おっとり彼女がプルデンシャル生命の保険に入ってからごっついメンヘラムーブをしてくる 作:雑巾とナマステ
最近、俺の彼女ーー古都宮琴子の様子がおかしい。
「あのね~、このまえ言っていたお話なんだけど~、実はともくんのお誕生日に向けてすごーいサプライズを用意しているんだ~」
へえ、そうなんだ。
俺はティックトックでいかにも視座が高そうなモーニングルーティンを紹介しているアカウントの投稿を見漁りながら、心の中でそう相槌をついた。
てか、サプライズって言った時点でもうサプラズじゃないだろ。
「……ねえ、あの、ともくん、サプライズ、お誕生日のお話……」
ほうほう、やっぱ朝五時起きはマストなのかー。
「あ~、ともくんの見てる人、私も見てる~。朝五時起きなんて、すごいよねえ。私はその時間ぐっすりだよ~」
だろうな。琴子朝弱いし。
「……ねえ、ともくん。すまほばっか見てるの、いやだよ……」
ん? いまなんて言ったんだ? ぜんぜん聞こえなかったんだけど。
いや、本当に。
「あ~、でもね~、そんなともくんだからこそよろこんでもらえると思うんだ~、このサプライズ~」
「……いや、サプライズって言ったらもうサプライズじゃねえだろ」
思わず声に出して言って琴子を見ると、なぜかすごく驚いた表情で俺の顔を見つめて、瞳の端からほろりと涙をこぼしながら、にへっと笑う。
いつも通り、琴子の笑顔は可愛いな。
「今日、はじめて目が合ったね……うれしい……」
ん?
今日初めて?
「あれ、そうだっけ?」
「っ! あっ、えっと、ごめん……回数数えてるの細かくて気持ち悪かったよね~、でもそのうざいのも、次の誕生日にはぜーんぶなくなるすごいサプライズがあるからね~」
だから、言ったらサプライズじゃないんだって。
……あっ。
そうか。俺、今日ここまで自分の頭の中で返事はしてたけど、実際声に出して返事はしてなかったか。
うっかりしてた。いつも一緒に居るからって、慣れすぎるのも考え物だな。
「ごめんな琴子、別に今日、ずっと無視してたわけじゃないんだ。こう、心の中では返事してたというか……」
我ながら最低な言い訳だなと思ったが、琴子はそんなこと気にしていない様子で、綺麗な黒髪を振り乱して横に首を振った。
「むしろ私がごめんだよ! 声出すの面倒って、彼女だったら分かってあげなきゃだよね。……分からない彼女なんて、いないほうがいいよね……?」
「あー、まあな」
最後のほうはよく聞き取れなかったけど、とりあえず頷いとくか。否定から入るのは生産性が低いし、相手にとってもよくないからね。
「だよねだよね! うんうん……うん、うん……だよね、そうだよね……ーーじゃあ、絶対サプライズ、喜んでもらえると思う……」
その前向きな言葉と裏腹に、なぜか琴子は沈鬱な表情でうつむいて、まるで潰れるように苦しい胸を押さえるようにしていた。
なんだろ。体調悪いんだろうか。
「琴子、大丈夫か?」
「ーーご、ごめん! 大丈夫、ともくんに迷惑は絶対にかけないから」
「そ、そうか……」
なんか病的な反応速度だったな……。
つか、そんなに言うならいっそんのことサプライズのこと、こっちから聞いてあげた方が良い気がしてきたな。
「ところで、琴子」
「ぁ、呼び捨て……」
「は? 彼女なんだから、そりゃするだろ」
「あ……そ、そだよね。うんうん……立場上そうしてるだけで別に好きだからしてるわけじゃないってことだよね、うんうん」
ん? またなんか後半変なことを言っていた気がするけど、よく聞き取れなかったしいいか。
「ま、そんなことより。そんで、さっきから言ってるサプライズって言うのは、なんなんだよ?」
「ぇーーえ、興味を持ってくれるの……?」
「は? 琴子がさっきから何回も言ってるからだろ?」
「ぁ、ごめ、ごめんなさい! ごめんなさい! 無視してるのに話しかけられて、鬱陶しかったよね」
「いや、鬱陶しいとかはないけどさーーで、サプライズって?」
琴子は一瞬パニックに陥ったように視線を右往左往させたが、その際中に俺と目が合うとリンゴみたいに顔を真っ赤にして、ぱくぱくと口を開閉させる。
人生かけて追ってきた推しとの初対面みたいな反応だな、などと思っていると、琴子は緊張ではねる心臓を押さえるように豊満な胸に手をやって、数度深呼吸。
そして。
心底、幸せそうに。
まるで、それを言うために自分が生まれてきたとでもいうように、当たり前の響きで。
「生命保険に入ったの! それで私、ともくんの誕生日の日に飛び降りるから、そしたらともくんお金持ちになれるの! しかも、面倒くさくて重い彼女からも解放されるおまけつき! これって、すっごくサプライズだと思うんだけど……どう、かな?」
そんなこと、言った。
俺が口に出せたのは、これだけ。
「え」
混乱を極め、パニックに陥った俺の脳は琴子の嬉しそうにつげる”プレゼント”の内容を理解した瞬間、何も分からず琴子を抱きしめた。
こうしないと、今すぐにでも琴子が消えていなくなってしまいそうだったから。
「あ、あ……う、うれしい、よろこんでくれてうれしいよ、うまれてきてよかった……」
ああ。
どうすればいい、どうしたら壊れてしまった琴子は、いつものおっとりした琴子に戻ってくれる……?
とりとめのない、取り返しのつかない後悔をしながら。
俺はふと、少し前に聞いた記憶のある琴子の話を思い出していた