おっとり彼女が生命保険に入ってからごっついメンヘラムーブをしてくる   作:雑巾とナマステ

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第9話

 玄関にやってきた浜辺が早速ハグを要求してきたので応えてやる。胸の中でごろごろきゅうきゅう幸せそうな声を漏らしているのを観察していると、ふと気付いたようにばっ!と顔を上げた。

 

「これ、五分だけなのよね」

 

 ああ、と頷くと、浜辺は絶望に表情をゆがめた。

 まあ五分は目安にすぎないが、ほかの女の子達に五分の対応をしたなら、そのほかも五分でそろえてやらないといけないだろう。

 LINEの返信も十秒の誤差すらきちんと把握して一喜一憂することを知っているので、派手なオーバーは命取りだ。浜辺の。

 と、

 

「……あの有朋くん……ここで聞くのも変な話なのだけれど……あなた、どうしてこんなことをしているの?」

「腕、離した方が良いか?」

「っ! 離さないで、このままがいい……」

 

 浜辺は俺の腰に回す腕の力をぎゅう!とさらに強める。

 残りの三分二十秒を、ぎりぎりまでこのまま出過ごしたいのだろう。時間通り離れてくれればいいのだが……まあ、離れる気が無かったらこちらにはいくらでも手段はある。

 

「ねえ、有朋くん」

 

 胸のなかに半分顔を埋めながら、上目遣いで回答をせがまれた。

 …………。

 まあ、これくらいは別にいいか。

 

 

「なぜと言われれば、可愛い女の子と仲良くするのは楽しいからだな」

 

 

 用意していた答えを伝えると、

 

「これ以上にないほどシンプルな答えが来たわね……ぇうそ、いま私可愛いって言われた?」

 

 目をまん丸にして尋ねられたので、うむと大きく頷き返してやる。

 自分が可愛いことなんて浜辺自身が一番分かってるだろ。

 それに、こんなありきたりな褒め言葉、これまで人生で数え切れないくらい言われてるはずだ。「もう言われ飽きた」なんて言っても、誰も責めやしないだろう。

 そのはずなのに……なんで今更、パプリカみたいに顔真っ赤にして照れてるんだろう?

 

「瑞穂」

「ぃ、いま名前の呼び捨てしないで♡! いまはダメ……その、なんか本当に、やばいから! こ、これ以上沼らせようとしないで! 女の子の恋心で遊ぶの勘弁して頂戴!」

 

 別に遊んでるつもりはないけど。

 興奮が沸騰しすぎて完全に脳細胞がピンク色に茹だってしまっているようだったので、頭をヨシヨシしてクールダウンを促してやる。

 静かな玄関に、浜辺の荒い息が響き渡る。

 

「……落ち着いたか?」

「ぁ、ありがとう……あなたにヨシヨシされると、大抵の不安や興奮が落ち着くのよね」

 

 俺の頭撫でってそんなお薬みたいな効果があるんだろうか。

 解散までは、残り一分を切っていた。

 ふと、浜辺はちらりとリビングの方向を見ると。

 

 

「あの斎藤明日菜のような有名人と良い、それ以外にも、大量の美人過ぎる元カノといい……あなた、なにものなの?」

 

 

 純粋な問いに、俺は思わず笑みがこぼれそうになった。

 なにより、瑞穂自身もその有名人であり美人でもあるのだから、なぜと聞かれる答えの方から質問を投げかけられているような感じだ。

 しかしともあれ、いまの俺が何者かと言われると、その答えは一つだ。

 もちろん、この答えも準備済みだ。

 

 

「別に、俺はごく普通の男子大学生だよ、瑞穂」

 

 

 日々ダルダル学校に通い、可愛い女の子に鼻の舌を伸ばし、帰ったら自慢の彼女と寝る。

 ただ、元カノが美人なだけの、たったそれだけのーー”平凡な大学生”だ。

 

 ***

 

「おかえりなさいませ♡お兄様♡」

 

 広大な敷地の中央に鎮座する巨大な屋敷。

 時間的に寄れそうだったので、妹の様子を見に立ち寄った実家。

 門番に扉を開けさせて中に入ると、パリッとした紺色スーツに身を包んだ中学生くらいの少女がニパパ!と笑顔で俺を出迎えた。

 

 少女はきゅるん♡と首をかしげると、ロングの茶髪をふるりとなびいた。

 

「お待ちしておりましたよ? おかえりなさいま~~せ♡?」

「……あの、連絡はいれていないはずなんだけど」

「別に、お出迎えはいつものことじゃありませんか♡ 連絡があってもなくても、というか来ても来なくても、妹としていつでもお兄様をお迎えできるよう、玄関待機は妹のマスト! ですよ?」

 

 なんか力説されてしまった。

 しかも今、来なくてもって言ったか? もしかして俺が来ない日も、こうやって待ってたことがあるってことなんだろうか……。

 それはちょっと……どうなんだ?

 

「霞子(かすみこ)、時間は無駄にするなよ」

 

 言って、ここ最近は自分が無意味な時間を過ごしていることが多いなと反省。

 ……で。

 

「霞子」

「もーーもうしわけありませんお兄様! ぁ、ぅ……ぉにいさまに、ただいまって言って欲しかっただけなのに……」

「そっか、ただいま霞子。ーーそれで、今日の訓練は?」

 

 傍らで控えるメイドに目を向けると、緊張した面持ちで一歩前へ出た。

 見ない顔だな……新入りだろうか。

 ともあれ、もしカリキュラムのスケジュールを崩して待っていたのだとしたら、兄として注意する必要がある。

 

「かっ、霞子さまの本日のカリキュラムはあと四課題です……所要時間は五から六時間を見込んでおりますので、予定しているの午前三時入眠にはあと十五分ほど時間があるかと」

「そ、そうですよお兄様! カリキュラムはきちんと受講しています! ……い、以前スケジュールを崩して受けた折檻は、きちんと私の心身にトラウマとして刻まれているので、もう二度とあのような事態は起こしません! なので、あの折檻はもう、いやです……っ!」

 

 メイドの報告を受け継ぎ、必死に反省の姿勢を見せる霞子。

 ……えーっと。

 きちんとマジメに頑張っているか確認したかっただけなのに、なんかすごい悪いことをしている気分になってきたな……それと。

 

「あれトラウマになってたのか」

「ぁ、ぁ、弱くてごめんなさいお兄様! これのまでの人生と命を賭けてカリキュラムをこなして積み上げた自信とプライド数分でひねり潰された程度で音をあげてしまうような雑魚が妹でごめんなさい……っ! で、ですが! あれから強度を上げた壊滅的なカリキュラムで心身をいじめ抜いております! 必ず! 必ずあなた様の交配先として、恥じぬ実力をこの身にたたき込んで参ります!! なのでお慈悲を! せっかんいやです! お兄様お慈悲ーぉ♡? お゛♡♡」

 

 変な方向の反省が止まりそうになかったので、とりあえず頭を撫でて落ち着かせてやる。

 霞子は頭と同時にお腹を撫でてやると落ち着きやすいので、お腹もポンポン。

 

 ……あと、一応言い訳しておくが、折檻というが、べつに大したことじゃない。

 当時も霞子がカリキュラムの時間を破ったので、霞子が最も自信を持っていた格闘術で、俺側にハンデを課したうえで完封してやっただけの話だ。

 まあ、格闘術なので多少の骨折や怪我やあったろうが、加減してやったので大したことじゃないはずだ。

 そのあと一週間ほど口をきいてやらないおまけもつけてやったが、そっちは関係ないだろう。

 胸の中でお腹をぽんぽんなでなでされて静かにしている霞子に、兄として優しく声をかける。

 

「霞子はバカでも無能でもないだろ? 全国模試でずっと一位だっていうし、経営を任されてる会社も好決算を連発してるじゃないか」

 

 お兄ちゃん、インサイダーになるから買えなかったけど、多分あのとき買ってたらすごい勝ってたと思うよ。

 とは、ダサいので言わないでおいた。

 

「わ、わたくしのこと、み、みてくれていたのですか……?」

 

 もちろんだ、と自信満々に頷いてやると、霞子はぽろぽろ泣き出した。

 ……まずいな、本当は見てなくて、元カノにいろいろ教えて貰ったとか言ったらもっとなかせちゃうだろうか……。

 俺はひとまず、都合の悪い現実から目をそらした。

 

「そこの……あーと、メイドさん」

「は、はいスメラギ先輩! ーーぁ、ではなくご主人様!」

「うん。霞子のこと十分だけ借りて良い? ……あと新入りさん、ここでは俺のことはさん付けでいいから」

 

 この屋敷では最近はさん付け運動を推進しているのだ。

 ご主人さまなんて、琴子が趣味でメイド服を着たときくらいにしか言われたことがない。

 俺の注意に、ポニテでスポーティーに日焼けしたメイドさんは「はひ!」とガチガチの緊張で野球部みたいなキレのいい礼を返してきた。

 ……その様子に一瞬頭痛がしたが、すぐに消える。

 帰ったら琴子に頭をマッサージして貰おうかな。

 

「霞子、相談があるんだけど」

「ぁ♡あ゛~♡ ーー……はっ! 私としたことが、今完全に正気を失ってました!」

 

 どうされましたか!? としゅばっと尋ねられたので相談があると繰り返すと、

 

「わっかりました! カリキュラムの関係上十五分だけですが、そのご相談に乗りますよ! お兄様のためならなんでもやります! ヤラせてください♡」

「それは助けるけど……いま変なこと言ったか?」

 

 はてて?と首をかしげる霞子を見て、俺はこの会話に見切りをつける。

 

 

 ……全国模試一位、ね。

 もしかして、争ってる相手がバカの可能性が出てきたな……。

 





皇有朋:20歳 身長195キロ90キロ
代々、遺伝子を交配して優秀な人材を生産する皇家が保有する史上最高のマスターピース。幼少から厳しい訓練の元育ち、体力、知力ともにヒト科の最前線を行く。
現在は皇家の商品として”国産ブランド”を守るため、伝統はあるが特段名門でもない国内の私立大学に在籍。”人間臭さ”をつけるため、現在放牧中の身。
高校時代にすべての部活の選手権大会で優勝したらしい。

皇霞子:16歳。身長174センチ59キロ
お兄ちゃん大好き。最終学歴は中卒、現在は皇家のカリキュラムを受ける傍ら、ビジネスの実践として複数の企業をマネージメントする。兄ではあるが有朋と血はつながっておらず、この辺りは”優秀な人材を交配して生まれた子は皇家で教育する”というざっくりしたシステムが絡んでいるため説明は省く。血がつながっていないことを知った際に有朋に告白し、一時期付き合っていたので元カノともいえる。
皇家のプランでは有朋とも交配の予定があるらしい……。
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