おっとり彼女が生命保険に入ってからごっついメンヘラムーブをしてくる 作:雑巾とナマステ
霞子の自室に踏み入れると、いつものことながら壁や天井、家具にいたるまで、あらゆる平面という平面をすべて”俺の写真”が満たしていた。
…………。
「なんか前よりも増えてない?」
「当然です!!! 減ることはありませんから!!!!!」
「そ、そっか……」
なんかすごいパワフルな返事が来てしまった。
とりあえず増えてる理由は良いとして……増えてる写真がどう見ても盗撮のアングル……。
「被写体の自然体を捉えてこそ、カメラマンの腕が見えるというモノではないですか?」
「そっか……」
そう言われると、なんかまともな意見に聞こえるから不思議だ。
盗撮なのに。
まあ、別に撮られちゃいけない場面なんてない。強いて言うなら琴子に視られるとダメな写真は大量にあるが、霞子はこの部屋に俺以外は入れないという。
……本来は俺こそ入れちゃいけない気がするが、この狂行を始めた頃に注意しなかった俺の責任でもあるので、そこは飲み込むしかない。
「ちなみにこれ、いつまで増え続けるんだ?」
「そのIFコードはリジェクトされてしまったみたいです! そうでなくとも、私は自室でも規律を重んじていたいのです♡ あこがれのお兄様に視姦ーーでなく監視されている状況下であれば、私もきちんとしなくては! と子宮に力がーーでなく、臼歯を力強くかみしめ、己を律することが出来るのです、お兄様♡」
うっかり言い間違えです♡ と頭をコツンとする霞子。
そっか、言い間違えだったら仕方ないか。
「訓練に影響がない範囲でやるんだぞ」
適当に注意だけしておく。
訓練のスケジュールをこなしているということは、おおよそ自由と呼べる時間は存在しない。霞子の場合はマネージメントする企業がある関係で外出を許可されているので、おそらく盗撮チャンスはそこか。
…………。
「霞子」
「ぁすみません、その……もっーーもちろん訓練カリキュラムに影響は与えません! 私のような雑魚は、毎日耳から脳に電極をぶっさして、課題を間違えると生まれてきたことを後悔する激痛の罰を与える【ビリビリ】を受けることでしか実力を身につけられませんので!」
そうか、今日も頑張るんだぞ。
…………ん?
「電極?」
「はい♡私の志願で、課題に間違えるごとに神経系に電流を流す拷問をしていただいているんです♡♡私のような雑魚はそうでもしないと自分が雑魚であると理解しないですし……ぉ、お兄様に近づくためにも、そうしないと、ダメなので……無様に命乞いをしたくなるときもあるんですが……お兄様のために、お兄様の妹として恥じない存在になるために……頑張って、います……っ!」
前向きな言葉と真逆に、霞子の表情はなにかトラウマを思い出したのかのように引きつりーーそれを訓練で磨いた愛想笑いの仮面で強引に覆い隠す。
…………。
「そっか」
「は、はい! …………がんばり、ます……お兄様のために……! お兄様のためなら、どんな罰にも拷問にも耐えられます! お兄様のためなら私なんでもします! お兄様のためならーー」
「霞子」
流石に少し頭痛がしてきたので、待ったをかける。
……まあ、電極の話はいくらなんでも霞子の冗談だろう。
確かに皇家に集められた子供達は、パワハラ体罰その他諸々、人権を無視したえげつない教育カリキュラムを課せられ、何人もの脱落者を出してはいるが……。
能力を伸ばすことが主目的なので、そんな電極をさして電気を流すなんて、脳細胞を傷つけるおそれのある罰を与えることはないはずだ。
とはいえ、厳しい罰を受けていることは間違いないだろうけど……。
なんにせよ、本人がこうして無事で、さらに本人が志願したのならそれはもう”好きにさせてやるしかない”。
「霞子、つぎのカリキュラムまで時間ないんだろ? 手早く済ませよう」
「ーーは、はいっ! 雑魚がうるさくしてごめんなさい、お兄様……!」
別にいいよ、と。
そう軽く言いかけて、にこにこ笑う霞子の真っ黒瞳の奥に”限界”の文字をみた瞬間、俺は霞子の肩を優しく抱いた。それに合わせて自動的に絡みついてきた霞子の腕を受け入れ、そのまま正面からきつくハグを敢行してやる。
「ぁ♡ ぁん、すきですおにいさま♡♡ーーぇ……ぁーーあっ! ごめんなさいお兄様!! 雑魚が身の程をわきまえずに告白なんかしてしまって! せ、折檻をお願いいたします! 耳元で『嫌い』と、そう一言おっしゃっていただければ、私の精神はぶっ壊れますので!! そうすればーー」
「霞子」
「っぁ、まずは離れます! ぇと、まず手を離して……ぁ、あれ?? 手が、離れません……ぁ、あっ、あれ? えっ? えっ? ……ぇ、ぁ、ぁ……うそ、なんでもっと強く抱きしめちゃってるの私のからだ? ぁ……やだ、こわい、このしあわせなじょーたいで”きらい”っていわれるのこわい……やめてたすけておにいさま……ほんとはもうかだいうけたくない……たすけておにいさま……」
…………。
「霞子」
「ぁ、ぉにぃさま♡ おかおちかい♡ すき♡ すきすきすき♡」
過度なストレスによる幼児退行は、これまでにも何度か見てきたことだ。
いつもどおり対処してやれば良い。
頭を撫でて、えらいね、と伝えてやれば、この状態は五分もすればよくなる。
「霞子はえらいね」
「ううん♡! かすみこは、ぜんぜんがんえらくないの♡! こんなにくんれんうけてるのに、ちっともおにいさまのあしもとにもおよばないの♡ だからもっとがんばって、えらくならなきゃいけないの♡!」
「じゃあ、これからも頑張れる?」
「ぇ……ぁ、これからも……?」
「うん、これからも」
霞子の表情が苦しげに曇ったので、頭と、ーーの裏に当たる背中を撫でて落ち着かせてやる。
「あ゛っ♡ そ゛ごだめ゛♡ずっぎぃ゛♡ ーーこ……これからも、がんばります……♡! おにいさまのためならなんでもやります!」
「そっか」
胸の中で低くうなり続ける霞子を観察しつつ、俺は残り二分まではこうしていようと決める。
頑張る妹をねぎらうことも、ときには兄として必要なオシゴトなのだ。
そのまま霞子をねぎらい、残り二分になったところで多少強引に引き剥がすと「おにいさまむり!もうかだいむりですおにいさま!」と泣いていたが、頭を撫でてやると大人しくなったのでよしとしておく。
そのまま、残りの二分で相談事を終え、俺は部屋に迎えに来た教育担当に霞子を引き渡す。
「あ、ご無沙汰しております、有朋さん」
挨拶してきたのは、五十代くらいの学者然とした男性だ。
霞子の次の課題の担当だろう。流石に午前零時を前にして、顔には疲労が見える。
俺も挨拶を返しつつ……一応確認しておくか。
「妹は拷問を受けてるのか?」
「…………霞子さまの、ご要望ですので」
「そうか」
小さく礼をして課題部屋に向かう背中を見送りつつ。
……もしかするとこの疲労は、単に夜が遅いってだけの話じゃないのかもしれないな。