おっとり彼女が生命保険に入ってからごっついメンヘラムーブをしてくる 作:雑巾とナマステ
携帯の位置情報アプリで琴子がまだ家に居ることを確認する。
おそらく今日はもう外出することは出来なさそうだ。とりあえずメッセージで「今日はゆっくり休んで」と心配のフリをした牽制を入れておく。
……我ながら最悪な行為だが、その事実からそっと目をそらした。
なにせこのあと参加する会こそが、琴子へのトップシークレットなのだから……。
***
大学の貸し講義室に足を踏み入れると、ざっ!と効果音がつきそうな勢いで俺たち三人に視線が集まった。
部屋にいるのは俺以外が全員若い女性だ。この大学の生徒もいるが、そうでない子やまだ高校生の子も集まっている。いつも思うが、平日のこの時間って普通に学校の時間のはずだ。一体どうやってここに来てるんだろう。
「浜辺さーん? あなたの席は向こうですよー」
ところで、ここまで一人では歩けなさそうだったので腕を貸していた浜辺は、桜花に促されてしぶしぶ俺の腕を放した。
そしてまばたきもせず俺を見上げていた顔を目の前の光景に向けて。
「ぇ……こんなにいるの? これ全員……?」
「まだ告白する勇気が出ない子も居るので、全員とは言えませんけどねー」
…………。
そんなやりとりを聞かないフリして、俺はおずおず渡された椅子を受け取って全体の女性に相対する感じで腰掛けた。
っと。
「椅子ありがとう……えと、
「ぃ、いやいや!! ありがとうなんて、め、滅相もないってぇ~…………ぁかっこぃ♡きょりちっかぁ……♡やばやばやばぁ……♡♡♡♡」
この子も元カノだ。隣の大学で、闊達でバイタリティにあふれた現役陸上部女子。
この香坂も……琴子に見られるとアブナイタイプの美人さんだ。
と、
「それでは有朋君も忙しいので手短に……と行きたいところですが、新入りもいるので軽く説明を」
「……それ、私のこと?」
最後列に座った浜辺は自分に言われているのだと気付くと、むむっと眉を動かした。
今日の司会をつとめる桜花はニコッと頷くとかまわず本題に入る。
「お察しかとは思いますけど、ここに居るのはみなさん、有朋君の”お友達”です」
「はっきりしない言い方ね……要は元カノでしょう? ここにいるの、全員」
言って、浜辺は自分に向けられる好奇の目線をにらみ返した。
あ、俺もにらまれた。と思ったら目をまん丸にして前髪をちょいちょいと直す浜辺。
「………………すき♡」
と、
「「「「ーーっ!!??」」」」
瞬間的に講義室がぴりついた。
「えぁ? な、なによ?」
その中心で真っ赤にしていた浜辺は、顔を恥ずかしそうに隠しながら状況を理解できていない様子だ。
……実を言うと今のは俺もちょっとびっくりした。
すると、浜辺の横に座っていた和装の女の子がちょいちょいと耳打ちする。
話を受け、浜辺は不満そうに唇を突き出すが、俺を見てしょぼんとした感じだった。
ちなみに和装の子はやまとさんだ。千軒茶屋という珍しい名字なのですぐに覚えた。もちろん、元カノである。付き合い始めたきっかけは、当時の彼女とデートで行った先の庭園で一人になったタイミングで声をかけられ、そこから徐々に仲を深めていった形だ。
俺とのLINEのメッセージは、一度手書きして添削してから打ち込んで送信するという、几帳面な性格の持ち主でもある。
その千軒茶屋さんのさっきの口の動きから察するに……
『有朋様は付き合っておられる方がいるので、告白は『れんたる中』のみ、というのが鉄則ですよ?』
といったところか。
ツッコミどころはあるが、ありがたい配慮なので十分に受け取らせて貰う。
一応浜辺には目線で謝罪と、千軒茶屋には感謝を伝えておく。
「……♡ありともさま……♡もったいないまなざしです♡」
うっとりとした目線を向けられたので、とりあえず頷いておいた。
「さてと、マナーも伝わったところで。じゃあ行きましょうかーー今週のシフト発表です」
途端、講義室にピリッ!!とした緊張が走る。
香坂は完走後にタイム番を見上げる時のような真剣な表情で、千軒茶屋は……まだとろけた顔をしていた。
シフトはきちんと協議したうえで事前に決まっているそうなのだが、それでも本発表は緊張するらしい。
緊張の面持ちの桜花がさっそく発表に入ろうとしたところで、ぴしりと一本手が上がった。
「質問いいかしら」
「……ああ、説明がまだでしたね、と言いたいところですが、今は後にしてください。古都宮さんが居ない間にことを済ませなければいけません」
「……いや桜花、今日は気にしなくていい」
口を挟んだ俺にえっと首をかしげる桜花。
講義室全体が音を伴わない、異常な雰囲気へと様変わりするが。
「今日は一日部屋で休んでるだろうから」
「ぁーーあっ! そう言う意味に決まってるよね! べつにほかの女の子に乗り換えるって意味じゃないよね! そかそかうんうん……うん、そうだよね……」
「ーー桜花美雪さん、それで、そのシフトって言うのはなんのかしら?」
時間を気にする必要がなくなったため、浜辺が再プッシュ。
……浜辺、お前に桜花が落ち着くまで待ってやる、という優しさはないのだろうか。
桜花は目を白黒させてから、今の一言で妄想を展開させたのが自分だけらしいと気付くと、あせあせしながら平静を装って咳払いを一つ。
「おほん。で、では……まず見て分かるとおりですが、私を含めて、有朋君にはこのように大量の元カノがいます。正確にはーー別れてもなお有朋君ガチ恋勢でドロッドロに沼りまくったあげく文字通り四六時中有朋君とどうにかなる妄想をし続けているーー女の子たちですね。あなたもそうですよね、ストーカーの浜辺瑞穂さん」
「……べつに、別れてからも毎朝部屋の前に行ってただけよ」
「はい、立派なストーカーです♪」
え、今日だけじゃなかったのか。
そういえば「早いわね」とか焦ってたし、多分これまではギリギリのところで合わなかったんだろうな。
俺はそっと耳を塞いだ。なんかこう、俺が聞いてちゃいけない話が出てきそうだ……。
桜花はにこにこと説明を続ける。
「とまあ、偉そうに言ってみたわけですが、私にもストーキングの経験はありますし、はっきり言ってこの部屋にいる女の子達は全員経験者です。今も続けてる人は……いいえ、この話はここではやめておきましょうか」
「は?」
「ともかく、有朋君への女の子一人が抱えるには重すぎる愛ーー失敬、好意的な感情は、もはやだれかが管理し、運営しなければ壊れてしまいます」
「…………」
「そこで私たちは【有朋君元カノ連盟】ーー通称モトカレンを結成し、毎通毎月、シフトを組んで有朋君を”レンタル彼氏”として借り、有朋君に迷惑をかけない範囲で、溜まりまくった欲を発散しているんですよ。ーーわかりましたか?」
耳を塞いでいたのでなにも聞こえなかったが、どうやら桜花の説明が終わったっぽい。
説明を受けた浜辺は、完全に理解の範疇を超えた話を受け、思考回路がショートしているようだった。隣の千軒茶屋が「わかります。一度『くーるだうん』するのがよいですよ」と浜辺をフォローしている。
あの感じだと、ちょっと落ち着くまで時間がかかりそうだ。
「桜花」
「はい! では浜辺さんへの説明も終わったところで、今週のシフトを発表しますね♪ いつも通り1コマ2時間の時間制なので、切り替わりの部分は事前に女の子同士で打ち合わせして、次の人の時間を奪わないように、そして何より有朋君の時間を奪わないように気をつけてください。それではーー」
ふたたびピリリと引き締まる空気をよそに、俺は桜花のシフト発表を聞き流しながら、改めてこの状況の異様さを再確認していた。
まあ、俺はもう慣れてしまったんだけど。
しかし初見の浜辺はいまだに状況が飲み込めていないのか、千軒茶屋にヨシヨシ頭を撫でられながら深呼吸を繰り返している。
……うらやましいな。とは、口には出せないけど。
あれの効果の絶大さは俺も身をもって知っているので、まあすぐに落ち着くだろう。
「以上です。今週デートがない方もいるけど、そういう子は絶対に有朋君に関わりに行かないでね」
やがて発表が終わり、お決まりの注意が告げられる。
退室の段取りをぼんやり聞きながら、俺の頭の中でふと、一つの疑惑が生まれていた。
(まさか、こいつらまで生命保険に入ったとか言い出さないだろうな……)
いやまさか、そんなことありえないだろ。
浮かんだ疑惑を乾いた笑いで吹っ飛ばす。
そうそうまさか……そんなまさか、ありえないって……。
千軒茶屋やまとさん:隣の県にあるお嬢様大学に通う大学二年生。
『えくせる』の勉強のため、仲のいい元カノたち協力の元、有朋君から送られてくるメッセージの絶対的な文量やこちらが送ったメッセージに対する相対的な文量、返信のスピードなど順位付けを行い、自分が総合順位最下位だということを知り、不安になって電話をかけてしまった。
先日仮免の筆記試験に落ち、有朋君に慰めてもらったことが恥ずかしくなってきている。