おっとり彼女が生命保険に入ってからごっついメンヘラムーブをしてくる   作:雑巾とナマステ

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第11話

 俺が暮らしている1Kのアパートは実家の屋敷と大学を結んだ一直線上にあり、仮にたかし君とうさみ君がそれぞれ分速Aメートル、分速2Aメートルで実家、大学から同時にアパートに向けて出発した場合、ちょうど二人が合流するくらいの位置ある。

 なお、アパートから大学までは大体二十分かかるとする。

 ではこのとき、実家からアパートまでは何分かかるでしょう?

 ここでヒント!

 一文目から、「実家ーアパート」の距離は「大学ーアパート」の距離の半分とわかり、二文目から「大学ーアパート」は大体二十分かかるので、その半分は……。

 

 タイムアップ!

 

 正解は1時間。

 なぜなら帰るのが憂鬱で足が思うように進まないから。

 

「……………………はあ」

 

 沈鬱な気分がため息でが飛ぶようなことはなく、俺は気分重く、本来10分の距離をじっくり1時間かけて到着したアパートを見上げた。

 さっきのおふざけも、ちょっとした逃避行動だと思って見逃して欲しい。

 現在時刻は午前1時を回っている。

 

「はあ……」

 

 いやしかし、彼女である琴子とは、別に同棲しているわけではない。

 単に琴子のご厚意で日々起こしに来て貰ったり、弁当を作って貰ったり、膝枕して貰ったりイロイロしているだけで、別に部屋で待っているとも限らないのだ。

 それに、もしかすると単に「遅かったね~」で終わる可能性もある。

 寝てる可能性だって大ありだ。

 そうだ! それらの可能性を忘れていた。

 

 恋人の琴子がバイトで一日中労働する裏でーー”レンタル彼氏”と称して元カノと一日中いちゃついて、妹にまでレンタルされる予定を立てた俺が帰宅しても、許されるという可能性を……。

 

 …………。

 

「コンビニでケーキ買ってくるか……」

 

 俺は一旦切ない現実から目をそらしてコンビニ足を向けるのだった。

 ……レンタル彼氏のあとは毎回、この憂鬱な時間が待っているのである……。

 

 そして、俺の楽しい記憶はここまでだった。

 

 ***

 

 はっきり言って、俺は認識をあやまっていた。

 

 生命保険の営業、古郡との面談以降、琴子の精神は徐々に安定していっていると思っていた。

 あの翌日、浜辺が朝に突撃した来たあの日の帰り。

 琴子は一日ぐっすり休み「おかえり~ともくん♡」と、にこにこ俺を迎えてくれたものだから『しばらく大丈夫』と思い込んでしまった。

 何も問題は解決していないというのに。

 

 ***

 

 ーー午前一時十分。

 

 コンビニスイーツを携え恐る恐るアパートの扉を開けると、琴子がいた。

 

「琴子……?」

 

 電気もつけず、真っ暗闇の玄関前で。

 ぱんぱんに詰まった可燃物用のゴミ袋に寄り添っていた。

 漆黒の中でギラリと怪しく光る白目が、ゆるやかに俺を見る。

 

 

「ぇ、ぁれ……ともくん……? ぇ、ぇ、なんで……?」

 

 

 なんでもなにも、ここは俺の部屋だ。とは、言える様子ではなかった。

 暗がりで見えづらいが、琴子の目元には泣きはらしたような跡がある。

 おそらく琴子は、バイトから帰ってから……いや、もはやバイトに行っていたかも怪しいが。

 ともかく、今身体をよせているゴミ袋に、琴子は”なにか”を詰めていたのだろう。

 ちらと、目に入る範囲。

 廊下とキッチンに目をやると、どこか物が減りさみしくなっている要に見えた。

 嫌な予感がする……。

 

「その袋」

 

 琴子は怯えた感じで肩をビクリ!と揺らすと、まるで凶悪な教官に叱責を受けた兵士のように素早く立ち上がった。

 

「ぁ、ぁ、あっ! これ! これ、お部屋にあった私の私物、今日で全部つめたの! ……あっ、つめました! あと! お部屋のお掃除もして、におい消しもして、私がいたっていう跡ぜんぶ消しておきました! もちろんもうこのお部屋自体がいやだったら、お引っ越しのお金も全部出させてください! ……そ、その! もう今すぐ出て行きますので、これまで本当につきまとって申し訳ありませんでした!!!」

 

 琴子の言うとおり、ゴミ袋には部屋に置いていた私物が詰まっているようで、袋の中には持ち込んでいた箸や食器、美容用品、写真などがうっすらと覗いていた。

 琴子は極限まで身体を折りたたんで下げていた顔を上げると、そのゴミ袋を持ち上げようとして、その重さによろめいた。

 その勢いで、ゴミ袋が俺の足にかすかに触れる。

 瞬間的に「これはまずい」と判断し、俺は琴子を抱き寄せて頭をぽんぽんとする。

 

「落ち着いて、琴子」

 

 もしこれでいつも通り静かになってくれるなら、それでいい……。

 丹念に頭を撫で、背中をさすって落ち着くように促す。

 ……だが、そう簡単にいくはずもなかった。

 

「も、申し訳ありません! せっかく今日一日、部屋を掃除する時間を与えていただいたのに出て行っていなくて……その、ともくん……ぁ、す、スメラギさんがほかの女の子と遊んでいる間に出て行こうと思っていたのですが……その、ぉ、足が動かなくて……ぁごめんなさい言い訳してしまって……こ、こういうところもですよね! すぐ言い訳する! 本当に気色の悪い、性格も最低の女です! こんなの捨てられて当然! こんなバカメスが、スメラギさんの優しさにつけこんで一ヶ月も交際していたなんて……私、あまりにバカすぎて今までぜんぜん気付いてませんでした!」

「琴子、落ち着いて。俺は琴子のこと好きだよ」

「ぇ……わ、わたしもすきっ♡!…………あっ! あっ!! 違いますよね申し訳ありません!!! そういう意味じゃなくて、”発狂してうるさかったから”落ち着かせるために言っていただいただけなんですよね……ぇへ、私今まで私ずっと勘違いしてました……」

「琴子」

「……ぁほんとは、ずっと気付いてました。スメラギさんが私に、その……すき、と言ってくださる時や、頭を撫でてくださるときは、決まって私がスメラギさんに面倒くさい鬱陶しい恋愛感情をしつけているときだけです。……それずっと知らんぷりして”もしかしたら偶然の一致かも”って、ずっとずっとお祈りして……そ、そんなことしてる間にも、必死になってスメラギさんに媚び打って……それよりも先にするべきことあったのに……」

「琴子」

「……スメラギさんとってもやさしいから、直接”イヤ”って言わないで居てくれるから、調子乗ってつきまとって……端金の彼女代なんか払って罪滅ぼしした気になって…………ぁ、でもでも! 来週スメラギさんの誕生日だから! 部屋からは今日消えるけど、その日にちゃんと全部消えます!」

 

 違うよ琴子。

 俺はそんなこと望んでないし。

 消えられたら困っちゃうよ。

 と。

 そう声に出して伝えても、琴子にはもう届かない。

 そう気づいてしまった瞬間、俺は何も言えなくなった。

 

「これまで出会ってから二十年間……私に対応する無駄な時間を取らせてしまって、本当に……本当に、申し訳ありませんでした」

 

 抱きしめているのに。

 頭を撫でているのに。

 耳元で愛をささやいているのに。

 

「琴子、好きだよ」

「わ、わたしもすきです♡! ……ぇぁご、ごめんなさい……何度も同じことしてしまって…………ほんと、私ってだめだよね。スメラギさんは優しいから、消えるって言う私を止めようとしてくれるだけで、本当は私のこと……あっ、これを言っちゃうとまたスメラギさんに心にもないこと言わせてしまいますよね。ごめんなさい!」

「…………」

「ぇ、えへへ……スメラギさん、こっ、これまでのお話はその、ウソです! ウソなので、頭ナデナデもポンポンも、からだぎゅーぎゅーも、すきすきって言ってくれるのも、すっごく幸せだけど、もう大丈夫です! 琴子は、もうぜ~んぶ分かってますから!」

 

 ハキハキと明るく、物わかりの良い子供のように琴子は言った。

 その全部が、一言一句すべてがウソだった。

 ……琴子は、こんなにハキハキとしゃべる女の子じゃない。

 おっとりとマイペースで、賢く理知的で、たまにいたずら好きな。

 そんなかわいらしい女の子だ。

 こんな……こんな、男に媚びを売るしか能が無いような、猫なで声でこびへつらうような女の子では断じてない……なかった、はずのに……。

 

「なので、えっと、えっと……私、古都宮琴子はちょ~っとおでかけをするので、今日でこのお部屋を出て行きます。こ、これなら、スメラギくんも面倒じゃないよね!? そっ、それに! これは私が勝手にやってることだから、スメラギさんは何にも関係ないの!」

「琴子、もうやめてよ」

「ぁ、はっ……はい! 彼女づらするのもうやめます! これまで、本当にごめんなさい……!!」

「琴子」

 

 もう本当に、どんな言葉も届かないのだろうか。

 琴子は俺に抱きしめられながら、両手をぎゅっと握りしめて直立不動のままだ。

 がたがたと膝を揺らし、俺から致命的な一言を告げられないように、俺の機嫌を害さないように、必死で笑顔を保ち続けている。

 

 ーーこれまでの勘違いに気づき、”自主的な行動”をするので、”嫌い”と言わないで欲しい。

 

 きっと、いまの琴子の頭の中は、ただそれだけで一杯になっているのだろう。

 行動をもってこれまでの非礼をわびるので、なにも言わずに捨て置いてほしい、と。

 それが琴子が最後に残す、唯一のわがまま……。

 

 

「なんだそれ」

 

 

 頭を撫でる手に思わず力が入ってしまい、琴子の小さな頭をギリッ!とハンドボールのように強く握りしめてしまった。

 胸の中で「み゛ぎゃっ!!♡♡」と猫が踏み潰されたような声が聞こえて、俺は琴子の身体をギウッ!!と強く、腕と胸板で締め潰すように強く抱きしめた。

 今度は「に゛ぎぁ!!!♡♡♡」と鳴いたので、少し力を緩めて頭をポンポンと優しく慈しむように丁寧に撫でてから、もう一度強く抱きしめる。

 

「とっ! ともくんだめ! それだーーお゛♡!!!!???」

 

 なにかが決壊した琴子の両腕が、いつものように俺の身体に巻き付いてくるのを受け入れ、俺は何度か同じ動きを繰り返す。

 一生懸命媚びた声を上げる琴子を抱きしめるのと頭を撫でるので黙らせ、耳元で愛をささやき、脳細胞を破壊してグズグズに溶かす。

 

 

 ……心を鬼にして、何度も、何度も何度も繰り返す。

 

 

「もうむ゛り゛です゛!!♡♡ もどれなくなる! 二度とともくんなしじゃーーあ゛っ!!!♡♡♡

 

 ーー機械的に抱きしめるのやだ!!!♡♡♡作業的に堕とすのやめて!♡いやいやいや!ーーあ゛ぎゃ!!!♡♡♡」

 

 ーーあ゛!!♡♡♡お゛!!!♡♡♡お゛゛っっ゛!!!♡♡♡ぉ、ことこ、おぢます!!! ーーお゛゛っ゛っ゛♡♡♡♡!!!!!!」

 

 

 丁寧に、丹念に、慎重に。

簡単な作業で、簡単な話だった。

 

 

 壊れた琴子がおかしな方向に進もうとしているのなら俺が直せば良い。

 

 

 なぜなら俺は今、”琴子の彼氏”なのだから。

 だから、一度俺の手で壊す。

 欠片も残らぬ塵芥まで分解し、精神をひねり潰し、思考をぶち壊し。出てきた砂塵で、ゼロから『理想のカタチ』にくみ上げる。

 

 

 浜辺に伝えなかった、俺が大量の元カノを作り、今もなお交流を持っている理由。

 

 それはーー指示に従う従順な駒を増やすためだ。

 近い将来自分が誰かに買われる、あるいは独立して起業した際に、使える手段を増やしておく。

 社会において重要なのは個人の能力ではなく、どれだけ多くの人間を巻き込み、頼り、影響を与えていくかだ。

 

 あの場に居たのは見目麗しい女性に限られていたが、バイセクシュアルの俺には男性の元カレも居る。

 女性陣のような崇拝とまではいかないが、俺の指示一つで400時間労働くらいは軽くこなす従順にして優秀な手駒だ。

 そして琴子は、その軍隊を作るうえでこれからも欠かせないピースの一つ。

 本来時間をかけて洗脳していくが、この機会に時短で改造するのでも結果に違いはない。

 

「へっ♡へっ♡ す、すき♡ともくんすきすきーーぁ、あっ! ずぎ!!♡♡そ゛れ゛だめ!!♡♡♡」

 

 場所をベッドに移し、俺の下で何事か鳴いている琴子を見下ろした。

 なにを言っているかは、さっきから全くもって、俺の耳には聞こえていない。

 彼女の聞かれたくない言葉は、聞かないフリをしてあげるのも”彼氏の仕事”だ。

 その艶やかな背中を優しく撫ぜる。

 

「琴子、おでかけはまた今度にしよう」

「また今度にします♡♡♡!!! いまはともくんに全力で媚びさせてください♡♡!!」

「そっか」

 

 後半は大きな声すぎてなんと言っているか聞こえなかったが、おでかけを考え直してくれたならそれでいい。

 

 ーーゼロから作り直す。

 

 俺は下で鳴き続ける琴子の口を押さえ、とある番号に電話をかけた。

 こんな時間でも、どうせあの手の会社の連中ならまだ仕事しているか、寝ていてもすぐに出られるように着信音を上限MAXにしているかの二つに一つだ。

 想像の通り寝起きの声で出た先方に、用件を伝え、すべてを終わらせる場を設ける。

 

「それじゃあこの前言っていたとおり、来週の水曜の午後九時に前回と同じ喫茶店で」

 

 メモ帳を探して焦っている相手の口頭での了承を受け、俺は電話を切った。

 そのまま、気絶している琴子の頭をわしわし撫でてやると、びくん!と全身が痙攣した。生存確認だ。

 そうして琴子の頭を撫でたまま、適当に届いている元恋人たちの連絡に返信をしていく。

 恋人の前で少し心苦しいが、気絶しているので問題は無いだろう。

 

 来週の水曜日ーーその場で、すべてを終わらせる。

 

 その日は琴子とも約束していた、俺の誕生日だ。

 




古都宮琴子:有朋君の今カノ。有朋くんとの出会いは幼稚園の入園式で、その時に一目ぼれ。幼稚園以降は家の事情で私立のお嬢様学校のエスカレーターで小中高という進路。すべての学校で生徒会長を務め、「琴子お姉さま」と呼ばれ、主催者としてお茶会を開くという漫画アニメのようなお姫様ムーヴをキメていたが、時間が許す限りすべての自由時間を有朋君との逢瀬にあていた。
中学三年時に初交際 ”一週間のおためし”という名目だったため時間とともに破局
有朋君はその次に妹の霞子と交際しており、その後千軒茶屋にナンパを受ける。
別れたあと、琴子さんは有朋君に気に入ってもらうべく、アテンダーとして女子校の友人やそのツテで芸能人を紹介。
そのため有朋君の元カノは、たいてい琴子さんのお知り合いである。
その後、大学進学ししばらくして、頭をなでられた際に感情を抑えきれずに告白。
現在交際一か月と少々。
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