星降る空に届くまで ~カレー香るホウエン旅道~   作:明月菫

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いろちがわないけど違う色

 流星の滝へ向かう道中、そしてクリムガンとのバトルで多用したキルリアたちのサイコパワー……正確に言えば『テレポート』という技。今日は短距離の転移ばかりしていたが、この技の一般的な扱い方はそういうものではないのだ、とクロトは言った。

 

「テレポートできる距離は準備時間に応じて長くなっていくんだ。それは単純な比例じゃなくて、長くなればなるほど時間やエネルギーの効率は上昇する。もちろん限界はあるし、そのポケモンの熟練度による部分も大きいけどね」

「つまり、無理をさせすぎだと」

「またそうやって、オブラートに包もうとした努力をさあ……まあいいや、そういうこと。短い準備時間でのテレポートを繰り返すのは、ポケモンに大きな負担をかけてしまう。アマネのキルリアはサイコパワーの扱いがかなり上手だけど、それでも気をつけてあげてね」

「ん。教えてくれてありがと」

 

 今いる場所はカナズミシティのポケモンセンター、そのロビー。消耗が少なかったという彼のキルリアにまとめて“テレポート”してもらい、手持ちを預けたところだ。

 ユウリのカレーを食べてからバトルの疲労はほとんど抜けていたが、負ったダメージが完全に消えるわけではない。一度“ひんし”状態になったノズパスと、弱点の技を受けたうえで自らの攻撃の反動も蓄積していたモノズは特に。

 それに、捕まえたばかりのポケモンは一度ポケモンセンターで診てもらうのが常識、らしい。病気やら何やら、理由は色々あるようだが……まあとにかく、私たちがまずここを訪れたのはそういうわけだ。

 

「負担といえば、アマネは診てもらわなくていいの?」

「私? 平気平気。“いやしのはどう”のおかげで、もうすっかり回復したから。そこもキルリアに感謝しないとね」

「……正面から受けてたよね。クリムガンの攻撃」

「間違ってはいないけど、大袈裟。投げつけられたタツベイを受け止めただけだって」

「受け止めただけって……あんなに吹っ飛んでたのに? ……アマネって、頑丈なんだね」

 

 この幼馴染は引いていることを隠そうともしていなかった。いや、さすがに誇張したリアクションなのだろうが……この様子だと、別れたあとでもう一度吹き飛ばされたことは黙っておいたほうがよさそうだ。

 

「あー、えっと、ほら。私仮にも飲食店勤めだから。そういうことよ」

「それで鍛えられるのはそういう耐久力じゃないでしょ。そもそも君の(うち)、そんな過酷なお店じゃないよね」

「ええ。看板娘のおかげで」

 

 お隣さんである彼はよく知っていることだが、私の家は父が経営する『カフェ・アズライト』と半一体化している。半分道楽で開いていることもあって規模の大きな店ではないものの、評判はそれなりに良い。暇をしない程度には繁盛していて、私も日中はエプロンを身に着けていることが多い。

 しかし『看板娘』の言が指しているのは私ではなく──ああ、ちょうど戻ってきた。

 

「お預かりしたポケモンたちは、みんな元気になりましたよ!」

 

 ポケモンセンターのスタッフ──ジョーイさんとラッキーが、私たちの預けたポケモンを連れてやってくる。

 礼を述べながら引き取った私のキルリア……つまり色違いのキルリア。彼女こそカフェ・アズライトの看板娘であり、サイコパワーで活躍する働き者でもある。

 店の業務の大半は店主である父が担当していて、キルリアが行うのはサイコパワーによる父のアシスト。私は父の手が空いていないときに注文を取るくらいだから……店員らしく働いている時間よりも、トレーナーとしてキルリアを見守っている時間のほうが長いかもしれないな。

 

「それじゃあ行こうか……と、言いたいんだけど」

「どうしたの? あ、行く先の当てがないとか?」

 

 メガシンカのために必要なアイテム、キーストーンおよびメガストーン。それらはとても貴重な宝石であり、欲しいと思って入手できるものではない。メガストーンはそれぞれが特定のメガシンカポケモンにしか対応していない関係で巡り合うのが難しく、キーストーンは逆に全てのメガシンカに必要なため需要が供給を大きく上回っているらしい。

 ここホウエン地方はそれらストーンの産出量が比較的豊富だが、それでも貴重なことには変わりない。市場に出回った場合の相場はメガストーンで10万から30万、キーストーンは50万前後──というのが仕事柄その辺りに詳しいという母の談だ。デボンの研究員がなぜそこに詳しいのかは少し気になったが、守秘義務で話せないことも多い人なので聞くのはやめた。

 

「残念ながらその通り。冷静になって考えるとさ、んー…………危ない気がしてくるよね。色々と」

「まあ、うん。同感」

 

 手のひらサイズの50万円が彼のポケットに入っている──そう考えると、迂闊に会話もできなくなってくる。まだキーストーンと決まったわけでもないというのに。

 別にホウエンの、あるいはカナズミの治安が悪いとは思っていない。だがやはり、人と悪意は切り離せない……お金に絡むならなおさら。なにせうちのような店ですら、強盗や空き巣に狙われた経験があるのだから。

 そして大した自衛能力のない私たちでは、何かあったときに抗うことは難しい。店を狙った連中は父のポケモンが先手を打って捕まえたが、私やクロトを同じように守ってくれというのは無茶な話なわけで。

 

「よし、ひとまず帰りましょうか。だてに『アズライト』なんて看板掲げてないんだから」

 

 どうしようかと考えて至った結論は、私たちで結論を出さないことだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「先に入っててくれる? できる限り落としたけど、店に入るならやっぱり着替えなくちゃ」

 

 流星の滝の白っぽい砂利はきめ細やかで、勢いよく地面と擦れてしまった服からは、はたいてもはたいても砂が落ちてくる。生地もかなり傷ついて激しめのダメージ加工のようになっているし、一度着替えなければいけない。

 独り裏口から入って自室へ向かい、クローゼットを開く。動きやすくて気に入っていたワイドパンツは細部の色だけが違うものを何着も買ってあるので、その中から。トップスは……適当なシャツに何か羽織っておけばいいか。

 

「お待たせ。それとただいま。どこまで話した?」

 

 今は店員ではなくマスターに相談がある若者Aなので、エプロンは着けずに店内へ。キルリアと、それから遅れて二人の視線がこちらに向く。

 

「おかえり、アマネ。大変だったみたいだね。怪我がなくて何よりだ、と言っておくよ。ヤミラミ、プレートを裏返してきてくれるかい」

 

 父がそっとボールを開いた。カウンター越しに椅子の上へ飛び出したヤミラミは元気に応え、両目の()()()()()()を輝かせながら店外へ。とてとて、とかわいらしい足音を鳴らしながら小走りに指示を果たす。

 

「ここまでの経緯はざっくり話したよ。コレをどうするか悩んでるってところまで」

 

 丸い形でテーブルに鎮座していたハンカチが開かれる。中から現れるのは問題の50万……じゃなかった、キーストーンと思しき石。

 父はそれを一瞥して、手に取ることもなく頷いた。

 

「ああ、これは確かにキーストーンだね。間違いない。少し不思議な輝きも混じっているが、石にはみな個性があるものだ。……さあ、どうぞ。当店オリジナルブレンド、もちろんサービスだよ。珍しいものを見せてもらったお礼とでも思っておくれ」

「…………え、そんなあっさり? いや、疑うわけじゃないけどさ」

「はは。拍子抜けしたかい? そうだな……ほら、これを見てごらん。ヤミラミナイトだ。ほんの僅かだが、エネルギーの繋がりができているのが分かるかな」

 

 父が懐から取り出したアクセサリーケース、その中には小さなペンダントが納まっていた。嵌め込まれている宝石は、黄色の中に赤と紫を呈した個性的なもの。これがヤミラミナイト……これがメガストーン。

 うーんと声を漏らしながら、クロトと二人、並んだ石をじっくり見つめる。もっとも私のほうは、父がメガストーンを所持していたことへの驚きに気を取られていたが……あまり関係ないだろう。チラと横顔を盗み見た限り、純粋に観察している彼にもエネルギーの繋がりとやらは感じ取れなかったようだから。

 

「う~ん、全然分かんないですね」

「私も。というかメガストーンって、ポケモンが持つものなんじゃないの? どうして父さんが持ち歩いてるの」

「これは本当に微弱な繋がりだからね、分からなくても落ち込むことはない。それにアマネの疑問ももっともだ。そうだな……ヤミラミというポケモンは宝石が好物なんだが、僕のヤミラミはこだわりが強くてね。青い宝石には目がない一方で、他の色にはまるで関心がないんだよ」

 

 自分の話が始まったことを耳聡く察知して、私の膝の上に飛び乗ったヤミラミ。その目の深い青に目をやって、クロトはぽんと手を打った。

 

「そうか、それでその子は両目が真っ青なんですね。ヤミラミの体の宝石は、食べてきた石の影響を強く受けると聞きます」

「さすがクロトくん、よく知っているね。そしてヤミラミナイトは見ての通り、とても青とは呼べない色だ。もう分かるだろう? ちっとも大事にしてくれなくて、普段は僕が保管しているというわけさ。まあ貴重なものだから、お気に召して食べられても困るがね」

「そういうことだったんだ。ふふっ、あんたらしいかも」

 

 どこかから取り出した宝石をおやつに、膝上でくつろぐヤミラミをゆっくりと撫でる。ずっとカップを持っていた猫舌の彼がようやくコーヒーを飲み始めて、すっかり忘れていた私もそれに倣った。角砂糖を二つほどつまみながら。

 

「さて、本題に戻ろうか。キーストーンの加工を請け負ってくれる、信頼できる職人にはいくつか当てがある。紹介してもいいし、僕が代わりに頼んでもいい」

「本当ですか!? ぜひご紹介ゔ」

 

 逸るクロトの脇腹を肘で小突く。くぐもった呻き声がした。いいところに入ったらしい。

 

「落ち着きなさい。あれはまだ面倒な話が残ってるときの顔よ」

「はっはっは。そうだね、確かにこれは面倒な話かもしれない。だが避けては通れない問題だ。旅の方は身を引いたそうだが、二人のうちどちらがこれを持つのか……それは、もう決めたのかな?」

「いいえ、全然────」

「はい。アマネに譲ります」

「……は?」

 

 どうやって決めたらいいものか、全く思い浮かばずに後回しにしていた問題。突きつけられたその壁が思いもよらぬところから崩されて、気の抜けた声が漏れた。

 

「この石をアマネに見せたとき、感じたんです。キルリアのサイコパワーとも違う不思議な力……アマネに呼応して、共鳴したような、エネルギーの高まりを」

「それ、は…………私も、だけど」

 

 そう。忘れられそうにない、あの高鳴り。それを感じたときに思ったのだ、柄にもなく──

 

「ははっ、やっぱり。だから思ったんだ。これは君が持つべきだって──これは『運命的な出会い』だって」

 

 ──運命、だなんて。

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