携の中に組み込んでくる。俺たちとは、まるで別の次元にいる。

 

 試合は続いた。俺たちは必死に守ろうとする。だが、風丸が前に立つ。

 

「疾風ダッシュ!」

 

 またしても、風丸のスピードが俺たちを置き去りにする。少林が追いつけない。宍戸もコースを塞げない。俺が戻っても、すでに風丸は次のパスを出している。

 

「速すぎる……!」

 

 少林が悔しそうに言った。俺たちは何度も攻撃を止められた。そして何度も攻め込まれた。栗松は必死に相手へ食らいつく。壁山はゴール前で震えながらも立ち続ける。少林と宍戸は中盤を走り続ける。俺も前線だけではなく、何度も守備へ戻った。しかし。相手との実力差は、あまりにも大きかった。

 

 俺たちは攻撃に転じても、飛鷹の守備を突破できない。ようやく飛鷹を抜けそうになれば、風丸が戻ってくる。少林と宍戸がパスを繋ごうとしても、豪炎寺や染岡まで守備へ参加する。そして、仮に全員を抜いたとしても。最後には。

 

「来い!」

 

 円堂がいる。俺は遠くに立つ円堂を見た。この世界の雷門を守る守護神。俺たちにとって、あまりにも高い最後の壁。

 

「……これ、無理なんじゃないっすか」

 

 壁山の声が聞こえた。俺は振り返る。

 

「無理?」

 

「だって……俺たち、何もできてないっす。先輩たちは強すぎるっすよ。豪炎寺さんも、風丸さんも……」

 

 壁山の言葉に、栗松も俯いた。少林も苦しそうな顔をしている。宍戸は何も言わない。俺は理解した。全員が、諦めかけている。無理もない。俺だって苦しい。前世の記憶があるからこそ、相手の強さを知っている。そして今、その圧倒的な強さを真正面から見せつけられている。だが。俺は前を向いた。まだ試合は終わっていない。試合終了の笛は鳴っていない。なら。

 

「まだだ」

 

 俺は言った。四人が俺を見る。

 

「まだ終わってない」

 

「でも……」

 

「点を取られてもいい。何回ボールを奪われてもいい。今は勝てなくてもいい」

 

 俺は仲間たちを見渡した。

 

「でも、ここで諦めたら、本当に何もできないまま終わる」

 

 壁山が顔を上げる。

 

「俺たちは雷門に入りたいんだろ」

 

 栗松を見る。

 

「強い奴らとサッカーをしたいんだろ」

 

 少林を見る。

 

「だったら、強いからって諦めるのか?」

 

 宍戸を見る。そして最後に。俺は前を向いた。

 

「俺は諦めない」

 

 グラウンドの向こう側。豪炎寺たちがこちらを見ている。圧倒的な壁。全国屈指の強豪。それでも。

 

「次は絶対に攻める」

 

 俺はボールを指差した。

 

「一点でもいい。一度でもいい。俺たちのサッカーを、先輩たちに見せるぞ」

 

 少しの沈黙。そして。

 

「……分かったっす」

 

 最初に答えたのは壁山だった。その声には、まだ恐怖が残っている。それでも。

 

「俺、もう少しだけ頑張るっす」

 

 栗松が顔を上げる。

 

「当たり前でヤンス! こんなところで終われないでヤンス!」

 

 少林が笑った。

 

「そうだね。せっかくなんだから、もっとやってみよう!」

 

 宍戸も小さく頷く。

 

「……まだ、試せることはある」

 

 俺は笑った。

 

「よし」

 

 試合再開の笛が鳴る。俺たちは再びグラウンドへ散った。圧倒的な実力差。何度も奪われるボール。何度も破られる守備。それでも。俺たちは走り始めた。諦めないために。雷門の一員になるために。そして、いつか。あの強い先輩たちと同じユニフォームを着るために。

 

 俺たちの挑戦は、まだ終わっていなかった。

 

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