おっとり彼女が生命保険に入ってからごっついメンヘラムーブをしてくる 作:雑巾とナマステ
人間物事の終わりが見えてくると、あと少しだけ頑張ろうと思ったり、逆にもういいやと気を抜いたりする。
これには明確に「どちらんほうがよい」という結論が出ており、実際この特性を測るため、とある企業の入社試験では、性格診断としてもこの「終盤加速型」と「終盤手抜き型」の判別を行う行程を入れるという。
まあ今のようにこう書くとわかりやすいが、もちろん「終盤加速型」の方、すなわち「物事の終わりが見えてきた頃に『もう少し頑張ろう』」となる方が、一般的にはよいとされている。
だが残念、俺は終盤手抜き型だ。
その例に漏れず、俺は現在、浜辺へのレンタル彼氏サービスがおろそかになってしまっていたからか、非常に冷たい目で睨み付けられていた。
ソファーに腰を下ろした俺にひしっと抱きついた姿勢の至近距離から。
言葉を選ばずに言うなら……そう、対面座位。
「いま、えっちなこと考えてたでしょ……」
この体勢なら仕方ないと思います。
などと言えるわけもないので俺はさらりと返す。
「なわけないだろ」
「へえ、ふーん…………固いの、当たっているのだけれど?」
「瑞穂は全身柔らかいから、俺の身体はどこ触っても相対的に固く感じるのかな?」
「要は私のせいで固くなってしまったのね……ごめんなさい」
「…………」
やるなこいつ……。
下ネタのやりとりでここまで頭を使わされるとは思わなかった。下ネタトピックの扱いに関しては達人レベルだな。
俺が返す言葉に窮しているのを見て取ると、浜辺はたたみかけるように口を開いた。
「でも安心して頂戴。今の私、あなたの彼女だから……そうでしょう?」
「まあそうだな。ーー今は、瑞穂だけの彼女だよ」
レンタルでも、レンタル中だけは本物。これが俺の信条。
すると、浜辺が顔を真っ赤にして無言でキスを打診してきたのでそれに応じてやる。回数は覚えちゃいないが、ここまで浜辺へのレンタル彼氏が始まってから今まで、累計で一時間はキスしてたと思う。もういいだろと思わなくもないが、したいんだったら仕方ない。
至近距離でその表情を観察してやるが、完全にどろっどろにとろけきり、知能指数がマイナスに振り切ってそうな感じだった。
が。
「瑞穂」
「口離さないで! キス続けなさい! ーーそれと手離して! わたしあなたの彼女だから、あなたを安心させたいの!」
とりあえず、こっそり俺の股間に手を伸ばしていたのを捕まえたのでこれで一安心だが、安心を隠語みたいに使わないで欲しい。
しかしなおわーきゃーうるさいので。
「うるさい口だな」
と、強引にキスで口を塞いで浜辺を黙らせる。
冗談みたいなこのセリフ。だが、実際効果は絶大だ。頭をなでるのも効果的だが、たまに面倒くさいタイプだとそれを鋼のメンタルで拒否されることもあり、そういうときにこの少女漫画のオレつきイケメン戦法は効力を発揮する。
しかもこれなら女の子だけでなく、男相手にも効果があるのだ。
物理的に口を封じさせられるので。
すごい。
やらないけど。
「ぁ……ぁっ♡♡ぇへぁ……♡♡♡♡♡ ありどもぐん♡♡じゅぎ♡♡♡♡♡」
そんなわけで、浜辺の脳細胞をドピンク色に破壊完了したのを確認してから、俺は口を洗いに洗面所に向かうのだった。
***
「瑞穂、これ飲んで落ち着け」
「ありがとう、有朋君……」
目を覚ました浜辺にカモミールティーを飲ませると、ハーブの効果でいくらか落ち着きを取り戻したようだった。
ひとまず俺も休憩だ。膝の間に座らせた浜辺の頭の上に顎を置き、ささやかな征服感を味わいながら白湯で喉を潤わせた。
久々に穏やかな時間が流れる……かと思いきや、寝室の方からどたばたと姦しい感じの音がした。
仲がよいのはよろしいことだ。
と、
「ほかの女の子達、まだ部屋に残ってるの?」
「まあな。瑞穂も泊まっていくといい」
「えっ! いいの!?」
「ああ。俺は帰るけど」
言った瞬間にすっごい不機嫌な感じでぷっくー!と頬を膨らませる浜辺。
そんなことをされても、バイトでへとへとになった琴子をねぎらってやらねばならないのだ。残ることは出来ない。
おっと、今は浜辺だけの恋人なので、琴子なんて彼女は存在しないんだった。
「…………あの扉の向こうに、あの斎藤明日菜ちゃんがいるのよね……。ていうかあなた、一体何者なの? しかもそういえばあのシフト表、ほかにも見たことある名前が何個かあった気が……」
と、話の方向が俺の詮索に向き始めたので、とりあえず方針転換への道筋を思考する。
「ヤキモチ焼くなよ、今は瑞穂が一番だよ」
「ーーっっ♡♡♡♡!!!う……嘘つき! 誰にでも同じこというくせに、甘い言葉でだまくらかして最低よ。有朋君なんか、嫌いよ!」
完全に信用しきった声音で、なにかを期待するようにちらっちらっと俺の顔を見上げている浜辺。
…………ちょっとだけ、意地悪してやりたい気分になった。
うん、でもそっか。そうだよな。俺ってば嘘つきで最低で嫌われ者なのか。
「じゃあ俺も嫌い」
そっちがその気なら、こっちもそう返してやるほか無い。
別にこれくらい、彼氏彼女のカジュアルなコミュニケーションだろ?
「じゃあ、あと十五分あるけどもう解散するか。本当はこれから、残ってるみんなで楽しく料理してディーナーパーティーして、最後に五分だけ一人一人と話してから帰るつもりだったけど、先帰ってていいぞ、浜辺だけ」
「…………………………………………………………………………え、あ、ありともくん?」
「はい、立って浜辺。ごめんなこれまで、迷惑かけて……もう二度と話しかけないから」
「え、待って有朋くん……ぁ、やだ……肩押さないで……嫌いってしないで……!」
うりうり、と肩を押して引き剥がしてやる。
いくら浜辺が身体を鍛えていて体幹があると言っても、性別の関係上筋肉量は比ぶべくもない。まして俺もフィジカルにはそれなりに自信がある。
無感情に強引に浜辺を引き剥がして肩を押すが、まるで起き上がりこぼしのようにこちらに抱きついてこようとする。
「ねえやだ無理! やだ! やだやだやめろ! やめろやめろやめろ! 肩押して嫌いってしないで! ねえお願い好き! 好きだからやめて、好きな人にそれされるのつらい!」
「ありがとう浜辺、そんなに気を遣ってくれなくても、お前と付き合ってた一時間四十五分のことは忘れない」
「や、やだぁ……!! な……なんで…………なんで……そんなこというの…………!」
浜辺が完全に精神がぶっ壊れた表情でぼろぼろと泣き始めたので、俺はここが潮時と判断する。
肩を押さえて強制的に距離を取っていた浜辺をそっと抱き寄せ、丹念に頭を撫でてやる。
「ーーぉお?♡ ありともくん……ぁ、すき……♡ずぎずぎ♡ナデナデでぜんぶふっとぶ♡♡」
「ごめんな、瑞穂に嫌いって言われて、俺も悲しかったんだ」
「っ! ごめんなしゃいすきです!♡ ぁ、でも……その、本当に嫌いになったらすぐに言ってくらさい、すぐきえるので♡有朋くんの嫌いな人きえて、よろこんでほしい♡♡♡」
「そっか。ーーじゃあ、ほかの俺の言うことも聞ける?」
うんっ! と胸の中で元気に頷く浜辺。
そんな様子を見て取り、俺はひとまず本日の流れが順調に行ったことを確信した。
そして、こうまでして浜辺の精神をぶっ壊した意図を告げるのだった。
「元カノ連盟のなかで、古郡という女の営業を知ってるやつが居れば全員教えてくれ」
俺がどんな手段を使ってでも聞き出したかったことはこれだ。
ちょっと今日一日を通して元カノの面々に対して、あまりにも違和感がありすぎた。
以前まではデート以前にまず「絶対に嫌われたくない」という守りの姿勢が強かったが、今日は特に欲のタガを外したような瞬間が多くあった気がする。
それはそう、まるでーー仮に嫌われたとしても、一撃逆転の必殺技でもあるかのようで……。
と、
「あ! 古郡さんなら私知ってるわよ。生命保険の営業で……いちおう、私も保険に入ったわよ」
「は?」
入った? 今、古郡の生命保険に入ったとかいったか?
古郡の生命保険と言えば、琴子が入っているものと同じってことだが……。
「あの、あなたの役に立てたかしら……? その、だから、役立たずだと思ったら捨ててもらえると、あなたのお金にもなって嫌いな人もきえる一石二鳥だからーーぁ♡ あっ♡」
聞き覚えのあるロジックが聞こえた気がしたので、一旦ここは頭を撫でて脳細胞を破壊して黙れせる。
……いやしかし、まずい展開になったな。
「この感じ、元カノ全員生命保険とかいいだしそうだぞ……」