アメイジング仮面ライダーデモンズ   作:赤倉翔

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目覚めの蜘蛛

 

雨が上がった翌朝の病院。

薄いカーテン越しに差し込む光が、白い天井を照らしていた。窓の外では、昨夜の雨で洗われた街が朝日を浴びて輝いている。遠くで救急車のサイレンが消え、代わりに鳥のさえずりが聞こえてくる。病室の空気は消毒薬の匂いが強く、シーツは糊のようにパリパリと乾いていた。

 

グウェン・ステイシーは、ゆっくりとまぶたを開けた。最初に感じたのは、体の重さだった。鉛を流し込まれたように動けない。頭がぼんやりし、昨夜の記憶が断片的に蘇る。時計塔の崩れる音、落下する感覚、赤い影、そして腕に刺さったチクリとした痛み。だが、それだけではなかった。指先が異様に敏感で、シーツの一枚一枚の繊維が皮膚に絡みつくように感じられる。空気の流れ、遠くの廊下を歩く看護師の足音、空調の低い唸り声、隣の病室で誰かがページをめくる音––––––––すべてが往常の数倍大きく、鮮明に耳に入ってきた。まるで世界が突然、音と感触で満ち溢れたようだ。

 

「……ん、何……?」

 

上体を起こそうとした瞬間、右手がベッドの金属サイドレールに吸い付いた。まるで強力な磁石だ。慌てて引き離そうとすると、指がレールを掴んだまま離れない。力を込めれば込めるほど、吸着力が増す。息が詰まった。心臓が激しく鼓動し、血管の中を何かが駆け巡る感覚がある。

 

「な、何これ……離れない……!」

 

左腕を壁に突いて体を支えようとしたら、今度は壁に手が張り付いた。体が自然と持ち上がり、ベッドからずれ落ちそうになる。慌てて力を抜くと、ようやく手が離れた。心臓が激しく鼓動している。恐怖と、得体の知れない興奮が同時に込み上げてきた。指先を見つめると、皮膚の下で微かに何かが脈打っている。昨夜の注射痕が、淡く赤く残っている。

そのときだった。

 

後頭部の奥が、針で刺されたように痛んだ。危険を察知する感覚。病室のドアの向こうで、誰かが急いで近づいてくる。足音の間隔、呼吸の浅さ、緊張の度合いまでが、肌で分かる。まるで全身がアンテナになったようだ。

 

ドアが開き、ピーター・パーカーが飛び込んできた。スーツの下から普段着に着替えた姿で、髪は少し乱れ、目の下に薄い影がある。昨夜からずっと彼女のそばを離れていなかったのが、表情から伝わってくる。

 

「グウェン!意識が戻ったのか!?大丈夫か?熱は?どこか痛むところは?」

「ピーター……変なの。体が全然いうこと聞かないの。壁に張り付くし、音が聞こえすぎるし……全部が敏感すぎて……」

 

ピーターの表情が強ばる。彼はベッドの脇に膝をつくと、グウェンの手を優しく握った。自分の手が少し震えているのを、彼女は敏感に感じ取った。

 

「壁への吸着……それに危険を察知する感覚、グウェン、これは……僕と同じだ」

「同じ……?スパイダーマンの力ってこと?でも、どうして私が……昨夜、落ちたときに何かあったの?」

 

グウェンの声が揺れる。ピーターは彼女の腕に残る小さな注射痕を見つめた。指で優しく撫でると、痕がわずかに熱を持っている。

 

「昨夜、時計塔で……グウェンが落ちたとき、誰かが助けてくれた。赤い装甲の男だ。糸で受け止めて、その後、グウェンの腕に何か注射をしたらしい。僕が駆けつけたときには、もういなかった。影みたいに消えて……」

「赤い装甲……確かに、ぼんやり覚えてる。雨の中で、低くて聞き取れない声がして……『生きろ』って。それから、腕がチクリとして……体が熱くなって、それから何も……」

 

グウェンは思い出そうとして、また体に異変が起きた。寝返りを打とうとしただけで、背中が壁に軽く吸着する。離れようとして力を入れると、今度はベッドのヘッドボードに手が張り付き、体が中途半端な姿勢で固定されてしまった。息を荒げ、慌てて力を抜く。

 

「もう……!どうやって制御するのよ、これ!普通に動けないなんて……」

 

ピーターは思わず苦笑し、それから真剣な目で彼女を見た。自分も同じように苦しんだ日々を思い出しながら、声を優しくする。

 

「最初はみんなこうだった。力を入れるんじゃない。抜くんだ。意志で『離す』ってイメージする。僕も最初の頃は、壁に張り付きすぎて動けなくなったり、部屋の天井に張り付いたまま動けなくなって、メイおばさんに見つかるところだったんだ」

 

彼は自分の経験を丁寧に話し始めた。初めて壁を登った日のこと、ウェブがうまく飛ばずに何度も落ちたこと、危険感知に振り回されて周囲の音に過敏になっていたこと、友人や家族に隠すためにどれだけ気を使ったか。グウェンは彼の言葉を聞きながら、少しずつ力を抜いてみた。すると、壁から手が離れた。指先の感触が少しだけ馴染んできた気がする。

 

「……できた。ちょっとだけ。でも、まだ怖い。この力がいつ暴走するかわからない」

「いいぞ。焦らなくていい。徐々に慣れていけばいいんだ。僕がついてるから。一人じゃない」

 

ピーターは彼女の肩に手を置いた。その温もりが、グウェンの不安を少しだけ和らげた。彼女は彼の目を見つめ、昨夜の恐怖が少しずつ遠ざかるのを感じた。

 

「ピーター。私、この力でどうなるの?お前みたいに戦うの?それとも、ただの事故で終わってほしいの?普通の生活に戻れるのかな……」

「それは……グウェンが決めることだ。ただ、僕はグウェンが生きていてくれて、本当に嬉しい。時計塔で、また失うところだったから。もう二度と、大切な人を失いたくない」

 

二人の間に、静かな沈黙が流れた。グウェンはピーターの手を握り返した。力がまだ安定しないせいで、少し強く握りすぎてしまったが、ピーターは何も言わずに受け止めた。彼の手のひらに、彼女の新しい力が微かに伝わってくる。

 

午後、グウェンは検査を拒否して退院を強行した。体の異変を説明できるはずがない。医師に「異常なし」と言わせるために、ピーターがうまく話を逸らし、二人でいつものアパートに戻る。街を歩くだけで、足音や話し声が過剰に耳に入り、グウェンは何度も立ち止まりそうになった。ピーターが肩を支え、優しく導く。

 

室内に入った途端、グウェンは再び力の暴走に見舞われた。コートを掛けようとして壁に手が吸い付き、そのまま体が持ち上がって天井近くまでいってしまった。足が空を掻き、慌てた声が漏れる。

 

「ピーターっ、助けて……!降りられない!」

 

ピーターがウェブで優しく引き戻す。着地したグウェンは、床に座り込んで深いため息をついた。髪が乱れ、頬が少し赤くなっている。

 

「最悪……生活できないレベルなんだけど。トイレにも行けないかも」

「大丈夫。一緒に練習しよう。まずは糸からだ。僕も最初は全然ダメだったんだ。毎日練習して、少しずつ体が覚えていった」

 

ピーターはテーブルの上のペンを指さした。グウェンは慎重に手首を動かし、糸を伸ばす。最初の三回は空を切り、四回目でようやくペンに絡めた。引っ張ると、ペンが転がり落ちた。小さな成功に、彼女の目が少し輝く。

 

「やった……小さいけど」

「ああ。次はもう少し長く、安定させてみろ。僕が横で見てる。失敗してもいいから」

 

二人は午後いっぱいかかって、基礎的な制御を繰り返した。壁を数歩だけ走る練習、糸で軽い物を引っ張る練習、危険感知を意識的に「聞き分ける」練習。グウェンが失敗するたびに、ピーターは自分の失敗談を交えて励ました。時折、二人の手が触れ合い、視線が合う。言葉にならない安心感が、そこにあった。夕陽が部屋をオレンジ色に染め、影が長く伸びていく。

夕暮れ時。

 

グウェンがようやく壁を横に数メートル移動できるようになったとき、蜘蛛の感覚が鋭く警告を発した。後頭部が鋭く痛み、全身が緊張する。

 

「ピーター……来てる、緑の……嫌な気配。怒りと、憎しみが混じってる」

 

窓の外。遠くのビルの屋上に、グリーンゴブリンの影。夕陽を背に、グライダーがゆっくりと姿を現す。

次の瞬間、パンプキンボムが放物線を描いて飛んできた。ピーターがとっさにグウェンを庇い、ウェブで爆弾を弾き返す。爆風が窓を割り、室内に硝子が飛び散る。カーテンが舞い、空気が熱を帯びる。

上空から、グリーンゴブリンの声が響いた。

 

「ピーター!まだ隠れてるのか!?お前が僕を裏切ったんだろう!全部、お前が壊したんだ!」

 

グリーンゴブリンがグライダーで急接近してくる。ピーターが窓から飛び出し、空中戦が始まる。ウェブが空を划り、爆弾が連続で炸裂する。

 

「ハリー、違う!僕はお前を裏切りなんてしてない!戻ってこい!まだ間に合う!」

「戻る? 笑わせるな!もう遅いんだよ、ピーター!この力を手に入れた以上、お前みたいな偽善者は消すしかないんだ!お前が選んだ女と一緒にな!」

 

パンプキンボムが連続で投下される。ピーターがウェブでかわしながら叫ぶ。グライダーが旋回し、緑の装甲が夕陽を反射する。

 

「やめてくれハリー!君と僕は親友なんだ!止められるはずだ!身体のことも……!」

「お前がグウェンを選んで、僕を捨てた結果がこれだ!今度は二人まとめて落とす!」

 

グウェンは部屋の中で立ち尽くしていた。体がまだ完全には言うことを聞かない。だが、ピーターがピンチに陥っているのが、危険感知ではっきりと分かる。彼の息が乱れ、ウェブが切れかけている気配が伝わる。

 

彼女は歯を食いしばり、壁に手をついた。吸着を利用して窓枠へ移動し、恐る恐る外へ体を乗り出す。ピーターから借りたウェブシューターを使い、ウェブを放つ。最初の二本は空を切り、三本目が隣のビルにかろうじて届いた。体がぶら下がり、高所への恐怖が込み上げる。

 

「怖い……でも、ピーターを……放っておけない!」

 

『ADD!』

『BATTA』

『DOMINATE UP!BATTA GENOMIX!』

 

そのとき、赤い装甲の影が再び現れた。デモンズだ。正体を隠したまま、無言でバッタゲノミクスを展開し、高い跳躍力でグリーンゴブリンの側面に取り付く。デモンストリングでグライダーの翼を絡め取り、バランスを崩させる。装甲が夕陽に赤く輝き、影のように動く。

グリーンゴブリンが振り返り、声を荒げる。

 

「なんだ、お前は!また出てきやがったな、仮面野郎!ピーターの仲間か!?ならまとめて消し炭だ!」

 

デモンズは何も答えず、ただ的確に動きを封じる。グウェンはその姿を見た。昨夜、自分を助けた人物だ。声は出さない。ただ的確に、ピーターの動きを補っている。赤い影が、二人の間を繋ぐように動く。

グウェンは決意した。糸をもう一度放つ。今度は意志が明確だった。糸はグリーンゴブリンの腕に絡み、一瞬だけ動きを止めた。力がまだ未熟で、すぐに切れそうになるが、その一瞬がすべてだった。

 

「っ、邪魔するな、グウェン!お前もあの血清でおかしな力を手に入れたのか!?なら実験台にしてやる!ピーターの前で、どうなるか見せてやる!」

 

その瞬間を狙って、ピーターのキックとデモンズの打撃が同時に入る。

 

「ハリー!もうやめろ!」

 

グライダーが大きく傾き、グリーンゴブリンは煙幕を展開しながら叫んだ。

 

「まだ終わりじゃないぞ、ピーター!次はもっと高くから落としてやる!お前と、その女をな!」

 

彼は夜の闇へ撤退していった。エンジン音が遠ざかり、夕闇が街を包む。

戦いが終わった屋上で、ピーターは荒い息をつきながらグウェンを見た。彼女は壁に張り付いたまま、震えながらも落ちていなかった。糸の感触が、少しだけ手の内に収まり始めていた。風が二人の髪を defer し、遠くでサイレンが鳴り始める。

 

「……やった、みたい。少しだけ、制御できた。怖かったけど……動けた」

 

小さく笑うグウェンに、ピーターは安堵の笑みを浮かべた。彼女の手を取り、優しく握る。

 

「ああ。君なら、きっとうまくやる。僕がついてるから。一人で抱え込まなくていい」

 

彼は彼女の手を取り、優しく握った。力がまだ安定しないせいで少し強く握られたが、ピーターは何も言わずに、その手を握り返した。二人の間に、新しい絆が静かに芽生え始めている。

影からそれを見ていた拓真は、スーツを解除し、静かにその場を離れた。ピーターと視線が合いそうになった瞬間、すぐに物陰へ隠れる。雨上がりの夜風が、彼の顔を冷たく撫でる。左手首の痣が、微かに熱を持っている。

 

「彼が、この世界のスパイダーマンか……。そして、彼女にも力が宿った」

 

彼は夜の闇に溶けながら、小さく呟いた。

事故で飛ばされてきた自分の糸が、この世界で少しずつ絡まり始めていることを、確かに感じていた。深淵の向こうから紡がれる糸が、二人の運命を、静かに、しかし確実に結びつけ始めていることを。

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