かわいい女の子がカニバリズムするのが好きです。

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悪人大好きしんびおーとちゃん

「マーベル・シネマティック・ユニバース」の二次創作小説、アイアンマンからエンドゲームまでをオリジナルキャラ「しんびおーと」が活躍する物語。

 

◆◆◆◆◆

 

人里離れた僻地、ヒドラの秘密研究所の白い壁は、今や赤黒い液体で彩られていた。

 

『ギ……ギギギ……』

 

銀色の髪を揺らす小さな影が廊下をふらふらと歩いている。彼女の背後には、頭部と腹部が不自然に空っぽになった男たちの死体が転がっていた。

 

「おいしい……おいしいよぉ……わるいひと、おいしい!」

 

彼女は血に濡れた口元を無邪気に拭った。脳と肝臓の味がまだ舌の上で踊っているようだった。

 

「もっとたべたい。おなかいっぱいたべたいの」

 

彼女は首を傾げた。白い廊下の向こうから複数の足音が近づいてくる。怒鳴り声と共に、銃を構えた男たちのシルエットが現れた。

 

「おまえら、わるいひと?」

 

純真無垢な目で問いかける幼女の声に、男たちは一瞬たじろいだ。しかしすぐに彼女の背後にある惨状を認め一斉に発砲した。

 

銃弾が彼女の小さな体を貫く――はずだった。

 

『シュルルルル……!』

 

彼女の全身がまるで液体のように赤黒く蠢き、変形していく。弾丸はその表面に吸い込まれあるいは弾かれ、壁や床に無数の穴を開けた。

 

「いたい……いたいよぉ……!」

 

彼女の泣き声は、もはや人間のそれではなかった。震える声が徐々に重く、低く変質していく。

 

「わるいひとたち……ぜんぶ、たべちゃうんだから!」

 

数分後。

 

研究所の壁が内側から爆発した。瓦礫の中から現れたのは、二メートルを超える赤い女性型の異形。その口元からはまだ温かい血が滴っている。

 

「ふぅ……おなかいっぱい」

 

満足げに呟くと異形は縮み始め、やがて小さな女の子の姿に戻った。

 

「でも、まだまだたべたりないかも。もっとわるいひとどこにいるのかな?」

 

彼女は瓦礫の山を乗り越え外の世界へと踏み出した。生まれたてのシンビオートは、まだこの世界のことも善悪の境界線も、そして自分が何者なのかも知らなかった。

 

ただ一つ確かなのは――悪人の脳と肝臓が、とびきり美味しいということだけ。

 

「あ、おそらがきれい……」

彼女は血に染まった顔を上げ、生まれて初めて見る青空に目を細めた。自由への第一歩だった。

 

◆◆◆◆◆

 

洞窟の奥深くで響く金槌の音が不意に途絶えた。トニー・スタークは額の汗を拭い、即席の作業台を見下ろす。そこには鋼鉄の鎧が静かに横たわっていた。

 

「……できたぞ」

 

彼の隣で、インセンが疲れ切った顔に笑みを浮かべた。

 

「これで脱出できますね、スターク」

 

その時だった。外が急に騒がしくなったのは。怒号と悲鳴。そして何より異様なのは――銃声の合間に聞こえる、何かが「啜る」ような湿った音。

 

「なんだ……?」

 

トニーが眉をひそめた瞬間入り口の鉄扉が外側から派手に吹き飛んだ。飛び込んできたテロリストが、恐怖に引きつった顔で叫ぶ。

 

「化け物だ! 赤い悪魔が……!」

 

彼の言葉は最後まで続かなかった。暗がりから伸びた赤黒い触手が、男の頭を一瞬で包み込みそのまま胴体だけが崩れ落ちた。

 

『ごくん』

 

響く嚥下音。そして暗闇から現れたのは、身の丈二メートルを超える赤い女性型の異形。その滑らかなボディには不気味な白いラインが走り顔らしき部分には大きな瞳が二つ、獲物を値踏みするようにぎょろりと動いている。

 

「インセン、下がれ!」

 

トニーが装甲を身に着けようとした、その時。赤い怪物が突然ぴたりと動きを止めた。大きな目が、トニーの胸元で輝くアーク・リアクターを見つめている。

 

『……トニー?』

 

声がした。濁った、しかしどこか幼い響きを持つ声。怪物は首を傾げまるで興味津々といった様子で近づいてくる。

 

「俺を知ってるのか?」

 

『しってる。ゆうめいじん。テレビでみた。わるいひとたちを、やっつけるぶきくれるひと』

 

テロリストのアジトだ。ここにいる連中は全員そういう「悪い人」だ。トニーは直感的に理解した。この怪物は、敵対的ではないのかもしれないと。

 

「おい、待て」

 

だが、一人の男がまだ息をしていた。床に倒れていたテロリストが、最後の力を振り絞って引き金を引いた。

 

銃声。弾丸は狙いを外れて、インセンに吸い込まれる。

 

「インセン!」

 

崩れ落ちる相棒を、トニーが支える。血がインセンの胸から溢れ出ていた。トニーの腕の中で、医師の顔がみるみる青ざめていく。

 

「スターク……あなたは、生きて……」

 

「黙れ、しゃべるな!」

 

『そのひと、いいひと?』

 

気がつくと、赤い怪物がすぐそばに立っていた。その大きな目は苦しむインセンをじっと見下ろしている。

 

「ああ、そうだ! こいつは俺の命の恩人だ!」

 

トニーの叫びに怪物はしばし沈黙した。そして、何かを決意したようにうなずいた。

 

『たすける』

 

次の瞬間、赤いボディの一部がインセンの体に覆いかぶさった。それは傷口に浸透しまるで包帯のように出血を押さえ、損傷した組織を一時的に補強する。

 

「な、なにを……」

 

『いそいで。このままだと、しんじゃう』

 

シンビオートの声には、嘘偽りのない切迫感があった。トニーは歯を食いしばり鋼鉄のスーツを完全に起動させた。

 

「インセンを連れて行く。手を貸してくれるか?」

 

『うん! でも、そのあと、ごほうびほしい!』

 

「報酬?」

 

『あたまか、きも。そこのたべかけのわるいひとたちの、たべていい?』

 

トニーは一瞬ぎょっとしたが、今はこの異常な申し出に感謝するしかなかった。彼は装甲に覆われた顔で力強くうなずいた。

 

「……ああ、好きにしろ」

 

その返事を聞くやいなや赤い怪物は歓喜の声を上げた。それはまるで、おやつを許された幼子のような無邪気さだった。

 

『やったー! じゃあ、おてつだいするね!』

 

そして、アジトからの脱出劇が始まった。鋼鉄の戦士と人を食らう赤い怪物。奇妙な共闘が、今、幕を開けたのだ。

 

彼女は、まだ知らなかった。戦いの後チョコレートという、もっと安全でもっと甘美な「ごほうび」があることを。そして、世界には「頭と肝臓」を食べなくても、生きていける方法があるということを。

今はただ、約束された美味しい食事と自分を「いいひと」と呼んだ鉄の男を助けるために、彼女は戦う。無邪気でそして恐ろしい、小さな捕食者が。

 

◆◆◆◆◆

 

洞窟での脱出行から数日後、マリブのトニーの自宅兼研究室。

 

「――というわけで、彼女が俺の命の恩人だ」

 

トニーが説明を終えるとペッパー・ポッツは完璧に整えられた書類の束を落とした。床に散らばる紙を拾う気配すらない。彼女の視線は、ソファの上でチョコレートを頬張る銀髪の少女に釘付けになっていた。

 

「おいしい……ちょこれーと、しあわせのあじがする……」

 

少女はとろけるような笑顔で、一粒数千円はする高級チョコを無造作に口に放り込んでいる。その周りにはすでに空になった箱が三つ。食べるスピードが明らかに人間のそれではない。

 

「ちょっと待って、トニー」

 

ペッパーはこめかみを押さえた。

 

「その子が、あなたを助けた『赤い怪物』で、ヒドラっていう犯罪組織の実験体で、脳と肝臓を食べるシンビオートって怪物で……」

 

「正確には、悪人の脳と肝臓だけな。いい奴のは食べない。だからペッパー君は安全だ」

 

「そういう問題じゃないわ!」

 

ペッパーの悲鳴に近いツッコミに、少女――しんびおーとは首をかしげた。

 

「ぺっぱーおねえさん、おこってるの? しんびおーとなにかわるいことした?」

 

うるうるとした大きな瞳。銀色の髪をふわりと揺らして小首を傾げる仕草。見た目だけなら、高級デパートのカタログから抜け出てきたような美少女だ。ペッパーは思わず「いいえ、別に……」と言いかけて、慌てて首を振った。

 

「トニー、彼女をこのままここに置くつもり?」

 

「当たり前だろ。借りがある。それに」

 

トニーはタブレットを取り出し、ホログラムを起動した。そこにはしんびおーとから聞き出して、壊滅したヒドラの施設で回収したデータが映し出されている。

 

「こいつは言ってみれば『究極の超人血清』の生き残りだ。父の関わった胡散臭い研究だが、野放しにするわけにはいかない。誰かの手に渡れば、それこそ厄介なことになる」

 

「つまり保護と監視を兼ねてるのね」

 

ペッパーはため息をついた。彼女が何か言おうとしたその時、しんびおーとが突然立ち上がった。

 

「とにー、とにー」

 

「なんだ?」

 

「あのね、しんびおーとかんがえたの。これからひとをたべるときは、ちゃんとかくにんする。そのひとがほんとにわるいひとかどうかしらべてからにする」

 

「……進歩だな」

 

「うん! だからね、わるいひとのりすとがほしいの。せいふがもってるやつ。FBIのさいじょうしゅうはんリストみたいなの」

 

「待て待て待て」

 

トニーは手のひらで顔を覆った。横ではペッパーが「FBIって単語をどこで覚えたの」と呆然と呟いている。

 

「あとね、ツイッターでみたんだけど『おまえはこうかいする』っていうの、かっこいいからつかいたい」

 

「インターネットを見せたのは誰だ」

 

「とにーがくれたたぶれっとでしらべたの。あ、それから『かくごはいいか? おれはできてる』もおぼえたよ」

 

しんびおーとは誇らしげに胸を張る。その口元にはチョコレートがべったりとついていた。

 

「トニー、彼女の教育方針について真剣に話し合う必要がありそうね」

 

ペッパーの冷たい視線に、トニーは天井を仰いだ。

 

「わかった、わかったよ。SNSは禁止。フィルタリングをかける。……クソ、よりによってネットミームを覚えるとは」

 

「えー! けんけんがくめいのいし!」

 

「それも禁止!」

 

トニーの叫びに、しんびおーとはしょんぼりと肩を落とした。が次の瞬間にはもう新しいチョコレートの箱を開けていて、機嫌は完全に回復している。単純なのか切り替えが早いのか。

 

「とりあえず、インセンが退院するまではここに置く。その後は……まあ、追々考えよう」

 

「インセンさん、だいじょうぶかな……しんびおーとのおかげで、いのちはたすかったけどけがはなおらなかった……」

 

しんびおーとが突然しゅんとうつむいた。その表情は、無邪気な捕食者ではなくただの幼い少女そのものだった。

 

「おまえの寄生は一時しのぎに過ぎないからな。お前が止血して組織を繋いでくれなかったら、彼は確実に死んでた。それは間違いなくお前のおかげだ」

 

トニーはしゃがみ込み、少女の目線に合わせた。

 

「インセンは、お前に感謝してるよ」

 

「……うん」

 

しんびおーとは小さくうなずいた。そして顔を上げると、またいつもの無邪気な笑顔に戻っていた。

 

「じゃあ、ごほうびにちょこれーともっともらっていい?」

 

「もう三箱食っただろ」

 

「べつばらだもん!」

 

「胃袋もバケモノかよ……」

 

ペッパーはそんな二人のやり取りを見てふと微笑んだ。確かに異常な状況だ。犯罪組織の実験体で、人を食べる怪物で常識は通用しない。でも――

 

「ねえ、しんびおーとちゃん」

 

「なあに?」

 

「チョコレート、好きなだけ食べていいわ。その代わり悪い人のリストは諦めてね」

 

「ほんと!? やったー! ぺっぱーおねえちゃん、だいすき!」

 

飛びついてくる小さな体を受け止めながら、ペッパーはトニーに視線を送った。

 

「トニー、この子がこれ以上変な知識を仕入れないように私も協力するわ」

 

「助かる。俺一人じゃ、とても手に負えそうにない」

 

「『げんじつはむじょうである』」

 

しんびおーとがしたり顔で言った。トニーは深いため息をついた。

 

「……ペッパー、タブレットを取り上げてくれ」

 

「了解」

 

こうして、アイアンマンの秘密の同居生活が始まった。鋼鉄のヒーローとかつて人を食べていた小さなシンビオート。そして彼らを見守る有能なCEO。

 

それは、後にアベンジャーズをも巻き込む騒がしくも不思議な日常の、ほんの始まりに過ぎなかった。

 

「ねえとにー、きゃぷてんあめりかってしってる? しんびおーともなかまにしてくれるかな?」

 

「……その前に、まずは常識を教え込む。いいな?」

 

「あい! しんびおーと、がんばる!」

 

彼女の返事はいつも明るい。それが救いであり、同時に最大の不安要素でもあった。

 

トニーは、まだ見ぬ未来に思いを馳せる。アベンジャーズ計画。ロキウルトロン、サノス。やがて訪れるであろう大きな戦い。

 

その時、この小さな捕食者は味方でいてくれるのだろうか。それとも――

 

「とにー、むずかしいかおしてる。ちょこれーとたべる?」

 

「……ああ、もらうよ」

 

差し出された一粒のチョコをつまみながら、トニーは思う。

まあ、悪くない。こんな日々もたまには。

 

◆◆◆◆◆

 

ペッパーとハッピーの熱心な指導のかいあってしんびおーとは多少の常識を身につけた。ほんとに多少の。

 

おかげで「街中でいきなり変身しない」「悪人を見つけてもすぐに飛びかからない」「ものをたべるときは『いただきます』という」という、人間社会における最低限のルールは理解したのである。

 

しかし根本的な問題は解決していなかった。

 

ある日の午後、マリブの豪邸。トニーはワークショップでアーク・リアクターの調整をしていた。その背後ではしんびおーとがソファに座り、ペッパーから借りたタブレットで熱心に何かを調べている。

 

「とにー、しんびおーとインターネットでみつけたんだけど」

 

「なんだ?」

 

「『おまえのことはしんじつにきょうみがないが、そのかんがえはきらいじゃない』っていうのどういういみ?」

 

トニーは手を止め、天井を仰いだ。

 

「ペッパー、フィルタリングはどうした」

 

「かけたわよ。でもこの子、プロキシを突破するの」

 

「なに?!」

 

「『ぷろきし』って、まるでぼうえいシステムのようでたのしいね!」

 

しんびおーとは無邪気に笑った。その笑顔の裏に潛むハッキング能力の高さに、トニーは背筋が冷たくなるのを感じた。超人血清が無駄に仕事をしていた。

 

「……今度からJARVISに監視させる」

 

「わたしはすでに監視しております、サー。ですが彼女のネットリテラシーの向上速度は予測を超えています」

 

「JARVIS、おまえAIだろ? なんとかしろ」

 

「努力はしておりますが、彼女は『ネットのほうがじゆうだもん』との一点張りでして」

 

その時、リビングにペッパーが入ってきた。手には分厚い書類の束。

 

「トニー、スターク・インダストリーズの兵器製造部門の完全撤退について記者会見の準備が……」

 

「おお、おこぼれだ! ぺっぱーおねえちゃんが、とらぶるをかかえてる!」

 

しんびおーとが突然叫んだ。ペッパーは眉をひそめる。

 

「しんびおーとちゃん、それってどういう意味かわかってる?」

 

「えっとね、ぺっぱーおねえちゃんがこまったときにでてくるおいしいもの!」

 

「違うわ」

 

「ちがうの?」

 

しんびおーとは首をかしげた。その無垢な瞳に、ペッパーは説明する気力を失いかける。

 

「おこぼれってのは、本来はもっと複雑で……」

 

「だいじょうぶ! しんびおーと、ちゃんとしらべたから! おこぼれは『ほんらいもらえるはずのないりえきをぐうぜんてにいれること』だよね。じゃあぺっぱーおねえちゃんがおとしたしょるいのなかに、わるいひとのリストがまぎれてたらそれはおこぼれでしょ?」

 

「どうしてそうなるの?!」

 

ペッパーの悲鳴がリビングに響き渡った。

 

トニーは深いため息をつきながら立ち上がった。

 

「ペッパー、彼女のロジックをまともに相手にするな。脳の構造が違う」

 

「しんびおーとののうみそは、ちょっととくべつなんだよ。シンビオートのさいぼうがにんげんののうとまざってるから。ぺっぱーおねえちゃんより、たぶんじょうほうしょりのスピードがはやい」

 

「自慢気に言うことじゃないわ」

 

その時、ハッピー・ホーガンがリビングに入ってきた。手には高級チョコレートの紙袋を提げている。

 

「おまたせ、しんびおーとちゃん。今日の分だ」

 

「わーい! はっぴーおじちゃん、だいすき!」

 

しんびおーとは飛び跳ねてハッピーに抱きついた。そのまま紙袋を受け取ると、器用に包装を破りチョコレートを口に放り込む。

 

「おいしい……しあわせのあじがする……」

 

「これで一週間分だぞ。一気に食うなよ」

 

「むり。おいしいものは、すぐになくなっちゃうからなくなるまえにたべるのがいちばん」

 

「保存の概念がねえな」

 

ハッピーは苦笑いしながら頭をかいた。

 

「しかしトニー、大丈夫なのか? あれだけの量のチョコレートを毎週……」

 

「俺の資産なら問題ない。それに、人間の脳と肝臓を食べられるよりはマシだろ」

 

「それもそうだな」

 

「しんびおーと、もうにんげんはたべないよ? とくべつなときだけにするってとにーとやくそくしたもん」

 

しんびおーとが口をとがらせて反論する。その口元にはチョコレートがべったりとついていた。

 

「特別な時ってのは?」

 

「せかいがほろびそうなときとか、とにーがピンチのときとか。あとわるいひとが『おれはわるものです』っていったとき」

 

「そんな正直な悪人がいるかよ」

 

トニーがツッコミを入れると、しんびおーとはきょとんとした顔をした。

 

「いるよ? せんしゅうのテロリスト、じぶんから『おれはテロリストだ』っていってた」

 

「……あれは宣戦布告の電話だ」

 

「じゃあ、せんげんふこくしたひとはたべてもいいってこと?」

 

「ダメだ」

 

「えー!」

 

しんびおーとが不満げに声を上げた。その様子を見ていたペッパーが、ふと真剣な表情になる。

 

「ねえ、トニー。この子本当に戦えるの? 貴方を助けたことがあるっていうけど…」

 

「ああ、それは大丈夫だ」

 

トニーは端末を操作し、ホログラムを表示した。そこには洞窟からの脱出時に記録された映像が映っている。

 

「見ろ、このデータを見る限り彼女の戦闘能力は驚異的だ。超人血清の効果とシンビオートの身体能力強化が合わさって相乗効果を出している」

 

「すごいの?」

 

「ああ、すごい。特に変身した時の身体能力は驚異的だ。装甲戦車も殴り飛ばせる」

 

ペッパーはホログラムを見つめながら隣でチョコレートを食べ続ける小さな少女をちらりと見た。この子が、そんな力を持っているなんて。

 

「でも、まだ子供よ。戦わせるのは……」

 

「わかってる。だからこそ、まずは教育だ。最低限の判断力と自制心を身につけさせる」

 

「しんびおーと、もうじゅうぶんおりこうだよ?」

 

「プロキシを突破する奴が言うな」

 

「あれはじょうほうしゅうしゅうのため。とにーをまもるためには、せかいのことをしらないと」

 

しんびおーとの言葉にトニーは少し驚いた顔をした。そして、ふっと笑う。

 

「そっか。俺を守るためか」

 

「うん。しんびおーと、とにーのことがすきだから。いのちのめいじんもぺっぱーおねえちゃんも、はっぴーおじちゃんもみんなだいじ。だから、わるいやつからまもれるようにつよくなりたいの」

 

ペッパーは胸が熱くなるのを感じた。ハッピーは鼻をすすっている。

 

「……泣かせるじゃねえか」

 

「はっぴーおじちゃん、ないてるの? ちょこれーとあげる。たべるとげんきになるよ」

 

「ありがとな……」

 

「というわけで、ペッパー。この子の教育を引き続き頼む。常識と倫理とあとネットの使い方の分別をとくに」

 

「わかったわ。でもトニー、あなたも親として自覚を持ってね」

 

「親……?」

 

トニーは一瞬言葉に詰まった。そして、チョコレートまみれの笑顔を見せるしんびおーとを見下ろす。

 

「まあ、そうなるのかもしれないな」

 

「とにー、ぱぱ?」

 

「ち、違う。保護者だ。保護者!」

 

「ほごしゃ……ぱぱとおなじようなもの?」

 

「うるさい、チョコレート食ってろ」

 

「あい!」

 

こうして、アイアンマンの家に奇妙な家族が誕生した。

 

父親代わりのトニーと母親代わりのペッパー。叔父のようなハッピー。そして、世界で最も危険な食欲を持つ小さな娘。

 

それは決して普通の家族ではなかったが、それでも確かに温かな絆で結ばれていた。

 

「ねえ、とにー?らいしゅうぱーてぃーいくでしょ。 しんびおーと、ちゃんとごあいさつできるかな」

 

「その前に、ネットミームを使わない特訓だ」

 

「えー! それだけはむり! 『しごとをしたくないのできょうはかえります』!」

 

「おい、それどこで覚えた?!」

 

「にこにこどうが!」

 

「JARVIS、今すぐニコニコ動画をブロックしろ」

 

「かしこまりました、サー」

 

「ひどい! けんりょくのらんよう!」

 

しんびおーとの叫びが、マリブの夜空にこだました。

明日もまた、騒がしい一日になりそうだった。

 

◆◆◆◆◆

 

それは、トニーがオバディア・ステインの裏切りに気づいたまさにその夜のことだった。

 

アーク・リアクターを奪われ機能を停止した胸部。死の淵を彷徨うトニーの元に駆けつけたのは、小さな銀髪の少女だった。

 

「とにー! しんじゃだめ!」

 

彼女は迷うことなく旧型のアーク・リアクターをトニーの胸に押し込んだ。あの洞窟で作った、ペッパーが記念品として額に入れていたあの初代アーク・リアクターだ。

 

「……しんびおーと」

 

「うごいて、とにー。まだしんじゃだめ。わるいひとがいるの。おばでぃあ。あいつとにーをころそうとした。だから」

 

少女の瞳に、危険な光が宿る。

 

「しんびおーとが、たべきってもいいよね?」

 

トニーは力なく笑った。

 

「ああ、あいつは正真正銘の悪人だ。お前の食事リストに入れていい」

 

「わーい! じゃあ、ちょっとくらいたべちゃおうかな」

 

しかし、その前にやるべきことがあった。

 

「ペッパーが危ない。先にあいつを止めるぞ」

 

「うん! ぺっぱーおねえちゃんは、しんびおーとがまもる!」

 

---

 

アーク・リアクター工場。ペッパーは巨大な鋼鉄の怪物に追い詰められていた。

 

「ペッパー、残念だよ。君は有能だったのに」

 

アイアンモンガー。オバディア・ステインが操るトニーの技術を盗んで作られた殺戮兵器。その巨体がペッパーに向けて腕を振り上げた、その時だった。

 

『させない!』

 

赤い閃光が飛び込んできた。身の丈二メートルを超える女性型の異形。滑らかなボディに白いラインが走り、大きな瞳が怒りに燃えている。シンビオートの姿になったしんびおーとだった。

 

振り上げたアイアンモンガーの巨腕を押さえながら、まったく力負けせず、むしろ押し戻していく。

 

「なんだ、その化け物は?!」

 

悲鳴のような軋みを上げる機体の中でオバディアが驚愕の声を上げる。

 

『しんびおーとは、ばけものじゃない! しんびおーとはわるいやつをたべるヒーローだもん!』

 

「ヒーロー? 笑わせるな!」

 

アイアンモンガーのガトリングガンが火を噴いた。普段なら軽く回避できる銃撃、しかし周囲には守るべきペッパーやよく分からないけど味方がたくさんいた。かわせば他が死ぬ。無数の弾丸が赤いシンビオートに襲いかかる。

 

『いたい……いたいけど、ぜんぜんきかないもん!』

 

シンビオートはガトリングガンを全て受けきる。しかし問題はそこではなかった。シンビオートの体は弾丸の衝撃で徐々に形を崩しバラバラに引き裂かれていく。液体のような体が飛び散り、小さな破片となって床に落ちた。

 

「しんびおーとちゃん!」

 

ペッパーの悲鳴が響く。

 

『だいじょうぶ……まだ、たたかえる……』

 

しかし、声は弱々しかった。飛び散った破片はゆっくりと集まろうとしているがその動きは明らかに鈍い。

 

「その程度か。ならば、まずはペッパーから始末しよう」

 

アイアンモンガーが再びペッパーに向き直った、その瞬間。

 

「待たせたな」

 

空から降りてきた紅い閃光。マーク3のアイアンマンが、ついに戦場に到着した。

 

「トニー!」

 

『とにー! ごめん、ちょっとバラバラになっちゃった……』

 

「上等だ。よく持ちこたえた。あとは俺に任せて、お前は体を戻せ」

 

『うん……ちょっとじかんかかるかも……ごめんね……』

 

工場の片隅でフィル・コールソンはその光景を食い入るように見つめていた。S.H.I.E.L.D.のエースエージェントである彼は、静かに通信機に向かってささやいた。

 

「長官、報告です。新たな超人個体を確認。コードネームは……仮に『カーネイジ』とします」

 

---

 

トニーとオバディアの戦いは激しさを増していった。アイアンマンとアイアンモンガー、二つの鋼鉄の巨人が夜空を舞台に死闘を繰り広げる。

 

「お前は何もわかっていない! この兵器があれば世界を変えられるんだ!」

 

「兵器で世界は変わらない。変えるのは、それを使う人間だ。お前はその資格がない」

 

大型リアクターの爆発。閃光が夜の街を包み込む。アイアンモンガーは墜落し、すべてが終わったかに見えた。

 

だが、本当の戦いはこれからだった。

 

床に散らばった赤い破片が、ゆっくりと集まり始める。それはまるで意思を持つ粘土のように互いに引き寄せ合い、少しずつ形を取り戻していく。最初に小さな手ができ次に腕が、胴体がそして最後に大きな瞳を持つ顔が再生した。

 

『ふぅ……やっとくっついた。ぺっぱーおねえちゃん、だいじょうぶ?』

 

小さな女の子の姿に戻ったしんびおーとが、心配そうにペッパーを見上げる。

 

「ええ、大丈夫。あなたのおかげよ」

 

ペッパーは涙を浮かべて少女を抱きしめた。

 

「ありがとう、しんびおーとちゃん」

 

『えへへ……ぺっぱーおねえちゃん、あたたかい』

 

「なあ、しんびおーと」

 

トニーがマスクを開けて近づいてきた。その顔は煤と汗で汚れているが、優しい笑みを浮かべている。

 

「よくやった。お前は間違いなくヒーローだ」

 

『ほんと? しんびおーと、やくにたった?』

 

「ああ、大活躍だ。さすが俺の娘だ」

 

『むすめ……しんびおーと、とにーのむすめなの?』

 

「そうだ。今日から正式にな」

 

トニーはしゃがみ込み少女の頭を撫でた。しんびおーとの大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。

 

『うれしい……しんびおーと、おとうさんができた……』

 

「ただし、条件がある」

 

『なあに?』

 

「悪人を食べるのはなし。それ以外はチョコレートで我慢しろ」

 

『えー! たべちゃだめなの?! せめていちにいちどにして!』

 

「交渉の余地はない」

 

『ぶー! とにーのけち! ぺっぱーおねえちゃん、なんとかいってよ!』

 

「……凶悪犯罪者は特別に許可するとか?」

 

「ペッパー、お前まで甘やかすな」

 

『やったー! ぺっぱーおねえちゃんだいすき!』

 

コールソンはそんな様子を呆然と見つめながら、再び通信機を手に取った。

 

「長官、訂正です。コードネームは『スイートトゥース』に変更します。……ええ、チョコレート中毒の小さな女の子です。ただし戦闘能力は驚異的ですが」

 

こうして、アイアンマンの戦いは終わり新たな日常が始まった。世界は彼を「アイアンマン」と呼び、トニー・スタークは自分がヒーローであることを公に認めた。

 

しかし、世界がまだ知らない秘密があった。アイアンマンの影にはもう一人の小さな守護者がいることを。チョコレートをこよなく愛し、悪人の脳と肝臓をこっそり狙う無邪気で危険な少女の存在を。

 

『とにー、あしたのしんぶんにしんびおーとのこともかいてあるかな?』

 

「さあな。だが、お前のことはまだ秘密だ。S.H.I.E.L.D.って連中がうるさくてな」

 

『しーるど? それってたべられるの?』

 

「組織だ。食べ物じゃない」

 

『ざんねん……いいにおいしそうななまえなのに』

 

「お前はなんでも食おうとするな」

 

『だって、せいちょうきだから! もっともっとたべないとおおきくなれないもん!』

 

「お前、これ以上大きくなる気か?」

 

『うん! いつかとにーよりおおきくなって、とにーをおんぶするの!』

 

「……それは、ちょっと楽しみかもな」

 

マリブの夜明け。傷だらけのアイアンマンとチョコレートをねだる小さなシンビオート。彼らの戦いは、まだ始まったばかりだった。

 

『そうだ、おばでぃあののうとひだりがわのきもまだたべてない! いまからとりにいっていい?』

 

「……行ってこい。ただし、誰かに見られるなよ」

 

『あい! しんびおーと、たいせつにいただきます!』

 

銀髪の少女は嬉しそうに闇夜に消えていった。ペッパーは複雑な表情でトニーを見る。

 

「本当にいいの?」

 

「約束だからな。それに、あいつには借りがある。これからもずっとな」

 

トニーは空を見上げた。そこには、新しい一日の始まりを告げる朝日が昇っていた。

 

二人が工場を後にする頃遠くで「いただきます」という無邪気な声と、何かが咀嚼される音が聞こえたような気がした。

 

コールソンは静かに車を発進させながら、ため息をついた。

「これは報告書が長くなりそうだ」

 

◆◆◆◆◆

 

トニー・スタークが自らをアイアンマンだと公表してから、半年が過ぎていた。

アイアンマンスーツの稼働時間は延び戦闘データは蓄積され、世間は彼をヒーローとして歓迎した。しかしその胸の中で彼を生かすアーク・リアクターが静かに彼の命を蝕んでいることを知る者は少なかった。

マリブの邸宅。薄暗いワークショップでトニーは上半身裸で椅子に座っていた。胸のアーク・リアクターの周囲には、黒い血管が蜘蛛の巣のように浮き上がっている。パラジウム中毒の症状だ。

 

「とにー、いたいのいたいのとんでけ」

 

しんびおーとが心配そうな顔でトニーの胸に手をかざす。彼女の小さな手のひらから赤い触手が伸びトニーの血流に侵入していく。それはまるで精密な医療機器のように血中からパラジウム毒素だけを吸い取り、数分もしないうちに彼の顔色はいくらかマシになった。

 

「ふぅ……助かった。お前のおかげで命拾いしてるよ」

 

「えへへ。しんびおーと、とにーのおくすりやくにたってる?」

 

「ああ、大活躍だ。だがな……」

 

トニーは胸のリアクターを見下ろした。パラジウムの減りが早すぎる。毒素の蓄積速度も上がっている。このままだと、あと数ヶ月も持たないだろう。

 

「ぱらじうむって、わるいやつなの?」

 

「いや、そういう問題じゃない。俺の体と相性が悪いだけだ」

 

「じゃあ、そのわるいぱらじうむぜんぶしんびおーとがたべちゃう!」

 

「それは無理だ。お前が吸い取っても、結局また溜まる。一時しのぎにしかならない」

 

しんびおーとは眉をひそめて考え込んだ。そして、ぽんと手を叩く。

 

「じゃあ、あたらしいげんそをさがそう! ぱらじうむよりからだにいいやつ!」

 

「それを今まさに探してるんだが、なかなか見つからなくてな」

 

「しんびおーとがてつだう! ぐーぐるせんせいにきいてみる!」

 

「やめろ、前回Google先生に聞いた時はブラックマーケットの武器商人リストを出力しただろうが」

 

「だって『てにはいるばしょ』もいっしょにしらべたほうがはやいとおもって……」

 

トニーはため息をついた。善意なのはわかるがその方向性が毎回斜め上すぎる。

その時、JARVISの声が響いた。

 

「サー、モナコのレース会場で緊急事態です。何者かがアーク・リアクターに似た武装で暴れています」

 

「なに?」

 

トニーは急いでモニターを見た。そこには鞭のような電磁ウィップを振り回す男がサーキットを破壊している映像が映っていた。胸には、粗野だが確かにアーク・リアクターが輝いている。

 

「あいつは……」

 

「わー、ぴかぴかしてる! あれもぱらじうむ?」

 

「おそらくな」

 

「じゃあ、あのおじさんもからだがいたくなっちゃうの?」

 

「さあな。だがまずは、あれを止めないと」

 

トニーはスーツを装着し始めた。しんびおーとはじっと画面を見つめている。

 

「あのおじさん、わるいひと?」

 

「人を襲うってことは、少なくとも敵だな」

 

「じゃあ、しんびおーともいく! あたまとひだりがわのきもたべちゃっていい?」

 

「ダメだ」

 

「えー! どうして?!」

 

「公衆の面前で人を食うな。信用問題に関わる」

 

「ペッパーにも、にんげんはたべちゃだめっていわれた……」

 

「当たり前だ」

 

「でも、ぐーぐるせんせいがいうには『しょくじのマナーはくにによってちがう』んだって!」

 

「それは文化の話であって、人肉食を許容する国はない」

 

「ざんねん……じゃあ、やっつけるだけにする。でもついでにちょっとだけなめていい?」

 

「ダメだ」

 

「ちょっとだけ!」

 

「ダメ」

 

「ちょっとだけだってば!」

 

「……ペッパーにチョコレートを追加で頼んどくから我慢しろ」

 

「ほんと?! じゃあがまんする!」

 

こうして、トニーはアイアンマンとしてモナコへ飛び立ちしんびおーとは大人しくお留守番することになった。……大人しく、と言ってもそれは表面的なものだったが。

 

「JARVIS、あのおじさんのじょうほうしらべて。どこにすんでるとかふだんなにをたべてるとか」

 

「それはなぜですか?」

 

「わるいひとだから、しんびおーとのしょくじリストにいれとくの。いつかたべるかもしれないから」

 

「……サーには報告しておきます」

 

「ないしょにして! とにーにはひみつだよ!」

 

「お嬢様、私はAIです。サーに嘘をつくことは基本的にできません」

 

「じゃあ、きほんてきじゃなければいいの?」

 

「……ロジックの抜け穴を探すのはおやめください」

 

しんびおーとは口をとがらせた。その手にはすでに新しいチョコレートの箱が開けられている。

 

「はあ……しんびおーと、まだおなかいっぱいになれない。あたまとひだりがわのきもたべたいよぅ……」

 

「週に一度の『おやつタイム』までお待ちください」

 

「えっ、おやつたいむなんてあるの?!」

 

「さきほどサーが設定しました。週に一度、極悪犯罪者に限り許可するそうです」

 

「やったー! とにー、だいすき!」

 

彼女は飛び跳ねて喜んだ。その笑顔は無邪気そのものだったが、喜んでいる内容は極めて物騒だった。

数時間後、ウィップラッシュを逮捕したトニーが帰宅するとリビングにはチョコレートの空き箱が山積みになっていた。その真ん中で、しんびおーとは幸せそうな顔で眠っている。口元にはチョコがべったりとついたままだった。

 

「……JARVIS、何か報告は?」

 

「お嬢様は三時間かけてチョコレート三・二キログラムを消費されました。また、インターネットで『世界の珍味・ゲテモノ食い祭り』という動画を閲覧され、『にんげんのあたまもりょうりすればもっとおいしくなるかもしれない』という仮説を立てておられました」

 

「その検索履歴は削除しろ」

 

「承知しました」

 

トニーは眠る少女にブランケットをかけた。パラジウムの毒素はまだ彼の体を蝕んでいるが、この無邪気な同居人がいるだけで不思議と心は軽くなった。

 

「お前がいるから、諦めるわけにもいかないんだよな」

 

しんびおーとはむにゃむにゃと寝言を言った。

 

「とにー……あたまは、さとうじょうゆであじつけするとおいしいらしいよ……」

 

「……お前は本当に食いもんの夢ばかり見てるな」

 

トニーは苦笑いしながら、ワークショップへと向かった。パラジウムに代わる新元素を探すために。

彼の戦いはまだまだ続く。そしてその隣には今日もまた、チョコレートと悪人の脳と肝臓をこよなく愛する小さな守護者がいるのだった。

 

◆◆◆◆◆

 

マリブの夜明け。海を見下ろすドーナッツ屋の屋根の上に、二つの人影があった。

 

「おいしい……あまくてふわふわで、ちょこれーとがとろーり……」

 

しんびおーとは両手で抱えたチョコレートドーナッツに齧りつきながら幸せそうなため息をついた。その隣ではトニーが紙コップのコーヒーを啜りながら、二日酔いに苦しむ顔で海を睨んでいる。

 

「くそ……ローディのやつ、本当に持って行きやがった」

 

「ろーでぃおじちゃん、おこってたね。とにーのことじこちゅーだっていってた」

 

「うるさい。今は俺が落ち込んでるんだ。そっとしておけ」

 

「おとこはみんなじこちゅーなんだよ。にんげんのだいちょうはのうみそよりおおきいからね」

 

「それどこで覚えた」

 

「ぐーぐるせんせい」

 

「あのなあ……」

 

トニーが反論しようとしたその時だった。背後から重厚な足音が近づいてくる。振り返ると黒いコートをまとった黒い眼帯の男が立っていた。

 

「アイアンマン、いや、トニー・スターク。私はS.H.I.E.L.D.長官ニック・フューリーだ」

 

「わあ、くろくてつよそうなおじさん!」

 

しんびおーとが目を輝かせた。フューリーはちらりと少女を見下ろし、それからトニーに視線を戻す。

 

「その子が例のシンビオートか」

 

「ああ、俺の娘だ。問題あるか?」

 

「いや、君の家庭事情に口を出す気はない。今日は君の親父さんの話をしに来た」

 

「親父?」

 

フューリーはトニーの隣に腰を下ろした。三人は奇妙な三角形を作って海を見つめる。

 

「ハワード・スタークはS.H.I.E.L.D.の創設メンバーの一人だ。そして彼は未来の技術の鍵を、お前に託している」

 

「おいおい急に重い話だな。二日酔いの頭にはキツい」

 

「わあ、とにーのぱぱもすごいひとだったんだね!」

 

しんびおーとは目を輝かせた。

 

「じゃあ、しんびおーととにーのぱぱにあやかりたい! ぱぱのともだちだから、しんびおーとにもなにかくれませんか?」

 

「なんでお前がもらおうとするんだよ」

 

「だって、しんびおーととにーのむすめだもん。そんけいするひとのおとうさんから、おさがりもらうのってにほんのぶしのしゅうかんだよ」

 

「それは初耳だな」

 

「ぐーぐるせんせいがいってた」

 

「お前はすぐGoogle先生に頼りすぎる」

 

フューリーはそんな二人のやり取りを無表情で見つめていたが、やがて小さくため息をついた。

 

「話を戻すぞ。パラジウム中毒の解決策は、お前の父親が残した研究の中にある」

 

「なに?」

 

「知りたければ、協力しろ。S.H.I.E.L.D.は君を評価している。だがまだ単独行動が多すぎる」

 

「わーかぶしきがいしゃだ! しんびおーと、かぶがほしい!」

 

「株じゃない、評価だ」

 

「かぶとひょうかってにてるね」

 

「似てない」

 

「にてる!」

 

「似てないったら」

 

「ねえとにー、しんびおーとも『えいゆうたいしょほう』にのせてよ。あの、みんなでたたかうやつ。しんびおーとすーぱーひーろーになりたい!」

 

「お前はまだ子供だろ」

 

「むすめひろいん。それはつよいしすてむです」

 

「だからネットミームを使うなって言ってるだろ!」

 

「でも、しんびおーとせんとうりょくはピカイチだよ? にんげんのすがたのままでも、ちょっとだけならへんしんできるし」

 

「『ちょっとだけ』の定義がお前の場合極端すぎるんだよ」

 

「だいじょうぶ、こんかいはてがとくべつおおきくなるだけだから」

 

「余計にダメだ」

 

フューリーは再びため息をついた。どうやらこの無駄な会話に付き合う気はないらしい。

 

「とにかく、これが俺からの伝言だ。父親の遺産を受け継ぎたいなら俺たちと協力しろ」

 

彼は立ち上がり、黒いコートを翻して去っていった。

 

「なんか、かっこいいおじさんだったね」

 

しんびおーとがドーナッツの最後の一口を頬張りながら言った。

 

「ああ、だが、どうにも胡散臭い。S.H.I.E.L.D.ってのは秘密主義で有名だからな」

 

「じゃあ、しんびおーとがせんにゅうそうさする? こっそりはいってないぶじょうほうをぬすんでくるよ。とくべつに、あたまときもはがまんするから」

 

「ダメに決まってるだろ。国際機関に喧嘩を売る気か」

 

「えー! じゃあ、どうやってぱぱのいさんをてにいれるの?」

 

「……それは、俺が考える」

 

トニーは立ち上がり、海を見つめた。その目には新たな決意が宿っている。

 

「父親の遺産、か。悪くないな」

 

「あ、それいいかも! しんびおーとあたらしいわざかんがえた! しんびおーと・あたっく! うでのなかにあいてをとじこめて、そのままぱくっ!」

 

「それただの捕食だろ」

 

「ちがうもん! あいてのせんとうりょくをむこうにしたうえで、こうかてきにしょぶんするんだからりっぱなわざだもん!」

 

「だから、人を食べるなって」

 

「じゃあ、わるいひとのきもだけでがまんする……」

 

「それもダメだ」

 

「うー……しんびおーとのおやつ、いつになったらかいしょうされるの?」

 

「悪人が世界からいなくなるか、お前がチョコレートだけで満足できるようになるかだな」

 

「ぜったいむり! だって、せかいにはたくさんわるいひとがいるんだもん!」

 

「お前は本当に食い意地が張ってるな」

 

「しんびおーと、おなかすいたままそだつとわるいこになっちゃうんだよ? とにーはしんびおーとをわるいこにしたいの?」

 

「……うまいこと言ったつもりか」

 

「えへへ」

 

こうして、トニーとしんびおーとはドーナッツ屋の屋根の上で新しい一歩を踏み出した。父親の遺産とS.H.I.E.L.D.の協力。そして、まだ見ぬ新たなアーク・リアクター。

トニーの戦いは、まだまだ続く。そしてその隣には今日もチョコレートと悪人の脳と肝臓をこよなく愛する小さな守護者がいるのだった。

 

◆◆◆◆◆

 

クイーンズのフラッシング・メドウズ公園。ハマー・インダストリーズの無人ドローンの公開式典は、戦争プロパガンダとは思えないほど華やかな祭りの様相を呈していた。屋台が並び観客で賑わい、空には色とりどりの風船が浮かんでいる。

 

「わあ……おまつりだ! しんびおーと、はじめてのおまつり!」

 

銀髪の少女はペッパーと手を繋ぎながら、キラキラと瞳を輝かせた。その小さな手にはすでにチョコバナナが三本握られている。口の周りはチョコレートでベッタリだ。

 

「迷子にならないでね、しんびおーとちゃん」

 

「だいじょうぶ! しんびおーと、ぺっぱーおねえちゃんのにおいおぼえてるから。どこにいてもすぐにみつけられるよ」

 

「あら、それは頼もしいわね」

 

ペッパーが微笑む。しんびおーとがチョコバナナを頬張りながら、ふと屋台の一つを指さした。

 

「ねえねえ、あれはなに? たこやきってかいてあるけどたこってあしがたくさんあるあれでしょ? おいしいの?」

 

「ええ、とっても美味しいわよ」

 

「じゃあ、あとでたべよう! あでもしんびおーとはちょこれーとのほうがすきだから、ちょこばななをもういっぽん!」

 

「食べ過ぎるとお腹壊すわよ」

 

「シンビオートはふはいしません! ばいきんもへっちゃらだもん」

 

「……そういう問題じゃないのだけど」

 

その時、会場のスピーカーから派手な音楽が流れ出した。ジャスティン・ハマーが舞台の上で大仰な身振りで登場し海兵隊の行進曲に乗せてドローンたちを紹介していく。

 

「ぐんじかいはつとらいばるのけっとう! はまーあいにんまーん! あのひと、ちょっといいところもあるけどきっとにんげんのあじはまずそう……」

 

「しんびおーとちゃん、人を味で判断しないの」

 

「えー、だってしんびおーとにとってはだいじなことだもん。おいしいひとはいいひと。まずいひとはわるいひと。しぜんのほうそくだよ」

 

「自然界でもそんな法則はありません」

 

ペッパーがため息をついたその時だった。空気が変わった。舞台上のドローンたちが突然一斉に起動し観客に向かって銃口を向けたのだ。続いて、モニターに歪んだ映像が映し出される。イワン・ヴァンコの顔だ。

 

「いいニュースだ、スターク。今日がお前の葬式だ」

 

「とにー!」

 

しんびおーとが叫んだ、まさにその時。空から紅い閃光が降りてきた。アイアンマンだ。

 

「ペッパー、下がってろ!」

 

トニーは着地するなりドローンに向かってリパルサー光線を放つ。だが、数が多すぎる。空軍仕様のローディのウォーマシンも参戦するが戦況は圧倒的不利だった。

 

「ぺっぱーおねえちゃん、しんびおーともたたかう!」

 

「ダメよ、危険すぎるわ!」

 

「だいじょうぶ! しんびおーと、つよいんだから!」

 

しんびおーとはペッパーの手を離し、観客席の影に走り込んだ。人目につかない場所を確認すると彼女の体が赤く蠢き始める。

 

『へんしん! しんびおーと・ばとるもーど!』

 

爆発的に膨れ上がるシルエット。二メートルを超える赤い女性型の異形が姿を現した。白いラインが走る流麗なボディに大きな瞳が爛々と輝く。口元には、まだチョコバナナの欠片がついていた。

 

『ちょこれーとでちゃーじかんりょう! わるいきかい、ぜんぶこわしちゃうぞ!』

 

彼女は地面を蹴った。コンクリートが陥没するほどの跳躍で、最も近いドローンに飛びかかる。

 

『おりゃあああ!』

 

一撃。ドローンの装甲が紙のようにひしゃげ内部機構が爆発する。彼女は次のドローンへと跳び移り、その腕をむんずと掴むと真っ二つに引き裂いた。

 

「なんだ、ありゃあ?!」

 

ローディが驚愕の声を上げる。

 

「俺の娘だ! すごいだろ!」

 

トニーは誇らしげに叫びながら、別のドローンを撃ち落とした。

 

『しんびおーとぱんち! しんびおーときっく! しんびおーとびーむはでないけど、そのかわりちょーちょーぱわー!』

 

彼女はまさに無双の働きを見せた。超人血清とシンビオートの複合能力はハルクの膂力とキャプテン・アメリカの戦術判断力を併せ持つ。ドローンが群がろうとも、彼女の敵ではなかった。

 

『ふふーん! しんびおーとがほんきをだせばこんなものだよ! かかってこいやー!』

 

「今の『かかってこいやー』はネットミームか?」

 

『うん! にこにこどうがでみた! つよいひとのきめぜりふ!』

 

「お前、本当にそういうの好きだな!」

 

その時だった。

 

ビシィッ!

 

青白い電光が戦場を走り抜け、しんびおーとの巨体を直撃した。

 

『ぎゃうっ!?』

 

感電した猫のような悲鳴をあげて彼女の体が硬直する。ウィップラッシュだ。新型のスーツに身を包んだイワン・ヴァンコが、改造された電気鞭を振るって立っていた。

 

『びりびりする……からだがうごかない……』

 

「しんびおーと!」

 

トニーが叫ぶが、彼もまたドローンの集中砲火を浴びて動けない。

 

「小娘が、邪魔だ」

 

ヴァンコがもう一撃を加えようとした瞬間だった。

 

『うう……いたいけど、でもまだたたかえる……!』

 

しんびおーとは歯を食いしばって立ち上がろうとした。しかし、その体はまだ痺れている。動きが明らかに鈍い。

 

「しんびおーと! ペッパーを頼む!」

 

トニーが叫んだ。

 

「ここは俺とローディでなんとかする! お前はペッパーを連れて逃げろ!」

 

『でも……とにーが……』

 

「お前の優先任務はペッパーの保護だ! いいな!」

 

『……わかった。ぺっぱーおねえちゃんはしんびおーとがまもる!』

 

彼女は震える足で立ち上がると、超人的な跳躍でペッパーの元へと跳んだ。

 

「しんびおーとちゃん、大丈夫?!」

 

『だいじょうぶじゃない……いたいし、しびれるし、くやしい……でも、とにーがまもれっていったからしんびおーと、ぺっぱーおねえちゃんをぜったいにまもる!』

 

彼女はペッパーを抱きかかえると、会場の外へと走り出した。背後ではまだ戦闘が続いている。爆発音と金属の衝突音が響き渡る。

 

『……しんびおーと、まけなかったのに。あのびりびりさえなければぜんぶたべきってやったのに』

 

「食べるのは機械だからダメよ」

 

『うん……でも、あのわるいおじさんはにくたいだからつぎあったらぜったいあたまをかじってやるんだから……!』

 

「物騒なことを言わないの」

 

『だって! しんびおーとのばか! うまくたたかえなくて、とにーにめいわくかけちゃった!』

 

大粒の涙が、彼女の大きな瞳から溢れ出した。ペッパーはそんな彼女の頭を優しく撫でる。

 

「大丈夫よ。あなたは十分頑張ったわ。トニーだってわかってる」

 

『ほんと……?』

 

「ええ。だから今は、私たちの安全を確保しましょう。それがあなたの任務よ」

 

『うん……わかった……』

 

しんびおーとは小さくうなずき、ペッパーの手をしっかりと握った。

 

『つぎはぜったいまけない。しんびおーと、もっともっとつよくなる。そしてあのびりびりおじさんをぎったんぎったんにしてやるんだから!』

 

「ぎったんぎったん……それもネットミーム?」

 

『ううん、これはしんびおーとがかんがえたの! おりじなるだよ!』

 

「そう、それは偉いわね」

 

ペッパーは思わず笑みをこぼした。こんな状況だというのにこの子はいつも自分のペースを崩さない。それが、彼女の最大の強みなのかもしれない。

 

会場の外れまで避難した二人の背後で、戦いの音はまだ続いていた。トニーとローディはきっと勝ってくれる。しんびおーとは信じていた。そして次こそは、自分も最後まで戦い抜くと心に誓った。

 

『……おなかすいた。ちょこばなな、もっとかってくればよかった……』

 

「終わったら好きなだけ買ってあげるわ」

 

『ほんと?! じゃあ、はやくおわらないかな!』

 

「……本当に、あなたは強いのね」

 

『えへへ。しんびおーとは、おなかがすいてもへこたれないんだよ!』

 

彼女の笑顔は、戦場の緊張すらも溶かしてしまうような無邪気さに満ちていた。

今日の戦いは終わっていない。しかし彼女の戦いもまた、まだまだこれからだ。

 

◆◆◆◆◆

 

アイアンマンとウォーマシンの連携攻撃が炸裂しヴァンコの野望は文字通り火花を散らして終焉を迎えた。だが、その終わりはあまりにも破滅的だった。会場に仕掛けられた爆薬が起動しすべてを吹き飛ばす閃光がほとばしる。

 

「ペッパー、しんびおーと掴まれっ!」

 

トニーはマスクを閉じると同時に片腕でペッパーを、もう片腕でしんびおーとを抱き寄せた。次の瞬間彼の背中のスラスターが火を吹き、三人は轟音とともに空へと射出された。

 

「きゃああああっ!」

 

ペッパーは恐怖に顔をこわばらせたが、しんびおーとは違った。

 

「わあああ! とんでる! しんびおーと、そらをとんでる! すごいすごい!」

 

爆風と破片が渦巻く中、無邪気な歓声がトニーのアームに包まれて響く。地上では彼らが一瞬前までいた場所が巨大な火柱に包まれていた。

 

「とにー、ありがと! しんびおーとたすかっちゃった!」

 

「ああ、これくらい朝飯前だ。それよりしっかり掴まってろよ」

 

トニーはそう言うと急加速で安全なビルの屋上へと降り立った。ペッパーは地面に足がついた安堵でへたり込み、しんびおーとは目をキラキラさせながらトニーを見上げる。

 

「ねえねえ、こんどはうちゅうまでいきたい!」

 

「お前は本当に怖いもの知らずだな」

 

「だって、とにーといっしょならこわくないもん! それにおそらにはわるいひとがいないから、しんびおーともあんしんしてとべるし」

 

「……判断基準が相変わらず食い物中心だな」

 

その後、ペッパーは立ち上がりトニーと向き合った。怒りと心配が入り混じったような複雑な顔だ。口論が始まり、そしてそれはやがて互いの気持ちを再確認するキスへと変わった。ビルの屋上夜空の下で、二人は静かに抱き合った。

 

その数メートル横で、しんびおーとは首をかしげている。

 

「とにーとぺっぱーおねえちゃん、なにしてるの? くちとくちをくっつけておいしいの?」

 

「ああ、人生で一番うまいだろ」

 

トニーがニヤリと笑って答えると、しんびおーとは大真面目な顔でペッパーに詰め寄った。

 

「ぺっぱーおねえちゃん、こんどはしんびおーとにもちょーだい! あまいのかな? しょっぱいのかな?」

 

「これはね、大人だけの特別なものなの」

 

「えー! ずるい! しんびおーともおとなになったらできるの?」

 

「そうね、いつか、ね」

 

ペッパーは顔を赤らめて答え、トニーは「こいつの将来がマジで心配になってきた」と頭を抱えた。

 

◇◇◇

 

それから数日後。

S.H.I.E.L.D.の極秘施設の一室で、ニック・フューリーは分厚い書類の束をトニーの前に差し出した。

 

「アベンジャーズ計画だ。世界を守るための最後の盾になる。我々は君をコンサルタントとして迎え入れたい」

 

「ふむ、コンサルタントね。まあ俺ほどの天才なら適任か」

 

トニーが書類に目を通しているとテーブルの下から、もぞもぞと小さな影が這い出てきた。しんびおーとである。彼女は手にしたチョコレートバーを齧りながらじっとフューリーを見上げた。

 

「しんびおーとは? しんびおーとも、あべんじゃーずにはいりたい! せいぎのためわるいやつをいっぱいたべるんだから!」

 

「……トニー、これはなんだ?」

 

「俺の娘で、アシスタントだ」

 

「アシスタント? まだ子供だろう。それに、彼女の正体は非常にデリケートだ。彼女の精神年齢ではチームに加わるのはまだ早い」

 

「えーっ! ひどい! しんびおーと、このまえもいっぱいたたかったのに!」

 

しんびおーとはその場に大の字になって寝転がると、手足をバタバタさせ始めた。

 

「やだやだやだ! しんびおーと、ぜったいにいくんだからね! いかないとあしたからぺっぱーおねえちゃんのくちべにをぜんぶちょこれーとがけにしてたべちゃうから!」

 

「おい、やめろ。あれは高いんだぞ」

 

「うるさい! しんびおーとは、あべんじゃーずにはいれないならせかいをすくうのをぼいこっとする!」

 

トニーはこめかみを揉みながら、フューリーに顔を向けた。

 

「見ての通りだ。悪いが、なだめるには『アシスタント』って肩書きが必要なんだ」

 

「……S.H.I.E.L.D.の人事をなんだと思っている」

 

「わるいひとをしょぶんする、こくさいてきなかつやくのばだ!」

 

「国際的な活躍の場、な。お前、それ以上床を転がるな。服が汚れる」

 

「じゃあ、あしすたんとにしてくれる?!」

 

しんびおーとがピタリと動きを止め、上目遣いでトニーを見つめる。目には大粒の涙が溜まっている。

 

「ああ、もう、わかった。コンサルタントの助手略してアシスタントだ。それで手を打て」

 

「やったー! しんびおーと、あべんじゃーずのあしすたんとになる!」

 

彼女は飛び起きるとフューリーの机に駆け寄り、びしりと指を突きつけた。

 

「これからよろしくね、くろくてこわいおじさん! わるいやつがいたらどこでもしんびおーとをよんで! あたまときもは、あじつけしなくてもそのままいけるから!」

 

「……トニー、彼女が悪人を食べる習慣はいつになったら矯正されるんだ?」

 

「俺が聞きたいくらいだ。今のところ、週に一度の『おやつタイム』でなんとか宥めてる」

 

「そうか……」

 

フューリーは深いため息をついた。これからのアベンジャーズ計画は一人のスーパーヒーローと、一人の小さな捕食者を抱えて進むことになるらしい。

 

「しんびおーと、あしすたんとってなにをするの?」

 

「俺の手伝いだ。コーヒーを入れたり、悪いやつをやっつけたり」

 

「じゃあ、わるいやつをやっつけたあとにのうみそをちょっとだけなめてもいい?」

 

「……一口だけだぞ」

 

「やった! しんびおーと、せいいっぱいはたらくからね!」

 

彼女の無邪気な声がシールドの重苦しい会議室にこだました。こうして、アベンジャーズ計画は前代未聞の「コンサルタントのアシスタント」というポジションを新設し、その小さなアシスタントの胃袋とともに静かに動き始めたのだった。

 

◆◆◆◆◆

 

ドイツ・シュトゥットガルト。夜の広場は異様な静けさに包まれていた。ロキが放った威圧的な光の槍が群衆を跪かせ、彼はまるで舞台の上のように宣言する。

 

「これが自由というものだ。人間とは、こうでなければならん」

 

その時だった。一人の老人が立ち上がる。

「かつて私は、ある男に跪かされた。だがその男とはお前とは違う」

 

ロキが冷酷な笑みを浮かべ、光の槍を振りかざした瞬間——

空からキャプテン・アメリカが盾を投げ込みアイアンマンがリパルサー光線を放った。戦況は一瞬で逆転し、ロキはあっさりと両手を挙げた。

 

「わかった、降参だ」

 

S.H.I.E.L.D.の輸送機で待機していたブラック・ウィドウが近づき、ロキを拘束しようとしたその時だった。

 

「あ! わるいかみさまだ! しんびおーと、ちょっとだけあじみしていい?」

 

トニーが止める間もなく、銀髪の少女は駆け出していた。彼女の口が不自然に大きく裂け無数の赤い触手がロキの腕に巻きつく。

 

「な、なんだこれは——ぐあっ!」

 

ロキの表情が恐怖に歪む。彼の神としての皮膚が筋肉が、骨が、一瞬だけ「溶けるように」消えた。血ではなく、金色の光が噴き出す。

 

「おいしくなーい! なにこれ、かたいし、にがいしぴかぴかしてる! まずい!」

 

しんびおーとが口を押さえて涙目で訴える。彼女の口元には、まだ金色の残滓が光っていた。

 

「しんびおーと! 何やってんだ! 離れろ!」

 

トニーが慌てて彼女を引き剥がす。ロキは青ざめた顔で自分の腕を見つめていた。そこには歯形がくっきりと残り、皮膚の一部が明らかに「欠損」している。

 

「き、貴様……今、私の何を……」

 

「うー……しんびおーと、まずいものたべちゃった……おくちのなかがぴかぴかする……」

 

「当たり前だ! 私は神だぞ! 食べ物じゃない!」

 

「でも、わるいかみさまはおいしそうだとおもったのに……ざんねん……」

 

ロキは完全に動揺していた。彼はこれまで数多の戦場を経験してきたがまさか「食べられる」という経験は初めてだった。神としてのプライドが、恐怖によって大きく揺らいでいる。

 

「お、おいスターク! この娘はなんなんだ! 私を食べようとしたぞ!」

 

「悪かったな。うちの娘は悪人限定で人肉食の趣味があってだな」

 

「趣味で済む問題か! 私は重傷だぞ!」

 

「しんびおーと、わるいことしたらだめっていったでしょ?」

 

「だって、あじみくらいいいかなって……にんげんじゃないし、かみさまだからちょっとくらいたいしたことないとおもって……」

 

キャプテン・アメリカが困惑した表情でトニーを見る。

 

「トニー、この子は一体……」

 

「後で説明する。とにかく、ロキを収容しよう。このバカ娘は後で説教だ」

 

「えー! しんびおーと、せっかく『かみごろし』のちからがちょっとだけつかえたのに! つぎはもっとおいしいわるいかみさまだといいな!」

 

「かみご?なんだって?」

 

「次はない。絶対にない」

 

ロキは輸送機の中で青ざめたまましんびおーとから最大限の距離を取って座っていた。彼の心には深いトラウマが刻まれていた。あの少女は危険だ。なにせ、彼女は「神を食べようとした」のだから。

 

「スターク……あれは、本当に人間なのか……?」

 

「俺も毎日自問してるよ。だが、あれでもまだマシになった方なんだ」

 

しんびおーとはというと機内でペッパーにもらったチョコレートバーをもしゃもしゃと食べながら、ロキに笑顔で手を振った。

 

「わるいかみさま、こんどはもっとおいしくなっててね! ちゃんとあじつけして!」

 

「……私は二度とあの娘に近づかない」

 

こうして、アベンジャーズ最初の共同作戦はロキの逮捕と、彼の深い心の傷という予想外の結果をもたらしたのだった。

 

◆◆◆◆◆

 

空母へと向かうS.H.I.E.L.D.の輸送機の中ロキは先ほどからずっと隅っこで小さく震えていた。その視線の先には、チョコレートバーをもしゃもしゃと頬張る銀髪の少女がいる。彼女が笑顔で手を振るたびにロキの肩がビクッと跳ねる。神のプライドはすでにボロボロだった。

 

「おい、スターク。あの子本当に大丈夫なのか」

 

キャプテン・アメリカが小声でトニーに尋ねる。

 

「大丈夫じゃないから見張ってるんだ。チョコレートで機嫌を取ってるが、腹が減ると何をしでかすかわからん」

 

「腹が減ると、って……」

 

「悪人の脳と肝臓が好物なんだよ。ロキは悪人で神だから、彼女にとっては極上の獲物に見えたんだろう」

 

「……なるほど」

 

その時だった。機体を轟音が包み込み閃光が走った。雷鳴がとどろき、輸送機の後部ハッチが外部からこじ開けられる。そこに立っていたのは赤いマントを翻した大男。ムジョルニアを手にした雷神ソーその人だった。

 

「ロキ! 兄として言う。こんな真似はもうやめるんだ!」

 

ソーは一直線にロキのもとへ歩み寄ると、その襟首を掴んで空へと飛び立った。

 

「ちょっと待て!」

 

トニーがスーツを装着し、後を追う。

 

「あ! あたらしいかみさま! おいしそうなにおいがする!」

 

しんびおーとも興奮して立ち上がり輸送機のハッチから飛び降りた。空中で彼女の体が赤く蠢き、女性型シンビオートへと変身する。

 

『まってー! しんびおーともいくー!』

 

地上の森の中、ソーはロキを地面に降ろし両肩を掴んで説得を始めていた。

 

「ロキ、母上が泣いている。アスガルドに戻れ。四次元キューブを渡せ」

 

「うるさい! 俺はお前の影じゃない! 王になるのは俺だ!」

 

そこにアイアンマンが着地し、続いてシンビオートが降り立った。

 

「そこの金髪マッチョ。その男は俺たちの捕虜だ。勝手に連れ去ってもらっちゃ困る」

 

『そうそう! あのかみさまは、しんびおーとがせっかくつかまえたんだから! あじみもしたし!』

 

「味見だと……?」

 

ソーが眉をひそめた、その時だった。ロキがソーの陰に隠れながら震える声で叫んだ。

 

「兄上! あの赤いのは危険だ! 私を食べようとしたんだぞ! 神の身でありながら、私の腕を……!」

 

「何を言って……」

 

「ほんとうだ! 見ろ、この傷を!」

 

ロキが腕を差し出すとそこには確かに歯形が残り、皮膚の一部が欠損していた。ソーの表情が一瞬で警戒に変わる。

 

「お前たち、俺の弟に何をした」

 

「あー……それはだな、うちの娘がちょっと味見を」

 

『わるいかみさまだから、おいしそうだとおもって……でも、まずかった! ぴかぴかしてにがいしぜんぜんおいしくなかった!』

 

「まずかっただと……? 我が弟を食べ物扱いするとは……」

 

「だから言っただろう! あの娘は危険だと!」

 

ソーはムジョルニアを構え、アイアンマンはリパルサーをチャージする。シンビオートも臨戦態勢に入った。

 

『しんびおーと、あたらしいかみさまともたたかいたい! こんどはどんなあじがするかな!』

 

「お前は戦いの理由が不純すぎる!」

 

一触即発の空気が張り詰めたその時だった。

 

「待て!」

 

盾が空を切り、三人のちょうど真ん中に突き刺さった。キャプテン・アメリカが駆けつけたのだ。

 

「全員、武器を降ろせ。ここで争っている場合じゃない」

 

「だが、こいつらは俺の弟を」

 

「話は後だ。まずはロキの身柄を安全に確保する。四次元キューブの行方も確認しないと」

 

『でも……しんびおーと、もうちょっとだけたたかいたい……』

 

「ダメだ。トニー、お前も彼女を止めろ」

 

「ああ、悪い。しんびおーとおやつタイムはまた今度だ」

 

『えー! でもおなかすいた!』

 

「チョコレートをやるから我慢しろ」

 

『……しょうがないなあ。じゃあ、きょうはがまんする。でもつぎはぜったいにあのぴかぴかかみさまのほっぺたをちょっとだけかじるからね!』

 

ソーは複雑な表情でロキを見た。ロキは真っ青な顔で首を振る。

 

「だから言っただろう……あれは危険だと……」

 

「……スタークとやら。あの娘は一体なんなんだ」

 

「俺の娘だ。説明は長くなるが、悪人以外は食べない。基本的にはいい子なんだ」

 

「……そうか」

 

こうして、四人は一時休戦。ロキはキャプテン・アメリカに拘束され四次元キューブの行方を追って空母へと向かうことになった。輸送機の中で、しんびおーとはソーの隣に座りじっと彼の顔を見つめていた。

 

「ねえ、かみさま。あなたはわるいかみさまじゃないの?」

 

「俺はアスガルドの王子、ソーだ。悪神ではない」

 

「じゃあ、しんびおーとあなたのことたべない。そのかわり、おともだちになってくれる?」

 

「……ああ、いいとも」

 

ソーが微笑むと、しんびおーとは嬉しそうにチョコレートバーを差し出した。

 

「はい、あげる! おともだちのしるし!」

 

「これは……チョコレートか。すまないな」

 

「えへへ。しんびおーと、かみさまとおともだちになっちゃった!」

 

ロキはその光景を遠くから見つめながら、ぽつりと呟いた。

 

「……なぜ俺にはああいう対応をしなかったんだ」

 

「お前は悪神だからだろ」とトニー。

 

「……私は神だぞ、納得いかん」

 

こうして、アベンジャーズの戦いは続く。そしてその隣には今日も神々をも震え上がらせる小さな捕食者がいるのだった。

 

◆◆◆◆◆

 

空母のブリッジは静かな緊張感に包まれていた。モニターにはガラスの檻に閉じ込められたロキの姿が映っている。彼は余裕の笑みを浮かべフューリーに言葉を投げかける。

 

「ご自慢の檻も、所詮は人間の作ったものだ。アリの巣に閉じ込められた気分だよ」

 

フューリーは微動だにせずに応じた。

 

「アリにも牙はある。その檻はお前が暴れれば八〇〇〇メートルの高さから落下する仕組みだ」

 

「フフ……」

 

ロキは笑みを深めるだけで、それ以上は何も言わなかった。

 

別室のモニタールームではトニーキャプテン・アメリカ、ソー、バナーそしてしんびおーとがその様子を見守っていた。

 

「ロキはなぜわざわざ捕まったんだ?」

 

「あいつは目的があって動いている。チタウリの軍勢を呼び寄せるつもりだろう」

 

ソーが重々しく答えた。

 

「チタウリって、つよくておいしいの?」

 

しんびおーとが首をかしげる。手にはもちろんチョコレートバーが握られていた。

 

「おいしいかどうかは知らんが、極めて危険な種族だ」

 

「じゃあ、わるいやつらなんだね。しんびおーとやっつけてたべちゃう!」

 

「お前はなんでも食べようとするな」

 

トニーが軽く彼女の頭を小突いた。

 

「しかし、問題はそれだけじゃない。ロキはこの船の中でハルクを暴走させるつもりだ」

 

「バナーがハルクになれば、空母はひとたまりもない」

 

バナーは複雑な表情で俯いた。

 

「だから、私は隔離されるべきだ」

 

「そうはいかない。お前の知識が必要なんだ」

 

トニーはそう言ってロキの杖を手に取った。

「この杖は四次元キューブと同じエネルギーを発している。バナー博士、一緒に調べてくれ」

 

「わかった」

 

二人がラボへ向かうとスティーブはソーとともに別行動を取ることにした。

 

「私は彼らの調査を信じるが、念のため私も動く」

 

「俺もロキのことは信じられん」

 

しんびおーとはスティーブのズボンの裾を引っ張った。

 

「すてぃーぶおじちゃん、しんびおーとはなにをすればいい?」

 

「君は……そうだな、ここでお留守番を」

 

「えー! しんびおーともたたかいたい!」

 

「戦いは必ず来る。その時まで力を蓄えておけ」

 

「うー……わかった。そのかわりちょこれーとちょーだい」

 

「後でな」

 

スティーブは苦笑いしながら彼女の頭を撫で、ソーとともに部屋を出て行った。

 

しんびおーとはモニターを見つめながら、ぽつりと呟く。

 

「ろき、ほんとうはかなしそうなめをしてる。わるいやつだけどひとりぼっちでさみしいんだね」

 

彼女の言葉は誰に届くでもなく静かに消えていった。

 

ラボではトニーとバナーが杖の解析を進めていた。

 

「驚異的なエネルギーだ。四次元キューブと同じく宇宙の彼方と繋がっている」

 

「だが、問題はS.H.I.E.L.D.だ」

 

トニーはJARVISを起動し、組織の機密ファイルにアクセスを開始した。

 

「彼らはこのエネルギーを兵器に転用しようとしている。フェーズ2という計画だ」

 

「それは本当か?」

 

「ああ。俺は仲間を信じたいが組織は別だ。特にフューリーは何を考えているかわからん」

 

「あなたは疑り深いんだな」

 

「それが長生きの秘訣だ」

 

その頃スティーブは貨物室で違法な武器の数々を発見していた。四次元キューブを利用した兵器の数々だ。彼の表情は硬い。

 

「これがS.H.I.E.L.D.のやり方か……」

 

一方ソーは艦内の静かな場所で一人空を見上げていた。

 

「父上……私はまた弟を救えないのか……」

 

そんな中ナターシャが動いた。彼女はロキの檻へと向かう。その手には小さな手が握られていた。

 

「しんびおーとちゃんも一緒に来てくれる?」

 

「うん! ろきをしらべるんでしょ? しんびおーと、おてつだいする!」

 

「頼りにしてるわ」

 

檻の前でロキは優雅に微笑んだ。

 

「ブラック・ウィドウか。そして……」

 

彼の顔が一瞬で青ざめた。

 

「き、貴様は……!」

 

「こんにちは、わるいかみさま! きょうはあじみしないからあんしんしてね」

 

「あ、ああ……そうか……」

 

ロキは明らかに動揺している。ナターシャはその隙を見逃さなかった。

 

「ロキあなたの狙いはハルクね。バナーを暴走させて、この船を破壊する気でしょう」

 

「……ふん、さすがは噂のスパイ。だがもう手遅れだ」

 

「どうかしら。しんびおーとちゃん彼の表情を見てて」

 

「うん! ろき、うそをつくときはみぎのまゆがちょっとだけうごくんだね。いますごくうごいた!」

 

「なっ……! き、貴様、私の表情を読んだのか?!」

 

「えへへ。しんびおーと、わるいひとのうそをみぬくのとくいなんだよ! だってうそつきはおいしいから!」

 

「だから私は食べ物じゃない!」

 

ロキは完全に取り乱した。ナターシャは冷静に続ける。

 

「やはりね。あなたの目的はハルク。でも、それはもう阻止したわ。フューリー長官はバナーを安全な場所に移す手配をしてる」

 

「ちっ……」

 

ロキは悔しげに歯噛みした。彼の計画は確実に狂わされつつある。

 

モニタールームに戻ったナターシャとしんびおーとはフューリーに報告を行った。

 

「ロキの目的はハルクです。バナーを隔離してください」

 

「すでに手配した。よくやった」

 

「しんびおーともがんばったよ! ろきのかおをじーっとみてたの!」

 

「ああ、お前のおかげで助かった」

 

「えへへ。じゃあ、ごほうびにちょこれーとちょーだい!」

 

「後でな」

 

フューリーは微かに笑みを浮かべたがすぐに表情を引き締めた。

 

「しかし問題は山積みだ。スタークは我々の機密を暴きスティーブは武器を発見した。チームの分裂は避けねばならん」

 

「人間は難しいわね」

 

「そうだな。だが、乗り越えるしかない」

 

しんびおーとはモニターに映るロキを見つめながら呟いた。

 

「ろきは、ほんとうはおにいちゃんといっしょにかえりたいんだとおもう。でもすなおになれないだけなんだよ」

 

「……そうかもしれないわね」

 

ナターシャは彼女の頭をそっと撫でた。

 

「あなたは本当に鋭いのね」

 

「えへへ。しんびおーとは、おなかがすくとあたまがよくはたらくんだよ!」

 

「それは……ちょっと違うかも」

 

こうして空母の上ではチームの亀裂が広がりつつあったがその隣には今日も無邪気に真実を見抜く小さな捕食者がいた。

 

「でも、しんびおーとはみんなのだいすき! すてぃーぶもとにーもそーもなーたしゃもばなーも! だからぜったいにまもるんだから!」

 

彼女の言葉が空母の冷たい空気を少しだけ暖かくした。

 

◆◆◆◆◆

 

トニーとバナーがラボから飛び出してきた時ブリーフィングルームはすでに激しい言い争いの渦中にあった。机の上にはS.H.I.E.L.D.の機密資料が広げられ、四次元キューブを利用した大量破壊兵器の設計図が白日のもとに晒されている。

 

「これは何だ、フューリー!」

 

スティーブの声が部屋中に響き渡った。彼の手には実際に保管庫から持ち出した武器のサンプルが握られている。

 

「説明を求める!」

 

フューリーは動じなかった。彼はゆっくりと全員を見渡し、低く落ち着いた声で答えた。

 

「これは地球防衛のためだ。ソーの来訪、そしてあの破壊兵器の出現……宇宙には我々の想像を超える脅威が存在する。これまでの戦いでは不十分だと判断した」

 

「だからって、敵と同じ武器を作るのか?!」

 

「手段を選んでいられる状況じゃない」

 

「それは詭弁だ!」

 

トニーが割って入る。

 

「お前は最初からこれを隠してた。信頼が足りないんだよ」

 

「信頼だと? 君はハッキングで我々の機密を盗み見たくせに」

 

「あのなあ……」

 

言い争いは激しさを増していく。ソーも加わり、地球のやり方に異を唱えた。

 

「アスガルドは長年、九つの世界を守ってきた。その我々に対して兵器を向けるつもりか」

 

「そうじゃない。だが、備えは必要だ」

 

「その備えが裏目に出ることもある!」

 

大人たちの怒鳴り声が飛び交う中、部屋の隅でしんびおーとはおろおろと立ち尽くしていた。手に持ったチョコレートバーはすっかり溶けている。

 

「みんな、けんかしないで……しんびおーと、どうしたらいいかわかんない……」

 

彼女はスティーブの服の裾を引っ張り次にトニーの腕にしがみつき、そしてソーのマントを掴んだが誰も彼女に気づかない。彼女の小さな声は怒号にかき消されてしまう。

 

「とにー、すてぃーぶおじちゃんそーおじちゃん……みんな、なかよくしてよぅ……」

 

涙が彼女の大きな瞳に溜まり始めた、まさにその時だった。

 

轟音。

 

空母全体を激しい爆発が揺るがした。壁が裂けガラスが飛び散り、廊下から炎が吹き上がる。警報が鳴り響き赤いランプが点滅する。

 

「敵襲!」

 

フューリーが叫んだ。

 

しんびおーとは爆風で吹き飛ばされ壁に激突しそうになったが、とっさに体を捻って着地する。

 

「なに、なにがおこってるの?!」

 

彼女の声は誰にも届かない。すでに部屋の中はパニックに陥っていた。

 

外ではホークアイが冷酷な笑みを浮かべながら弓を引き、次の爆発矢を放つところだった。彼の目はロキの杖によって青く濁っている。

 

空母は大きく傾き、メンバーはそれぞれの持ち場へと散っていった。

 

「バナー! 落ち着け、まだ変身するな!」

 

「遅い……もう……!」

 

バナーの肌が緑色に変わり始める。

 

しんびおーとは破壊された隔壁の影で小さく震えていた。

 

「こわい……みんな、どこ……?」

 

そこに、トニーの声が通信機から響いた。

 

「しんびおーと! 無事か?!」

 

「とにー! しんびおーと、ここにいるよ! でもまわりがこわれちゃって……」

 

「いいか、よく聞け。お前は自分の安全を最優先にしろ。誰かを助ける前にまず自分が生き残れ」

 

「でも……」

 

「これは命令だ! お前が死んだら、俺は……」

 

通信が途切れた。どうやらシステムがダウンしたらしい。

 

しんびおーとは立ち上がった。その目からは涙が消え、代わりに強い決意の光が宿っている。

 

「しんびおーと、まけない。みんなをまもるんだから……!」

 

彼女の体が赤く蠢き始める。女性型シンビオートへと変身を遂げた彼女は、崩れゆく空母の中を駆け出した。

 

『まってて、みんな! しんびおーとがぜったいにたすけるから!』

 

背後ではハルクの咆哮が轟き前方では新たな爆発が起こる。空母はゆっくりと、しかし確実に海へと墜落しつつあった。

 

混乱の極みにある空母の中で、ちっぽけな捕食者が立ち上がる。彼女は知っていた。喧嘩はよくない。でも友達を守るためなら、自分は戦える。

 

『わるいやつはゆるさない! みんなをいじめるやつは、しんびおーとがやっつけるんだから!』

 

彼女の咆哮が、崩壊する空母にこだました。チームはバラバラになり状況は最悪。それでも彼女は諦めなかった。なぜなら彼女はアイアンマンの娘で、アベンジャーズのアシスタントだから。そして何よりチョコレートと友達をこよなく愛する小さな守護者だから。

 

◆◆◆◆◆

 

船内はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。爆発により傾いた空母の中ではハルク化したバナーが理性を完全に失い、手当たり次第に破壊の限りを尽くしていた。

 

「バナー、落ち着いて! 私がわからないの?!」

 

ナターシャは必死に逃げ惑うが、ハルクの剛腕が彼女を追い詰めていく。狭い通路に追い込まれ壁に背を預けた彼女の眼前に、緑色の巨体が立ち塞がった。

 

「グルァァァ!」

 

ハルクが拳を振り上げた、その瞬間だった。

 

『おりゃああああっ!』

 

通路の側壁が内側から爆ぜ、赤いシルエットがハルクの横っ面に飛び蹴りを叩き込んだ。衝撃でハルクの巨体がよろめき壁に激突する。

 

「しんびおーとちゃん!」

 

『なーたしゃ、だいじょうぶ?! しんびおーとがまもるからね!』

 

「でも相手はハルクよ! 無理しないで!」

 

『だいじょうぶ! しんびおーと、つよいんだから!』

 

ハルクが咆哮を上げて突進してくる。シンビオートはそれを紙一重でかわすと、素早く背後に回り込んで蹴りを放った。

 

『とおせんぼ! わるいこは、しんびおーとがやっつける!』

 

「グルァ!」

 

ハルクの拳が唸りをあげる。シンビオートはバック転で距離を取るが、パワーでは完全に押されていた。しかしスピードと俊敏性では勝っている。何より彼女には超人血清によって強化された戦術思考があった。

 

『えい! とお! まてまてまてー!』

 

「君は本当にすごいな!」

 

そこへ雷鳴とともにソーが降り立った。

 

「下がっていろ小さな戦士! ここは俺に任せろ!」

 

『そーおじちゃん! きをつけて、あのこはおともだちなの! でもいまはわるいこになってるからやさしくしてあげて!』

 

「心得た!」

 

ソーがハルクに組み付き、二大巨神の戦いが始まった。その隙にしんびおーとはナターシャを安全な場所へと運び出す。

 

『なーたしゃ、けがしてる。ちょっとだけなめるね。しんびおーとのつばはちりょうこうかがあるんだよ』

 

「え、ちょっと待って……」

 

『ぺろぺろ。はい、なおった!』

 

「……本当だ。痛みが引いたわ。ありがとう」

 

『えへへ。しんびおーとは、たたかうだけじゃないんだから!』

 

その時、空母を戦闘機の爆音が包み込んだ。フューリーの指示によりハルクへの攻撃が開始されたのだ。しかしハルクはその攻撃すらもものともせず戦闘機を叩き落とすと自ら空母から飛び降り、地上へと落下していった。

 

「バナー……!」

 

ナターシャが悲痛な声をあげる。

 

一方、空母のエンジンルームではトニーとスティーブが必死の復旧作業を続けていた。

 

「もう少しだ! あと少しで再起動できる!」

 

「急げトニー! 空母の高度が危険水域に入る!」

 

しかしその時、ブリッジからの通信が入った。

 

「大変だ! ホークアイがコントロールをハッキングした! エンジンが停止したまま動かない!」

 

「なんですとぉ?!」

 

空母は急降下を始めた。乗組員たちが悲鳴をあげ、船体はさらに傾いていく。

 

そんな中、しんびおーとは倒れた隔壁の下敷きになった乗組員を助け出していた。

 

『だいじょうぶ? しっかりつかまってて!』

 

「あ、ありがとう……君は?」

 

『しんびおーとは、とにーのむすめであしすたんなの! こわがらなくていいよ!』

 

彼女は次々と負傷者を安全な場所へと運んでいく。その小さな体に似合わぬ怪力で、瓦礫を持ち上げ通路を確保した。

 

『みんなをぜったいにまもるんだから! だって、しんびおーとはあべんじゃーずのあしすたんとだもん!』

 

その声はもはや恐怖に震える子供のものではなく、頼もしきヒーローのそれだった。

 

エンジンルームではついにトニーの手でタービンが再起動した。

 

「よし動いたぞ!」

 

「だがまだ一基だけだ! これでは持ちこたえられん!」

 

「いや、十分だ! ジャービス出力を最大に!」

 

空母の降下速度が緩やかになる。完全ではないが、墜落だけは回避できそうだ。

 

船内に安堵の空気が流れたその時しんびおーとはペッパーにもらったチョコレートバーの最後のひと欠片を口に放り込み、小さくガッツポーズをした。

 

『よかった……みんなぶじだ。おなかもすいたし、きょうはちょこれーとおかわりしてもいいよね?』

 

彼女の周りには助けられた乗組員たちが集まり、口々に感謝の言葉を述べていた。その中心で銀髪の少女は照れくさそうに笑っている。

 

◆◆◆◆◆

 

空母内にはまだ敵が潛んでいた。ロキの杖で洗脳されたホークアイ率いる武装兵たちが、次々と船内に侵入してくる。しんびおーととナターシャは背中を預け合いながら通路を進んでいた。

 

「しんびおーとちゃん、敵の数が多いわ。気をつけて」

 

『だいじょうぶ! しんびおーと、わるいひとのにおいがわかるから!』

 

彼女は鼻をひくひくさせるとぱあっと顔を輝かせた。

 

『あっちにいっぱいいる! しかもすごくわるいにおい! ぜんいんおいしそう!』

 

「食べ物扱いはやめなさいって……」

 

『でも、きょうはまだちゃんとごはんたべてないもん。ちょこれーとだけじゃおなかいっぱいにならないし……ちょっとだけならいいでしょ?』

 

「……一人だけよ」

 

『やったー! じゃあいってくる!』

 

彼女はナターシャの返事を待たずに通路を駆け出した。物陰から飛び出すと同時に、口元だけが異様に大きく裂ける。人間の姿のままでも部分的にシンビオート化できるのが彼女の強みだった。

 

『いただきまーす!』

 

侵入者たちが驚愕の声をあげる間もなく彼女の口は最初の標的の頭部に襲いかかった。頭蓋骨ごと脳を丸飲みする一撃必殺の捕食。続けざまに二人目、三人目。彼女は戦場を縦横無尽に駆け回り次々と武装兵たちを「捕食」していく。

 

『うーん、このひとはちょっとくせがあるなあ。でもおいしい! つぎはだれかなー?』

 

「化け物だ!」

 

「退避しろ! あの娘には近づくな!」

 

逃げ惑う兵士たちを彼女は嬉しそうに追いかけていった。その様子を見ていたナターシャは呆れ顔で呟く。

 

「まるでホラーだわ、食欲って本当に最強の原動力ね」

 

彼女がホークアイと対峙したのは、空母の格納庫だった。弓を構えた相棒は無表情で彼女に狙いを定めている。

 

「クリント、正気に戻って。あなたは私を殺したりしない」

 

「……遅かったな、ナターシャ」

 

「遅くなってごめんなさい。でもこれで終わりにするわ」

 

二人の格闘が始まる。長年の相棒同士互いの動きを知り尽くした戦いだった。ナターシャは巧みに矢をかわし懐に飛び込むと彼の首筋に一撃を加えた。ホークアイは短くうめき声をあげ、その場に崩れ落ちる。

 

はあ、と息をつくナターシャの背後で、満足げな声がした。

 

『なーたしゃ、しんびおーともおわったよ! ぜんぶおいしくいただきました!』

 

しんびおーとは口の周りをぺろりと舐めながら戻ってきた。その後ろには、武装兵の姿は一人もいない。

 

「……全員食べたの?」

 

『うん! にんずうがおおかったから、かまずにせずにそのままごっくんした。おかげでおなかいっぱい!』

 

「……胃袋が心配になるわ」

 

『だいじょうぶ! しんびおーとのおなかはぶらっくほーるみたいなものだから! なんでもはいっちゃう!』

 

「ブラックホールって……どこで覚えたの」

 

『にこにこどうが! うちゅうのどうがをみておぼえた! ぶらっくほーるはなんでもすいこんですごいんだって! しんびおーとのおなかとおんなじ!』

 

「……まあいいわ。とにかくクリントを医務室に運びましょう」

 

『うん! あでも、ちょっとだけこのひとのにおいをかがせて』

 

彼女は気絶したホークアイに近づくと、くんくんと鼻を鳴らした。

 

『うん、このひとはわるいにおいしない。ただあやつられてただけ。だからたべないであげる』

 

「それはどうもありがとう」

 

『えへへ。しんびおーとは、ちゃんとみわけられるんだよ! おいしいわるいひととたすけるべきいいひとをね!』

 

二人はホークアイを抱えて医務室へと向かった。空母の被害は甚大だったがしんびおーとのおかげで侵入者の大半は無力化された。何より彼女自身が大活躍できたことが嬉しかったようで、彼女はスキップしながら廊下を進んでいく。

 

『きょうのしんびおーとはとってもつよかった! とくに、いっきにさんにんまるのみしたやつがさいこう! あれはじまんできる!』

 

「……報告書にどう書けばいいのかしら」

 

『そのままかけばいいよ!「しんびおーとちゃんがおいしくいただきました」って!』

 

「絶対にダメよ」

 

格納庫に倒れるホークアイのそばでナターシャは思わず笑みをこぼした。こんな状況だというのに、この小さな捕食者の存在が戦場の空気すらも変えてしまう。彼女の残酷で無邪気な食欲は時として最大の武器になるのだ。

 

しんびおーとはそんなナターシャの背中に飛び乗りながら嬉しそうに宣言した。

 

『つぎは、ろきをやっつけにいくよ! でもあのひとはまずいからたべない。そのかわりちょこれーとおかわりしていい?』

 

「ええ、好きなだけね」

 

『やったー! しんびおーと、せんとうちゅうにちょこれーとほしい! えいようほきゅう!』

 

「戦闘中にチョコレートを食べるヒーローは初めて見たわ」

 

かくして空母での戦いは終わりを迎えつつあった。ホークアイは確保され、侵入者は彼女の胃袋の中である。そして彼女の冒険はまだまだ続くのだった。

 

◆◆◆◆◆

 

空母の深部、ロキの檻の前でソーは罠にかかった。悪戯の神は狡猾に笑いながら床に転がったソーを見下ろす。檻の制御装置が起動し、ガラスの壁が音を立てて閉ざされた。

 

「兄上、あなたはいつもそうだ。力に頼りすぎる。知恵というものを使わない」

 

「ロキ! この裏切り者め!」

 

ロキがレバーを引くと、檻ごと床が開きソーは絶叫とともに空の彼方へと落下していった。

 

「残念だったな雷神。これでお前も終わりだ」

 

そこに駆けつけたのはコールソンだった。彼は新型のエネルギー銃を構え、冷静にロキと対峙する。

 

「動くなロキ。お前の好きにはさせない」

 

「人間風情が私に勝てると思っているのか?」

 

「信念の問題だ」

 

コールソンが引き金を引こうとした瞬間ロキの幻影が背後に現れ鋭い刃が彼の胸を貫いた。コールソンは崩れ落ち、血の海が広がる。

 

「信念だと? そんなものは弱者の言い訳だ」

 

「そう……かな……」

 

コールソンは血の気の引いた顔で薄く笑った。

 

「信念がない……お前に……勝ち目は……ない……」

 

彼の手に握られていたエネルギー銃が火を吹く。ロキは不意を突かれ、壁に叩きつけられた。

 

「ぐっ……小癪な……!」

 

ロキは傷を押さえながら退散し、コールソンはその場に崩れ落ちた。血が止めどなく流れ出し意識が遠のいていく。彼は静かに目を閉じかけた、その時だった。

 

『まにあえまにあえまにあえーっ!』

 

通路の向こうから弾丸のように駆けてくる小さな影があった。しんびおーとだ。彼女の顔からはいつもの無邪気な笑顔が消え、真剣そのものの表情でコールソンのもとに滑り込む。

 

「しんびおーとちゃん……」

 

『だまってて! いますぐたすけるから!』

 

彼女の手がコールソンの傷口に触れると、そこから赤い触手が伸びて傷口に潛り込んでいった。シンビオートの生体組織がコールソンの体内に入り込み破壊された臓器を一時的に代替し、止血と生命維持を開始する。

 

『しんびおーとがぜったいにたすける! こーるそんおじちゃんはしんじゃだめ!』

 

「……なぜ……君は……」

 

『だって、こーるそんおじちゃんはとにーのともだちで、すてぃーぶおじちゃんのともだちでみんなのたいせつなひとだから!』

 

大粒の涙が彼女の頬を伝い落ちる。彼女の体は小刻みに震えていた。緊急寄生は彼女にとっても大きな負担のかかる行為だった。

 

『おねがい……しなないで……しんびおーとのしゅじゅつはまだれんしゅうちゅうなの……でもぜったいにたすけるから……!』

 

その場に駆けつけたトニーとスティーブは息を呑んだ。

 

「しんびおーと!」

 

「なんてことを……!」

 

医療班が到着しコールソンはすぐさま集中治療室へと運ばれていった。しんびおーとはその場にへたり込み、真っ青な顔で震えている。

 

「しんびおーと大丈夫か?!」

 

トニーが抱きかかえると、彼女は彼の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。

 

『とにー……しんびおーとがんばったよ……でもこわかった……しっぱいしたらどうしようって……』

 

「ああ、お前はよくやった。コールソンは助かる。お前のおかげだ」

 

『ほんと……?』

 

「ああ、本当だ」

 

スティーブはその光景を静かに見つめ、トニーの肩に手を置いた。

 

「彼女が間に合わなければ、我々は大きな犠牲を払っていただろう」

 

「ああ……この子は本当にすごいよ。俺の自慢の娘だ」

 

しんびおーとは涙を拭きながら顔を上げた。

 

『しんびおーともっとつよくならなきゃ。そうすれば、みんなをもっとまもれる。しんびおーとぜったいにもっとつよくなる!』

 

「その意気だ。だが今は休め。チョコレートをやるから」

 

『ほんと?! じゃあきょうはちょっとだけおおめにしていい? えいゆうにはごほうびがひつようだよ!』

 

「……調子に乗るな」

 

それでもトニーは彼女の頭を優しく撫でた。

 

その夜、コールソンの負傷という危機を乗り越えたアベンジャーズの面々は初めてひとつにまとまり始めていた。会議室に集まったスティーブ、トニー、ナターシャ。そしてしんびおーとはそれぞれの顔を見渡した。

 

「ロキは人々を戦争で支配しようとしている。奴の狙いはニューヨークだ」

 

「我々はそれを阻止しなければならない」

 

「今度は俺たちが一枚岩だ」

 

「ええ、そうね」

 

しんびおーとは手を挙げて叫んだ。

 

『しんびおーとも、ぜんりょくでたたかう! わるいかみさまにはこんどはあじみだけじゃなくてぜんぶたべてやる!』

 

「だから味見じゃなくて逮捕だ」

 

『えー! でもせっかくのかみさまなのに……』

 

「ダメだ」

 

『じゃあ、つかまえたあとにおしりをちょっとだけかじるのは?』

 

「それもダメ」

 

『むー……しょうがない。じゃあ、そのかわりちょこれーとのやまをかってもらうからね!』

 

「……交渉が上手くなってないか?」

 

「ネットの影響でしょうね」とナターシャ。

「検索履歴を見たら、投資と交渉術のサイトばかりだった」とトニーが肩をすくめる。

 

『えへへ。しんびおーとはべんきょうねっしんなんだよ! おかねのふやしかたもおぼえた! でも、あくじょうほうがおおすぎてとにーにみちゃだめっていわれたけど……』

 

「当たり前だ」

 

部屋に笑いが起こった。コールソンの危機を乗り越え、彼らはようやく本当のチームになろうとしていた。中心には無邪気な捕食者が笑っている。

 

『さあ、しゅつげきだ! あべんじゃーずあっせんぶる!』

 

「それちょっと違う」

 

『え? ちがうの? じゃあなんていうの?』

 

「アベンジャーズアッセンブルだ」

 

『あべんじゃーずあっせんぶる! よしいまのをわすれて、もういっかい! あべんじゃーず……』

 

「もういい、行くぞ」

 

こうしてアベンジャーズはニューヨークへと向かう。彼らの後ろには今日も小さな守護者がいて、その胃袋には大きな正義が詰まっているのだった。

 

◆◆◆◆◆

 

トニーのプライベートジェットはニューヨークの空へと急上昇していた。機内にはスティーブナターシャ、正気を取り戻したバートンそしてしんびおーとが乗り込んでいる。彼らの視線の先には、一際高くそびえるスタークタワーの威容があった。だがその頂上からは不気味な青い光が天へと伸び空に巨大な裂け目を開きつつある。

 

「ロキの狙いはスタークタワーだったか。俺の家を悪の拠点に選ぶとはいい度胸だ」

 

トニーは操縦桿を握りしめながら歯ぎしりする。

 

「フューリーの許可を待つ時間はないわ。直行するわよ」

 

「ええ」

 

「了解だ」

 

しんびおーとは窓に張り付いて、眼下に広がる光景をじっと見つめていた。手には非常用のチョコレートバーが握られている。

 

「あおいそらにあながあいてる……あそこからわるいやつがでてくるんだね」

 

「そうだ。数はかなり多いだろうな」

 

「しんびおーとは、ぜんりょくでたたかうからね! おなかもぺこぺこだし!」

 

「お前、今まさにチョコレート食ってるよな?」

 

トニーが呆れた声を出すと、彼女はむっとした顔で反論した。

 

「これとあれはべつばらなの! わるいやつはべつのいぶくろにはいるんだから! ちょこれーとようと、あくにんようのふたつあるの!」

 

「都合のいい体だな」

 

「すーぱーひろいんのしんびおーとはちょこれーとようのいぶくろもふやせるんだよ! これでいつでもあくにんがたべられる!」

 

「それ、人類の敵が聞いたら泣くぞ」

 

機体がスタークタワーに着陸するより早くトニーはアイアンマンスーツを装着し単身タワーの屋上へと飛び立った。そこには四次元キューブを利用した装置と、その中央で恍惚とした表情を浮かべるセルヴィグ博士そして優雅に佇むロキの姿があった。

 

「セルヴィグ! 正気に戻れ!」

 

「遅かったな、スターク。もう誰にも止められん。宇宙の扉は開かれた」

 

「ふざけるな!」

 

トニーがリパルサー光線を放つが、装置を包む青いバリアがそれを易々と弾き返す。

 

「このバリアは純粋なエネルギー体だ。物理攻撃では突破できん。諦めるんだな」

 

「諦めが悪いのが俺の取柄でね!」

 

そこに残りのメンバーが到着した。クインジェットから飛び降りたスティーブ、ナターシャ、バートン。そして真っ先に飛び出したのはすでに全身を赤いシンビオートへと変身させたしんびおーとだった。

 

『いくよ! ぱわーぜんかい!』

 

彼女は四つん這いで着地するとそのままバネのように跳躍しバリアに体当たりを食らわせた。衝撃波が走り、バリアがビリビリと震える。

 

「なにっ?!」

 

ロキが驚愕の声をあげる。

 

『まだまだ! しんびおーとのぱわーはこんなものじゃないんだから!』

 

彼女は連続で拳を叩き込む。超人血清で強化されたシンビオートの力はハルクにすら匹敵する。バリアに少しだけだがヒビが入り始めた、その時だった。

 

空の裂け目から無数の影が飛来した。チタウリの軍勢である。金属製の戦車のような乗り物に跨った兵士たちが、ビル群を縫うように滑空し破壊の限りを尽くし始める。

 

「ついに来たか……」

 

「トニー!そらの穴は任せた! 俺は市民の避難を!」

 

「了解!」

 

トニーは空へと飛び立ち、チタウリの一群に突っ込んでいった。スティーブは盾を構え上空からの攻撃に備える。ナターシャとバートンもそれぞれの武器を手に戦闘態勢に入った。

 

そしてしんびおーとはというと──

 

『いただきまーす!』

 

彼女は飛来するチタウリ兵の一体に飛びつくと、その頭部に噛みついた。シンビオートの顎は金属すらも粉砕する。彼女はそのまま頭蓋を丸飲みにするとすぐさま次の獲物へと飛びかかった。

 

『うーん、あじがあっさりしてる! ちょっとこげくさいけどおいしい! これならなんびゃうにんでもいける!』

 

「相変わらずだな……」

 

スティーブは苦笑しながら、彼女の背中を守るように盾を投げる。

 

『すてぃーぶおじちゃん、ごにんめ! きろくこうしん!』

 

「…うん、でも油断するなよ」

 

『だいじょうぶ! しんびおーとのいぶくろはむげんだいだから!』

 

ロキはバリアの内側からその光景を呆然と見つめていた。彼の予想を遥かに超える戦闘力。そして食欲。

 

「あれは……本当に人間なのか……?」

 

「お前が捕まったら、真っ先に味見されるだろうな」

 

トニーが通信でそう言うと、ロキの顔色が目に見えて青ざめた。

「……冗談だろう」

 

「残念ながら大真面目だ。うちの娘は悪人限定で人肉食の趣味があってだな」

 

『ろきー! あとであじみするからまっててね! きょうはあたらしいあくにんがたくさんだからたのしみ!』

 

彼女の無邪気な声が戦場に響き渡る。ロキは一歩後ずさり、冷や汗を流しながら呟いた。

 

「……私はなぜ地球を侵略しようなどと考えたのか……」

 

こうしてニューヨークの空は戦場と化した。アベンジャーズはそれぞれの持ち場で戦い、その中心で小さな捕食者は今日も食欲全開で悪を喰らい尽くす。彼女の胃袋はまさに人類最後の砦。ただし悪人限定だが。

 

『しんびおーと、もっともっとつよくなるからね! だってみんなをまもるあしすたんとだもん! あくにんはぜんぶたべてやる!』

 

彼女の咆哮が、崩壊するニューヨークにこだました。

 

◆◆◆◆◆

 

トニーの体がスタークタワーから放り出されたのはほんの一瞬の出来事だった。ロキの狡猾な策略に嵌り、生身のまま空中へと投げ出される。地上までの距離は数百メートル。通常ならば即死である。

 

「トニー!」

 

スティーブが叫ぶ。しかし、トニーは冷静だった。

 

「ジャービス、マーク7を!」

 

『了解しました、サー』

 

落下する彼の体を追いかけるようにスタークタワーから射出された試作型の新型スーツが空中で展開しトニーの体を包み込んでいく。地面スレスレで姿勢を立て直したアイアンマンは、そのまま急上昇してチタウリの軍勢へと突っ込んでいった。

 

「待たせたな、お前ら!」

 

リパルサー光線が閃き小型ミサイルが炸裂する。チタウリ兵が次々と爆散していく中、トニーは通信を開いた。

 

「みんな、聞こえるか? 戦闘を開始する!」

 

「了解!」「ああ!」

「もちろんだ!」

 

その時、雷鳴とともにソーが降臨した。彼は一直線にロキの元へと向かい弟の肩を掴む。

 

「ロキ! もうやめるんだ! これ以上罪を重ねるな!」

 

「兄上……遅すぎたよ。もう誰にも止められない」

 

「そんなことはない。お前はまだ引き返せる」

 

「私は……」

 

一瞬ロキの表情が揺らいだその隙に彼はソーの手を振りほどき、チタウリの飛行艇に飛び乗って逃走する。

 

「さらばだ、兄上!」

 

「ロキ!」

 

ソーは追おうとするが、周囲からチタウリ兵が殺到し身動きが取れない。

 

その間にも戦況は悪化の一途を辿っていた。空の裂け目からは続々と増援が押し寄せ、ついに全長数百メートルはあろうかという巨大な飛行龍リヴァイアサンまでが出現する。鋼鉄の巨体がビルを薙ぎ倒しながら進む光景はまさに地獄絵図だった。

 

「キャップ、これはまずいぞ!」

 

「わかっている! でもまだ手はある!」

 

そこに原付バイクが到着し、バナーが降り立った。彼は静かに戦場を見渡すとゆっくりと口を開く。

 

「すまない、待たせたかな」

 

「バナー博士、いまなら怒ってくれても大歓迎だ」

 

「僕の秘密を教えようか」

 

「いつも怒っている、ってね」

 

次の瞬間、彼の体は膨れ上がり緑色の巨体が咆哮をあげた。ハルクの登場である。彼はリヴァイアサンに一直線に突進するとその巨大な拳を叩き込んだ。衝撃波が走り、鋼鉄の巨獣がよろめく。

 

「よし、これで戦力は揃った!」

 

キャプテン・アメリカが盾を構え、全員に指示を飛ばす。

 

「トニーは上空の制圧! ソーはあの裂け目を封じろ! ナターシャとバートンは地上の市民を守れ! ハルクはリヴァイアサンを止めろ! そしてしんびおーとは……」

 

『しんびおーとはなにをすればいい?!』

 

彼女はすでに全身を赤いシンビオートに変身させ、四つん這いで獲物を狙う姿勢を取っていた。口元からは鋭い牙が覗き瞳は獲物を前にして爛々と輝いている。

 

「君は……自由に暴れろ。ただし味方を食べるなよ!」

 

『わかった! じゃああくにんをたべきるまでたたかう! きょうのめにゅーはちたうりのまるごとやき! おいしそう!』

 

「焼いてないだろそれ」

 

『しんびおーとがたべればのどごしでからあげになるの! いまからためしてみる!』

 

彼女は跳躍すると空中のチタウリ兵に飛びつきその頭部を丸飲みにした。彼女の体内でシンビオートの消化液が相手を溶かす瞬間、確かにチタウリの装甲がジュッと音を立てて焼け焦げた。

 

『あっ、ほんとにからあげになった! しょうゆあじでおいしい! これはいける!』

 

「まじかよ……」

 

「食欲が兵器になるとは……」

 

彼女は戦場を縦横無尽に駆け回り次々と敵を胃袋に収めていく。時には三体同時に丸飲みにし時にはリヴァイアサンの装甲に噛みつきバリバリと貪り食う。その姿は小さな悪魔のようでありながら、仲間たちにとってはこれ以上なく頼もしい光景だった。

 

「しんびおーとちゃん、右翼から新手が来る!」

 

ナターシャの声に彼女は即座に反応した。

 

『まかせて! ぜんぶたべきるから! だっておひるごはんまだたべてないし!』

 

「朝からチョコレート五キロ食べてただろ!」

 

トニーが空からツッコミを入れる。

 

『あれはおやつ! ちゃんとしたごはんはこれから!』

 

「基準がおかしい!」

 

彼女はそう言いながら新たなチタウリの群れに突っ込んでいった。口を大きく開け、まるで掃除機のように敵を吸い込んでいく。

 

「しんびおーとちゃん、りみっとかいじょ! ぱわーぜんかい!」

 

彼女の体から溢れ出る赤いオーラが一層強くなる。超人血清で強化されたシンビオートの真の力が解放された瞬間だった。

 

キャプテン・アメリカは盾を構えながら微笑む。

 

「あの子がいてくれてよかった」

 

「ああ。ただし食費が半端じゃないがな」

 

「この戦いが終わったら、チョコレート工場を買ってやれ」

 

「それだと一週間で倒産する」

 

こうしてアベンジャーズはチーム一丸となってチタウリ軍に立ち向かう。空にはアイアンマンとソーが飛び交い、地上ではハルクとキャプテンが奮闘しナターシャとバートンが市民を守り、そしてその中心では小さな捕食者が今日も食欲全開で悪を喰らい尽くしていた。

 

『あくにんはのこさずたべる! それがしんびおーとのぽりしー! おかわりじゆう! めにゅーはむげんだい!』

 

「ポリシーとかどこで覚えた」

 

『うぃきぺでぃあ! じょうほうしゃかいのあくえいきょうをうけた!』

 

「素直に認めるな!」

 

ニューヨークの空は戦場と化し、街は破壊の嵐に包まれていた。だがアベンジャーズは決して諦めない。なぜなら彼らには無敵の戦士たちだけでなく、無尽蔵の胃袋を持つ小さな守護者がついているのだから。

 

『みんな、ぜったいにまもるからね! だってしんびおーとはみんなのことがだいすきなんだもん! あくにんはぜんぶおいしくいただきます!』

 

彼女の無邪気な咆哮が、終末の戦場にこだました。

 

◆◆◆◆◆

 

戦況は膠着状態に陥っていた。チタウリ軍の波状攻撃は止むことなく空の裂け目からは次々と新たな敵が押し寄せてくる。キャプテンの指示のもとチームは善戦していたが、それにも限界があった。

 

「このままじゃ消耗戦になる。ゲートを閉じなければ勝ち目はない!」

 

トニーの声が通信に響く。

 

「ナターシャ! 装置まで行けるか?!」

 

「任せて!」

 

ナターシャはチタウリの飛行艇を奪取すると一直線にスタークタワーへと向かった。それに気づいたロキが彼女の進路を塞ごうとするが、そこに矢が飛来しロキのマントを壁に縫い付ける。

 

「邪魔はさせない」

 

バートンだ。続いてハルクが咆哮とともにロキの目の前に着地した。

 

「この図体だけでかい無礼者めが!」

 

「グルルル……」

 

「私は神だぞ! このような獣に辱めを受ける筋合いは……」

 

ハルクはロキの脚を掴むとまるでラグドールのように床に叩きつけた。一度、二度三度。大理石の床が粉々に砕け散りロキはぐったりと動かなくなる。彼は苦しげにうめき声をあげた。

 

「ヒュー……ヒュー……」

 

「それでも神か」

 

そこにしんびおーとがひょっこりと顔を出した。

 

『わあ、ろきがへこんでる! ちょっとだけあじみしていい?』

 

「ダメに決まってるだろ」

 

トニーの制止もむなしく彼女はすでにロキの背後に回り込んでいる。彼女の口がシンビオート化して大きく裂けると、狙いを定めてロキのお尻にガブリ。

 

「グワーッ!」

 

『うーん……やっぱりにがくてまずい! これはたべものじゃない! ぺっぺっ!』

 

「だから言っただろう!」

 

「私の尊厳は……どこへ……」

 

ロキは涙目でうつ伏せに倒れたまま二度と動かなかった。彼の誇り高い神としてのプライドは今日この日、ハルクのパワーボムと小さな捕食者のひと齧りによって完全に粉砕されたのである。

 

一方、スタークタワーの屋上ではナターシャが装置に到達していた。そこには衝撃で正気を取り戻したセルヴィグ博士がいた。

 

「ナターシャ……私はなんてことを……」

 

「いいえ博士、まだ間に合う。止める方法は?」

 

「ロキの杖だ。あれはキューブと同じエネルギー……ゲートを閉じられる!」

 

二人は杖を手に取り装置に近づく。青いエネルギーが激しくうねりをあげて抵抗するがナターシャは杖を構え叫んだ。

 

「今よ!」

 

その時、彼女たちの耳に飛び込んできたのは不吉な無線通信だった。

 

「戦闘機が核ミサイルを発射! 三分後にマンハッタン島全体が消滅する!」

 

「なに?!」

 

フューリーの必死の制止も空しくS.H.I.E.L.D.の上層部は独自の判断で核攻撃を決行したのだ。一発のミサイルがニューヨーク目指して飛来する。

 

「トニー! ミサイルが来る!」

 

「わかってる!」

 

アイアンマンは迷わずミサイルの進路へと飛んだ。彼の後を追うようにしんびおーとも空中に飛び出す。

 

『とにー! しんびおーともいく!』

 

「ダメだ! これは俺一人でやる!」

 

『でも……!』

 

「大丈夫だ。お前はみんなを守れ。それがお前の役目だ」

 

『……わかった。でもぜったいにもどってきてね。やくそくだよ!』

 

「ああ、約束だ」

 

トニーは核ミサイルを抱え込むとそのまま空の裂け目へと突入していった。

 

『とにー……』

 

しんびおーとは空中に浮かんだまま小さく震える。彼女の大きな瞳からは涙が溢れそうになるが、彼女は唇を噛み締めて堪えた。

 

『しんびおーとしんじてる。とにーはぜったいにまもるってやくそくしたから……!』

 

周囲のチタウリ軍が一気に無力化して倒れ落ちていく。トニーがやり遂げたのだ!

 

ナターシャは杖を装置に突き立てた。青いエネルギーが激しくスパークしゲートがゆっくりと閉じ始める。

 

「間に合って……!」

 

地上ではアベンジャーズの面々が固唾を飲んで空を見上げていた。裂け目は徐々に小さくなり、ついに完全に閉じた瞬間核爆発の閃光が空の彼方で煌めいた。

 

「トニー……!」

 

数秒の沈黙。そして空から小さな点が落下してくるのが見えた。ハルクが跳躍して空中でトニーをキャッチする。彼のスーツはボロボロだったが胸のアークリアクターはまだ淡く輝いていた。

 

「グガ……」

 

ハルクが乱暴に彼を地面に下ろすと、しんびおーとが真っ先に駆け寄った。

 

『とにー! とにー! いきてる?!』

 

彼女は必死にトニーの胸に耳を当て心臓の鼓動を確認する。そして、かすかな呼吸音を聞き取ると安堵のあまりその場にへたり込んだ。

 

『よかった……いきてる……』

 

「グッ……」

 

トニーがうっすらと目を開ける。

 

「しんびおーと……か…お前……泣いてるのか……」

 

『ないてないもん! これはあせ! しんびおーとのあせはしょっぱいの!』

 

「そうか……」

 

「皆、彼が目を覚ました!」

 

ホークアイの声に全員が集まってくる。スティーブは静かに微笑みナターシャはほっと息をつき、ソーは天を見上げて感謝の言葉を捧げた。

 

しんびおーとはトニーの胸に顔を埋めたまま小さく呟いた。

 

『とにー……しんびおーとおなかすいた。でもきょうはあくにんはもうたべない。そのかわりちょこれーとおかわりしていい?』

 

「ああ……好きなだけな」

 

『やったー! じゃあいますぐかいにいこう! とくばいじかんにまにあうかも!』

 

「お前、泣いてたんじゃなかったのか」

 

『うん、でもおなかがすいたからげんきになった! しんびおーとをつよくするにはちょこれーとがひつようだし!』

 

「現金なやつだな……」

 

トニーは痛む体で苦笑しながら彼女の頭を撫でた。

 

こうしてニューヨークの戦いは終わった。破壊された街瓦礫の山と化したスタークタワー、そして疲れ果てたヒーローたち。だがその中心では無邪気な捕食者が今日もチョコレートを頬張りながら次の冒険に思いを馳せているのだった。

 

『あしたはなにがたべられるかな? とりあえずきょうはちょこれーとのやまをこうにゅうしなきゃ! あとでとにーのくれじっとかーどかりるんだ!』

 

「それはダメだ」

 

『えー! でもしんびおーとはせんそうでかつやくした! えいゆうにはほうびがひつよう!』

 

「それはあとで話し合おう」

 

『むー……しょうがない。じゃあいまからすーぱーまーけっとにいく! とくばいのちょこれーとをかいに!』

 

「ちょっと待て、まだ戦闘服のままだろ、そもそもこの騒ぎでやってるわけが」

 

『だいじょうぶ! しんびおーとのへんそうはあいあんまんよりはやいんだから!』

 

そう言うと彼女はあっという間に人間の姿に戻り銀髪の小さな女の子としてスキップしながら瓦礫の街を駆け出していった。

 

「……誰か彼女を止めてくれ」

 

「無理だ。食欲には誰も勝てない」

 

「ハルクですら無理だろう」

 

「グガ……」

 

アベンジャーズの面々は顔を見合わせると一斉に笑い声をあげた。今日も世界は救われ、今日も彼女の胃袋は満たされる。それがアベンジャーズの日常だった。

 

◆◆◆◆◆

 

 


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